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 増上寺には、二代秀忠公、六代家宣公、七代家継公、九代家重公、十二代家慶公、十四代家茂公の、六人の将軍の墓所がもうけられている。<br /> 墓所には各公の正室と側室の墓ももうけられているが、その中には家茂公正室で悲劇の皇女として知られる静寛院和宮さまも含まれている。明治10年(1877年)に宮内省によって造営されたものである。青銅製の立派な墓なのはこうした理由なのだろう。<br /> 現存する徳川将軍家墓所は、本来家宣公の墓前にあった鋳抜き(鋳造)の中門(なかもん)を入口の門とし、内部に各公の宝塔と各大名寄進の石灯籠が配置されている。<br /> 徳川将軍家の墓所として増上寺境内に最初に葬られたのは二代将軍秀忠の子で慶長7年(1602年)夭折の長丸であるが、寛永3年(1626年)には二代将軍秀忠の正室崇源院、−今、NHK大河ドラマの主人公である「江」−、が亡くなり徳川家康没後10年で、増上寺に嚆矢の徳川廟墓が築かれる事になる。家康は周知のように日光に埋葬されている。<br /> しかし、荘厳豪華だった徳川家霊廟もほとんどが昭和20年(1945年)の東京大空襲で焼失してしまう。それまでは崇源院霊牌所も台徳院(秀忠)霊廟の北に並んで建っていた。台徳院(秀忠)霊廟を建立する際に、崇源院霊牌所として新たに建立された。それまでの崇源院(江)御霊屋(みたまや)は残っていたが、正保4年(1647年)に鎌倉・建長寺に移築された。これは、同じ臨済宗の沢庵和尚が鎌倉を訪れ、建長寺の荒廃振りを嘆いて、家光に口利きしたことにより実現したと建長寺塔頭回春院の住職から聞いた。空襲を免れた鎌倉の地であったから、幸いにも、崇源院御霊屋は仏殿として、御霊屋唐門は方丈の唐門として残っている。<br /> 徳川将軍家墓所には正面左に台徳院(二代秀忠)、奥から、有章院(七代家継)、惇徳院(九代家重)、慎徳院(十二代家慶)と並び、正面右に文昭院(六代家宣)の宝塔、奥から、昭徳院(十四代家茂)、静寛院(和宮、十四代正室)の宝塔、合祀塔(もとは月光院(六代家宣の側室)に在った)が対称に並んでいる。文昭院と静寛院の宝塔は青銅製である。また、他は全て四角屋根であるが、台徳院の墓だけが八角屋根で、しかも小さい。これは台徳院(秀忠)霊廟内に安置されていた宝塔が木製であったために空襲で消失し、崇源院(江)霊牌所にあった石造りの宝塔を移設したものだという。浅井3姉妹では茶々のお墓は見てはいないが、常高寺(小浜市)にある初(常高院)のお墓にある見上げるばかりの宝篋印塔の方が立派であろうか。買い求めた記念品の絵葉書には墓の右に「台徳院殿 二代秀忠公」の木札だけが立っているが、実際には墓の左に「崇源院殿 お江の方」の真新しい木札が立っている。お江のお墓を尋ねる参拝者が多いために設置したのだそうだ。<br /> 入口の石段前には「撮影禁止」の看板が立っている。増上寺のお坊さんに尋ねると、昨日、将軍家墓所内で場所を占拠して撮影する人がいて参拝者同士でトラブルがあったために、「みなと区民まつり」の主催者側が立てたもので、普段の有料の日には撮影は普通にやられている、無料になると誰でも来て、中には心無い人もいると言う。区の係員もいるので話してみると、今の時代に撮影禁止といってもケータイにもカメラが付いており、スナップ程度の撮影は許しているのですよと言う。訳が分からないが、人込みではトラブルが起こるので場所を占拠しての撮影は止めてほしいということと理解した。さっと写真を撮ったがちゃんとは撮れてはいない。  <br />(表紙写真は徳川家霊廟の台徳院(二代秀忠)と崇源院(江)の合祀宝塔)

芝増上寺・徳川家霊廟(徳川将軍家墓所)

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2011/10/09 - 2011/10/09

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 増上寺には、二代秀忠公、六代家宣公、七代家継公、九代家重公、十二代家慶公、十四代家茂公の、六人の将軍の墓所がもうけられている。
 墓所には各公の正室と側室の墓ももうけられているが、その中には家茂公正室で悲劇の皇女として知られる静寛院和宮さまも含まれている。明治10年(1877年)に宮内省によって造営されたものである。青銅製の立派な墓なのはこうした理由なのだろう。
 現存する徳川将軍家墓所は、本来家宣公の墓前にあった鋳抜き(鋳造)の中門(なかもん)を入口の門とし、内部に各公の宝塔と各大名寄進の石灯籠が配置されている。
 徳川将軍家の墓所として増上寺境内に最初に葬られたのは二代将軍秀忠の子で慶長7年(1602年)夭折の長丸であるが、寛永3年(1626年)には二代将軍秀忠の正室崇源院、−今、NHK大河ドラマの主人公である「江」−、が亡くなり徳川家康没後10年で、増上寺に嚆矢の徳川廟墓が築かれる事になる。家康は周知のように日光に埋葬されている。
 しかし、荘厳豪華だった徳川家霊廟もほとんどが昭和20年(1945年)の東京大空襲で焼失してしまう。それまでは崇源院霊牌所も台徳院(秀忠)霊廟の北に並んで建っていた。台徳院(秀忠)霊廟を建立する際に、崇源院霊牌所として新たに建立された。それまでの崇源院(江)御霊屋(みたまや)は残っていたが、正保4年(1647年)に鎌倉・建長寺に移築された。これは、同じ臨済宗の沢庵和尚が鎌倉を訪れ、建長寺の荒廃振りを嘆いて、家光に口利きしたことにより実現したと建長寺塔頭回春院の住職から聞いた。空襲を免れた鎌倉の地であったから、幸いにも、崇源院御霊屋は仏殿として、御霊屋唐門は方丈の唐門として残っている。
 徳川将軍家墓所には正面左に台徳院(二代秀忠)、奥から、有章院(七代家継)、惇徳院(九代家重)、慎徳院(十二代家慶)と並び、正面右に文昭院(六代家宣)の宝塔、奥から、昭徳院(十四代家茂)、静寛院(和宮、十四代正室)の宝塔、合祀塔(もとは月光院(六代家宣の側室)に在った)が対称に並んでいる。文昭院と静寛院の宝塔は青銅製である。また、他は全て四角屋根であるが、台徳院の墓だけが八角屋根で、しかも小さい。これは台徳院(秀忠)霊廟内に安置されていた宝塔が木製であったために空襲で消失し、崇源院(江)霊牌所にあった石造りの宝塔を移設したものだという。浅井3姉妹では茶々のお墓は見てはいないが、常高寺(小浜市)にある初(常高院)のお墓にある見上げるばかりの宝篋印塔の方が立派であろうか。買い求めた記念品の絵葉書には墓の右に「台徳院殿 二代秀忠公」の木札だけが立っているが、実際には墓の左に「崇源院殿 お江の方」の真新しい木札が立っている。お江のお墓を尋ねる参拝者が多いために設置したのだそうだ。
 入口の石段前には「撮影禁止」の看板が立っている。増上寺のお坊さんに尋ねると、昨日、将軍家墓所内で場所を占拠して撮影する人がいて参拝者同士でトラブルがあったために、「みなと区民まつり」の主催者側が立てたもので、普段の有料の日には撮影は普通にやられている、無料になると誰でも来て、中には心無い人もいると言う。区の係員もいるので話してみると、今の時代に撮影禁止といってもケータイにもカメラが付いており、スナップ程度の撮影は許しているのですよと言う。訳が分からないが、人込みではトラブルが起こるので場所を占拠しての撮影は止めてほしいということと理解した。さっと写真を撮ったがちゃんとは撮れてはいない。  
(表紙写真は徳川家霊廟の台徳院(二代秀忠)と崇源院(江)の合祀宝塔)

  • 「お江−崇源院様− 〜お江の眠る寺〜 大本山 増上寺」のポスター。みなと区民まつりのポスターではなく、増上寺が作ったNHK大河ドラマに関連したポスターのようだ。

    「お江−崇源院様− 〜お江の眠る寺〜 大本山 増上寺」のポスター。みなと区民まつりのポスターではなく、増上寺が作ったNHK大河ドラマに関連したポスターのようだ。

  • 江の幟。江姫ともあり、港区観光協会名が入っている。お江はお姫さま姿でだれが見ても、ヒロイン役の上野樹里に見える。

    江の幟。江姫ともあり、港区観光協会名が入っている。お江はお姫さま姿でだれが見ても、ヒロイン役の上野樹里に見える。

  • 徳川家霊廟前の石碑。

    徳川家霊廟前の石碑。

  • 徳川家霊廟前。

    徳川家霊廟前。

  • 徳川家霊廟前で手水の水を飲む猫。

    徳川家霊廟前で手水の水を飲む猫。

  • 徳川家霊廟前の四菩薩像。向かって右から、普賢菩薩、地蔵菩薩、虚空蔵菩薩、文殊菩薩。

    徳川家霊廟前の四菩薩像。向かって右から、普賢菩薩、地蔵菩薩、虚空蔵菩薩、文殊菩薩。

  • 徳川家霊廟前の四菩薩像。

    徳川家霊廟前の四菩薩像。

  • 徳川家霊廟前の「四菩薩像」。「正面から」はないだろう。

    徳川家霊廟前の「四菩薩像」。「正面から」はないだろう。

  • 猫が水を飲んで引き上げる。

    猫が水を飲んで引き上げる。

  • 猫が水を飲んで引き上げる。人を全く警戒しないので増上寺の飼い猫だろうか。

    猫が水を飲んで引き上げる。人を全く警戒しないので増上寺の飼い猫だろうか。

  • 徳川家霊廟入り口の鋳抜門(港区有形文化財(建造物))。もとは六代家宣墓前にあったもの。

    徳川家霊廟入り口の鋳抜門(港区有形文化財(建造物))。もとは六代家宣墓前にあったもの。

  • 徳川家霊廟入り口の鋳抜門の龍の棟瓦。珍しいものだ。どこだったかは忘れたが、目にするのはこれで2度目だ。

    徳川家霊廟入り口の鋳抜門の龍の棟瓦。珍しいものだ。どこだったかは忘れたが、目にするのはこれで2度目だ。

  • 「徳川将軍家墓所」。

    「徳川将軍家墓所」。

  • 徳川将軍家墓所内。大分人手が引いた。

    徳川将軍家墓所内。大分人手が引いた。

  • 徳川将軍家墓所奥右にある台徳院(二代秀忠)と崇源院(江)の合祀宝塔の前は依然として人だかりだ。

    徳川将軍家墓所奥右にある台徳院(二代秀忠)と崇源院(江)の合祀宝塔の前は依然として人だかりだ。

  • 文昭院(六代家宣)と正室・天英院の合祀宝塔。青銅製だ。

    文昭院(六代家宣)と正室・天英院の合祀宝塔。青銅製だ。

  • 静寛院和宮さまの宝塔。青銅製だ。

    静寛院和宮さまの宝塔。青銅製だ。

  • 合祀塔。

    合祀塔。

  • 慎徳院(十二代家慶)の宝塔。

    慎徳院(十二代家慶)の宝塔。

  • 惇徳院(九代家重)の宝塔。

    惇徳院(九代家重)の宝塔。

  • 有章院(七代家継)の宝塔。

    有章院(七代家継)の宝塔。

  • 台徳院(二代秀忠)と崇源院(江)の合祀宝塔。

    台徳院(二代秀忠)と崇源院(江)の合祀宝塔。

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