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揚州観光といえば、痩西湖です。今回は、旅行二日目の午後、揚州旅行のハイライト、痩西湖を紹介します。

蘇州、同里と揚州、古典園林を巡る旅(その3、揚州痩西湖)

5いいね!

2011/05/04 - 2011/05/08

87位(同エリア141件中)

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29

そんざー

そんざーさん

揚州観光といえば、痩西湖です。今回は、旅行二日目の午後、揚州旅行のハイライト、痩西湖を紹介します。

旅行の満足度
5.0
観光
4.5
ホテル
4.5
グルメ
5.0
ショッピング
2.5
交通
3.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
鉄道 高速・路線バス タクシー 徒歩
航空会社
ANA
旅行の手配内容
個別手配
  •  揚州と言えば、まず思い浮かぶのが痩西湖です。しかも、中国に詳しい人なら、痩西湖の五亭橋と言うに違いありません。中国人なら、誰もが知っていると言っても過言ではない揚州、痩西湖、そして五亭橋ですが、日本人にはどれも馴染みがあるわけではありません。<br /> しかしながら、揚州や痩西湖という名前は知らない日本人でも、この五亭橋の写真は見たことがあるかも知れません。かく言う私も、痩西湖に行きたいという気持ちはここ10年間以上あったのですが、なかなか機会に恵まれず、今回が初めての揚州への旅行となりました。<br />

     揚州と言えば、まず思い浮かぶのが痩西湖です。しかも、中国に詳しい人なら、痩西湖の五亭橋と言うに違いありません。中国人なら、誰もが知っていると言っても過言ではない揚州、痩西湖、そして五亭橋ですが、日本人にはどれも馴染みがあるわけではありません。
     しかしながら、揚州や痩西湖という名前は知らない日本人でも、この五亭橋の写真は見たことがあるかも知れません。かく言う私も、痩西湖に行きたいという気持ちはここ10年間以上あったのですが、なかなか機会に恵まれず、今回が初めての揚州への旅行となりました。

  •  痩西湖には沢山の出入口があります。とにかく痩西湖の風景区(入場料90元:2011年5月現在)は外周を歩くだけで3時間以上かかってしまうくらいの広さですから、出入口も沢山あるのです。今回、私が宿泊した揚州雲天格蘭大酒店は痩西湖の東門から徒歩3分程度に位置していたので、東門から入場です。<br /> 痩西湖には清の乾隆帝がたびたび南巡した際に立ち寄った言われていますが、乾隆帝の宿泊は今の冶春花園の近くだったようですから、正門から入り、長堤春柳、徐園と歩き、小金山を通って五亭橋へと歩いていたのだろうと思います。或いはそれに添って流れる川を舟で進んだに違いありません。ですから、普通はそのルートで行くと見所が多くて良いのですが、宿泊しているホテルの近くにせっかく東門があるので東門から入場です。この東門からですと、正門から入るより五亭橋は近いので、痩西湖で一番の見所、五亭橋へと急ぎます。<br />

     痩西湖には沢山の出入口があります。とにかく痩西湖の風景区(入場料90元:2011年5月現在)は外周を歩くだけで3時間以上かかってしまうくらいの広さですから、出入口も沢山あるのです。今回、私が宿泊した揚州雲天格蘭大酒店は痩西湖の東門から徒歩3分程度に位置していたので、東門から入場です。
     痩西湖には清の乾隆帝がたびたび南巡した際に立ち寄った言われていますが、乾隆帝の宿泊は今の冶春花園の近くだったようですから、正門から入り、長堤春柳、徐園と歩き、小金山を通って五亭橋へと歩いていたのだろうと思います。或いはそれに添って流れる川を舟で進んだに違いありません。ですから、普通はそのルートで行くと見所が多くて良いのですが、宿泊しているホテルの近くにせっかく東門があるので東門から入場です。この東門からですと、正門から入るより五亭橋は近いので、痩西湖で一番の見所、五亭橋へと急ぎます。

  •  門をくぐると早速痩西湖らしい景色が目に飛び込んできます。<br /> もともとは蛇行していた川を改造して湖のようにしたのが痩西湖で、乾隆帝が杭州の西湖を気に入っていたため、杭州の西湖に似せて造ったとも言われています。ただ、杭州の西湖よりも細長いので痩せた西湖ということで「痩西湖」と名づけられたとされています。遊覧船や石造りの太鼓橋などに杭洲の西湖の雰囲気を、いや失礼、痩西湖の雰囲気を感じさせます。<br /> 奥に見える橋は「二十四橋」といいます。

     門をくぐると早速痩西湖らしい景色が目に飛び込んできます。
     もともとは蛇行していた川を改造して湖のようにしたのが痩西湖で、乾隆帝が杭州の西湖を気に入っていたため、杭州の西湖に似せて造ったとも言われています。ただ、杭州の西湖よりも細長いので痩せた西湖ということで「痩西湖」と名づけられたとされています。遊覧船や石造りの太鼓橋などに杭洲の西湖の雰囲気を、いや失礼、痩西湖の雰囲気を感じさせます。
     奥に見える橋は「二十四橋」といいます。

  •  「二十四橋」です。大変優雅な形をした橋です。<br /> 二十四橋は長さ24メートルで、幅2.4メートル、橋の両側にある階段はそれぞれ24段、橋の上には24本の白玉の手すりが24枚の石板を囲んでいます。「二十四橋」の名前の謂れがどの「24」なのかは諸説まちまちだそうです。

    イチオシ

     「二十四橋」です。大変優雅な形をした橋です。
     二十四橋は長さ24メートルで、幅2.4メートル、橋の両側にある階段はそれぞれ24段、橋の上には24本の白玉の手すりが24枚の石板を囲んでいます。「二十四橋」の名前の謂れがどの「24」なのかは諸説まちまちだそうです。

  •  道端に咲いていた芍薬の花です。痩西湖では、「二十四橋景区」に300種類以上の芍薬の花が植えられ、観光客の目を楽しませてくれます。芍薬はその根がよく漢方薬に使われていますが、もともと中国が原産の花です。<br /> 芍薬は牡丹の花に似ていますが、牡丹が木に咲く花なのに対して、芍薬は草に咲く花です。赤や白、ピンクの芍薬の大きな花がこの辺りには咲き乱れています。<br />

     道端に咲いていた芍薬の花です。痩西湖では、「二十四橋景区」に300種類以上の芍薬の花が植えられ、観光客の目を楽しませてくれます。芍薬はその根がよく漢方薬に使われていますが、もともと中国が原産の花です。
     芍薬は牡丹の花に似ていますが、牡丹が木に咲く花なのに対して、芍薬は草に咲く花です。赤や白、ピンクの芍薬の大きな花がこの辺りには咲き乱れています。

  • いよいよ五亭橋が近づいてきました。<br /> 五亭橋は清の乾隆帝の南巡にあわせ建てられたもので、すでに二百年以上の歴史があります。 <br /> 乾隆帝の時代は康熙帝や雍正帝の時代から続く清の絶頂時代で、国土は拡大し国も富んでいました。そのため減税が実施されるとともに文化事業も盛んで、乾隆帝自身も詩を好み、六度にわたる南巡(中国江南地域への行幸)の間も、各地で詩を詠んでいます。<br /> そうした詩作は、例えば紹興の蘭亭や蘇州の滄浪亭でも見られますが、やはり杭州の西湖のような風光明媚なところでの詩作が好まれていたようです。<br /> 清の乾隆時代には、既に揚州の塩商人は清の皇室との関係を強化し中国の塩の流通を一手に握っており、その権益を守るために、乾隆帝の南巡時には揚州も訪問してもらわなければならない事情がありました。詩作が好きな乾隆帝のために痩西湖を、そして、五亭橋や後述する白塔を造り上げた経緯にあるのです。<br />

    いよいよ五亭橋が近づいてきました。
     五亭橋は清の乾隆帝の南巡にあわせ建てられたもので、すでに二百年以上の歴史があります。
     乾隆帝の時代は康熙帝や雍正帝の時代から続く清の絶頂時代で、国土は拡大し国も富んでいました。そのため減税が実施されるとともに文化事業も盛んで、乾隆帝自身も詩を好み、六度にわたる南巡(中国江南地域への行幸)の間も、各地で詩を詠んでいます。
     そうした詩作は、例えば紹興の蘭亭や蘇州の滄浪亭でも見られますが、やはり杭州の西湖のような風光明媚なところでの詩作が好まれていたようです。
     清の乾隆時代には、既に揚州の塩商人は清の皇室との関係を強化し中国の塩の流通を一手に握っており、その権益を守るために、乾隆帝の南巡時には揚州も訪問してもらわなければならない事情がありました。詩作が好きな乾隆帝のために痩西湖を、そして、五亭橋や後述する白塔を造り上げた経緯にあるのです。

  • 乾隆帝の話に戻りましょう。清の時代というのは、満州族による漢民族統治の時代です。もちろん、乾隆帝も満州族の出身です。満州族による漢民族統治の象徴は辮髪(頭髪を一部を残して剃りあげ、残りの毛髪を伸ばして三編みにし、後ろに垂らした男性の髪型。清の時代は、男性が辮髪しないと逮捕された。)で、辮髪にすることにより満州族への服従を表していたものでした。一方、皇帝の方は、詩作をしたり、庭園を巡ったり、書を集めたりしながら、漢民族の文化を尊重する姿勢を見せていました。その最たる皇帝が乾隆帝で、漢民族の歴史と文化を尊重し、融和を図っていたのでした。南巡は、そうした民族融和の象徴で、特に豊かな江南エリアを巡ることにより、安定した体制の構築を図っていたものと考えて良いと思います。そうしたなかで、乾隆帝が漢文化に強い興味を持ったことも、南巡の回数を重ねた一因であることも間違いのない説と思います。<br /> そんな漢民族と満州族の融和などにも思いを致しながら歩いていると、いよいよ五亭橋に登る階段の手前に出ました。ここから仰ぐ五亭橋も立派です。<br />

    乾隆帝の話に戻りましょう。清の時代というのは、満州族による漢民族統治の時代です。もちろん、乾隆帝も満州族の出身です。満州族による漢民族統治の象徴は辮髪(頭髪を一部を残して剃りあげ、残りの毛髪を伸ばして三編みにし、後ろに垂らした男性の髪型。清の時代は、男性が辮髪しないと逮捕された。)で、辮髪にすることにより満州族への服従を表していたものでした。一方、皇帝の方は、詩作をしたり、庭園を巡ったり、書を集めたりしながら、漢民族の文化を尊重する姿勢を見せていました。その最たる皇帝が乾隆帝で、漢民族の歴史と文化を尊重し、融和を図っていたのでした。南巡は、そうした民族融和の象徴で、特に豊かな江南エリアを巡ることにより、安定した体制の構築を図っていたものと考えて良いと思います。そうしたなかで、乾隆帝が漢文化に強い興味を持ったことも、南巡の回数を重ねた一因であることも間違いのない説と思います。
     そんな漢民族と満州族の融和などにも思いを致しながら歩いていると、いよいよ五亭橋に登る階段の手前に出ました。ここから仰ぐ五亭橋も立派です。

  •  五つの亭は橋の両側に二つの亭が並び、中央に少し高い屋根の亭があって、それらを廊下のような建物がつないでいるという構造です。上の写真はその廊下の部分です。亭にも廊下にも浅い腰掛けがあって、腰掛けに腰を下ろしながら五亭橋からの眺めを楽しむことができるようになっています。<br />

     五つの亭は橋の両側に二つの亭が並び、中央に少し高い屋根の亭があって、それらを廊下のような建物がつないでいるという構造です。上の写真はその廊下の部分です。亭にも廊下にも浅い腰掛けがあって、腰掛けに腰を下ろしながら五亭橋からの眺めを楽しむことができるようになっています。

  •  五亭橋から見る小金山方面の風景です。黄土色の建物に丸い門が付いている建物が釣魚台です。釣魚台は、五亭橋を見る最高の場所といわれています。<br /> 釣魚台は乾隆帝が揚州行幸の際に釣り糸を垂れて楽しんだ場所だとされています。この五亭橋は乾隆帝の六回目(ということは最終の)南巡にあわせて建造されたものですので、むしろ、乾隆帝が釣り糸を垂れる場所から最も美しく見える場所に五亭橋を造ったという方が正しいと思います。乾隆帝も釣魚台からの景色を大変気に入っていたそうです。<br /> <br />

     五亭橋から見る小金山方面の風景です。黄土色の建物に丸い門が付いている建物が釣魚台です。釣魚台は、五亭橋を見る最高の場所といわれています。
     釣魚台は乾隆帝が揚州行幸の際に釣り糸を垂れて楽しんだ場所だとされています。この五亭橋は乾隆帝の六回目(ということは最終の)南巡にあわせて建造されたものですので、むしろ、乾隆帝が釣り糸を垂れる場所から最も美しく見える場所に五亭橋を造ったという方が正しいと思います。乾隆帝も釣魚台からの景色を大変気に入っていたそうです。

  •  五亭橋の風鈴の話をしましょう。<br /> 写真を見ると、反りあがった庇の下に大きな風鈴のようなものがいくつも見えるでしょうか。実は、五亭橋に登るとカラン、カランと鐘の音が不規則に聞こえるのですが、これが風鈴です。<br />

     五亭橋の風鈴の話をしましょう。
     写真を見ると、反りあがった庇の下に大きな風鈴のようなものがいくつも見えるでしょうか。実は、五亭橋に登るとカラン、カランと鐘の音が不規則に聞こえるのですが、これが風鈴です。

  •  拡大すると、風鈴といってもチャチなものではなくまさに鐘がぶら下がっている感じです。風鈴というのは中国から日本に伝わったもので、かつて唐の時代から皇帝が占い(お告げ)をする際に使用したものです。これなども、さきほど説明した清朝の皇族(満州族)の漢民族文化への理解の一つなのですが、風鈴を皇帝のこうした行幸先に設置することにより、漢民族の安定的な支配に役立てようとする背景があるのです。<br />

     拡大すると、風鈴といってもチャチなものではなくまさに鐘がぶら下がっている感じです。風鈴というのは中国から日本に伝わったもので、かつて唐の時代から皇帝が占い(お告げ)をする際に使用したものです。これなども、さきほど説明した清朝の皇族(満州族)の漢民族文化への理解の一つなのですが、風鈴を皇帝のこうした行幸先に設置することにより、漢民族の安定的な支配に役立てようとする背景があるのです。

  •  痩西湖最大の見所は五亭橋です。五亭橋は、清の乾隆帝の6回目の南巡(中国江南地方への行幸)の際に、当時清国内での塩の権益を一手に掌握していた揚州の塩商人と塩役人たち(塩は国の専売であり、価格や流通量などは国によって統制されていた)が、乾隆帝に今後とも揚州を訪れてもらいたいという意図から、揚州をアピールするために建造されたものです。<br /><br /> 乾隆帝到着の夜に、塩商人たちは早速五亭橋を見せたそうです。五亭橋を見た乾隆帝からの「ここに北京の北海公園にあるような白塔があれば満点なのだが、……」との感想に対し、塩商人の代表が「もちろん、ございますとも。ただ、今は夜でございますのでご覧に入れることができません。明日の朝、ご案内申し上げます。」と咄嗟に口からでまかせを言ったことに端を発して、白塔が建造されているそうです。

     痩西湖最大の見所は五亭橋です。五亭橋は、清の乾隆帝の6回目の南巡(中国江南地方への行幸)の際に、当時清国内での塩の権益を一手に掌握していた揚州の塩商人と塩役人たち(塩は国の専売であり、価格や流通量などは国によって統制されていた)が、乾隆帝に今後とも揚州を訪れてもらいたいという意図から、揚州をアピールするために建造されたものです。

     乾隆帝到着の夜に、塩商人たちは早速五亭橋を見せたそうです。五亭橋を見た乾隆帝からの「ここに北京の北海公園にあるような白塔があれば満点なのだが、……」との感想に対し、塩商人の代表が「もちろん、ございますとも。ただ、今は夜でございますのでご覧に入れることができません。明日の朝、ご案内申し上げます。」と咄嗟に口からでまかせを言ったことに端を発して、白塔が建造されているそうです。

  •  本当に上のような会話があったかどうかも疑わしいですが、その後の話はもっと胡散臭い(うさんくさい)ものです。早速、その場しのぎに口からでまかせで出た白塔を、明日までにどのように作るかが、塩商人・役人間で議論されたそうです。白塔の話がうそとばれてしまえば、揚州の塩の権益が失われてしまうかもしれないとの危機感の中で、ある商人が「それなら塩を積んで塩で塔を作れば、乾隆帝の揚州滞在期間は崩れないで済むのではないか」との意見を出し、結局、その晩、突貫工事で塩の塔を作り、翌朝、乾隆帝のご覧に入れたという話です。乾隆帝はその塔をご覧になり「見事な輝きを持つ白塔なり」と言ったとか、言わないとかの話です。この「一夜にして塔を作り上げた」話は、中国人の間ではよく知られた話です。<br /> 今の白塔は、もちらん、塩製ではなく、建てかえられたものです。<br /> 一般的にこうした塔が建てられるのは宗教的な意味合いが何かあるものですが、前述の通り、この白塔建設は単に乾隆帝の好みに合うように建てただけのものですから、何ら宗教的な意味合いはありません。また、なぜ白い塔なのかと言うと、北京の北海公園を真似しただけであり、また、最初は塩で作られた(これは真偽のほどは分かりません)というだけの話です。<br /> とは言え、高さ27.5mの立派な塔です。

     本当に上のような会話があったかどうかも疑わしいですが、その後の話はもっと胡散臭い(うさんくさい)ものです。早速、その場しのぎに口からでまかせで出た白塔を、明日までにどのように作るかが、塩商人・役人間で議論されたそうです。白塔の話がうそとばれてしまえば、揚州の塩の権益が失われてしまうかもしれないとの危機感の中で、ある商人が「それなら塩を積んで塩で塔を作れば、乾隆帝の揚州滞在期間は崩れないで済むのではないか」との意見を出し、結局、その晩、突貫工事で塩の塔を作り、翌朝、乾隆帝のご覧に入れたという話です。乾隆帝はその塔をご覧になり「見事な輝きを持つ白塔なり」と言ったとか、言わないとかの話です。この「一夜にして塔を作り上げた」話は、中国人の間ではよく知られた話です。
     今の白塔は、もちらん、塩製ではなく、建てかえられたものです。
     一般的にこうした塔が建てられるのは宗教的な意味合いが何かあるものですが、前述の通り、この白塔建設は単に乾隆帝の好みに合うように建てただけのものですから、何ら宗教的な意味合いはありません。また、なぜ白い塔なのかと言うと、北京の北海公園を真似しただけであり、また、最初は塩で作られた(これは真偽のほどは分かりません)というだけの話です。
     とは言え、高さ27.5mの立派な塔です。

  • 痩西湖の景観を語るうえでこの白塔の存在が欠かせないのは、釣魚台からの眺めです。白塔から五亭橋までを一望すると、上の写真のように見事な風景になります。この風景は、風光明媚な痩西湖の中でも最も秀麗なものだと思います。<br /> 白塔と五亭橋の間にある建物は鳧荘という建物で、水上に建てられた宴会場です。よくよく上の写真を見ると、もし鳧荘がなければ、二つの建造物の間が空き過ぎてちょっと間の抜けた風景になってしまうのですが、鳧荘があることで締まった景観になっているような気がします。<br />

    痩西湖の景観を語るうえでこの白塔の存在が欠かせないのは、釣魚台からの眺めです。白塔から五亭橋までを一望すると、上の写真のように見事な風景になります。この風景は、風光明媚な痩西湖の中でも最も秀麗なものだと思います。
     白塔と五亭橋の間にある建物は鳧荘という建物で、水上に建てられた宴会場です。よくよく上の写真を見ると、もし鳧荘がなければ、二つの建造物の間が空き過ぎてちょっと間の抜けた風景になってしまうのですが、鳧荘があることで締まった景観になっているような気がします。

  •  五亭橋から見た鳧荘(ふそう)です。痩西湖の水上に建てられた建物で宴会の場所として使われていたようです。四面を水に囲まれた環境で、目の前には五亭橋が架かっているわけです。<br />

     五亭橋から見た鳧荘(ふそう)です。痩西湖の水上に建てられた建物で宴会の場所として使われていたようです。四面を水に囲まれた環境で、目の前には五亭橋が架かっているわけです。

  • 鳧荘に続く曲橋です。岸から鳧荘へ行く唯一の手段がこの曲橋です。橋の上を曲がるたびに、五亭橋が見え隠れし、かつ、だんだんと近づいていくという設定です。なかなか心憎い設計です。<br />

    鳧荘に続く曲橋です。岸から鳧荘へ行く唯一の手段がこの曲橋です。橋の上を曲がるたびに、五亭橋が見え隠れし、かつ、だんだんと近づいていくという設定です。なかなか心憎い設計です。

  •  鳧荘から仰ぎ見る五亭橋です。写真にしてしまうとその迫力が分かりづらいのですが、これだけ間近に五亭橋が見えると、それはもう圧巻の風景です。  鳧荘はその周りを回廊が巡っていて、痩西湖の様々な景観を楽しむことができるようになっています。酒を飲み美食を味わい、恐らくは美女をはべらせ、そして痩西湖の景観を楽しむという、まさに夢のような宴会場が鳧荘なのです。

     鳧荘から仰ぎ見る五亭橋です。写真にしてしまうとその迫力が分かりづらいのですが、これだけ間近に五亭橋が見えると、それはもう圧巻の風景です。  鳧荘はその周りを回廊が巡っていて、痩西湖の様々な景観を楽しむことができるようになっています。酒を飲み美食を味わい、恐らくは美女をはべらせ、そして痩西湖の景観を楽しむという、まさに夢のような宴会場が鳧荘なのです。

  •  さて、この日はホテル近くの東門から入りましたので、先に五亭橋を見てしまいましたが、正門から入った場合は、まず長堤春柳という地域に入ります。<br /> 痩西湖を正門から入ってしばらく行くと、川に沿って柳並木が続く気持ちの良い散歩道になります。ここが長堤春柳といわれる地域で、写真の通り、道の両側に柳の木が揺れ、気持ちの良い通りです。春には桃の花が咲くのもこのあたりです。<br /> 痩西湖が杭州の西湖をイメージして作られたことは他でも書きましたが、西湖の柳浪聞鶯や蘇堤のあたりが、この長堤春柳のモデルではないでしょうか。雰囲気としては蘇堤の歩道を歩いているような気持ちになりますが、蘇堤の場合は両側が西湖です。湖の浚渫で出た泥を積み上げて堤にしたのが蘇堤ですから、長堤春柳のスケールはかなり劣ります。でも、この長堤春柳では爽やかな風が流れ、のんびりと雰囲気を味わいたくなる気持ちになります。これからの痩西湖観光に大いに期待を持たせる風景です。<br />

     さて、この日はホテル近くの東門から入りましたので、先に五亭橋を見てしまいましたが、正門から入った場合は、まず長堤春柳という地域に入ります。
     痩西湖を正門から入ってしばらく行くと、川に沿って柳並木が続く気持ちの良い散歩道になります。ここが長堤春柳といわれる地域で、写真の通り、道の両側に柳の木が揺れ、気持ちの良い通りです。春には桃の花が咲くのもこのあたりです。
     痩西湖が杭州の西湖をイメージして作られたことは他でも書きましたが、西湖の柳浪聞鶯や蘇堤のあたりが、この長堤春柳のモデルではないでしょうか。雰囲気としては蘇堤の歩道を歩いているような気持ちになりますが、蘇堤の場合は両側が西湖です。湖の浚渫で出た泥を積み上げて堤にしたのが蘇堤ですから、長堤春柳のスケールはかなり劣ります。でも、この長堤春柳では爽やかな風が流れ、のんびりと雰囲気を味わいたくなる気持ちになります。これからの痩西湖観光に大いに期待を持たせる風景です。

  •  長堤春柳から痩西湖方面を見ると、遊覧船がのどかに走る姿を数多く目にします。痩西湖は蛇行した川を拡張して湖にしたものですから、このあたりはまるで川のようですが、痩西湖の一部です。<br />

     長堤春柳から痩西湖方面を見ると、遊覧船がのどかに走る姿を数多く目にします。痩西湖は蛇行した川を拡張して湖にしたものですから、このあたりはまるで川のようですが、痩西湖の一部です。

  •  徐園を過ぎてまもなく行くと上の写真のような赤い橋が見えます。ここが痩西湖で最も大きな島である小金山への入口です。小金山はまた、痩西湖で最も高い山でもあります。島なのになぜ小金島という名前にしないで、小金山という名前にしたのでしょうか。<br /> この小金山という名前には次の二つの由来があります。<br /> 一つは、この島を作るのには大変お金がかかった、山のような金を使ったから小金山にしたのだという説です。もう一つは、揚州の隣町、鎮江にある金山(金山寺という名刹もある信仰の山)に因んで、「小さい」金山ということで「小金山」としたという説です。

     徐園を過ぎてまもなく行くと上の写真のような赤い橋が見えます。ここが痩西湖で最も大きな島である小金山への入口です。小金山はまた、痩西湖で最も高い山でもあります。島なのになぜ小金島という名前にしないで、小金山という名前にしたのでしょうか。
     この小金山という名前には次の二つの由来があります。
     一つは、この島を作るのには大変お金がかかった、山のような金を使ったから小金山にしたのだという説です。もう一つは、揚州の隣町、鎮江にある金山(金山寺という名刹もある信仰の山)に因んで、「小さい」金山ということで「小金山」としたという説です。

  •  小金山で見るべきものは3つあります。一つは何と言っても釣魚台です。釣魚台からの五亭橋の眺めは痩西湖のハイライトです。二つ目は、風亭という山の上の亭です。そして、3つ目が関帝殿です。<br /> 写真は関帝殿、三国志の関羽を神様として祀っている建物です。関羽は恐らくは中国で最も信仰されている神様で、関帝廟という関羽を祀る寺院は中国各地に、また、全世界のチャイナタウンで見られます。武勇で名高い関羽ですが、関公として信仰されると「商売の神様」になります。この関羽信仰は、日本には入ってこなかったようです。<br />

     小金山で見るべきものは3つあります。一つは何と言っても釣魚台です。釣魚台からの五亭橋の眺めは痩西湖のハイライトです。二つ目は、風亭という山の上の亭です。そして、3つ目が関帝殿です。
     写真は関帝殿、三国志の関羽を神様として祀っている建物です。関羽は恐らくは中国で最も信仰されている神様で、関帝廟という関羽を祀る寺院は中国各地に、また、全世界のチャイナタウンで見られます。武勇で名高い関羽ですが、関公として信仰されると「商売の神様」になります。この関羽信仰は、日本には入ってこなかったようです。

  • 小金山の上の方には、風亭といって、見晴らしの良い場所があると聞いていたので、ちょっと登ってみましょう。黄石で組まれた階段を登っていきます。山の頂上ではないので大して時間はかかりません。

    小金山の上の方には、風亭といって、見晴らしの良い場所があると聞いていたので、ちょっと登ってみましょう。黄石で組まれた階段を登っていきます。山の頂上ではないので大して時間はかかりません。

  • これが風亭です。<br /> 風亭は痩西湖風景区の一番高いところにあって、ここは前出の朱自清先生が「痩西湖の湖上風景がいいし、月見も相応しいところだ」と言った最高の眺めを楽しめる場所だったようですが、周りの木が生い茂って、視界は残念ながら遮られています。<br /> 風亭に行くと、風鈴のような音が不規則に聞こえます。ここは、風の通り道になっているようで、屋根から吊るされた鐘が四方八方から周りを舞う風に揺らされて、華麗な音を響かせます。五亭橋にも同じように、鐘が吊るされてい鐘と同じ音が響きます。

    これが風亭です。
     風亭は痩西湖風景区の一番高いところにあって、ここは前出の朱自清先生が「痩西湖の湖上風景がいいし、月見も相応しいところだ」と言った最高の眺めを楽しめる場所だったようですが、周りの木が生い茂って、視界は残念ながら遮られています。
     風亭に行くと、風鈴のような音が不規則に聞こえます。ここは、風の通り道になっているようで、屋根から吊るされた鐘が四方八方から周りを舞う風に揺らされて、華麗な音を響かせます。五亭橋にも同じように、鐘が吊るされてい鐘と同じ音が響きます。

  •  風亭の天井です。鮮やかな色彩の絵が描かれています。竜の絵が描かれているところに、皇帝(乾隆帝)がこの風亭にも足を運んだ跡が見えるようです。

     風亭の天井です。鮮やかな色彩の絵が描かれています。竜の絵が描かれているところに、皇帝(乾隆帝)がこの風亭にも足を運んだ跡が見えるようです。

  •  釣魚台へは小金山の橋から堤のような道が湖の中へと伸びていますので、これを突き当りまで歩いていきます。痩西湖の自然を全身に感じながらの散歩は本当に気持ちが良いものです。<br /> ここが釣魚台です。釣魚台という名の建物は中国には沢山あります。揚州、痩西湖の釣魚台は最も小さい部類に入りますが、その形は、中国の亭閣建築の模範とされています。そう言われてみると、なかなか良いデザインです。<br /> 釣魚台はそもそも音楽が演奏される場所として建てられたものです。が、釣魚台と名づけられたのには、次のような逸話があるからです。乾隆帝がここに来た時、いきなり釣りをしたいと言い出し釣りを始めたのですが、何時間たっても、魚が釣れなかったようです。揚州の塩商人や塩役人たちはこれは一大事と、地元の漁師を水中に潜らせて、皇帝が垂れる釣り針に魚を取り付けたそうです。何も知らない乾隆帝は、次々と釣れる魚に上機嫌になり、この場所が好きになったという逸話です。何でもありの究極のゴマすりです。

     釣魚台へは小金山の橋から堤のような道が湖の中へと伸びていますので、これを突き当りまで歩いていきます。痩西湖の自然を全身に感じながらの散歩は本当に気持ちが良いものです。
     ここが釣魚台です。釣魚台という名の建物は中国には沢山あります。揚州、痩西湖の釣魚台は最も小さい部類に入りますが、その形は、中国の亭閣建築の模範とされています。そう言われてみると、なかなか良いデザインです。
     釣魚台はそもそも音楽が演奏される場所として建てられたものです。が、釣魚台と名づけられたのには、次のような逸話があるからです。乾隆帝がここに来た時、いきなり釣りをしたいと言い出し釣りを始めたのですが、何時間たっても、魚が釣れなかったようです。揚州の塩商人や塩役人たちはこれは一大事と、地元の漁師を水中に潜らせて、皇帝が垂れる釣り針に魚を取り付けたそうです。何も知らない乾隆帝は、次々と釣れる魚に上機嫌になり、この場所が好きになったという逸話です。何でもありの究極のゴマすりです。

  •  この釣魚台から見る五亭橋は痩西湖観光のハイライトですから、とにかく観光客が絶えません。本当は誰もいない釣魚台からの五亭橋を写真に撮りたいのですが、待てども待てども観光客がポーズをとってしまいます。<br /> 五亭橋は、三列に見える両側に二つずつの亭があるのですが、釣魚台の円洞門越しに見る五亭橋は、あたかも三亭のように、建物が重なります。そういう角度になるように五亭橋が建てられているのです。乾隆帝がお気に召した釣魚台からの眺めが最も秀麗なものになる場所に五亭橋が建てられたということなのです。

    イチオシ

     この釣魚台から見る五亭橋は痩西湖観光のハイライトですから、とにかく観光客が絶えません。本当は誰もいない釣魚台からの五亭橋を写真に撮りたいのですが、待てども待てども観光客がポーズをとってしまいます。
     五亭橋は、三列に見える両側に二つずつの亭があるのですが、釣魚台の円洞門越しに見る五亭橋は、あたかも三亭のように、建物が重なります。そういう角度になるように五亭橋が建てられているのです。乾隆帝がお気に召した釣魚台からの眺めが最も秀麗なものになる場所に五亭橋が建てられたということなのです。

  • 一瞬観光客がいなくなったところを写しましたが、こういう時間は殆どありません。私の二回目の揚州訪問時は、早朝に釣魚台に行ってみましたが、このときは観光客がいくらか少なかったので、ゆっくりと写真を撮ることができました。

    一瞬観光客がいなくなったところを写しましたが、こういう時間は殆どありません。私の二回目の揚州訪問時は、早朝に釣魚台に行ってみましたが、このときは観光客がいくらか少なかったので、ゆっくりと写真を撮ることができました。

  •  釣魚台から見る五亭橋です。如何でしょうか。<br /> やはりここから見る五亭橋が最も美しいですね。<br />

     釣魚台から見る五亭橋です。如何でしょうか。
     やはりここから見る五亭橋が最も美しいですね。

  •  そして、さらに視野を広げると、そこには白塔が見えます。この白塔は、五亭橋を見た乾隆帝からの「ここに北京の北海公園にあるような白塔があれば満点なのだが、……」との感想を受けて、一晩で塩製の塔を作ったのが始まりだといわれています。<br /> この景色、なかなか印象的です。流石に揚州が誇る痩西湖の絶景ポイントです。<br /><br />痩西湖についての詳細は、私のHP「アジア写真帳(揚州)」に記載してありますので、興味のある方はそれもご覧ください。

    イチオシ

     そして、さらに視野を広げると、そこには白塔が見えます。この白塔は、五亭橋を見た乾隆帝からの「ここに北京の北海公園にあるような白塔があれば満点なのだが、……」との感想を受けて、一晩で塩製の塔を作ったのが始まりだといわれています。
     この景色、なかなか印象的です。流石に揚州が誇る痩西湖の絶景ポイントです。

    痩西湖についての詳細は、私のHP「アジア写真帳(揚州)」に記載してありますので、興味のある方はそれもご覧ください。

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