2011/05/04 - 2011/05/08
23位(同エリア141件中)
そんざーさん
揚州には初めての訪問です。揚子江と京杭運河が交わる水運の要衝に栄えた街で、痩西湖や个園などで知られる歴史の街です。また、蟹粉湯包や三丁包(饅頭)など「揚州点心」や、何と言ってもチャーハンの代表格「揚州炒飯」の本場でもあります。そんなグルメの楽しみも今回の旅行の目的です。
初回は揚州点心の老舗、富春茶社での朝食や、揚州随一の庭園、个園の観光などを紹介します。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 2.5
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
イチオシ
今回の旅行は、揚州と蘇州、同里を5日間で回る旅です。
羽田から上海虹橋空港、虹橋駅から和諧号に乗り鎮江経由バスに乗り換え揚州へ。揚州で二泊の後、鎮江経由でバスと和諧号を乗り継ぎ、蘇州へ。蘇州で二泊し、上海浦東からの夕方の便で成田に帰るという忙しい旅です。
それぞれの日のポイントは次の通りです。
<1日目>
中国の労働節(ゴールデンウィーク)に予約なしで和諧号に乗れるかという不安。
グルメの街、揚州のホテルで食った揚州炒飯。
<2日目>
富春茶社での揚州点心。特に、蟹粉湯包は絶品。
个園、何園という揚州を代表する庭園の見学。
清の康熙帝のために整備したといわれる痩西湖の見学
地元の人気店、盛宴での夕食。
<3日目>
老舗の冶春花園で、豪華な揚州点心コースを満喫。
鑑真のふるさと、揚州・大明時の見学。
(蘇州へ移動)
拙政園、留園を、もう4度目なので駆け足で見学。
蘇州料理の老舗、松鶴楼で蘇州料理を堪能。
<4日目>
バスで同里へ移動し、同里古鎮を散策。
同里古鎮にある古典園林、退思園を見学し、大感激。
バスで蘇州へ戻り、蘇州市茶葉市場で中国茶を大量に購入。
乞食鶏で名高い王四酒家で、看板料理の乞食鶏の夕食。
<5日目>
バスで木涜古鎮へ移動し、古鎮を散策。古松園等の見学。
私の大好きな蘇州麺専門店、朱鴻興麺館の蟹粉麺で昼食。
蘇州から直通バスで浦東空港へ移動し、日本への帰国の途へ。
写真は、揚州・痩西湖の五亭橋です。 -
初日の話からしましょう。
最近は羽田から虹橋空港行きのフライトが飛ぶようになって、和諧号への乗継が大変便利になりました。この旅行は、例の和諧号の大事故が起こる前でしたので、予約なしで当日売りの切符が買えるか、ということが一番の心配事でした。結果的には、1時間待ちくらいでファーストクラス(普通席と比較しても値段はそんなに高くありません。)の席は取れましたので、事なきを得ました。
和諧号の大惨事以降の9月にも和諧号に乗る機会がありましたが、思ったほどには客足は衰えていません。ただ、切符の購入に当たって身分証明書(日本人ならパスポート)が求められるようになっていました。身元不明者が沢山出た反省なのでしょうが、おかげで外国人は自動販売機で買えなくなっていました。 -
上海から揚州への移動時間なのですが、虹橋駅から鎮江までの和諧号は1時間半程度。(大惨事前は1時間15分くらいだったでしょうか。最高速度は時速350kmから300kmに大幅にダウンしていました。)
鎮江から揚州までのバスは1時間程度で、バスは日中は15分間隔程度で走っていますので、待ち時間のロスなどは殆どありません。 -
この日は、揚州からタクシーでホテルに着くと、もう夕方の5時を回っていて、ホテルの周りを散策したら、もうあたりは暗くなってしまいました。
今回泊まったホテルは、4つ星ホテル、揚州格蘭雲天大酒店(グランドスカイライトホテル揚州)です。このホテルは2010年にオープンしたばかりなのですが、従業員教育がなかなかしっかりしていて、また、英語を話すスタッフも多いのでびっくりさせられます。フロントは勿論のこと、客室清掃のスタッフの一部も英語を話します。設備は機能的で新しく、また、揚州一の観光地である痩西湖にも徒歩五分くらいで行けるという立地の良さも魅力です。
そんな具合にこのホテルが気に入ってしまったので、ついついホテルの中華レストランに行ってしまったのですが、例によって、今回も一人旅なので、あまり多くの注文はできません。揚州名物の蟹粉獅子頭と揚州炒飯が食べられれば良しです。
まず一品目は、蟹粉獅子頭、蟹粉入りハンバーグです。上海や蘇州などでさんざん食べてきた蟹粉獅子頭も、やはり本場、揚州の蟹粉獅子頭には敵いません。かなり旨いです。 -
この中華料理レストランは、名前は単に「中餐庁」というレストランという意味の中国語で紹介されているだけですが、広東料理レストランとしてホテルの案内では紹介されています。とは言え、私としては、揚州名物の蟹粉獅子頭と揚州炒飯が目当てですので、それでは広東料理レストランとしての腕前を見ることはできません。
そこで注文したのが、この野菜炒めです。写真の通り、フランス料理のような色彩で出されたその味は、確かに広東料理のさわやかさを感じさせる味付けで、これまた、かなり旨いです。香港在住3年間、広東料理にはうるさい私を感動させる素晴らしい野菜炒めです。 -
そして、お待ちかねの揚州炒飯の登場です。一人で食べるには、当然多すぎる量の揚州炒飯です。見た目には、海老、ハム、ねぎ、にんじんなどと炒められただけの平凡な玉子チャーハンです。4つ星レストランのレストランなのに、お皿に花などが飾られることもなく、質素な盛り付けで、それがかえって「味で勝負だ」と訴えているようでもあります。
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お皿からお椀に入れ替えて揚州炒飯を食べます。
うーん、絶品。もう、100回か200回か分からないほど食べてきた揚州炒飯ですが、ここ揚州の本場の味は流石です。シンプルな味付けですが、食べても食べても、もう一杯食べたい、そんな気にさせてくれるチャーハンなのです。脂っこくなく、しつこくなく、食欲をそそるチャーハンです。具沢山という訳でもないのに、海老やハムなどの味わいが豊かで、広東料理の野菜炒めをおかずに何杯も食べてしまいました。旨い! 絶品の味です。
この揚州格蘭雲天大酒店(グランドスカイライトホテル揚州)の2階のレストランは旨いですね。今度また揚州に来る機会があれば、ぜひまた食べたいレストランです。 -
《二日目》
●富春茶社で揚州点心の朝食
准揚料理という中華料理の種類を聞いたことがあるでしょうか。気候や素材が地域により異なる中国では地域ごとにその地に適した料理が発達していたのですが、准揚料理は広東料理や四川料理などと並んで、准揚地区で発達した料理法で、中国人ならたいていは知っている料理法です。ここで言う准揚地域の中心地が揚州です。
日本ではあまり知られていない揚州、そして准揚料理ですが、中国料理の本を紐解くと、これが北京の宮廷料理に強い影響を与えたとか、上海料理や杭州料理など江南の料理の本流であるなどと書かれていますし、私などは広東料理に相通じるものもあるという印象も持っています。揚州は海に比較的近く、また、河川・湖沼に恵まれ、肥沃な土地で農作物も豊富なだけに、素材の味を生かした料理が一つの特徴です。
その揚州では、宮廷料理系とは別に小吃(軽食)も長い歴史を持っていて、なかでもここで紹介する富春茶社は隋の時代から延々とその味を守っている老舗です。揚州市内は再開発が進んでしまっているのですが、かろうじてここ国慶路周辺は、昔の揚州の街並みが残っていて、富春茶社はその国慶路から路地に入ったところにあります。上の写真は国慶路から路地に入るところの写真で、ここに大きく富春茶社の看板があります。 -
富春茶社の入口です。富春茶社は隋の燿帝の時代から包子(日本で言えば肉まん、あんまんの類のまんじゅう)で知られた名店で、写真の六角形の建物が入口で、その裏の建物数棟が富春茶社というレストラン、食堂です。とにかく広い店です。
-
富春茶社の店内です。既に沢山のお客さんが入っていますが、地元の方に混じって、中国の別の地域から来た観光客らしい姿もちらほらあります。一方、日本人を含めて外人さんの姿は見当たりませんでした。揚州は、上海からでさえ新幹線とバスを乗り継いで3時間くらいかかりますから、交通の便が今一つですので、なかなか外人観光客は来づらい街ですし、朝食をホテルで済ます観光客が多いからかもしれません。最近は北朝鮮の金正日総書記が揚州に来ていましたが、さすがに富春茶社には足を伸ばしていないと思います。
さて、富春茶社ではこういったテーブルでの相席になります。香港で飲茶をするときも老舗の飲茶屋さんでも、同じようにテーブルは相席です。香港では相席のテーブルに座っていればそのうち飲茶屋さんの小姐がお茶の注文など取りに来るのですが、この富春茶社が香港の飲茶屋さんと違うのは、小姐はお茶の注文など取りに来ませんし、飲茶を売るワゴンや点心の注文ペーパーなどもないことです。この店では食券制になっているのです。 -
さて、富春茶社での注文の仕方です。店に入ったら席を確保し、レジで注文をします。レジの後ろに写真の通り価格表が出ていますので、これを見ながら注文します。朝はセットになっていて、35元から18元の4種類から選びます。右上にはこの店の名物料理である湯包を単品で注文した場合の価格も出ています。
ここでセットを選ぶコツですが、この富春茶社の看板メニューである富春湯包(蟹粉湯包)と五丁包は外せません。そうなると、30元のセットか35元のセットでなければなりません。今回は初めての富春茶社なので、35元のセットと5元のお茶を注文しました。 -
お茶が出てきました。5元のお茶ですから、特級品のお茶です。茶社というのはそもそもお茶を飲むところですので、5元出すと良いお茶が飲めます。香港や広州の飲茶も、もともとはお茶を飲みながら、家族や友人とおしゃべりしたり、本を読んだりして、くつろぐ店です。そのついでに点心をつまむのです。日本人が飲茶に行くと食べることに夢中になりますが、今でも香港人や広州人はお茶を楽しみながら思い思いに飲茶屋のひと時を楽しんでいます。
因みに、左の容器には酢が入っています。 -
イチオシ
まず最初に湯包が出てきました。富春湯包と店の名前が付けられた湯包です。これが意外に大きいのですが、隣の箸と比較して大きさのイメージが湧くでしょうか。湯包は、読んで字の如く、スープ饅頭です。(「包」は饅頭の意味です。)
湯包の食べ方ですが、テーブルの上に小さいストローがあるので、これでチュッチュッと吸っていきます。湯包の中には蟹粉がたっぷり入った熱々のスープが入っています。これが旨いのなんのって、上海や台北で食べる小龍包のスープがおいしいなどと言っている人にはぜひ食べさせたい料理です。実は私も上海の南翔小龍包が大好きなのですが、それとは比較にならない旨さ、そして大きさです。
この料理を食べるのに難しいのは、地元の人のようになかなか最後までスープを吸いきれないところです。結構吸って吸って吸いまくってそろそろ吸い終わったかと思って、湯包を口に入れようとしたら、残っていた湯包のスープがこぼれて「おっと勿体無い」という気になってしまいます。すかさず小姐にお碗をもらってお碗に湯包を入れたら、意外に沢山のスープが残っていました。最初からお碗がテーブルにでもあれば良いのですが、お碗は小姐にもらわないと出てきません。湯包はチュルチュルと飲むのが流儀のようで、お碗に移している人など、私以外には全くいません。でも、日本人にとってはお碗をもらったほうが食べやすい料理ですね。 -
そうこうしているうちに、蝦仁煨麺が出てきました。「煨」とは、とろ火で煮込むという意味の字ですので、煮込みそばです。鶏肉をベースにしたラーメンで小さなお碗に入って出てきました。
私がよく日本で行く中国料理屋(中華料理屋ではなく中国の本場の味の料理を出すレストラン)で鶏煮込みそばというメニューで出している麺の味付けに似ていて、麺は太麺で煮込み用の柔らかい麺です。蝦も入っていましたが、私の印象としては、鶏煮込みそばの味です。でも、旨いです。暖かいうちに食おうと思って勢い良く食べたら、一口、二口で食べ終わってしまいました。旨いので、もっと食いたい気になります。 -
そんなわけで、最初にチュルチュルと湯包を食べて、と言うか、湯包は中に入っている蟹粉スープが売りなのですから、湯包を飲んでと言うべきなのかもしれませんが、飲み終わるか終わらないうちに、蝦仁煨麺が出てきて、いよいよ、今度はお待ちかねの点心セットが出てきました。
翡翠焼売、千層油糕、海鮮餃、ゴマ饅頭などが入っています。さすがは包子で有名な富春茶社です。包子もドーンと3種類出てきました。五丁包、蟹黄包と野鴨菜包です。富春茶社の包子は中に入っている餡もさることながら、包子自体に甘みがあって、また、柔らか味が適度で素晴らしいのです。感動です。
香港や広州では包子は点心の主役ではありませんが、ここ揚州では包子の旨さが店の人気を左右します。何と言っても、隋の時代からの長い歴史を持った揚州点心は、包子の味をさらに極めてきました。香港や広州の点心が味の追求に加えて、例えば様々な焼売や餃子・粉果といったバラエティに富んだ品揃えや見た目の美しさも求めていったのとは違う展開で発展してきているのです。 -
五丁包は鶏、豚、筍(以上の3種類を入れた包子を三丁包と言います。)と海老とナマコを刻んで入れた饅頭で、私にはこれが一番旨かったという印象です。日本だと、やれ肉まんだ、豚まんだ、などと騒いでいますが、この5種類の素材をミックスした饅頭が隋の時代に既に食べられていたということには驚きです。
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蟹黄包です。蟹の味が饅頭に染み渡っていて、旨いのなんのって、蟹黄包は私のような蟹好きの人間にはたまらない旨さです。いわゆるカニ饅頭という食べ物です。
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野鴨菜包も酸味があって旨いですね。こんな風に、同じ包子であっても、餡が色々で味わいが異なりますから、食べていて全く飽きないというか、新しい味の発見に刺激されまくる状態です。日本のように、中華饅頭といったら肉まんかアンマンになってしまうところとは違います。
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これは揚州点心の一品、千層油糕です。薄い皮が何枚も重なっている点心で、見た目にはパリパリした皮に見えるかもしれませんが、食べてみると意外にふんわりとした皮です。勿論、中には何も入っていないのですが、この皮自体がほのかな甘みを持っていて、おいしい点心(甜品)です。恐らく、この千層油糕で使われる皮は、包子の皮と同じ素材・同じ味付けだと思います。皮を幾重にも重ねていますので、なかなか手の込んだ一品です。
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この35元の点心セットは、富春茶社の名物料理を一通り経験させてもらえますし、流石に腹いっぱいにさせてくれます。質的にも量的にも満足させてくれるセットです。私でも腹いっぱいになりますので、間違ってもホテルで朝食をとった上で来ることのないようにしてください。
外に行くと、その点心セットが売られています。持ち帰りも可能なのです。満足した朝食を自分の頭の中でもう一回反芻しながら点心の入った蒸篭を見ます。もう一回食べたくなってしまいます。さすがにここ富春茶社の包子は旨かったなと、記憶が蘇ります。
この翌日の朝食は、同じ揚州点心で有名な冶春花園に行きました。こちらも素晴らしい朝食でした。揚州での朝の点心はレベルが高いです。 -
富春茶社から国慶路に出る路地の両側は、昔ながらの揚州の街の雰囲気が残されていて、観光客を相手にした土産物屋が並んでいます。三巴刀とか刀剪とかいう字が見えますが、揚州土産として最も有名なのは刃物です。ちょっとお店を冷やかしながら、のんびり揚州風情を楽しんでみましょう。
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イチオシ
●个園(世界文化遺産の庭園)
いよいよ揚州観光の始まりです。まず、个園です。
中国江南地域には多くの中国庭園があり、特に蘇州には、拙政園、留園や網師園といった素晴らしい庭園が多いことが知られています。これらの庭園は「蘇州古典園林」と呼ばれ、多くは明の時代に造られた庭園です。
一方、清の時代、塩の流通で富を築いた揚州の繁栄を描写した言葉に、「揚州は庭園をもって勝る」、「車馬は船より少なかり、庭園は宅より多かり」などといったものがありますが、清代の揚州には多くの庭園があったと言われています。これらの庭園の多くは、太平天国の乱、辛亥革命、国共内戦や日中戦争といった相次ぐ戦争の中で焼かれて喪失してしまったわけですが、いくつか戦災を免れた庭園もあって、その中で个園(個園)は最も代表的な庭園です。
揚州の庭園の多くは、清の時代に造られたことから、狭い敷地に立体的に構成されていること、したがって建物が二階建てになっていて狭い空間を様々な角度から見せることにより変化をもたせていること、巨大な太湖石があまり使われていないないこと(清の時代には、既に太湖石は掘り尽くされていて手に入らなかった。)、などが特徴です。
昼でも暗い木蓮の並木道を抜けると、円洞門の上に「个園」と書かれた入口が現われます。ここが「个園、春の景」といわれているところで、日当たりの良い明るい場所に高い竹の木が数多く植えられています。そして、筍をイメージした石筍が両側に配置され、まさに春を感じさせる景となっています。 -
上の写真の門を抜けたところにある宜雨軒です。个園の中央に位置している建物で、四面がガラス張りとなっていますので、庭全体をここにいながらにして見ることができます。
个園の特徴に「四季の景」があります。
个園の案内書によれば、「春の景」は「色気があって美しく微笑んでいるかのよう」であり、「夏の景」は「濃い緑でしずくが垂れる」ようであり、「秋の景」は「化粧をしたように明るく美しく」、「冬の景」は「眠ったように薄暗い」といったように特徴を見せています。「春の景に遊び、夏の景を眺め、秋の景に登り、冬の景に眠るのが良い」というのが、个園の「四季の景」の設計思想であり、この「四季の景」を、个園の中央に位置している宜雨軒は、四面をガラス張りにすることによって、いながらにして味わえるようにしているのです。 -
宜雨軒の正面には、个園の主楼である抱山楼が見えます。
抱山楼は、その両側に夏山と秋山という二つの山を抱えていることから、抱山楼と名づけられています。なお、抱山楼に掲げられている「壷天自春」は、「个園の空間は有名な山や川に及ばないが、ここにある景は桃源郷である」という趣旨で个園を詠っている詩の題名に由来しています。 -
イチオシ
宜雨軒の前から、清漪亭方面を見たところです。
个園の楽しみ方は、春の景から宜雨軒に来て、そこでガラスの窓越しに个園全体を見渡します。その後、夏の景、秋の景、冬の景の順番に見て行き、最後に清漪亭に戻ってきて、个園全体をもう一度見渡す。そんな順路で主人は客人を案内したものと思われます。 -
宜雨軒の前から、清漪亭とは反対方向を見ると、太湖石の築山が見えますが、これが「夏山」「夏の景」といわれているところです。
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もう少し角度を変えて「夏の景」を見たのが、上の写真です。
太湖石に囲まれた池とその背後の太湖石で築かれた築山が見事です。全体的に白さか強調されていて、それが涼しげな風景となっています。白い山肌と水のある風景は江南地方の夏山の景色そのものです。
築山の上の亭が鶴亭です。鶴亭へは、池に架かる橋を渡っていきます。池中央にある穴の開いた太湖石の向こうに見える橋です。 -
「夏の景」の築山を登っていく道は、築山の中の階段に続くこの曲がり橋を渡っていきます。川を渡り、上から垂れる木の枝をかき分け、洞窟を抜けていきます。江南の夏山を登っていくが如く、変化を持たせているのがこの夏の景の特徴です。
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夏の景の築山の上に築かれている鶴亭です。鶴亭は、抱山楼の二階の回廊につながっています。ここからの眺めを楽しんだ後に、抱山楼の二階回廊からの眺めを楽しめるようになっていて、こうした立体的な造りが清の時代の庭園の特徴です。
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抱山楼の二階の回廊です。手前が夏の景の築山で、前方に見えるのが秋の景の築山です。秋の景の築山は少し赤みがかった石が使われ、夏の景とは異なることが分かるでしょうか。
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いよいよ秋の景が近づいてきました。秋山の上に建てられているのが「駐秋閣」です。
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秋の景は、个園(個園)の主楼である抱山楼の右手に築かれた山で、夏山と秋山とは抱山楼の二階の回廊で結ばれています。写真は抱山楼の室内です。なかなか格調の高い家具が置いてあります。
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秋の景の築山に建てられた駐秋閣から、抱山楼の回廊と夏の景を見たところです。白さが目立つ夏の景の築山が印象的です。
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个園は19世紀の前半に建てられていますので、もう既に200年近い歴史があります。抱山楼の瓦を見ても、かなりの年季が感じられます。
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秋の景から見る清漪亭です。秋の景から山を下っていくと、その眼前に清漪亭が建っています。駐秋閣から山の中を下っていくのですが、迷路のような構造になっていて、いつの間にか同じところに戻ってしまうような道もあります。ところどころに赤い葉をつける木が植え込まれていて、まさに秋の山を歩いている心地です。
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秋の景から山を降りたところも、まるで山のふもとの秋景色です。
左に少し見えるのが清漪亭で、木の背後に抱山楼が見えます。 -
そして、四季の景の最後は「冬の景」です。透風漏月亭の裏手にあって、透風漏月亭と壁に囲まれた狭い空間が「冬の景」です。宣石という安徽省南部にある宣城で採れる石を使い、少し黒味がかった石の特徴が、冬の寒さを感じさせます。また、花がなく緑が少ないことも、冬山を感じさせるための配慮です。春、夏、秋は色をイメージすることが比較的容易だと思うのですが、よくよく考えると冬の色というのは難しいですね。やはり冬なら雪の白なのでしょうか。
「冬の景」で使われている宣石というのは、別名を「雪石」とも言われているそうですが、このあたり宣石を見ると、なるほど上の方が白くて雪が積もっているかのように見ることもできます。 -
背後の壁を見ると、沢山の穴が開いています。この穴は背後を見せる効果もありますが、この穴は風が吹くとヒューヒューと北風が出すような音を発生させる穴でもあります。また、この穴の向こうには「春の景」が広がっています。「春の景」と「冬の景」は壁をはさんで隣りあわせとなっている位置関係です。
すなわち、「春の来ない冬はない」のです。 -
穴の向こうに「春の景」の竹が見えます。花瓶型の洞門を抜けると、そこには「春の景」が広がっています。また、次の四季がそこから始まるのです。
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また、「春の景」に戻ってきました。春の生命力を感じさせる青々とした「春の景」に、この庭の構成力の強さが感じられます。なるほど、个園は四季が強調されていて大変印象的です。また、もう一度、園内に進んでいきたい気持ちに駆られます。
実際に、私ももう一周、个園の四季を楽しませてもらいました。
富春茶社や个園についての詳細は、私のHP「アジア写真帳(揚州)」に記載してありますので、興味のある方はそれもご覧ください。
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