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高久家で2日投宿した芭蕉達は、雨がやんだのを見計らって、殺生石を訪れる為、先ず那須湯本に向かう。<br /><br />出発に際し高久覚左衛門が手配して呉れた馬で、高久から約4Kの松子に進み、そこから徒歩で那須街道に沿って湯本の温泉宿泉屋五左衛門方に向かった。<br /><br />その日の午後、五左衛門の案内で温泉神社を参拝。<br /><br />温泉神社は先月、小川TDの同窓会の時バスでその前を通って以来だが、今回はゆっくり見学。<br /><br />温泉神社の鳥居の前の崖から、下を見下ろした谷川の淵に那須湯本温泉の源泉が有り、通称「鹿の湯」。<br /><br />「鹿の湯」と呼ばれる由来が温泉神社の延喜式内として、境内の案内板に記載されている。<br /><br />狩りで矢傷を負った大きな白鹿が、傷を癒さんと温泉に浸っているのを見て初めて温泉の存在を知るところとなった由。<br /><br />那須温泉神社はその狩人が白鹿を射止める事が出来たお礼に建立したとある。<br /><br />自動車道に接するように建つ、温泉神社の一の鳥居を潜り、石段を登ると、二の鳥居が見える。<br /><br />その先に本殿に通ずるやや急な石段が有るが、そこまで一直線に参道が伸びる。<br /><br />一の鳥居の先の左には愛宕神社への参道が有り、二の鳥居を潜ると右手に樹齢800年のミズナラのご神木が有った。<br /><br />芭蕉の碑が本殿に通ずる石段の途中の左手の土手に建っていた。<br /><br />  湯をむすぶ誓いも同じ石清水  芭蕉<br /><br />この句は奥の細道の中には無いが、曾良は 随行日記で「温泉大明神の相殿に八幡宮を移し奉りて,両神一方に拝まれさせ給ふを、」として上記の句を記載している。<br /><br />屋久島の戦いで平家の軍船に掲げた扇を射落とした逸話で有名な那須与一宗隆は、そもそもここで必勝祈願に来た源義経に出逢い、義経軍に加わあったとされる。<br /><br />那須与一は平家の軍船に掲げた扇を射落としを命じられ、その成功を温泉神社に祈願し、成功後余った弓矢をこの神社に奉納。<br /><br />芭蕉もこの弓矢など那須与一に係わる奉納物を拝観している。<br /><br />本殿の拝殿前の、立派な屋根つきの棚に、奉納した絵馬が沢山吊り下げられていた。<br /><br />案内の先生による絵馬の絵柄の面白い話を2~3紹介する。<br /><br />*馬は神が宿るとされ、神に献上されていたが、次第に生きた馬から石で模られたもの、土製、そして木の板馬と変わっていった。<br /><br />今は馬以外の絵柄が沢山あり、其々意味を持つ。<br />  狐:(鍵を咥える)財宝を持つ<br />  菊:願いをキク<br />  猿:災厄、病魔がサル<br />  百足(むかで):お足(銭)が多い<br />  にわとり:火の用心、落し物を拾う・・等々<br /><br />皮肉にも境内の一角に祀られている石の彫刻の神馬が、足を折られ、首を落とされた状態で据え置かれており、ここにもこの度の地震の痛ましい光景が残されていた。<br />

奥の細道を訪ねて[第5回]④芭蕉が詣でた白鹿にまつわる伝承のある「那須温泉神社」

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2011/07/23 - 2011/07/23

1455位(同エリア1785件中)

WT信

WT信さん

高久家で2日投宿した芭蕉達は、雨がやんだのを見計らって、殺生石を訪れる為、先ず那須湯本に向かう。

出発に際し高久覚左衛門が手配して呉れた馬で、高久から約4Kの松子に進み、そこから徒歩で那須街道に沿って湯本の温泉宿泉屋五左衛門方に向かった。

その日の午後、五左衛門の案内で温泉神社を参拝。

温泉神社は先月、小川TDの同窓会の時バスでその前を通って以来だが、今回はゆっくり見学。

温泉神社の鳥居の前の崖から、下を見下ろした谷川の淵に那須湯本温泉の源泉が有り、通称「鹿の湯」。

「鹿の湯」と呼ばれる由来が温泉神社の延喜式内として、境内の案内板に記載されている。

狩りで矢傷を負った大きな白鹿が、傷を癒さんと温泉に浸っているのを見て初めて温泉の存在を知るところとなった由。

那須温泉神社はその狩人が白鹿を射止める事が出来たお礼に建立したとある。

自動車道に接するように建つ、温泉神社の一の鳥居を潜り、石段を登ると、二の鳥居が見える。

その先に本殿に通ずるやや急な石段が有るが、そこまで一直線に参道が伸びる。

一の鳥居の先の左には愛宕神社への参道が有り、二の鳥居を潜ると右手に樹齢800年のミズナラのご神木が有った。

芭蕉の碑が本殿に通ずる石段の途中の左手の土手に建っていた。

  湯をむすぶ誓いも同じ石清水  芭蕉

この句は奥の細道の中には無いが、曾良は 随行日記で「温泉大明神の相殿に八幡宮を移し奉りて,両神一方に拝まれさせ給ふを、」として上記の句を記載している。

屋久島の戦いで平家の軍船に掲げた扇を射落とした逸話で有名な那須与一宗隆は、そもそもここで必勝祈願に来た源義経に出逢い、義経軍に加わあったとされる。

那須与一は平家の軍船に掲げた扇を射落としを命じられ、その成功を温泉神社に祈願し、成功後余った弓矢をこの神社に奉納。

芭蕉もこの弓矢など那須与一に係わる奉納物を拝観している。

本殿の拝殿前の、立派な屋根つきの棚に、奉納した絵馬が沢山吊り下げられていた。

案内の先生による絵馬の絵柄の面白い話を2~3紹介する。

*馬は神が宿るとされ、神に献上されていたが、次第に生きた馬から石で模られたもの、土製、そして木の板馬と変わっていった。

今は馬以外の絵柄が沢山あり、其々意味を持つ。
  狐:(鍵を咥える)財宝を持つ
  菊:願いをキク
  猿:災厄、病魔がサル
  百足(むかで):お足(銭)が多い
  にわとり:火の用心、落し物を拾う・・等々

皮肉にも境内の一角に祀られている石の彫刻の神馬が、足を折られ、首を落とされた状態で据え置かれており、ここにもこの度の地震の痛ましい光景が残されていた。

同行者
一人旅
交通手段
観光バス JRローカル
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)

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