2011/07/23 - 2011/07/23
1747位(同エリア1983件中)
WT信さん
那須温泉神社の北面の急な断崖の上の”那須自然道”から覗き下ろすと下に溶岩の瓦礫の中を、「殺生石」に向かう板張りの通路が伸びている、通称”賽の河原”。
崖の裾に沿って、”賽の河原”の手前に千体地蔵が広がっているが、地蔵の赤い帽子が崖の上から見ると、天上に咲くと云われる”曼沙華殊”の花園のようにも見え、美しいのに不気味さが漂う。
”那須自然道”のゆっくりした坂道を下り、”石の香橋”と云う名の橋を渡ると、「史跡 殺生石」と書かれた小柱の後ろは溶岩の小山で、手前に注連縄が張られた、黒っぽい巨石があった。
この巨石はの正体は、顔白く、金色の体毛と9本の尾を持った、紀元前11世紀の中国・殷の時代に出現した「九尾の狐」。
美女に身を変えた「九尾の狐」は中国の殷と周、更には南天竺の王を誑し込んで滅亡たらしめ、遣唐使の”吉備真備”を唆して日本へ。
鳥羽上皇の寵愛を受けたが、正体がばれ、那須野ケ原へ逃げ込み、乱暴狼藉を働いた。鳥羽上皇は8万の軍勢を差し向け、終に「九尾の狐」は殺害されるが、巨石に身を変え、毒気を吐き、人や鳥獣を殺害、住民は「殺生石」と呼び怖れ慄いた。
今は国の”史跡”で多くの観光客を呼ぶ。
芭蕉もここを訪れ、次の句を詠んだ事が曾良の随行日記で知られるが、奥の細道の本文での記載はない。
石の香や 夏草赤く露あつし
「殺生石」の右手の丘の草叢にこの句を刻んだ石碑が有り、入り口で渡った橋の名もこの句に因んだもの。
帰り道、”那須自然道”から”曼沙華殊”と見えた大小の千体地蔵に見守られながら、無事”賽の河原”を通り抜けた。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス JRローカル
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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