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那須湯本に2泊し「殺生石」を観光した芭蕉達は那須岳の麓を南下して、「遊行柳」のある芦野宿に向かう。<br /><br />ここは案内をしてくれる人もなく、かなり苦労したようだ。<br /><br />我々は高久村経由で「遊行柳」に向かったため芭蕉達の通ったルートとは異なり、実際はここで気持のよい旧奥州街道を北上している。<br /><br />国道294と旧奥州街道が接する無料休憩所”遊行庵”でバスを降りる。<br /><br />田圃の農道の様なあぜ道を進むと左に「那須町指定史跡 遊行柳」、右に「那須町指定天然記念物 上の宮のいちょう」と云う白柱の案内が有り、上の宮への参道が伸びる。<br /><br />目指す「遊行柳」はその参道の中程にあり、道を跨いで鳥居が建ち、両脇に同じような形状の柳の大木が道を覆い被さる様に立っている。<br /><br />「遊行柳」は上の宮へ向かって左側に立ち、石柵で囲われていおり、脇に芭蕉の句碑が建つ。<br /><br />  田一枚植えて立ち去る柳かな<br /><br />右側の柳は「朽木柳」と名付けられており、その両脇に、西行の和歌と蕪村の俳句の碑が建つ。<br /><br />  道の辺に清水流るる柳陰 しばしとてこそ立ち止まりつれ 西行<br /><br />  柳散り清水涸れ石処々(ところどころ)  蕪村<br /><br />見渡せば周りは一面、田植えが終わってまだそれほど時がたっていない稲の緑の若葉が風にそよいでいるのみ。<br />田仕事をする人影すらない。<br /><br />西行の時代から変わらぬ風景が残されている事は驚きだが、かといって特に感動を与えられる景観とは思えない。<br /><br />「遊行柳」が世に知られる切っ掛けになったのは、15世紀の終わりの頃、ここで詠んだ西行の歌を元にして創作された謡曲「遊行柳」だそうだが、芭蕉に「遊行柳」の存在を教えたのはその謡曲ではなく、江戸で俳諧を通して知遇を得た、芦野宿の旗本芦野資俊。<br /><br />芭蕉のこの地への目的は、「遊行柳」の景観でなく、資俊が教えてくれた”西行ゆかりの地”に立つ事であった。<br /><br />この謂われを理解させようと、今朝の長いバス道中で、案内の先生が、芭蕉が傾倒して已まない「西行」の人となりについての講座が有った。<br /><br />「遊行柳」の奥の鬱蒼とした”鏡山”の麓には、小さな祠を屋根つきの建てもので覆った「温泉神社」が有り、その前に参道の入り口に案内が有ったいちょうの大木が立っていた。<br /><br />バスの待つ”遊行庵”に戻り、村の野菜や、手造りの目白籠等が置かれた店から、改めて田圃の中程のこんもりとした「遊行柳」を眺める。<br /><br />ここが奥の細道を訪ねて[第5回]那須から遊行柳の芦の里までの芭蕉の旅程上の終点。<br /><br />次回(9月)はいよいよ白川の関。<br /><br />旅行記は付録として昼食を摂った「お菓子の城」に続きます。

奥の細道を訪ねて[第5回]⑥旧奥州街道の芦野宿にほど近い「遊行柳」

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2011/07/23 - 2011/07/23

1592位(同エリア1980件中)

WT信

WT信さん

那須湯本に2泊し「殺生石」を観光した芭蕉達は那須岳の麓を南下して、「遊行柳」のある芦野宿に向かう。

ここは案内をしてくれる人もなく、かなり苦労したようだ。

我々は高久村経由で「遊行柳」に向かったため芭蕉達の通ったルートとは異なり、実際はここで気持のよい旧奥州街道を北上している。

国道294と旧奥州街道が接する無料休憩所”遊行庵”でバスを降りる。

田圃の農道の様なあぜ道を進むと左に「那須町指定史跡 遊行柳」、右に「那須町指定天然記念物 上の宮のいちょう」と云う白柱の案内が有り、上の宮への参道が伸びる。

目指す「遊行柳」はその参道の中程にあり、道を跨いで鳥居が建ち、両脇に同じような形状の柳の大木が道を覆い被さる様に立っている。

「遊行柳」は上の宮へ向かって左側に立ち、石柵で囲われていおり、脇に芭蕉の句碑が建つ。

  田一枚植えて立ち去る柳かな

右側の柳は「朽木柳」と名付けられており、その両脇に、西行の和歌と蕪村の俳句の碑が建つ。

  道の辺に清水流るる柳陰 しばしとてこそ立ち止まりつれ 西行

  柳散り清水涸れ石処々(ところどころ)  蕪村

見渡せば周りは一面、田植えが終わってまだそれほど時がたっていない稲の緑の若葉が風にそよいでいるのみ。
田仕事をする人影すらない。

西行の時代から変わらぬ風景が残されている事は驚きだが、かといって特に感動を与えられる景観とは思えない。

「遊行柳」が世に知られる切っ掛けになったのは、15世紀の終わりの頃、ここで詠んだ西行の歌を元にして創作された謡曲「遊行柳」だそうだが、芭蕉に「遊行柳」の存在を教えたのはその謡曲ではなく、江戸で俳諧を通して知遇を得た、芦野宿の旗本芦野資俊。

芭蕉のこの地への目的は、「遊行柳」の景観でなく、資俊が教えてくれた”西行ゆかりの地”に立つ事であった。

この謂われを理解させようと、今朝の長いバス道中で、案内の先生が、芭蕉が傾倒して已まない「西行」の人となりについての講座が有った。

「遊行柳」の奥の鬱蒼とした”鏡山”の麓には、小さな祠を屋根つきの建てもので覆った「温泉神社」が有り、その前に参道の入り口に案内が有ったいちょうの大木が立っていた。

バスの待つ”遊行庵”に戻り、村の野菜や、手造りの目白籠等が置かれた店から、改めて田圃の中程のこんもりとした「遊行柳」を眺める。

ここが奥の細道を訪ねて[第5回]那須から遊行柳の芦の里までの芭蕉の旅程上の終点。

次回(9月)はいよいよ白川の関。

旅行記は付録として昼食を摂った「お菓子の城」に続きます。

同行者
一人旅
交通手段
観光バス JRローカル
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)

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