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あしかがフラワーパーク、栗田美術館を見た後、5月14日に放送された、「出没!アド街っく天国 〜栃木県 足利〜 」に刺激されて、足利の街を訪れた。あしかがフラワーパークは何度も訪れているが、足利の街を歩くのは初めてだった。<br /><br />「出没!アド街っく天国 〜栃木県 足利〜 」のベスト10。<br /><br />1 足利学校        本旅行記<br />2 鑁阿寺(ばんなじ)   本旅行記<br />3 あしかがフラワーパーク 前旅行記<br />4 織物の街        <br />5 渡良瀬川        本旅行記<br />6 相田みつを       本旅行記<br />7 足利銘菓<br />8 厳華園<br />9 一茶庵本店<br />10 栗田美術館       前旅行記<br /><br />11番以降<br /><br />13 ポテト入り焼きそば   本旅行記<br />21 大藤まつり       前旅行記<br />26 うさぎや、松村写真館  本旅行記<br />29 富士屋         本旅行記<br />30 いしだたみ散歩道    本旅行記<br /><br />番外<br />足利美術館         本旅行記<br /><br /><br />前半のあしかがフラワーパーク、栗田美術館の旅行記は以下です。<br />http://4travel.jp/traveler/stakeshima/album/10571721/

足利 「出没!アド街っく天国」 足利学校、鑁阿寺など

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2011/05/31 - 2011/05/31

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TAKEおじ

TAKEおじさん

あしかがフラワーパーク、栗田美術館を見た後、5月14日に放送された、「出没!アド街っく天国 〜栃木県 足利〜 」に刺激されて、足利の街を訪れた。あしかがフラワーパークは何度も訪れているが、足利の街を歩くのは初めてだった。

「出没!アド街っく天国 〜栃木県 足利〜 」のベスト10。

1 足利学校        本旅行記
2 鑁阿寺(ばんなじ)   本旅行記
3 あしかがフラワーパーク 前旅行記
4 織物の街        
5 渡良瀬川        本旅行記
6 相田みつを       本旅行記
7 足利銘菓
8 厳華園
9 一茶庵本店
10 栗田美術館       前旅行記

11番以降

13 ポテト入り焼きそば   本旅行記
21 大藤まつり       前旅行記
26 うさぎや、松村写真館  本旅行記
29 富士屋         本旅行記
30 いしだたみ散歩道    本旅行記

番外
足利美術館         本旅行記


前半のあしかがフラワーパーク、栗田美術館の旅行記は以下です。
http://4travel.jp/traveler/stakeshima/album/10571721/

同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
自家用車

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  • NO1 足利学校<br /><br />先ずは、「出没!アド街っく天国 〜栃木県 足利〜」のNO1の足利学校へ。栗田美術館から20分足らずで、隣の観光駐車場へ。足利市観光協会の大きな駐車場で、無料で止まれる。<br />すぐの歩道橋から、足利学校がよく見える。手前の樹が邪魔だが。

    NO1 足利学校

    先ずは、「出没!アド街っく天国 〜栃木県 足利〜」のNO1の足利学校へ。栗田美術館から20分足らずで、隣の観光駐車場へ。足利市観光協会の大きな駐車場で、無料で止まれる。
    すぐの歩道橋から、足利学校がよく見える。手前の樹が邪魔だが。

  • これは裏門<br /><br />足利学校へは、初めに裏門の前を通っていく。この裏門は、学生や一般の人たちの通用門として使われていた。手前には堀が有り、土塁も有り、まるでお城の様だ。

    これは裏門

    足利学校へは、初めに裏門の前を通っていく。この裏門は、学生や一般の人たちの通用門として使われていた。手前には堀が有り、土塁も有り、まるでお城の様だ。

  • 入徳門<br /><br />入徳門の額は、天保十一(1840)年に掲げられたもの。現在の建物は裏門を移築したものといわれている。<br />(では現在の裏門は?)

    入徳門

    入徳門の額は、天保十一(1840)年に掲げられたもの。現在の建物は裏門を移築したものといわれている。
    (では現在の裏門は?)

  • 入学証<br /><br />受付で入学金を払って足利学校に入学する。<br />卒業証はくれるのかな?

    入学証

    受付で入学金を払って足利学校に入学する。
    卒業証はくれるのかな?

  • 早速ポスターが貼ってあった<br /><br />これで観光客が増えれば。<br />TAKEおじ一行2名は増えたが。

    早速ポスターが貼ってあった

    これで観光客が増えれば。
    TAKEおじ一行2名は増えたが。

  • 孔子立像<br /><br />足利では今でも論語が小学校で教えられている。『論語』は、孔子とその高弟の言行を、孔子の死後、弟子たちが論纂した書物。「子曰く〜」<br />像の前に龍が彫ってある。

    孔子立像

    足利では今でも論語が小学校で教えられている。『論語』は、孔子とその高弟の言行を、孔子の死後、弟子たちが論纂した書物。「子曰く〜」
    像の前に龍が彫ってある。

  • 学校門<br /><br />寛文八(1668)年の創建。足利学校の象徴的な門となっている。扁額「學校」の文字は明人、蒋龍淫(しょうりゅうけい)が弘治元年(1555)来日した時の書を、当時の国史館の狛庸(こまやすし)が縮模したもの。<br /><br />足利学校は、日本で最も古い学校として知られ、創建については、奈良時代の国学の遺制説、平安時代の小野篁説、鎌倉時代の足利義兼説などがある。歴史が明らかになるのは、室町時代から。<br />随分と古くから学校が有ったものだ。

    学校門

    寛文八(1668)年の創建。足利学校の象徴的な門となっている。扁額「學校」の文字は明人、蒋龍淫(しょうりゅうけい)が弘治元年(1555)来日した時の書を、当時の国史館の狛庸(こまやすし)が縮模したもの。

    足利学校は、日本で最も古い学校として知られ、創建については、奈良時代の国学の遺制説、平安時代の小野篁説、鎌倉時代の足利義兼説などがある。歴史が明らかになるのは、室町時代から。
    随分と古くから学校が有ったものだ。

  • 足利学校遺蹟図書館<br /><br />足利学校が廃校になった以後、伝来の書籍の保存を目的として明治36年(1903)に足利学校遺蹟図書館が発足し、大正4年(1915)に現在の建物が完成した。<br />本当に本ばかりの図書館だった。

    足利学校遺蹟図書館

    足利学校が廃校になった以後、伝来の書籍の保存を目的として明治36年(1903)に足利学校遺蹟図書館が発足し、大正4年(1915)に現在の建物が完成した。
    本当に本ばかりの図書館だった。

  • 楷樹(かいじゆ)<br /><br />栃木県指定,天然記念物でナンバンハゼともいう。この木は日本には自生しない珍しい木。中国、孔子の墓の楷樹の種を育て、大正11年(1922)に植えたもので大きな樹木に。

    楷樹(かいじゆ)

    栃木県指定,天然記念物でナンバンハゼともいう。この木は日本には自生しない珍しい木。中国、孔子の墓の楷樹の種を育て、大正11年(1922)に植えたもので大きな樹木に。

  • 杏壇(きょうだん)門<br /><br />孔子廟の門が杏壇門。寛文8年(1668)創建だが、明治25年(1892)の火災により屋根、門扉が焼け、その後再建された。<br />孔子が弟子たちを教えたところに、杏の木が植えられたいたところから由来している。<br />それでも時代を感じさせられる。

    杏壇(きょうだん)門

    孔子廟の門が杏壇門。寛文8年(1668)創建だが、明治25年(1892)の火災により屋根、門扉が焼け、その後再建された。
    孔子が弟子たちを教えたところに、杏の木が植えられたいたところから由来している。
    それでも時代を感じさせられる。

  • 孔子廟(こうしびょう)<br /><br />寛文8年(1668)徳川幕府四代将軍家綱の時に造営されたも。中国明代の聖廟を模したものと伝えられている。<br />

    孔子廟(こうしびょう)

    寛文8年(1668)徳川幕府四代将軍家綱の時に造営されたも。中国明代の聖廟を模したものと伝えられている。

  • 孔子像、小野篁(おののたかむら)像<br /><br />内部に孔子像、小野篁像などが安置されているがやや見難い。小野篁は今回の地震で被害を受けて現在展示されていない。これは、写真展示。

    孔子像、小野篁(おののたかむら)像

    内部に孔子像、小野篁像などが安置されているがやや見難い。小野篁は今回の地震で被害を受けて現在展示されていない。これは、写真展示。

  • 方丈(ほうじょう)、庫裡(くり)<br /><br />足利学校は、明治5年(1872年)に廃校になり、孔子廟などわずかな建物を残すのみであったが、1990年に方丈や庭園が復元され、公開された。<br />方丈は学生の講義や学習に使われた。

    方丈(ほうじょう)、庫裡(くり)

    足利学校は、明治5年(1872年)に廃校になり、孔子廟などわずかな建物を残すのみであったが、1990年に方丈や庭園が復元され、公開された。
    方丈は学生の講義や学習に使われた。

  • 方丈は広い<br /><br />方丈は見学できる。大きな座敷には、いろいろな展示がされている。

    方丈は広い

    方丈は見学できる。大きな座敷には、いろいろな展示がされている。

  • 方丈で出された問題<br /><br />ここは勉強をするところなので、漢字の試験問題が用意されていた。初級なので、なんとか合格したいが・・・<br />挑戦してみてください。

    方丈で出された問題

    ここは勉強をするところなので、漢字の試験問題が用意されていた。初級なので、なんとか合格したいが・・・
    挑戦してみてください。

  • 恕の扁額<br /><br />漆原常石氏寄贈。「恕」とは「思いやり」のこと。「論語」の一説にある。<br /><br />子貢問いて曰く 一言にして似て終身これを行うべきものありや<br />子曰く それ恕か

    恕の扁額

    漆原常石氏寄贈。「恕」とは「思いやり」のこと。「論語」の一説にある。

    子貢問いて曰く 一言にして似て終身これを行うべきものありや
    子曰く それ恕か

  • 扁額「学校」が<br /><br />また「学校」の扁額が! こっちが本物だった。学校門に掛かっているのは複製だった。寛文八年以来の孔子廟と共に現存する最も古いものの一つで、大事に飾ってある。

    扁額「学校」が

    また「学校」の扁額が! こっちが本物だった。学校門に掛かっているのは複製だった。寛文八年以来の孔子廟と共に現存する最も古いものの一つで、大事に飾ってある。

  • 足利学校全体模型<br /><br />足利工業大学の学生が作った。全体がよく分かる苦労の作。

    足利学校全体模型

    足利工業大学の学生が作った。全体がよく分かる苦労の作。

  • インド東方図にも足利学校が<br /><br />1570年に出版された世界地図「世界の舞台」に、「Bandu]「Academia](坂東の学院=足利学校)が記さてている。<br />日本の形が面白い。

    インド東方図にも足利学校が

    1570年に出版された世界地図「世界の舞台」に、「Bandu]「Academia](坂東の学院=足利学校)が記さてている。
    日本の形が面白い。

  • 南庭園<br /><br />足利学校には、方丈の北と南に2つの池が有る。これは、方丈から見た南庭園。書院庭園の形態を持つ築山泉水(つきやませんすい)庭園で、巨石と老松が特色。江戸時代の絵図から復元された。<br />鶴が羽ばたくように見えるらしい。

    南庭園

    足利学校には、方丈の北と南に2つの池が有る。これは、方丈から見た南庭園。書院庭園の形態を持つ築山泉水(つきやませんすい)庭園で、巨石と老松が特色。江戸時代の絵図から復元された。
    鶴が羽ばたくように見えるらしい。

  • 北庭園<br /><br />南庭園と同じく築山泉水(つきやませんすい)庭園、亀の形を中島を置き、そこに弁天をまつる石祠が有る。これも、絵図から復元したもの。

    北庭園

    南庭園と同じく築山泉水(つきやませんすい)庭園、亀の形を中島を置き、そこに弁天をまつる石祠が有る。これも、絵図から復元したもの。

  • 論語の標識<br /><br />足利学校を卒業?して学問の街へ。行き先を示す標識にも論語が書いてある。論語を勉強しながら歩く。<br /><br />子曰、人無遠慮、必有近憂。<br /><br />し いわく「ひと とおきおもんばかり なければ、かならず ちかき うれい あり。」と。<br /><br />標識の通り、鑁阿寺→150m、2分 へ。

    論語の標識

    足利学校を卒業?して学問の街へ。行き先を示す標識にも論語が書いてある。論語を勉強しながら歩く。

    子曰、人無遠慮、必有近憂。

    し いわく「ひと とおきおもんばかり なければ、かならず ちかき うれい あり。」と。

    標識の通り、鑁阿寺→150m、2分 へ。

  • NO2 鑁阿寺(ばんなじ)<br /><br />NO2は鑁阿寺(ばんなじ)だ。足利学校の隣にある。<br />足利氏の館の跡地で、800年の歴史を持ち、国の重要文化財の本堂や鐘楼などが有り、大日如来を本尊として祀っている。地元では大日様と呼ばれ親しまれている。<br /> <br /><br />

    NO2 鑁阿寺(ばんなじ)

    NO2は鑁阿寺(ばんなじ)だ。足利学校の隣にある。
    足利氏の館の跡地で、800年の歴史を持ち、国の重要文化財の本堂や鐘楼などが有り、大日如来を本尊として祀っている。地元では大日様と呼ばれ親しまれている。
     

  • 楼門(ろうもん)<br /><br />楼門は仁王門又は山門ともいう。1196年創建で1564年に十三代将軍足利義輝が再建、両側の仁王尊像は鎌倉時代の運慶の作といわれている。時代を感じさせる堂々たる門。

    楼門(ろうもん)

    楼門は仁王門又は山門ともいう。1196年創建で1564年に十三代将軍足利義輝が再建、両側の仁王尊像は鎌倉時代の運慶の作といわれている。時代を感じさせる堂々たる門。

  • 反橋(そりはし)<br /><br />楼門に行く反橋は江戸時代再修の太鼓橋。<br />周囲に土塁と堀をめぐらした寺域はほぼ正方形で、約40,000平方メートルあり、鎌倉時代の武家屋敷の面影を今に伝えている。<br />足利学校と同じくお城みたいだ。<br /><br /><br /><br />

    反橋(そりはし)

    楼門に行く反橋は江戸時代再修の太鼓橋。
    周囲に土塁と堀をめぐらした寺域はほぼ正方形で、約40,000平方メートルあり、鎌倉時代の武家屋敷の面影を今に伝えている。
    足利学校と同じくお城みたいだ。



  • 鑁阿寺 本堂<br /><br />本堂は鎌倉時代の正安元年(1299)に再建された、鑁阿寺中心の古い建物だ。鎌倉時代初期の禅宗様で唐様と和様の折衷とするなど鎌倉時代の代表的な寺院建築。重要文化財。<br /><br />「境内に入った人は必ず本堂にお参りしなくてはいけない。単なる観光寺院ではなく信仰の由緒あるお寺です」と説明されていた。<br />お参りして来ました。

    鑁阿寺 本堂

    本堂は鎌倉時代の正安元年(1299)に再建された、鑁阿寺中心の古い建物だ。鎌倉時代初期の禅宗様で唐様と和様の折衷とするなど鎌倉時代の代表的な寺院建築。重要文化財。

    「境内に入った人は必ず本堂にお参りしなくてはいけない。単なる観光寺院ではなく信仰の由緒あるお寺です」と説明されていた。
    お参りして来ました。

  • 多宝塔<br /><br />大きな多宝塔である。江戸時代(1629年)に再建された。大きな多宝塔で日本で一番大きい。これ以上は大塔といわれる。<br />今まで見たうちで一番大きい立派な多宝塔だった。

    多宝塔

    大きな多宝塔である。江戸時代(1629年)に再建された。大きな多宝塔で日本で一番大きい。これ以上は大塔といわれる。
    今まで見たうちで一番大きい立派な多宝塔だった。

  • 一切経堂<br /><br />応永14年(1407)に当時の関東管領である足利満兼が再建し江戸時代初期に改修されたもの。内部には八角輪蔵が設置され一切経を保管している。重要文化財。

    一切経堂

    応永14年(1407)に当時の関東管領である足利満兼が再建し江戸時代初期に改修されたもの。内部には八角輪蔵が設置され一切経を保管している。重要文化財。

  • 鐘楼<br /><br />建久7年(1196)足利義兼が建立し鎌倉時代後期に再建された。これも重要文化財。<br />鎌倉幕府が出来た頃の貴重な建物。梵鐘は江戸時代の再鋳だが、戦時の供出はまぬがれた。梵鐘はよく見えないのでアップで。

    鐘楼

    建久7年(1196)足利義兼が建立し鎌倉時代後期に再建された。これも重要文化財。
    鎌倉幕府が出来た頃の貴重な建物。梵鐘は江戸時代の再鋳だが、戦時の供出はまぬがれた。梵鐘はよく見えないのでアップで。

  • NO30 いしだたみ散歩道<br /><br />鑁阿寺を出ると周りの道はいしだたみになっている。車も平気で走るので要注意だが。<br />いしだたみの散歩道をぶらぶらと歩くのもいろいろな発見が有り楽しい。

    NO30 いしだたみ散歩道

    鑁阿寺を出ると周りの道はいしだたみになっている。車も平気で走るので要注意だが。
    いしだたみの散歩道をぶらぶらと歩くのもいろいろな発見が有り楽しい。

  • NO6 相田みつを めん割烹 なか川<br /><br />相田みつをが食べていた蕎麦屋さん。相田みつをの作品も飾ってあり、相田みつをが食べていた部屋で足利名物のお蕎麦を食べられる。残念ながら、今日は定休日だった。<br />看板は勿論相田みつをの書。<br />

    NO6 相田みつを めん割烹 なか川

    相田みつをが食べていた蕎麦屋さん。相田みつをの作品も飾ってあり、相田みつをが食べていた部屋で足利名物のお蕎麦を食べられる。残念ながら、今日は定休日だった。
    看板は勿論相田みつをの書。

  • NO26 うさぎや<br /><br />足利は織物の街でもある。うさぎやは古着、骨董屋で和小物やハギレの品揃え。銘仙を中心とした街着のレンタルサービスも行っている。銘仙を着て街を流すのも粋だ。

    NO26 うさぎや

    足利は織物の街でもある。うさぎやは古着、骨董屋で和小物やハギレの品揃え。銘仙を中心とした街着のレンタルサービスも行っている。銘仙を着て街を流すのも粋だ。

  • NO26 松村写真館<br /><br />映画「八日目の蝉」で、主人公希和子と薫が警察に捕まえられる前に写真館を訪れて記念写真を撮ったお店。小豆島では無く、足利にあったとは知らなかった。<br />映画も見たが、古い写真館らしい写真館で、映画では薫が再び訪れる重要な写真館だった。写真館の玄関には、出演者などのサインが掲示してあった。

    NO26 松村写真館

    映画「八日目の蝉」で、主人公希和子と薫が警察に捕まえられる前に写真館を訪れて記念写真を撮ったお店。小豆島では無く、足利にあったとは知らなかった。
    映画も見たが、古い写真館らしい写真館で、映画では薫が再び訪れる重要な写真館だった。写真館の玄関には、出演者などのサインが掲示してあった。

  • NO29 富士屋<br /><br />小倉アイスが売りのレストランというより食堂の富士屋。昭和の匂い満載の古い古い食堂。古ぼけた店は、人気が有るようで雑誌やTVで紹介されている。「ちい散歩」も来たとか。<br />足利で無ければ、単なる古いお店にもみえる。

    NO29 富士屋

    小倉アイスが売りのレストランというより食堂の富士屋。昭和の匂い満載の古い古い食堂。古ぼけた店は、人気が有るようで雑誌やTVで紹介されている。「ちい散歩」も来たとか。
    足利で無ければ、単なる古いお店にもみえる。

  • 小倉アイスを食べる<br /><br />旨かった。これなら人気が出るのが解る。あんこが昔ながらの素朴な味で、あんみつも美味しく、しかも安い。<br />店頭ではあんこの量り売りもしていた。

    小倉アイスを食べる

    旨かった。これなら人気が出るのが解る。あんこが昔ながらの素朴な味で、あんみつも美味しく、しかも安い。
    店頭ではあんこの量り売りもしていた。

  • NO13 ポテト入り焼きそば<br /><br />これはあしかがフラワーパークで食べた焼きそばだが、足利では焼きそばというと、ポテトが入っているのが常識だ。わざわざポテト入りとは言わない。<br />食べてみたが、特にポテトとのコラボが良いとは思えなかった。

    NO13 ポテト入り焼きそば

    これはあしかがフラワーパークで食べた焼きそばだが、足利では焼きそばというと、ポテトが入っているのが常識だ。わざわざポテト入りとは言わない。
    食べてみたが、特にポテトとのコラボが良いとは思えなかった。

  • NO5 渡良瀬川 渡良瀬橋<br /><br />足利市は、渡良瀬川によって南北に分かれている。渡良瀬橋から、沈む夕日が美しい。森高千里の「渡良瀬橋」が浮かぶ。<br /><br />渡良瀬橋で見る夕日を ♪<br />あなたはとても好きだったわ ♪<br />きれいなとこで育ったのね ♪<br />ここに住みたいと言った ♪<br />

    NO5 渡良瀬川 渡良瀬橋

    足利市は、渡良瀬川によって南北に分かれている。渡良瀬橋から、沈む夕日が美しい。森高千里の「渡良瀬橋」が浮かぶ。

    渡良瀬橋で見る夕日を ♪
    あなたはとても好きだったわ ♪
    きれいなとこで育ったのね ♪
    ここに住みたいと言った ♪

  • 番外 足利市立美術館<br /><br />足利の最後の散歩に、番外では有るが足利市立美術館に寄った。平成6(1994)年4月に開館、企画展「ブラティスラヴァ世界絵本原画展とチェコの人形展」をやっていた。<br />チェコの操り人形は現地でも見たので懐かしかった。<br /><br />さて、「出没!アド街っく天国 〜栃木県 足利〜」のベスト30の半分近く回ったが、まだ半分以上は回っていない。<br />期待以上に面白い街なので、もう一度来て見よう。<br /><br />前半のあしかがフラワーパーク、栗田美術館の旅行記は以下です。<br />http://4travel.jp/traveler/stakeshima/album/10571721/<br />

    番外 足利市立美術館

    足利の最後の散歩に、番外では有るが足利市立美術館に寄った。平成6(1994)年4月に開館、企画展「ブラティスラヴァ世界絵本原画展とチェコの人形展」をやっていた。
    チェコの操り人形は現地でも見たので懐かしかった。

    さて、「出没!アド街っく天国 〜栃木県 足利〜」のベスト30の半分近く回ったが、まだ半分以上は回っていない。
    期待以上に面白い街なので、もう一度来て見よう。

    前半のあしかがフラワーパーク、栗田美術館の旅行記は以下です。
    http://4travel.jp/traveler/stakeshima/album/10571721/

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