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 江戸時代の初めに東海道の宿場として戸塚宿が開かれ、戦前までは鎌倉郡であった横浜市戸塚区には中世から鎌倉道が通り、街道沿いには道標や一里塚、一里塚跡、庚申塔、道祖神、お地蔵さまなどの街道に良く見られる石の指標が多く残っている。戦後の高度成長期に道路の拡張や付け替えが行われ、近くのお寺や神社などの境内に移されたものもあるが、建てられた時の昔のままに残っているものもあろう。<br /> 街道沿いに道祖神や庚申塔が立つのは江戸時代の17世紀末あたりからであり、江戸の町人が大山詣でやお伊勢参り、江ノ島・鎌倉見物などに繰り出すようになった時期に当ろうか。<br /> 戸塚区内の道祖神と庚申塔は多いのでここでは北部の鳥が丘、矢部町、上矢部町にあるものを紹介する。<br />(表紙写真は街山八幡宮の庚申塚)

戸塚の道祖神・庚申塔(2)

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2010/11/28 - 2011/01/04

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 江戸時代の初めに東海道の宿場として戸塚宿が開かれ、戦前までは鎌倉郡であった横浜市戸塚区には中世から鎌倉道が通り、街道沿いには道標や一里塚、一里塚跡、庚申塔、道祖神、お地蔵さまなどの街道に良く見られる石の指標が多く残っている。戦後の高度成長期に道路の拡張や付け替えが行われ、近くのお寺や神社などの境内に移されたものもあるが、建てられた時の昔のままに残っているものもあろう。
 街道沿いに道祖神や庚申塔が立つのは江戸時代の17世紀末あたりからであり、江戸の町人が大山詣でやお伊勢参り、江ノ島・鎌倉見物などに繰り出すようになった時期に当ろうか。
 戸塚区内の道祖神と庚申塔は多いのでここでは北部の鳥が丘、矢部町、上矢部町にあるものを紹介する。
(表紙写真は街山八幡宮の庚申塚)

  • ブリジストン裏の跨線橋を渡った新道側(上矢部町)にある庚申塚。<br />新道下のトンネルからは公園側の散策道を通るのでひっそりとしている。 <br /><br />

    ブリジストン裏の跨線橋を渡った新道側(上矢部町)にある庚申塚。
    新道下のトンネルからは公園側の散策道を通るのでひっそりとしている。

  • 庚申塔(寛延3年(1750年)銘)。 <br /><br />

    庚申塔(寛延3年(1750年)銘)。

  • 庚申塔(延享3年(1746年)銘)。少し埋っている。 <br /><br />

    庚申塔(延享3年(1746年)銘)。少し埋っている。

  • 第六社石段横(上矢部町)の庚申塚。 <br /><br />

    第六社石段横(上矢部町)の庚申塚。

  • 庚申塔(万延元年(1860年)銘)。 <br /><br />

    庚申塔(万延元年(1860年)銘)。

  • 庚申塔(万延2年(1861年)銘)。 <br /><br />

    庚申塔(万延2年(1861年)銘)。

  • 大禄天(天保13年(1842年)銘)。鎮守は大六社であるが大六天(大禄天)を祀っていたのであろう。 <br /><br />

    大禄天(天保13年(1842年)銘)。鎮守は大六社であるが大六天(大禄天)を祀っていたのであろう。

  • 街山(つじやま)八幡宮横(矢部町)の庚申塚。 <br /><br />

    街山(つじやま)八幡宮横(矢部町)の庚申塚。

  • 猿田彦大神(明治5年(1872年)銘)。右側面に「東方柏尾道」、左側面に「大山道」と彫られており、道標を兼ねていた。 <br /><br />

    猿田彦大神(明治5年(1872年)銘)。右側面に「東方柏尾道」、左側面に「大山道」と彫られており、道標を兼ねていた。

  • 庚申塔(延宝3年(1675年)銘)。 <br /><br />

    庚申塔(延宝3年(1675年)銘)。

  • 庚申塔(文化2年(1805年)銘)。 <br /><br />

    庚申塔(文化2年(1805年)銘)。

  • 青面金剛童子(嘉永元年(1848年)銘)。 <br /><br />

    青面金剛童子(嘉永元年(1848年)銘)。

  • 堅牢地祗(嘉永2年(1849年)銘)。 <br /><br />

    堅牢地祗(嘉永2年(1849年)銘)。

  • 庚申塔(文化5年(1809年)銘)。 <br /><br />

    庚申塔(文化5年(1809年)銘)。

  • 庚申塔(寛政12年(1800年)銘)。 <br /><br />

    庚申塔(寛政12年(1800年)銘)。

  • 庚申塔(文政7年(1824年)銘)。 <br /><br />

    庚申塔(文政7年(1824年)銘)。

  • 街山(つじやま)八幡宮鳥居後の堅牢地祗。 <br /><br />

    街山(つじやま)八幡宮鳥居後の堅牢地祗。

  • 街山(つじやま)八幡宮トンネルを潜って団地(2棟)の公園横(上矢部町)の道祖神。 <br /><br />

    街山(つじやま)八幡宮トンネルを潜って団地(2棟)の公園横(上矢部町)の道祖神。

  • 道祖神(双体)(弘化3年(1846年)銘)。 <br /><br />

    道祖神(双体)(弘化3年(1846年)銘)。

  • 道祖神(双体)(延享3年(1746年)銘)。横の道祖神は100年経ってから建てたものだ。 <br /><br />

    道祖神(双体)(延享3年(1746年)銘)。横の道祖神は100年経ってから建てたものだ。

  • 道祖神バス停(矢部町)の道祖神。

    道祖神バス停(矢部町)の道祖神。

  • 元々の道祖神。年号は読めないが「正月吉日」は読める。

    元々の道祖神。年号は読めないが「正月吉日」は読める。

  • 道祖神(大正6年(1717年)銘)。

    道祖神(大正6年(1717年)銘)。

  • 道祖神碑(平成17年(2004年)銘)。

    道祖神碑(平成17年(2004年)銘)。

  • 谷矢部池公園横(矢部町)の道祖神。

    谷矢部池公園横(矢部町)の道祖神。

  • 道祖神(双体)(文政2年(1819年)銘)。

    道祖神(双体)(文政2年(1819年)銘)。

  • 道祖神(明治2年(1869年)銘)。右側面に「右 とつか 上 大山 左 ふぢさハ かめ井」と彫られており、道標を兼ねていた。

    道祖神(明治2年(1869年)銘)。右側面に「右 とつか 上 大山 左 ふぢさハ かめ井」と彫られており、道標を兼ねていた。

  • 大山阿夫利神社(通称)。

    大山阿夫利神社(通称)。

  • 大山阿夫利神社(通称)の道祖神(双体)(文政2年(1819年)銘)。

    大山阿夫利神社(通称)の道祖神(双体)(文政2年(1819年)銘)。

  • 吉田大橋上手(柏尾川右岸)(矢部町)の道祖神。 <br /><br />

    吉田大橋上手(柏尾川右岸)(矢部町)の道祖神。

  • 淡島大明神(宝暦12年(1763年)銘)。 表に「上矢部 道十丁 淡島大明神 退魔山大善寺」、右側面には「宝暦十二年四月吉日」、左側面には「虚空蔵菩薩 ホしのや 八王子道」と彫られている。道標を兼ねていたようだ。<br /><br />

    淡島大明神(宝暦12年(1763年)銘)。 表に「上矢部 道十丁 淡島大明神 退魔山大善寺」、右側面には「宝暦十二年四月吉日」、左側面には「虚空蔵菩薩 ホしのや 八王子道」と彫られている。道標を兼ねていたようだ。

  • 道祖神(天保3年(1833年)銘)。 <br /><br />

    道祖神(天保3年(1833年)銘)。

  • 善了寺裏山墓地脇にある稲荷社傍(矢部町)の道祖神(双体)。 <br /><br />

    善了寺裏山墓地脇にある稲荷社傍(矢部町)の道祖神(双体)。

  • 歌舞伎台(上矢部町)の庚申塚。小路の突き当たりにあり、移設されたものだ。10数mの近くにあるお地蔵さまの横に石碑(宝暦12年(1762年)銘)があり、このあたりにある方が自然だ。

    歌舞伎台(上矢部町)の庚申塚。小路の突き当たりにあり、移設されたものだ。10数mの近くにあるお地蔵さまの横に石碑(宝暦12年(1762年)銘)があり、このあたりにある方が自然だ。

  • 庚申塔(延享元年(1744年)銘)。

    庚申塔(延享元年(1744年)銘)。

  • 地神塔(明治11年(1878年)銘)。右側面に「右 大山(道) 左 戸塚道」と彫られているから道標を兼ねていたようだ。

    地神塔(明治11年(1878年)銘)。右側面に「右 大山(道) 左 戸塚道」と彫られているから道標を兼ねていたようだ。

  • 道祖神(天保4年(1833年)銘)。

    道祖神(天保4年(1833年)銘)。

  • 上矢部地区センター交差点(上矢部町)の庚申塚。

    上矢部地区センター交差点(上矢部町)の庚申塚。

  • 上矢部地区センター交差点(上矢部町)の庚申塚。

    上矢部地区センター交差点(上矢部町)の庚申塚。

  • 上矢部地区センター交差点(上矢部町)の庚申塚。

    上矢部地区センター交差点(上矢部町)の庚申塚。

  • 「篠塚農道完成記念碑」(昭和40年(1965年)銘)。団地となっているこのあたりは農道として整備されたようだ。そのときに庚申塚なども移設されたのであろう。

    「篠塚農道完成記念碑」(昭和40年(1965年)銘)。団地となっているこのあたりは農道として整備されたようだ。そのときに庚申塚なども移設されたのであろう。

  • 石仏。ボロボロだ。

    石仏。ボロボロだ。

  • 庚申供養塔(延享2年(1745年)銘)。

    庚申供養塔(延享2年(1745年)銘)。

  • 道祖神(天保14年(1843年)銘)。

    道祖神(天保14年(1843年)銘)。

  • 道祖神(天保13年(1842年)銘)。

    道祖神(天保13年(1842年)銘)。

  • 庚申塔(元禄10年(1697年)銘)。東北太平洋沖地震で倒れたようだ。

    庚申塔(元禄10年(1697年)銘)。東北太平洋沖地震で倒れたようだ。

  • 庚申塔(元禄9年(1696年)銘)。

    庚申塔(元禄9年(1696年)銘)。

  • 馬頭観世音(嘉永6年(1853年)銘)。

    馬頭観世音(嘉永6年(1853年)銘)。

  • 庚申塔(天保9年(1836年)銘)。90°曲がって立っている。

    庚申塔(天保9年(1836年)銘)。90°曲がって立っている。

  • 三層塔。篠原上人の供養塔か?

    三層塔。篠原上人の供養塔か?

  • 篠原上人供養之碑。

    篠原上人供養之碑。

  • 溜池浚深工事碑。溜池既に埋め立てられてしまったようだ。石碑も下が埋まってしまっている。

    溜池浚深工事碑。溜池既に埋め立てられてしまったようだ。石碑も下が埋まってしまっている。

  • 日月社下段境内(上矢部町)の庚申塚。

    日月社下段境内(上矢部町)の庚申塚。

  • 庚申塔(文政3年(1820年)銘)。

    庚申塔(文政3年(1820年)銘)。

  • 道祖神(天保10年(1725年)銘)。

    道祖神(天保10年(1725年)銘)。

  • 石廟(寛政(1789年〜1801年)銘)。

    石廟(寛政(1789年〜1801年)銘)。

  • 新代橋東のお地蔵さまと道祖神。

    新代橋東のお地蔵さまと道祖神。

  • 道祖神(寛政2年(1790年)銘)。

    道祖神(寛政2年(1790年)銘)。

  • 第六天社(上矢部町)境内左奥の庚申塚。

    第六天社(上矢部町)境内左奥の庚申塚。

  • 庚申塔(寛永7年(1630年)銘)。

    庚申塔(寛永7年(1630年)銘)。

  • 庚申供養塔(享保12年(1727年)銘)。

    庚申供養塔(享保12年(1727年)銘)。

  • 庚申塔(延宝8年(1680年)銘)。

    庚申塔(延宝8年(1680年)銘)。

  • 庚申塔(延宝8年(1680年)銘)の右側面。

    庚申塔(延宝8年(1680年)銘)の右側面。

  • 庚申塔(延宝8年(1680年)銘)の左側面。

    庚申塔(延宝8年(1680年)銘)の左側面。

  • 第六天社(上矢部町)境内右奥の庚申塚。

    第六天社(上矢部町)境内右奥の庚申塚。

  • 庚申塔(天保11年(1840年)銘)。

    庚申塔(天保11年(1840年)銘)。

  • 庚申塔(天保11年(1840年)銘)。

    庚申塔(天保11年(1840年)銘)。

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