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去年だったか、熊本城の本丸御殿が復元されて観光客を呼んでいる、という話題がテレビから流れてきました。<br />以前訪れたときはそのようなものはなかったのだが…。<br /><br />2008年に復元作業が完了し、公開されていたのですね。<br />本丸御殿を見られるのは珍しいですから、これは機会を作って見に行かなきゃね、ということで、今回訪れることとなりました。<br /><br />訪ねてみてビックリ。<br />城内広いし、見るべきものがたくさんある!<br />結局、6時間もかかってしまいましたが、それでも後半は急ぎ足…。<br />それもそのはず。<br />昨今復元されたのは本丸御殿だけではありませんでした。<br />熊本城は徐々に古に戻るかのように、復元工事が進められているのでした~\(◎o◎)/!

肥後一泊(2) 勇壮なる熊本城、天守と宇土櫓に登る ~2011年1月~

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2011/01/22 - 2011/01/24

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korotama

korotamaさん

去年だったか、熊本城の本丸御殿が復元されて観光客を呼んでいる、という話題がテレビから流れてきました。
以前訪れたときはそのようなものはなかったのだが…。

2008年に復元作業が完了し、公開されていたのですね。
本丸御殿を見られるのは珍しいですから、これは機会を作って見に行かなきゃね、ということで、今回訪れることとなりました。

訪ねてみてビックリ。
城内広いし、見るべきものがたくさんある!
結局、6時間もかかってしまいましたが、それでも後半は急ぎ足…。
それもそのはず。
昨今復元されたのは本丸御殿だけではありませんでした。
熊本城は徐々に古に戻るかのように、復元工事が進められているのでした~\(◎o◎)/!

交通手段
ANAグループ 私鉄
  • この地に立派なお城を建てた加藤清正公。<br />肥後藩初代藩主。<br /><br />ドラマではたいてい、こわもての武士として描かれているような気がする。

    この地に立派なお城を建てた加藤清正公。
    肥後藩初代藩主。

    ドラマではたいてい、こわもての武士として描かれているような気がする。

  • 熊本城は、標高約50mの茶臼山(ちゃうすやま)に築城されました。<br />本丸が城郭の片隅に配置され、周囲の3方向を他の曲輪で囲んだ梯郭式縄張りの平山城です。<br /><br /><br /><br />この山の東端に15世紀後半に築かれた千葉城が、その始まりです。

    熊本城は、標高約50mの茶臼山(ちゃうすやま)に築城されました。
    本丸が城郭の片隅に配置され、周囲の3方向を他の曲輪で囲んだ梯郭式縄張りの平山城です。



    この山の東端に15世紀後半に築かれた千葉城が、その始まりです。

    熊本城 名所・史跡

  • 羽柴秀吉と柴田勝家が戦った賤ヶ岳の戦いで功名を挙げた「賤ヶ岳の七本槍」の一人である加藤清正が、1601年から7年の歳月を掛けて築城した熊本城。<br />(安土・桃山時代〜江戸時代初期)<br /><br />大小の天守閣のほか、櫓49、櫓門18、城門29などがあったというのですから、それはそれは圧巻。<br /><br />これらの建物のほとんどが、明治の西南戦争のときに焼失してしまったというのですから、なんとも残念なことです。

    羽柴秀吉と柴田勝家が戦った賤ヶ岳の戦いで功名を挙げた「賤ヶ岳の七本槍」の一人である加藤清正が、1601年から7年の歳月を掛けて築城した熊本城。
    (安土・桃山時代〜江戸時代初期)

    大小の天守閣のほか、櫓49、櫓門18、城門29などがあったというのですから、それはそれは圧巻。

    これらの建物のほとんどが、明治の西南戦争のときに焼失してしまったというのですから、なんとも残念なことです。

  • しかしながら、熊本市には「熊本城復元整備計画」なる長期計画があり、今後何年もかけて城郭全体を往時の姿に復元整備することを目指しているのだそうです。<br /><br />初めて来た時よりも見るべきものが多くなっているのも頷けるし、5年後、10年後、折りに触れてまた登城しなければなりません!<br /><br />それにしても、このようなスケールの大きい復元作業をしているところ、korotamaの知る限りでは熊本城だけです。<br />とあるお城では、復元作業は進めたいものの財政が厳しくて…、というお話も聞いたことがあります。<br />大きな観光資源になるとはいえ、多額の費用を伴う大掛かりな復元計画を決断した熊本市には、脱帽です。

    しかしながら、熊本市には「熊本城復元整備計画」なる長期計画があり、今後何年もかけて城郭全体を往時の姿に復元整備することを目指しているのだそうです。

    初めて来た時よりも見るべきものが多くなっているのも頷けるし、5年後、10年後、折りに触れてまた登城しなければなりません!

    それにしても、このようなスケールの大きい復元作業をしているところ、korotamaの知る限りでは熊本城だけです。
    とあるお城では、復元作業は進めたいものの財政が厳しくて…、というお話も聞いたことがあります。
    大きな観光資源になるとはいえ、多額の費用を伴う大掛かりな復元計画を決断した熊本市には、脱帽です。

  • 城の南に位置する行幸橋から眺める坪井川沿いの長塀。<br />長塀の西の端にある「馬具櫓」は復元工事中とのことでした。

    城の南に位置する行幸橋から眺める坪井川沿いの長塀。
    長塀の西の端にある「馬具櫓」は復元工事中とのことでした。

  • 備前堀に映る「飯田丸五階櫓」

    備前堀に映る「飯田丸五階櫓」

  • 「飯田丸五階櫓」は2005年に復元されました。

    「飯田丸五階櫓」は2005年に復元されました。

  • 城の南西に位置する「櫨方門(はぜかたもん)」から入城します。<br /><br /><br />入園料は500円。<br />熊本市交通局発行の「わくわく1dayパス・わくわく2dayパス」を持っているので、2割引きの400円で入ることができました(^。^)

    城の南西に位置する「櫨方門(はぜかたもん)」から入城します。


    入園料は500円。
    熊本市交通局発行の「わくわく1dayパス・わくわく2dayパス」を持っているので、2割引きの400円で入ることができました(^。^)

  • 櫨方門をくぐり、飯田丸五階櫓を見上げます。<br /><br /><br />この石垣の高さにまずは驚きました。

    櫨方門をくぐり、飯田丸五階櫓を見上げます。


    この石垣の高さにまずは驚きました。

  • 籠城に備えるため、加藤清正は城内に120を超える井戸を掘りました。<br /><br />朝鮮出兵時の蔚山倭城(うるさんわじょう)での籠城戦が教訓になっているのだとか。

    籠城に備えるため、加藤清正は城内に120を超える井戸を掘りました。

    朝鮮出兵時の蔚山倭城(うるさんわじょう)での籠城戦が教訓になっているのだとか。

  • 竹の丸から見る、圧巻の石垣群。

    竹の丸から見る、圧巻の石垣群。

  • 竹の丸から見る熊本城天守

    竹の丸から見る熊本城天守

  • 入り組んだ、重厚なる石垣の合間を歩きます。<br />かつて、これらの石垣の上には櫓が建てられていました。

    入り組んだ、重厚なる石垣の合間を歩きます。
    かつて、これらの石垣の上には櫓が建てられていました。

  • 石垣の上に登ってみます。<br />二重に折り曲げられた虎口(こぐち)。<br />もともと高い崖であったために、竹の丸から飯田丸までの標高差をカバーするためにこのような造りになったのだそうですが、同時に、「容易には攻められないぞっ!」の役割も果たしています。<br /><br /><br />右手の高い石垣の上には「五階櫓」が建っておりました。<br />この櫓もいずれは復元されるのだそうです。<br />

    石垣の上に登ってみます。
    二重に折り曲げられた虎口(こぐち)。
    もともと高い崖であったために、竹の丸から飯田丸までの標高差をカバーするためにこのような造りになったのだそうですが、同時に、「容易には攻められないぞっ!」の役割も果たしています。


    右手の高い石垣の上には「五階櫓」が建っておりました。
    この櫓もいずれは復元されるのだそうです。

  • 古を思いを巡らしていたら、ちょこまかとこの方が…。<br /><br /><br />ぅわぁ〜おっ!<br />シロハラさんですね〜(^O^)/

    古を思いを巡らしていたら、ちょこまかとこの方が…。


    ぅわぁ〜おっ!
    シロハラさんですね〜(^O^)/

  • キリリと引き締まったお顔に、でっぷり感たっぷりのお腹が好きですぅ(^。^)

    キリリと引き締まったお顔に、でっぷり感たっぷりのお腹が好きですぅ(^。^)

  • シロハラさんに名残を惜しみながら、カクカク石段を上がります。

    シロハラさんに名残を惜しみながら、カクカク石段を上がります。

  • 折れ折れしながら階段を昇っていくと、目の前に現るる「二様の石垣」と「天守」。<br /><br />石垣が増築されている様子がお分かりになれるでしょうか。<br />右手の緩やかな傾斜の石垣が築城当時の加藤時代のもの、<br />左手の急な勾配の石垣がその後の細川時代のもの、と考えられているそうです。

    折れ折れしながら階段を昇っていくと、目の前に現るる「二様の石垣」と「天守」。

    石垣が増築されている様子がお分かりになれるでしょうか。
    右手の緩やかな傾斜の石垣が築城当時の加藤時代のもの、
    左手の急な勾配の石垣がその後の細川時代のもの、と考えられているそうです。

  • 「二様の石垣」、角度を変えて。

    「二様の石垣」、角度を変えて。

  • ここに城が築かれる前、茶臼山にはお寺があったそうで、墓石が石段に使われていますー。

    ここに城が築かれる前、茶臼山にはお寺があったそうで、墓石が石段に使われていますー。

  • 豪壮雄大なる高石垣の熊本城ですが、鳥さんたちの楽園でもあります(^。^)<br /><br /><br />忍者のごとく石垣を登る? カワラバト。

    豪壮雄大なる高石垣の熊本城ですが、鳥さんたちの楽園でもあります(^。^)


    忍者のごとく石垣を登る? カワラバト。

  • ホースからチョロチョロと漏れ出す水を飲むカラスさん。

    ホースからチョロチョロと漏れ出す水を飲むカラスさん。

  • なんとも柔らかそうな羽毛に包まれて。

    なんとも柔らかそうな羽毛に包まれて。

  • 淡い色をしていますが、セキレイの仲間?<br />ハクセキレイの若様でしょうか?<br /><br /><br />この方の頭上には、

    淡い色をしていますが、セキレイの仲間?
    ハクセキレイの若様でしょうか?


    この方の頭上には、

  • 小天守、大天守がそびえています〜。<br /><br /><br /><br /><br /><br />本丸西側から眺める。

    小天守、大天守がそびえています〜。





    本丸西側から眺める。

  • 緩やかな傾斜から、上にいくほど急勾配になる「扇の勾配」をもち、そりかえる上部は「武者返し」と呼ばれる、清正流石垣。<br /><br /><br />近江の石工集団「穴生衆(あのうしゅう)」により造られました。

    緩やかな傾斜から、上にいくほど急勾配になる「扇の勾配」をもち、そりかえる上部は「武者返し」と呼ばれる、清正流石垣。


    近江の石工集団「穴生衆(あのうしゅう)」により造られました。

  • 天守1階の床部分と石垣との境には「忍返し」と呼ばれる鉄串が張りめぐらされ、石垣からせり出す1階の床は、戦の際には床板が外れて石落としに変わります。<br /><br /><br />徹底した防御の仕組み。

    天守1階の床部分と石垣との境には「忍返し」と呼ばれる鉄串が張りめぐらされ、石垣からせり出す1階の床は、戦の際には床板が外れて石落としに変わります。


    徹底した防御の仕組み。

  • 防御に徹底した城ではあるけれど、天守は望楼型の、麗しさ。

    防御に徹底した城ではあるけれど、天守は望楼型の、麗しさ。

  • 本丸に井戸。

    本丸に井戸。

  • 南側から眺める。<br /><br /><br />流れるような千鳥破風が美しい。<br /><br /><br /><br /><br />このあと、本丸東側へと移動します。

    南側から眺める。


    流れるような千鳥破風が美しい。




    このあと、本丸東側へと移動します。

  • 望楼型3重6階地下1階の大天守の北側に、気持ち西に振った望楼型2層4階地下1階の小天守が並ぶ、連結式天守。<br /><br />緩やかな曲線を描く大きな二層の千鳥破風がひときわ優美です。<br /><br /><br />この見事な大小天守は、1877年(明治10)の西南の役のときに本丸御殿など、他の多くの建物とともに焼失してしまいました。<br />今見られるのは、1960年に復元されたもの。<br />コンクリート造りで、内部は展示室になっています。<br />小天守は内部改修工事中だったため、残念ながら入ることができませんでした。

    望楼型3重6階地下1階の大天守の北側に、気持ち西に振った望楼型2層4階地下1階の小天守が並ぶ、連結式天守。

    緩やかな曲線を描く大きな二層の千鳥破風がひときわ優美です。


    この見事な大小天守は、1877年(明治10)の西南の役のときに本丸御殿など、他の多くの建物とともに焼失してしまいました。
    今見られるのは、1960年に復元されたもの。
    コンクリート造りで、内部は展示室になっています。
    小天守は内部改修工事中だったため、残念ながら入ることができませんでした。

  • 地下1階に、古井戸あり。<br /><br /><br />壁に貼り巡らされているのは、熊本城一口城主の方々のお名前。<br />熊本城復元募金に一万円以上の寄付をすると「一口城主」になり、口数に応じた年数、市が管理する施設に無料で入れるのだそうです。<br />目標額7億円。

    地下1階に、古井戸あり。


    壁に貼り巡らされているのは、熊本城一口城主の方々のお名前。
    熊本城復元募金に一万円以上の寄付をすると「一口城主」になり、口数に応じた年数、市が管理する施設に無料で入れるのだそうです。
    目標額7億円。

  • 南西方向から眺めた、在りし日の熊本城&城下。<br /><br />手前の「古城」と札が立っている辺りに、加藤清正が肥後入国当初に住まった隈本城がありました。<br />その頃、御年27歳だったのだそうで、お若い…。

    南西方向から眺めた、在りし日の熊本城&城下。

    手前の「古城」と札が立っている辺りに、加藤清正が肥後入国当初に住まった隈本城がありました。
    その頃、御年27歳だったのだそうで、お若い…。

  • お城部分にず〜む

    お城部分にず〜む

  • 大小天守の模型もありました。<br /><br />1960年の復元工事の際に作られた、1/10サイズのもの。

    大小天守の模型もありました。

    1960年の復元工事の際に作られた、1/10サイズのもの。

  • 大天守最上階の「御上段の間」内部復元模型。

    大天守最上階の「御上段の間」内部復元模型。

  • 厠です〜〜〜

    厠です〜〜〜

  • 前日の朝痛めた両膝を引きずりながら、えっちらおっちら階段を昇って、最上階に到着。<br /><br /><br />復元された本丸御殿を見おろします。

    前日の朝痛めた両膝を引きずりながら、えっちらおっちら階段を昇って、最上階に到着。


    復元された本丸御殿を見おろします。

  • 推定樹齢800年のクスノキの向こうには、飯田丸五階櫓が隠れています。

    推定樹齢800年のクスノキの向こうには、飯田丸五階櫓が隠れています。

  • こちらに見ゆるは、<br />熊本城に残る唯一の天守建築「宇土櫓」。

    こちらに見ゆるは、
    熊本城に残る唯一の天守建築「宇土櫓」。

  • 路面電車な町も見下ろしちゃいます〜(^。^)

    路面電車な町も見下ろしちゃいます〜(^。^)

  • 外に出て、再び本丸西側から、大小天守を眺めます。<br /><br />小天守は大天守のあとに増築され、内部は居住空間になっていたとのこと。<br />次ぎ訪れるときは、改修も終わっているね。

    外に出て、再び本丸西側から、大小天守を眺めます。

    小天守は大天守のあとに増築され、内部は居住空間になっていたとのこと。
    次ぎ訪れるときは、改修も終わっているね。

  • 本丸の西北隅に位置し、<br />熊本城第三の天守と呼ばれる「宇土櫓」。<br /><br />築城当時から残る唯一の天守建築物で、国指定重要文化財となっています。<br />こちらからだと分かりませんが、約20mの石垣の上に載っています。<br /><br />隅櫓(二階櫓)と平櫓(古外様櫓)からなる続櫓がつながっています。

    本丸の西北隅に位置し、
    熊本城第三の天守と呼ばれる「宇土櫓」。

    築城当時から残る唯一の天守建築物で、国指定重要文化財となっています。
    こちらからだと分かりませんが、約20mの石垣の上に載っています。

    隅櫓(二階櫓)と平櫓(古外様櫓)からなる続櫓がつながっています。

  • 望楼型3層5階地下1階の宇土櫓。<br />最上階には外廻縁と高欄もあって、本当に天守みたい。<br /><br /><br />清正が1600年ごろに造った、熊本城初代天守という説もあるそうです。<br />直線的な千鳥破風は大小天守よりも古い意匠。

    望楼型3層5階地下1階の宇土櫓。
    最上階には外廻縁と高欄もあって、本当に天守みたい。


    清正が1600年ごろに造った、熊本城初代天守という説もあるそうです。
    直線的な千鳥破風は大小天守よりも古い意匠。

  • 続櫓の中は、長い廊下。

    続櫓の中は、長い廊下。

  • 宇土櫓1階。<br />床板や柱、梁のほとんどは築城当時のまま、なんだとか。

    宇土櫓1階。
    床板や柱、梁のほとんどは築城当時のまま、なんだとか。

  • 重厚感が感じられる宇土櫓。<br />やはり、昔のままの建物は、いい・・・。<br /><br /><br />現存12天守に入らないけれど、それに匹敵すると思うなぁ。

    重厚感が感じられる宇土櫓。
    やはり、昔のままの建物は、いい・・・。


    現存12天守に入らないけれど、それに匹敵すると思うなぁ。

  • 急な階段です。

    急な階段です。

  • 続櫓を覗き見。

    続櫓を覗き見。

  • 破風部屋もあります。

    破風部屋もあります。

  • 5階から、西の奉行丸、西出丸を眺めます。<br /><br />右が2003年に復元された「西大手門」と「元太鼓櫓」(屋根だけ見えます)、<br />左が2002年に復元された「南大手門」、<br />左奥が2003年に復元された「未申櫓(ひつじさるやぐら)」。<br /><br /><br />大手門の配置が、珍しい感じがします。

    5階から、西の奉行丸、西出丸を眺めます。

    右が2003年に復元された「西大手門」と「元太鼓櫓」(屋根だけ見えます)、
    左が2002年に復元された「南大手門」、
    左奥が2003年に復元された「未申櫓(ひつじさるやぐら)」。


    大手門の配置が、珍しい感じがします。

  • 5階から、大天守、小天守を眺めます。<br />少しだけ、本丸御殿も見えますね。

    5階から、大天守、小天守を眺めます。
    少しだけ、本丸御殿も見えますね。

  • 加藤家の桔梗紋入り瓦

    加藤家の桔梗紋入り瓦

  • 西出丸から見る宇土櫓。

    西出丸から見る宇土櫓。

  • 鳥の楽園、熊本城。<br /><br /><br /><br />石垣に、ジョウビタキ (*^。^*)

    鳥の楽園、熊本城。



    石垣に、ジョウビタキ (*^。^*)

  • 闊歩するハクセキレイ(^。^)

    闊歩するハクセキレイ(^。^)

  • 天守並ぶ、熊本城。

    天守並ぶ、熊本城。

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