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 瑞龍寺から伸びる参道は八町道とよばれ、約八町(870m)続き、前田公園にある加賀藩2代藩主前田利長の墓所に続いている。前田利長は加賀藩祖である前田利家の嫡男として生まれ、慶長19年(1614年)に没した。前田利長墓所は異母弟である3代藩主前田利常が冥福を祈るため正保3年(1646年)の33回忌に造営したものである。国の史跡に指定されている。その後、瑞龍院(後に瑞龍寺と改名)の伽藍も整備され、利長の五十回忌にあたる寛文3年(1663年)頃には完成した。現在では、仏殿(万治2年(1659年)に竣工)、法堂(明暦元年(1655年)に建立)、山門(文政3年(1820年)に再建)の3棟が国宝となっている。<br /> 周囲に堀を構えた墓所は武将のものとして全国的に珍しく、また、全国屈指の大きさを誇った。何よりも墓前に鳥居が建つ姿は、高野山奥の院にある3番目に大きな五輪の塔、「三番墓」と呼ばれる前田利長の墓と同様であるが、明治初年の神仏分離令以降は特別な場所以外には見かけないものだ。<br />(表紙写真は前田公園の前田利長の墓碑)

前田公園(高岡)

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2009/05/01 - 2009/05/01

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 瑞龍寺から伸びる参道は八町道とよばれ、約八町(870m)続き、前田公園にある加賀藩2代藩主前田利長の墓所に続いている。前田利長は加賀藩祖である前田利家の嫡男として生まれ、慶長19年(1614年)に没した。前田利長墓所は異母弟である3代藩主前田利常が冥福を祈るため正保3年(1646年)の33回忌に造営したものである。国の史跡に指定されている。その後、瑞龍院(後に瑞龍寺と改名)の伽藍も整備され、利長の五十回忌にあたる寛文3年(1663年)頃には完成した。現在では、仏殿(万治2年(1659年)に竣工)、法堂(明暦元年(1655年)に建立)、山門(文政3年(1820年)に再建)の3棟が国宝となっている。
 周囲に堀を構えた墓所は武将のものとして全国的に珍しく、また、全国屈指の大きさを誇った。何よりも墓前に鳥居が建つ姿は、高野山奥の院にある3番目に大きな五輪の塔、「三番墓」と呼ばれる前田利長の墓と同様であるが、明治初年の神仏分離令以降は特別な場所以外には見かけないものだ。
(表紙写真は前田公園の前田利長の墓碑)

  • 参道に建つ鳥居。

    参道に建つ鳥居。

  • 参道奥にも鳥居が建つ。

    参道奥にも鳥居が建つ。

  • 参道奥にも鳥居が建つ。

    参道奥にも鳥居が建つ。

  • 墓前に建つ鳥居。

    墓前に建つ鳥居。

  • 前田利長の墓所の石柵。

    前田利長の墓所の石柵。

  • 前田利長の墓碑。

    前田利長の墓碑。

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