2010/10/16 - 2010/10/16
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ソフィさん
2010年10月16日(土)
ハイデルベルク城のテラスからの眺めで、大きな存在感を見せていたのが、アルテブリュッケであった。
最近橋のデザインは軽快さを評価する傾向にあるが、この橋はそうした傾向に反してどっしり構え、景観の主役を主張している。
城から降りて、最初にこの橋を訪ねたことは、ハイデルベルクを感じるために正解であった。
なぜならば、アルトブリュッケはハイデルベルクの玄関口だからだ。
ハイデルベルクは、ドイツの大動脈ライン川に近く、東西に流れるその支流ネッカー川に面している。
また、フランクフルト-カールスルーエを結ぶ南北の大動脈が、ネッカー川と交差する点でもある。
物・人・情報の流れがハイデルベルクで交差し、その交差点が「アルトブリュッケ」なのだ。
この橋の南端に、背の高い塔が建っている。
この塔はまさに、市への玄関口としての威容を示している。
ケルンでもそうだったが、ドイツでは大河を渡る橋が城門になっている例が目立つ。
始めてこの街を訪ねた1961年には、この橋を渡り対岸から城を眺めて、感動した。
また対岸には、川沿いに「哲学者の道」と呼ばれている遊歩道があり、かつてドイツの哲学者たちが散策したと伝えられる。
私自身も、この道を歩きながら、思索に耽ることを習った。
ちなみに、京都で四高の先輩西田幾多郎が歩いたのは「哲学の道」であり、ハイデルベルクの「哲学者の道」とは一字違っている。
京都の哲学の道は、西田幾多郎の詩碑を訪ねて、先日歩いた。
近くに住む人に詩碑の場所を訊いたが、あまり知られていないのでガッカリした。
哲学の道は用水に沿って平坦だが、哲学者の道は岡に沿って上り下りが多い。
思索への効用としては、変化が多く、かつ歩行者に負荷を掛け過ぎないことが望ましいのではないだろうか。
アルテ・ブリュッケ(古い橋)の正式名称は、「テオドール・ホイス橋」。
テオドール・ホイス(1884-1963)は、ドイツ連邦の初代大統領(1949-1959在任)。
以前この橋は「カール・テオドール橋」と呼ばれていた。
カール・テオドールは、プファルツ選帝侯の一員で、この橋を造った人だが、次の原稿に譲りたい。
(片瀬貴文 2011.02.08)
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