2009/04/05 - 2009/04/05
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ドクターキムルさん
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大津市園城寺町に鎮座する新羅善神堂(しんらぜんじんどう)には三井寺の鎮守神である新羅明神を祀っている。「堂」と名が付けられているが、流造(ながれづくり)の神社本殿の建築様式であり、現存の建物(国宝)は貞和3年(1347年)、足利尊氏の寄進によるものである。貞観2年(806年)に作られたとされる国宝の新羅明神坐像(檜の一本造)を安置しているが、秘仏であり、特別な行事の時以外は開扉されない。新羅明神は、唐に留学した円珍が日本へ帰国する際、船中に現われた神とされ、円珍に伝えられた経法を永遠に守護することを誓った神であるという。円珍が請来した経典法具を三井寺に保管することになったのも新羅明神の夢告によるとされている。
源頼義が三男の義光をこの神の前で元服させ、義光はそれ以来「新羅三郎」と呼ばれるようになったことはよく知られる。新羅三郎義光は後に関東に下り、甲斐源氏の祖となり、武田信玄につながる。鎌倉の古社八雲神社も新羅三郎と縁があり、「手玉石」がある。
大津市役所裏にある弘文天皇陵横に鳥居が建ち、参道を右に曲がると社殿とそれを囲む塀が見える。弘文天皇陵への道は新羅善神堂への参道を利用しているが、これも明治になって付けられた道であろう。元々は園城寺(三井寺)の境内神社であるが、明治の神仏分離で園城寺(三井寺)から離れ、園城寺(三井寺)境内図にも載っていない。そのため、境内は無料であるが訪れる人も少なく、いつもひっそりとしている。新羅善神堂の鳥居へは園城寺(三井寺)とは反対の方向から入ることになり不自然である。江戸時代までは参道は園城寺(三井寺)から続いていたのであろう。
(表紙写真は新羅善神堂)
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新羅善神堂鳥居。弘文天皇陵横に建つ。
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新羅善神堂鳥居。参道の横道のような位置に建つ。
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新羅善神堂。境内は鬱蒼たる木立で、新羅善神堂のあたりは開けている。
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新羅善神堂(国宝)。鳥居からの参道を右に曲がると見える。
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新羅善神堂。
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新羅善神堂。
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新羅善神堂。
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新羅善神堂。
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新羅善神堂。
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新羅善神堂を囲む木塀。
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新羅善神堂。塀があるため良く見えない。
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新羅善神堂。
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新羅善神堂。
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新羅善神堂。
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新羅善神堂。
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新羅善神堂。
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新羅善神堂。
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新羅善神堂。
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新羅善神堂横。
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新羅善神堂裏。
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新羅善神堂裏。
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新羅善神堂裏。
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新羅善神堂裏の桜。
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新羅善神堂への道。大津市役所からはSの字に道がある。コの字に弘文天皇陵と鳥居があり、さらにLの字に進むと新羅善神堂がある。
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