2010/09/18 - 2010/09/18
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尾張四観音の一つ、荒子観音の紹介の締め括りです。加賀百万石の前田家所縁の荒子城址と円空仏も紹介します。
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『前田利家と荒子城』のタイトルがあった説明看板です。2002年(平成14年)のNHK大河ドラマ、『利家とまつ〜加賀百万石物語〜』の放映を契機に結成された『前田利家発信隊』による記述です。
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前田利家の出生地は、荒子城と前田城の2つの説があるようです。その内の荒子城址です。現在は権現様になっています。その鳥居と社殿の光景です。前田城は、前田橋(庄内川)の西にあったとされ、現在は速念寺(名古屋市中川区前田西町)となっています。
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名古屋市教育委員会名で、『荒子城址』のタイトルがあった立看板です。天文年間(1532=1555年)に築城、天正3年(1577年)廃城までの略記がありました。一重堀を巡らした、東西約68メートル、南北約50メートルの規模であったことも紹介されていました。
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イチオシ
『富士大権現・天満天神宮』の文字が刻まれた石碑の光景です。前田利家は、天文7年(1538年)前田利昌の第4子として、現在の中川区で生まれました。幼名を犬千代と言い、幼年時代から織田信長に仕えました。武勇で名を馳せた戦国武将です。
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『富士天満宮』に祀られているのは、木花開耶姫命と前田家が祖先としている菅原道真公(845〜903年)です。前田家の家紋が梅紋なのも、菅原道真公を祖先としているためです。道真公を祀る天満宮も梅紋です。
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『富士天満宮』の境内光景です。荒子城時代に、城の鎮守神として冨士権現を勧請したとされます。お城自体は、物見台が付いた簡単な造りだったようです。
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前田利家公の幼名。犬千代にあやかった犬千代ルートのプレートです。梅の花が描かれています。矢印が3方向にありますから、T字路相当の分かれ道だったようです。
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『富士天満宮』の境内にあった楠の大木です。鎮守の杜の主役のような大木です。クス(楠)は、クスノキ科ニッケイ属の常緑高木です。全体に特異な芳香を持ちます。
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『富士天満宮』の境内にあった楠の大木の上部の光景です。国の特別天然記念物の蒲生のクスは、幹衆が4メートルとされます。各所の神社に大木が残されています。
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神社には不可欠な、浄めの水の光景です。昭和63年(1988年)、『富士社天満宮奉賛会』から寄贈された施設でした。
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表側に回って眺めた、浄めの水の光景です。手水の起源は、神道に由来し、聖域を訪れる際に周辺に流れる河川の水や湧き水で身を清めていたことにはじまります。その名残は、伊勢神宮の御手洗場などで見られます。
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『富士天満宮』の境内の光景です。境内には、『前田利家生誕之遺址』の石碑も建てられていました。
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荒子観音の社務所で購入した、『荒子観音寺・円空仏』の写真冊子の表紙です。円空の荒子観音寺への入山は、記録によれば、延宝四年(1676年45歳)頃と、貞享二年(1685年54歳)頃の二回が誌されています。記録には残っていませんが、もっと多く入山し、アトリエのようにして、仏像を制作していたようです。円空仏の作風を子細に調べた結果、入山の期間も寛文九年前後(1669年)から元禄初年(1689年)頃までに亘ったと推測されています。
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写真集の表紙に使われた仏像の裏面の光景です。墨で梵字が揮毫されていました。円空の直筆でしょうか?
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『仁王像(阿形像)』
302.5センチ
延宝4年(1676年)
山門(仁王門)の左右に置かれている仁王像(阿形像)です。3メートルを超える巨像です。格子戸にはめられたアクリル板が、光を反射して中がはっきり見えませんので写真に撮ることはできませんでした。 -
『仁王像(吽形像)』
328.5センチ
延宝4年(1676年)
こちらが吽形像です。円空仏は、素朴で温かみがあるところが魅力です。 -
観音菩薩像でしょうか。円空は檜(ひのき)の大木からまず仁王像を彫り、余材を用いて諸像を造像し、さらに平材や板切れで木端仏や千面菩薩を作ったと記録されています。
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円空仏の研究は、『荒子観音寺に始まり、荒子観音寺に終わる』と言われるほど、荒子観音寺には多種多様な円空仏が存在します。三体は同一仏像の正面を含めた、三方向からの光景のようです。
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荒子観音で祀られている、円空仏の数々です。荒子観音寺には1255体の円空仏(2014年時点)が現存し、移出像11体を含めて1266体が確認されています。
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イチオシ
脇侍を従えた不動明王辺りでしょうか。不動明王は、八大童子と呼ばれる眷属を従えた形で造像される場合や、矜羯羅童子(こんがらどうじ)と制?(多)迦童子(せいたかどうじ)を両脇に従えた、不動三尊の形式で表現される場合があります。
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薬師如来か、あるいは観音菩薩像当たりでしょうか。右手に薬壺を持っているようです。
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イチオシ
両手に仏具らしいものを持った立像です。不動明王立像当たりのようです。
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頭の造作が極めてダイナミックな像です。『荒子観音寺』の宣伝看板に使われていた像のようです。
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蓮座の上の仏坐像です。『愛染明王像』かも知れません。
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似たような坐像に、『柿本人麻呂座像』がありますが、帽子や髭が異なりますから、別の人物の坐像のようです。
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四体揃った坐像です。官位にある人物坐像のようです。
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木端仏群(その1)です。千体仏の一部のようです。
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木端仏群(その2)です。
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極めてユニークな人物像です。体がトグロを巻いたように表現されています。
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