2010/09/18 - 2010/09/18
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尾張四観音の一つ、荒子観音の紹介です。
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外から眺めることができる、本堂内に祀ってあった仏像の紹介です。中央の像には『不動明王』、周りの4体の像には、『二十八部衆』の表示がありました。一般に『二十八部衆』は、千手観音の眷属とされます。
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イチオシ
青色の憤怒の形相の不動明王のアップ光景です。密教特有の尊格である明王で、五大明王の中心です。梵名はアチャラ・ナータ、シヴァ神の化身とも言われます。真言宗をはじめ、天台宗、禅宗、日蓮宗等の日本仏教の諸派および修験道で幅広く信仰されています。その他の五大明王は、降三世明王、軍荼利明王、大威徳明王と金剛夜叉明王です。
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小さな仏像も数多く祀られていました。この一角での中心仏は、秋葉大権現でした。秋葉山の山岳信仰と修験道が融合した神仏習合の神とされます。火防の霊験で知られます。
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本堂内に祀られていた、小さな仏像群の光景です。これらの像が『二十八部衆』を指すのかどうかは分かりませんでした。『二十八部衆』の中には、帝釈天、毘沙門天、梵天、金毘羅王、阿修羅王など、お馴染みの名前があります。
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左手に見えるのは水子地蔵、中央奥に見える建物は鐘楼です。石灯篭も何本も建っていました。
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イチオシ
本堂とその前庭の光景です。天正4年(1576年)、前田利家により本堂が再建され、この時に自身の甲冑も寄贈しています。その後幾多の変遷があり、近年では、1994年に火災に遭い、3年後に再建されました。
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六角堂とその周りの光景です。六角堂の右後ろが水子供養の諸仏、右端が鐘楼の建物です。六角度の左後ろに見えるのは、神明社の茅葺の建物のようです。
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六角堂のズームアップ光景です。昭和47年(1972年)、六角堂の木箱の中から1024体の円空仏が発見されました。これは千面菩薩の諸像で、平成18年(2006年)の調査では、千面菩薩は1005体で、黒ずんだ像の混入や、4体の移座が確認されました。
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同じく、六角堂の光景です。荒子観音寺十八世・金精法印の『淨海雑記』によれば、円空は檜(ひのき)の大木からまず仁王像を彫り、余材を用いて諸像を造像し、さらに平材や板切れで木端仏や千面菩薩を作ったと記しています。逗子中には、像とともに削り屑が入れられていました。
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望楼が付いた二階建ての山門の建物の側面光景です。左後ろには、鐘楼の建物が見えています。
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石垣で囲われた、水子供養の石仏群です。その中央に錫杖を手にした地蔵尊らしい像がありました。石垣を取り巻くコンクリートの手摺にも服が着せてありました。
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赤い前垂れを付けた、お地蔵様の光景です。石垣を取り囲みコンクリートの手摺にも赤い前垂れが着せられていました。
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同じく、赤い前垂れを付けた、お地蔵様の光景です。こちら側のコンクリートの手摺には、薄青色の前垂れが重ねられていました。
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右手に金属製の錫杖を持った地蔵尊の光景です。地蔵菩薩は、サンスクリット語ではクシティ・ガルバ、クシティは『大地』、ガルバは『胎内』、『子宮』の意味で、意訳が『地蔵』です。日本では、『子供の守り神』として信じられています。
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同じお地蔵さんの横顔でのズームアップ光景です。地蔵尊は、左手に如意宝珠、右手に錫杖を持つ形、または左手に如意宝珠を持ち、右手は与願印の印相をとる像が多いとされます。この像は前者です。
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同じく、地蔵尊の光景です。こちらの像は両手で赤ん坊を抱きしめているようです。『地蔵菩薩本願経』には、善男善女のための二十八種利益と、天龍鬼神のための七種利益が説かれているようです。
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イチオシ
荒子観音の本堂の建物光景です。平成9年(1997年)11月に再建されたばかりの建物です。
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正面から眺めた、荒子観音の本堂光景です。スロープや手摺が設けられ、バリアフリーの建物になっていました。
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唐風の造りの、本堂正面の玄関のズームアップ光景です。唐風の屋根も本瓦葺きでした、
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更にズームアップした、唐風の造りの、本堂正面の玄関の光景です。鬼瓦には、五七桐の寺紋がありました。
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本堂の甍の右端方面の光景です。再建間もない建物ですから、シャープな造りの屋根瓦などの光景です。
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本堂の甍の左端方面の光景です。撮影した角度は少し違いますが、対称的な光景でした。真新しい、端正な屋根の光景です。
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バリアフリーのための手摺が付いた本殿の建物の光景です。右手前方に見える窓口で、『荒子観音寺・円空仏』の写真冊子が購入できました。
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鐘楼に吊り下げられた梵鐘の光景です。尾張四観音の鐘は、笠寺、龍泉寺、甚目寺共に由緒ある鐘ですが、荒子観音の鐘の由緒はどうでしょうか。
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鐘楼の建物の側面光景です。屋根が大きく、柱だけで支える鐘楼は、いつも地震で被害に遭わないかと心配します。荒子観音は、濃尾地震、東南海地震での建物倒壊を経験しているようです。
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斜め前から眺めた、鐘楼の光景です。推測ですが、大地震の時、四方の柱の強度が十分な場合、重たい鐘楼は倒壊原因ではなく、揺れのバランスをとる、重しになりそうな気もします。喩えでは、高い五重塔の中心部の芯柱が固定されていない構造の例です。
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同じく、場所を変えて、お地蔵様があった場所からの鐘楼の光景です。
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お供え物の季節の花のアップ光景です。白、黄、倉崎色などのきくに交じって、赤い鶏頭の花がありました。
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『日露戦役忠魂之碑』の文字が刻まれた石碑です。揮毫したらしい陸軍大将の奥男爵(1847〜1930年)の名前がありました。薩長・皇族以外の出身者として、はじめて元帥になった小倉藩出身の軍人です。指揮統帥能力に優れ、古武士に例えられる謙虚な性格と評価されているようです。
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門の左右に円空作の仁王像が収められている山門の光景です。境内側からの眺めです。
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