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尾張四観音の一つ、荒子観音の紹介です。数多くの円空仏の所蔵でも有名です。

2010秋、尾張四観音・荒子観音(1/4):尾張国四観音・浄海山龍音寺・仁王門、多宝塔

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2010/09/18 - 2010/09/18

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旅行記グループ 2010、尾張の古社・名刹

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旅人のくまさん

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尾張四観音の一つ、荒子観音の紹介です。数多くの円空仏の所蔵でも有名です。

交通手段
私鉄
  • 『浄海山』の金文字の扁額がる山門の光景です。天正12年(1584)の太閤検地により寺領が没収されましたが、尾張徳川家初代の徳川義直公の庇護を受け、江戸時代に入り、再び栄えました。

    イチオシ

    『浄海山』の金文字の扁額がる山門の光景です。天正12年(1584)の太閤検地により寺領が没収されましたが、尾張徳川家初代の徳川義直公の庇護を受け、江戸時代に入り、再び栄えました。

  • 『尾張国四観音・浄海山観音寺』の文字が刻まれた石碑です。徳川家康が名古屋城の築城に際し、城から見て鬼門の方角にある四寺を鎮護として定めたのが、『尾張国四観音』の始まりとされます。

    『尾張国四観音・浄海山観音寺』の文字が刻まれた石碑です。徳川家康が名古屋城の築城に際し、城から見て鬼門の方角にある四寺を鎮護として定めたのが、『尾張国四観音』の始まりとされます。

  • 『浄海山』の扁額のアップ光景です。寺伝によれば、天平元年(729年)、泰澄の草創とされ、天平13年(741年)、泰澄の弟子の僧・自性が堂宇を整えたと伝わります。

    『浄海山』の扁額のアップ光景です。寺伝によれば、天平元年(729年)、泰澄の草創とされ、天平13年(741年)、泰澄の弟子の僧・自性が堂宇を整えたと伝わります。

  • 山門から眺めた本堂の光景です。泰澄(682〜767年)は、加賀(石川県)の白山信仰の開祖とされる奈良時代の修験道の僧で、『越の大徳』とも呼ばれています。白山信仰は加賀国、越前国、美濃国(現石川県、福井県、岐阜県)にまたがる山岳信仰です。白山修験は熊野修験に次ぐ勢力だったとされ、南北朝時代には、吉野熊野三山間の入峯が途絶したため、白山修験が勢力を伸ばし、日本全国に白山信仰が広まりました。戦国時代には、一向宗勢力に押されましたが、江戸時代になると加賀藩主前田家の支援により復興されました。

    イチオシ

    山門から眺めた本堂の光景です。泰澄(682〜767年)は、加賀(石川県)の白山信仰の開祖とされる奈良時代の修験道の僧で、『越の大徳』とも呼ばれています。白山信仰は加賀国、越前国、美濃国(現石川県、福井県、岐阜県)にまたがる山岳信仰です。白山修験は熊野修験に次ぐ勢力だったとされ、南北朝時代には、吉野熊野三山間の入峯が途絶したため、白山修験が勢力を伸ばし、日本全国に白山信仰が広まりました。戦国時代には、一向宗勢力に押されましたが、江戸時代になると加賀藩主前田家の支援により復興されました。

  • 三基並んだ春日灯篭風の細長い石灯篭の光景です。白山修験の僧兵は、延暦寺の僧兵と結びつき勢力を伸ばしましたが、明治維新による神仏分離・廃仏毀釈によって、修験道に基づく白山権現は廃社となりました。江戸時代までは、加賀前田家と白山信仰は強い結び付きがあったことは間違いないようです。

    三基並んだ春日灯篭風の細長い石灯篭の光景です。白山修験の僧兵は、延暦寺の僧兵と結びつき勢力を伸ばしましたが、明治維新による神仏分離・廃仏毀釈によって、修験道に基づく白山権現は廃社となりました。江戸時代までは、加賀前田家と白山信仰は強い結び付きがあったことは間違いないようです。

  • 再び、山門から眺めた本堂の光景です。白山信仰の盛期の平安時代には、加賀・越前・美濃の3国に禅定道が設けられました。禅定道の起点は馬場と呼ばれ、加賀の馬場、越前の馬場、美乃の馬場の『三馬場』には、神仏習合により、天長9年(820年)には、それぞれに、白山寺、平泉寺、長滝寺の神宮寺が建立されています。禅定道(ぜんじょうどう)は、禅頂(山頂)に登ぼるまでの山道を言い、禅定道の起点は修行の起点とされました。

    再び、山門から眺めた本堂の光景です。白山信仰の盛期の平安時代には、加賀・越前・美濃の3国に禅定道が設けられました。禅定道の起点は馬場と呼ばれ、加賀の馬場、越前の馬場、美乃の馬場の『三馬場』には、神仏習合により、天長9年(820年)には、それぞれに、白山寺、平泉寺、長滝寺の神宮寺が建立されています。禅定道(ぜんじょうどう)は、禅頂(山頂)に登ぼるまでの山道を言い、禅定道の起点は修行の起点とされました。

  • 境内側から眺めた、山門の全景です。三手先(みてさき)斗組(ますぎみ)を用いた、本格的菜建築とされます。大正15年(1926)の再建です。

    境内側から眺めた、山門の全景です。三手先(みてさき)斗組(ますぎみ)を用いた、本格的菜建築とされます。大正15年(1926)の再建です。

  • 山門の鬼瓦と破風の光景です。軒丸瓦の紋所は、三巴、破風の最上部には金箔が施されたらしい、五七桐紋がありました。

    山門の鬼瓦と破風の光景です。軒丸瓦の紋所は、三巴、破風の最上部には金箔が施されたらしい、五七桐紋がありました。

  • 観音寺山門の軒下の木組みのアップ光景です。山門の由緒について調べてみましたが、大正15年(1926)の再建以外のことは分かりませんでした。

    観音寺山門の軒下の木組みのアップ光景です。山門の由緒について調べてみましたが、大正15年(1926)の再建以外のことは分かりませんでした。

  • 同じく、観音寺山門の軒下の木組みのアップ光景です。円空仏がある山門にしては、情報不足が少し残念な気がします。

    同じく、観音寺山門の軒下の木組みのアップ光景です。円空仏がある山門にしては、情報不足が少し残念な気がします。

  • 柱の頭部に飾られていた木彫の獅子像です。角の柱には2頭がいました。前足がある、上半身像です。

    柱の頭部に飾られていた木彫の獅子像です。角の柱には2頭がいました。前足がある、上半身像です。

  • 中間の柱の部分では、1頭だけの獅子像でした。目を剥いて、下の方を威嚇するような表情です。

    中間の柱の部分では、1頭だけの獅子像でした。目を剥いて、下の方を威嚇するような表情です。

  • 望楼が付いた山門の、コーナー部分のアップ光景です。望楼の擬宝珠の付いた欄干の柱は取り換えられたばかりのようです。

    望楼が付いた山門の、コーナー部分のアップ光景です。望楼の擬宝珠の付いた欄干の柱は取り換えられたばかりのようです。

  • 格子窓に括りつけられた、『仁王(阿像)』の表札です。アクリル板で仕切られていたため、中の仏像は撮影できませんでしたが、同寺で入手した冊子で末尾に紹介しておきました。円空作の3メートルを超える木像です。

    格子窓に括りつけられた、『仁王(阿像)』の表札です。アクリル板で仕切られていたため、中の仏像は撮影できませんでしたが、同寺で入手した冊子で末尾に紹介しておきました。円空作の3メートルを超える木像です。

  • こちらは、『『仁王(吽像)』の表札です。同じように末尾で紹介しておきました。この2体の巨大な像を、円空か近くに池に浮かべて彫ったとの推論もありますが、賛否両論があります。

    こちらは、『『仁王(吽像)』の表札です。同じように末尾で紹介しておきました。この2体の巨大な像を、円空か近くに池に浮かべて彫ったとの推論もありますが、賛否両論があります。

  • 『浄海山』の金文字が揮毫された山門の扁額です。天台座主・大僧正源応の落款がありました。天台座主(てんだいざす)は、日本の天台宗の総本山である比叡山延暦寺の貫主(住職)を指します。吉田源応師(1849〜1927年)は、愛知県春日村出身で、天台座主で、四天王寺管主も兼任した人です。

    『浄海山』の金文字が揮毫された山門の扁額です。天台座主・大僧正源応の落款がありました。天台座主(てんだいざす)は、日本の天台宗の総本山である比叡山延暦寺の貫主(住職)を指します。吉田源応師(1849〜1927年)は、愛知県春日村出身で、天台座主で、四天王寺管主も兼任した人です。

  • 『重要文化財・観音寺・多宝塔』の立看板です。室町時代の天文5年(1536年)再興と添え書きされていました。

    『重要文化財・観音寺・多宝塔』の立看板です。室町時代の天文5年(1536年)再興と添え書きされていました。

  •  国の重要文化財の多宝塔の建物光景です。因みに尾張地区で重要文化財に登録されている多宝塔は、小秋中の観音寺多宝塔を含めて、次の4件です。国宝はありません。<br />①密蔵院多宝塔(春日井市)<br />②観音寺多宝塔(名古屋市中川区)<br />③性海寺多宝塔(稲沢市)<br />④万徳寺多宝塔(稲沢市)<br /> また、これより高い塔では、甚目寺の三重塔と、八事山興正寺の五重塔が重要文化財に指定されているだけです。<br />

     国の重要文化財の多宝塔の建物光景です。因みに尾張地区で重要文化財に登録されている多宝塔は、小秋中の観音寺多宝塔を含めて、次の4件です。国宝はありません。
    ①密蔵院多宝塔(春日井市)
    ②観音寺多宝塔(名古屋市中川区)
    ③性海寺多宝塔(稲沢市)
    ④万徳寺多宝塔(稲沢市)
     また、これより高い塔では、甚目寺の三重塔と、八事山興正寺の五重塔が重要文化財に指定されているだけです。

  • 松の庭木と多宝塔の光景です。手前の本堂の軒と通路が少し邪魔な光景になってしまいました。

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    松の庭木と多宝塔の光景です。手前の本堂の軒と通路が少し邪魔な光景になってしまいました。

  • 『観音寺多宝塔』のタイトルがあった、名古屋市教育委員会名の立看板です。名古屋市最古の建築物で、平成13年(2001年)に解体修理が完了したことなどが紹介されていました。

    『観音寺多宝塔』のタイトルがあった、名古屋市教育委員会名の立看板です。名古屋市最古の建築物で、平成13年(2001年)に解体修理が完了したことなどが紹介されていました。

  • 国の重要文化財の多宝塔の全景です。一時期銅葺屋根の時代がありましたが、平成13年(2001年)の解体修理の際、元の柿葺(こけらぶき)に戻されました。柿葺は板葺の一種で、最も薄い2〜3ミリの柿板を用いたものです。

    国の重要文化財の多宝塔の全景です。一時期銅葺屋根の時代がありましたが、平成13年(2001年)の解体修理の際、元の柿葺(こけらぶき)に戻されました。柿葺は板葺の一種で、最も薄い2〜3ミリの柿板を用いたものです。

  • 同じく、左に庭木を配しての多宝塔の建物光景です。銅葺屋根の時代と比べ、随分と風雅な姿となりました。殊に、色合いと、屋根の曲線などです。

    同じく、左に庭木を配しての多宝塔の建物光景です。銅葺屋根の時代と比べ、随分と風雅な姿となりました。殊に、色合いと、屋根の曲線などです。

  • ここからは、多宝塔の細部についての紹介です。多宝塔の九輪と水煙等のズームアップ光景です。先端には宝珠が見えます。

    ここからは、多宝塔の細部についての紹介です。多宝塔の九輪と水煙等のズームアップ光景です。先端には宝珠が見えます。

  • 山門の軒下から眺めた光景だったようです。空には秋特有の薄い筋雲が懸っていました。避雷針装置が見えないのも、姿をすっきりとさせているようです。これは銅葺屋根時代も同じでした。

    山門の軒下から眺めた光景だったようです。空には秋特有の薄い筋雲が懸っていました。避雷針装置が見えないのも、姿をすっきりとさせているようです。これは銅葺屋根時代も同じでした。

  • 多宝塔の上層階のアップ光景です。多宝塔の上層階は、禅宗様式とされます。ここでも、円形の建物と屋根の接合部分の色彩的な違和感が無くなりました。

    多宝塔の上層階のアップ光景です。多宝塔の上層階は、禅宗様式とされます。ここでも、円形の建物と屋根の接合部分の色彩的な違和感が無くなりました。

  • 多宝塔の上層階のズームアップ光景です。解体修理を経て蘇った、名古屋市内最古の木造建築物です。

    多宝塔の上層階のズームアップ光景です。解体修理を経て蘇った、名古屋市内最古の木造建築物です。

  • 更にズームアップした、上層階の軒下と望楼の光景です。木組みの一部も取り換えられた形跡がありました。

    更にズームアップした、上層階の軒下と望楼の光景です。木組みの一部も取り換えられた形跡がありました。

  • 『柿葺(こけらぶき)』の軒先の先端部分の光景です。ところで、『柿(こけら)』の字と『柿(かき)』とは、同じに見えますが別字です。『柿(かき)』は木部五画に対し、『柿(こけら)』は、縦棒が繋がるので木部四画です。昔から混同して使われてきたようです。この資料でも、『柿(かき)』の文字で代用します。

    『柿葺(こけらぶき)』の軒先の先端部分の光景です。ところで、『柿(こけら)』の字と『柿(かき)』とは、同じに見えますが別字です。『柿(かき)』は木部五画に対し、『柿(こけら)』は、縦棒が繋がるので木部四画です。昔から混同して使われてきたようです。この資料でも、『柿(かき)』の文字で代用します。

  • 多宝塔の1艘部分の軒下と壁の光景です。こちらも平成13年(2001年)の解体修理でリフレッシュされた姿です。

    多宝塔の1艘部分の軒下と壁の光景です。こちらも平成13年(2001年)の解体修理でリフレッシュされた姿です。

  • 社務所の窓口光景です。ここで、『荒子観音寺・円空仏』の写真冊子を購入しました。仁王像などの円空仏は、最後に纏めて紹介します。

    社務所の窓口光景です。ここで、『荒子観音寺・円空仏』の写真冊子を購入しました。仁王像などの円空仏は、最後に纏めて紹介します。

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