2010/01 - 2010/01
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ドクターキムルさん
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鎌倉市由比ガ浜にある六地蔵は今小路と由比ガ浜大通とが斜めに交わる交差点の鋭角な狭い部分にある。6体の地蔵菩薩の像を並べて祀った六地蔵は仏教の六道輪廻の思想(全ての生命は6種の世界に生まれ変わりを繰り返すとする)に基づき、六道のそれぞれを6種の地蔵が救うとする説から生まれたものである。墓地の入口などにしばしば祀られている。
ここ芭蕉の由比ガ浜の六地蔵には 「夏草や つわものどもの 夢の跡」 の句碑が建ち、「芭蕉の辻」ともいわれる。鎌倉時代、裁許橋のあたりに刑場があった。のちの人が処刑された罪人を供養する為に地蔵を祀ったのが始まりとされる。
「飢渇畠 (けかちばたけ)」石碑(大正7年3月、鎌倉同人会)が建ち、碑文には、「此処は 昔時の刑場なり 後 里人六地蔵を祀り 又供養塔 芭蕉句碑を建つ 今石柵を繞(めぐ)らして此を整理す」とあるのだが、前のお地蔵さまの影で読めない。
(表紙写真は六地蔵)
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道路案内板(道路標識)。
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六地蔵。
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六地蔵。
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六地蔵。
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「飢渇畠 (けかちばたけ)」石碑(大正7年3月、鎌倉同人会)。
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「飢渇畠 (けかちばたけ)」石碑(大正7年3月、鎌倉同人会)。
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「飢渇畠 (けかちばたけ)」石碑(大正7年3月、鎌倉同人会)。
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「飢渇畠 (けかちばたけ)」石碑(大正7年3月、鎌倉同人会)。
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由来説明石碑。
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由来説明石碑。
「此地は飢渇畠と称し鎌倉時代刑場の蹟と伝えられ六体の石造地蔵尊を祀られしに由り俗の六地蔵と日ふ天明年間に建てられたる芭蕉翁の句碑を存す大正七年鎌倉同人会石柵石垣を築き此を整理せしが同十ニ年大地震にて崩壊同十四年同会復之を修理す頃者有志相謀り新に菩薩の六尊蔵を造り之を安置し以て旧観に復するを得たり依りて石を建てその所以を勅す 昭和九年三月」 -
「文学案内板 松尾芭蕉句碑」。
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芭蕉句碑「夏草や兵どもが夢のあと」。
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石柱に五輪塔。
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石碑裏には稲荷社が。
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稲荷社。
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稲荷社の石祠。赤く塗られている。
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石碑。
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六地蔵の塚。
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六地蔵の塚。
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