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◆タ・ケウとタ・プローム<br /> トクトクはタ・ケウ(「クリスタルの古老」という意味がある。)をめざす。タ・ケウは、1000年ごろジャヤーバルマン5世の国家寺院として建築が始まったが、王の死によって工事は中断し、そのまま放置された遺跡であり、そのため砂岩の構造材が露出したままになっていて、当時の建築工法を知ることができる貴重な遺跡だと言われているが、キンちゃんは、「彫刻も何もないので、外観の写真だけ撮って次に行きましょう。」という。疲労感の漂う僕とKさんは提案に異論のあろうはずもなく言われるままに写真をとって次のタ・プロームをめざすことにした。<br /> タ・プロームは省略するわけにはいかない。<br /> 英国貴族出身のララ・クロフトは、9歳の時にヒマラヤ山脈で航空機事故に会う。母親は謎の失踪、奇跡的に生還したララは一人逃れたカトマンズで、老考古学者の父に守られながら幼少期を過ごす。最愛の父を18歳の時に亡くし、クロフト家を相続したララは、以後、考古学の神童として、そしてまたトレジャーハンターとして古代文明の謎に挑んでいくという冒険活劇『トゥームレーダー』の撮影に使われたのがここ、タ・プロームなのである。僕は、この手の映画が大好きなのであり、すでに何度も見ている。その撮影場所の一つだということが、僕にとってのタ・プロームの魅力の一つなのである。<br /> タ・プロームは12世紀にジャヤーヴァルマン7世が母の菩提を弔うために建立したとされる仏教寺院で、後にヒンドゥー教寺院に改修されたと考えられている。タ・プロームとは「梵天の古老」という意味があり、すなわちジャヤ―バルマン7世の母は、死後天界に住むことを意味しているのではないだろうか。東西1000m、南北600mというラテライトの周壁に囲まれた広大な敷地内に、12,000人以上が暮らしたという都市のような仏教寺院で、周壁の内部は深い森になっている。観光コースは、西門から入るようになっているが、この門は裏門にあたるのだという。バイヨンのように観世音菩薩の顔が四方に刻まれた塔門となっているが、ここをくぐって中に入ることはできず、塔門に向って右手に通路が用意されている。<br /> しばらく森の中をゆくと、地雷で負傷した人たちが民俗楽器を演奏し、寄付集めをしていたが足を停める観光客は少なかった。彼らが飼っているのか、近くに毛足の短い茶色の犬が寝そべっていた。さらに足を進めると第四周壁の西門に至る。西門の内側にあるホールの所は修復工事が進められているため、そこから中に入れず、西門から左手に回り込み、周壁の崩れたところを越えて、第三周壁の西塔門の左側から中に入る。第三周壁の内側は小さな建物がいくつも建てられていたようだが、崩れ落ちるなどして崩壊が進んでいるように見える。しかも、大きな榕樹が建物を呑みこみつつあるようだ。第二回廊を通り、第一回廊を抜けると遺跡の中心部に到達する。ここにも榕樹が入り込み、根を張り、建物を崩壊させるとともに、崩れゆく建物を支えているようにも見る。名前を知らない鳥の鋭い鳴き声が響く。一体化した遺跡と榕樹、キーッキーという鳥の声、ミステリアスな空間が広がる。こうした遺跡の修復は、いろいろな意味で難しいのだろうな。一番のポイントは榕樹をどうするかだろう。取り除いてしまっては長い年月を経て森と一体となった遺跡というイメージが壊れてしまうし、かといってこのままではさらに崩壊が進むだろうし・・・、僕の希望は、このままのイメージで存在し続けて欲しいなということしかない。<br /> 東門に抜けてみたいところではあるが、西門でキンちゃんが待っている。もと来た道を戻り西門前の売店を覘くとキンちゃんがハンモックで寝ていた。<br /><br />◆バンテアイ・クディ<br /> タ・プロームの東にバンテアイ・クディがある。バンテアイ・クディは「僧房の砦」という意味があり、12Cにヒンドゥー教寺院として建てられ、後に仏教寺院に改宗されたと言われている。ジャヤ―バルマン7世が建立した「平面展開の祖寺型の仏教寺院で、スラ・スラン浴地に隣接する。東西700 メートル、南北500 メートル。塔門の観世音菩薩の四面仏は穏やかな顔で四方を見渡している。中央部は田の字型に回廊がめぐり、複雑な平面展開をなしている。回廊や内庭の祠堂の屋根はほとんど崩れ落ちているが、これらの壁面と格子窓の間には浮き彫りの女神像がひっそりとたたずみ、また入口壁龕に立つ門衛ドゥヴァラパーラ像が、往時の繁栄をしのばせる。(上智大学、石澤良昭調査団)」<br /> 遺跡の入り口に立て看板が立てられ、上智大学が1989年から学術調査研究に入り、同時に保存修復プロジェクト動き始めたことが記されているのだ。<br /> 塔門をくぐると木立の立ち並ぶ前庭が広がっており、物売りの少女たちが近寄ってくる。適当に相手をしながらしばらく歩くと石のテラスが現れる。ここから中央をまっすぐに最奥まで続く石の廊下を進む。全部で12基の塔があり、アプサラーが舞い、石柱のデヴァダー達にも大勢出会った。ここまで、それぞれの遺跡で多くのデヴァダーを見てきたが、このバンテアイ・クディのデヴァダーが保存状態も良く、表情が豊かで、魅力的だった気がする。遺跡全体はかなり荒廃が進んでいるように見え、保存修復プロジェクトの活動との関係をもう少し知りたいところだったが、ガイドを雇っているわけでもなく、知りえないことであった。ただし、この遺跡については後日談があり、エピローグで触れる。<br /> バンテアイ・クディからシェムリアップの街に戻り銀細工の店に連れて行ってもらった。カンボジア土産の代表格がカンボジアン・シルクと銀の細工ものである。アンコール・ワットでシルクのストールを買ったので、彼女のお土産に銀細工のネックレス、ブレスレットを買って帰ろうと考えたのだ。普通の土産物屋ではかなり高い値段がついている、地元の人が行くような店が良いと思ってキンちゃんに頼んだところ、知り合いがやっているのでそこに行こうということに相成った。入口の所で鍋ほどもある大きな銀の器に彫金を施していたのは10代にしか見えない女の子だった。彼女が金鎚を振るたびに器に蔓性の植物の姿ができあがって行く。こういう作業を見物するのは、見飽きることもないくらい僕は好きなんだけれど、お腹も減ってきたので、銀細工のネックレスと同じく銀製の象のブレスレットを2本で110ドルで買って昼飯を食いに行くことにした。<br /> 生春巻き、野菜の入った玉子焼き、牛肉鍋、アンコールビールのランチ。

悠久の大河とアンコール遺跡群を辿る旅 No.12

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2010/03/20 - 2010/03/27

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山菜迷人

山菜迷人さん

◆タ・ケウとタ・プローム
 トクトクはタ・ケウ(「クリスタルの古老」という意味がある。)をめざす。タ・ケウは、1000年ごろジャヤーバルマン5世の国家寺院として建築が始まったが、王の死によって工事は中断し、そのまま放置された遺跡であり、そのため砂岩の構造材が露出したままになっていて、当時の建築工法を知ることができる貴重な遺跡だと言われているが、キンちゃんは、「彫刻も何もないので、外観の写真だけ撮って次に行きましょう。」という。疲労感の漂う僕とKさんは提案に異論のあろうはずもなく言われるままに写真をとって次のタ・プロームをめざすことにした。
 タ・プロームは省略するわけにはいかない。
 英国貴族出身のララ・クロフトは、9歳の時にヒマラヤ山脈で航空機事故に会う。母親は謎の失踪、奇跡的に生還したララは一人逃れたカトマンズで、老考古学者の父に守られながら幼少期を過ごす。最愛の父を18歳の時に亡くし、クロフト家を相続したララは、以後、考古学の神童として、そしてまたトレジャーハンターとして古代文明の謎に挑んでいくという冒険活劇『トゥームレーダー』の撮影に使われたのがここ、タ・プロームなのである。僕は、この手の映画が大好きなのであり、すでに何度も見ている。その撮影場所の一つだということが、僕にとってのタ・プロームの魅力の一つなのである。
 タ・プロームは12世紀にジャヤーヴァルマン7世が母の菩提を弔うために建立したとされる仏教寺院で、後にヒンドゥー教寺院に改修されたと考えられている。タ・プロームとは「梵天の古老」という意味があり、すなわちジャヤ―バルマン7世の母は、死後天界に住むことを意味しているのではないだろうか。東西1000m、南北600mというラテライトの周壁に囲まれた広大な敷地内に、12,000人以上が暮らしたという都市のような仏教寺院で、周壁の内部は深い森になっている。観光コースは、西門から入るようになっているが、この門は裏門にあたるのだという。バイヨンのように観世音菩薩の顔が四方に刻まれた塔門となっているが、ここをくぐって中に入ることはできず、塔門に向って右手に通路が用意されている。
 しばらく森の中をゆくと、地雷で負傷した人たちが民俗楽器を演奏し、寄付集めをしていたが足を停める観光客は少なかった。彼らが飼っているのか、近くに毛足の短い茶色の犬が寝そべっていた。さらに足を進めると第四周壁の西門に至る。西門の内側にあるホールの所は修復工事が進められているため、そこから中に入れず、西門から左手に回り込み、周壁の崩れたところを越えて、第三周壁の西塔門の左側から中に入る。第三周壁の内側は小さな建物がいくつも建てられていたようだが、崩れ落ちるなどして崩壊が進んでいるように見える。しかも、大きな榕樹が建物を呑みこみつつあるようだ。第二回廊を通り、第一回廊を抜けると遺跡の中心部に到達する。ここにも榕樹が入り込み、根を張り、建物を崩壊させるとともに、崩れゆく建物を支えているようにも見る。名前を知らない鳥の鋭い鳴き声が響く。一体化した遺跡と榕樹、キーッキーという鳥の声、ミステリアスな空間が広がる。こうした遺跡の修復は、いろいろな意味で難しいのだろうな。一番のポイントは榕樹をどうするかだろう。取り除いてしまっては長い年月を経て森と一体となった遺跡というイメージが壊れてしまうし、かといってこのままではさらに崩壊が進むだろうし・・・、僕の希望は、このままのイメージで存在し続けて欲しいなということしかない。
 東門に抜けてみたいところではあるが、西門でキンちゃんが待っている。もと来た道を戻り西門前の売店を覘くとキンちゃんがハンモックで寝ていた。

◆バンテアイ・クディ
 タ・プロームの東にバンテアイ・クディがある。バンテアイ・クディは「僧房の砦」という意味があり、12Cにヒンドゥー教寺院として建てられ、後に仏教寺院に改宗されたと言われている。ジャヤ―バルマン7世が建立した「平面展開の祖寺型の仏教寺院で、スラ・スラン浴地に隣接する。東西700 メートル、南北500 メートル。塔門の観世音菩薩の四面仏は穏やかな顔で四方を見渡している。中央部は田の字型に回廊がめぐり、複雑な平面展開をなしている。回廊や内庭の祠堂の屋根はほとんど崩れ落ちているが、これらの壁面と格子窓の間には浮き彫りの女神像がひっそりとたたずみ、また入口壁龕に立つ門衛ドゥヴァラパーラ像が、往時の繁栄をしのばせる。(上智大学、石澤良昭調査団)」
 遺跡の入り口に立て看板が立てられ、上智大学が1989年から学術調査研究に入り、同時に保存修復プロジェクト動き始めたことが記されているのだ。
 塔門をくぐると木立の立ち並ぶ前庭が広がっており、物売りの少女たちが近寄ってくる。適当に相手をしながらしばらく歩くと石のテラスが現れる。ここから中央をまっすぐに最奥まで続く石の廊下を進む。全部で12基の塔があり、アプサラーが舞い、石柱のデヴァダー達にも大勢出会った。ここまで、それぞれの遺跡で多くのデヴァダーを見てきたが、このバンテアイ・クディのデヴァダーが保存状態も良く、表情が豊かで、魅力的だった気がする。遺跡全体はかなり荒廃が進んでいるように見え、保存修復プロジェクトの活動との関係をもう少し知りたいところだったが、ガイドを雇っているわけでもなく、知りえないことであった。ただし、この遺跡については後日談があり、エピローグで触れる。
 バンテアイ・クディからシェムリアップの街に戻り銀細工の店に連れて行ってもらった。カンボジア土産の代表格がカンボジアン・シルクと銀の細工ものである。アンコール・ワットでシルクのストールを買ったので、彼女のお土産に銀細工のネックレス、ブレスレットを買って帰ろうと考えたのだ。普通の土産物屋ではかなり高い値段がついている、地元の人が行くような店が良いと思ってキンちゃんに頼んだところ、知り合いがやっているのでそこに行こうということに相成った。入口の所で鍋ほどもある大きな銀の器に彫金を施していたのは10代にしか見えない女の子だった。彼女が金鎚を振るたびに器に蔓性の植物の姿ができあがって行く。こういう作業を見物するのは、見飽きることもないくらい僕は好きなんだけれど、お腹も減ってきたので、銀細工のネックレスと同じく銀製の象のブレスレットを2本で110ドルで買って昼飯を食いに行くことにした。
 生春巻き、野菜の入った玉子焼き、牛肉鍋、アンコールビールのランチ。

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