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(6)アンコール・ワット遺跡群<br /> 翌朝、4時に起床。冷房を入れたまま寝たのだけれど、それでも汗をかいており気持ち悪いのでシャワーを浴びる。さっぱりした下着、Tシャツに半ズボン、帽子とサングラス、最小限の荷物の入ったバッグを提げ、出発の準備は整う。その前に、洗濯物は籠に入れてドアの外に出しておく。こうしておくと、ボランティアの人が、無料で洗濯してくれるらしい。ありがたいサービスだね。ホテルに泊まるとそういうわけにはいかず、クリーニング代をしっかり請求される。ゲストハウスのありがたいサービスに感謝。<br /> 時刻は5時を回ったところだ。外はまだ薄暗い。2階の僕の部屋から下に降りてみるが、まだ受付には誰も人がいない。鍵をどうすればいいのかなと思っていたら、壁に鍵を帰るフックが並んでおり、そこに、外出する時にはここに鍵をかけていくようにメッセージが掲示されている。「物騒だな」と思いながら、鍵をフックにかける。シェムリアップの治安は良いのかな?<br /> 外に出るとキンちゃんはもう来ていて、「おはよ ございます!」と声をかけてきた。Kさんはまだかなと思いながらゲストハウスを振り返ると、ちょうど巨体をゆすりながら降りてくるところで、さっそくキンちゃんのトクトクに乗り込む。<br /> アンコール遺跡群は、カンボジア王国の淵源となったクメール王朝の首都の跡であり、カンボジアの国旗にも国のシンボルとして描かれている。この地域には9世紀ころから王国が作られスーリヤヴァルマン2世(1113~45年)とジャヤーヴァルマン7世(1181~1201年)が首都建設に大きく関与したと言われている。スーリヤヴァルマン2世がアンコール・ワットを、その30年後王になったジャヤーヴァルマン7世がアンコール・トムの大部分を築いたとされている。しかし、ジャヤーヴァルマン7世が崩御したのち、度々アユタヤ朝の侵略を受けポニャー・ヤット王(1432~62年)はついにアンコールを放棄するにいたった。その後、長い時が流れアンコールは人々の記憶からも消えていったが、ひっそりとジャングルの中で生きていた。そして、歴史に埋もれていたアンコールを蘇らせたのはフランス人の植物学者アンリ・ムオで、再発見されたのは1860年のことである。1863年にカンボジアがフランス領となって以降、遺跡の発掘・調査・修復が行われアンコール王朝の全容が明らかとなり、その歴史的価値が世界的に認められるに至った。<br /> 独立後、内戦により荒廃を余儀なくされたが、①人類の創造的才能を表現する傑作、②ある期間を通じてまたはある文化圏において建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの、③現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠、④人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例、という世界遺産登録基準を満たしたとみなされ1992年ユネスコの世界文化遺産に登録された。その後、世界各国の援助で修復作業が行われている。<br /><br /> ◆アンコール・ワットの日の出<br /> 暗いうちにゲストハウスを出発したのだけれど、アンコール・ワットが近づくにつれて東の空が明るくなってくる。郊外に出ると、森の中にアスファルト舗装された真っすぐな道路が走っている。朝の空気は澄んでおり、森の中の道路は爽やかで気持ち良い。遺跡の手前に関所があって、ここでアンコール遺跡の入場料20ドルを支払う。すると、受付のところで写真を撮り、顔写真付きの、運転免許証を一回り大きくしたくらいの『One Day Pass』を発行してくれる。入場券は1日券、3日券、7日券の三種類があって、それぞれ、20ドル、30ドル、40ドルという料金設定となっている。関所を過ぎ、突き当りを左に曲がるとやがて右手にアンコール・ワットが見えてくる。遺跡の左手に駐車場が整備されており、そこにトクトクを停め、キンちゃんが「ここがアンコール・ワットです。私、この売店で待ってますからゆっくりと行ってきてください。」という。<br /> アンコール・ワット!憧れの地だ。サンスクリット語でアンコールは『王の都』という意味があり、ワットは『寺院』を意味する。もともとヒンドゥー教の寺院であったが、ソター王によって仏教寺院に改修された。主に砂岩とラテライト(成帯土壌と呼ばれるもののうち、湿潤土壌に分類される土壌のひとつで、インドでは煉瓦をつくる材料にされている。)で造られており、境内は東西1,500メートル、南北1,300メートル、幅200メートルの濠で囲まれている。方形の境内は西側が正面とされ、西からの参道は石橋で環濠を渡って進む。石橋の途中には石段があり船着き場のような気もするが、環濠の中を船で移動する必然性があったのかどうかわからない。もしかしたら環濠は川の流れにつながっており、生活物資の輸送に船が使われていたのだろうか。<br /> 石橋を渡ると周壁と西大門に至る。西大門は3つの塔を戴き、中央に王の門、左右にそれぞれ一つの門が開いているが、この門には階段がなく、象が通れる象門を二つ備えている。王の門の左右を蛇神ナーガが守っており、西大門をぬけると大蛇の欄干に縁取られた、300メートルはありそうな石の参道が、西大門と中央祠堂の間に広がる前庭の中央を真っすぐ祠堂に向かってのびている。中央祠堂に向かって右手に経蔵、左手には聖池がある。<br /> 前庭を越えると三重の回廊に囲まれた5つの祠堂が聳えている。乾季のシェムリアップの街は埃っぽかったけれど、アンコール・ワット遺跡の空気は清浄で早朝ということもあり気温も上がっておらずすごしやすい。石段を登る。中間のテラスのところで石柱に彫られたデヴァターを発見。砂岩に刻まれた女神たちは、千年近い長い時が流れているにもかかわらず、穏やかな表情で僕を迎えてくれる。その艶やかで豊満な肉体と独特の所作を砂岩に定着させた彫刻に魅せられた僕は、中央祠堂のデヴァダーの一人ひとりを丹念に見て回ったのだった。ある者は悲しみあるいは憂いを湛えて一人たたずみ、ある者は笑みを浮かべ手に花を持ち、またある者は仲間と腕を組み楽しそうに舞う。デヴァダーたちは、今でも歴史の流れの中で生きているのだ。<br /> 第一回廊、第二回廊と回って、いよいよ中央の第三回廊に登ろうと思ったら木の柵が設けてあり、どうやら入場禁止になっているようだ。一部にブルーシートがかけらており、どうやら修復工事が行われているらしい。せっかく来たので登ってみたかったけれど仕方がない。歩きまわったせいで今自分がどのあたりにいるのかも分からなくなり、とにかく外に出ようと降りていく。途中に、大きな仏像があり、線香の煙が漂い、僧侶が祈りをささげている場所があった。日本的な仏像が並んでおり、ここが十字回廊と呼ばれる場所で、森本右近大夫一房という侍が落書きをしたところではないかと思われたが、僕には確認できなかった。ここでKさんと合流!それぞれが自分の好みの場所を見て回っており、別行動になったからといって心配していたわけではないのだけれど、合流できてなんだかほっとした。<br /> 中央祠堂の外に出ると、右手の池の向うに人だかりを見つけ、そちらに移動していく。中央祠堂を振り返ると、塔の間に太陽が顔を出した。あとから聞いた話だけれど、春分の日前後は、西大門から中央祠堂を見るとちょうど真ん中の塔の上に太陽が昇ってくるのだそうで、その日の出を見るために西大門付近で待機している人が多かったのだそうな。池の西側でも、池に写る太陽と中央祠堂を写真に撮ろうとカメラを構えている人が多かった。<br /> 中学生と思しき男の子が僕たちの方向に走ってきて、何かを伝えようとしている。すぐに、僕たちが日本人であることを理解したらしく、「朝ご飯」「ビール」などと言っている。どうやら、遺跡の隅っこにある食堂兼売店の従業員らしく、店に寄れと誘っているのだ。ゲストハウスの朝飯の時間よりもだいぶ前に出発し、遺跡の中を歩き回ってお腹もすいており、誘いを断る積極的な理由を見つけることができないまま、彼の後をついていった。中央祠堂の前庭と北の林の境目辺りにテーブルを並べ食事が出るようになっている。僕は、焼きソバとアンコールビールを注文した。<br /> Kさんと飯を食いながら遺跡の印象など話をしようと思っていたのだが、若い娘たちの売り込み合戦に巻き込まれ、それどころではなくなった。「写真集10ドル!」「カンボジアン・シルクのストール20ドル!」「Tシャツ10ドル!」断っても、断っても執拗な売り込みが続く。閉口しながらも買わずにいると、だんだん値段が下がってくる。僕は5ドルでTシャツを買い、Kさんはカンボジアン・シルクのテーブルセンターとストールを買っていた。一度何かを買うとその情報が仲間に伝えられ、続々と売り子がやってくる。「こりゃぁかなわん!」食事代を支払って、売り子たちを振り切るように急ぎ足で西大門に向かう。<br /> 西大門で憧れのアンコール・ワット中央祠堂に今一度視線を移し、心の中で別れを告げた。「さようなら。第三回廊の修復が終わったらまた来るよ。今度来るときは、二日でも三日でも付き合うつもりで来るからね・・・。」

悠久の大河とアンコール遺跡を辿る旅⑩ 憧れのアンコール編

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2010/03/20 - 2010/03/27

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山菜迷人

山菜迷人さん

(6)アンコール・ワット遺跡群
 翌朝、4時に起床。冷房を入れたまま寝たのだけれど、それでも汗をかいており気持ち悪いのでシャワーを浴びる。さっぱりした下着、Tシャツに半ズボン、帽子とサングラス、最小限の荷物の入ったバッグを提げ、出発の準備は整う。その前に、洗濯物は籠に入れてドアの外に出しておく。こうしておくと、ボランティアの人が、無料で洗濯してくれるらしい。ありがたいサービスだね。ホテルに泊まるとそういうわけにはいかず、クリーニング代をしっかり請求される。ゲストハウスのありがたいサービスに感謝。
 時刻は5時を回ったところだ。外はまだ薄暗い。2階の僕の部屋から下に降りてみるが、まだ受付には誰も人がいない。鍵をどうすればいいのかなと思っていたら、壁に鍵を帰るフックが並んでおり、そこに、外出する時にはここに鍵をかけていくようにメッセージが掲示されている。「物騒だな」と思いながら、鍵をフックにかける。シェムリアップの治安は良いのかな?
 外に出るとキンちゃんはもう来ていて、「おはよ ございます!」と声をかけてきた。Kさんはまだかなと思いながらゲストハウスを振り返ると、ちょうど巨体をゆすりながら降りてくるところで、さっそくキンちゃんのトクトクに乗り込む。
 アンコール遺跡群は、カンボジア王国の淵源となったクメール王朝の首都の跡であり、カンボジアの国旗にも国のシンボルとして描かれている。この地域には9世紀ころから王国が作られスーリヤヴァルマン2世(1113~45年)とジャヤーヴァルマン7世(1181~1201年)が首都建設に大きく関与したと言われている。スーリヤヴァルマン2世がアンコール・ワットを、その30年後王になったジャヤーヴァルマン7世がアンコール・トムの大部分を築いたとされている。しかし、ジャヤーヴァルマン7世が崩御したのち、度々アユタヤ朝の侵略を受けポニャー・ヤット王(1432~62年)はついにアンコールを放棄するにいたった。その後、長い時が流れアンコールは人々の記憶からも消えていったが、ひっそりとジャングルの中で生きていた。そして、歴史に埋もれていたアンコールを蘇らせたのはフランス人の植物学者アンリ・ムオで、再発見されたのは1860年のことである。1863年にカンボジアがフランス領となって以降、遺跡の発掘・調査・修復が行われアンコール王朝の全容が明らかとなり、その歴史的価値が世界的に認められるに至った。
 独立後、内戦により荒廃を余儀なくされたが、①人類の創造的才能を表現する傑作、②ある期間を通じてまたはある文化圏において建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの、③現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠、④人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例、という世界遺産登録基準を満たしたとみなされ1992年ユネスコの世界文化遺産に登録された。その後、世界各国の援助で修復作業が行われている。

 ◆アンコール・ワットの日の出
 暗いうちにゲストハウスを出発したのだけれど、アンコール・ワットが近づくにつれて東の空が明るくなってくる。郊外に出ると、森の中にアスファルト舗装された真っすぐな道路が走っている。朝の空気は澄んでおり、森の中の道路は爽やかで気持ち良い。遺跡の手前に関所があって、ここでアンコール遺跡の入場料20ドルを支払う。すると、受付のところで写真を撮り、顔写真付きの、運転免許証を一回り大きくしたくらいの『One Day Pass』を発行してくれる。入場券は1日券、3日券、7日券の三種類があって、それぞれ、20ドル、30ドル、40ドルという料金設定となっている。関所を過ぎ、突き当りを左に曲がるとやがて右手にアンコール・ワットが見えてくる。遺跡の左手に駐車場が整備されており、そこにトクトクを停め、キンちゃんが「ここがアンコール・ワットです。私、この売店で待ってますからゆっくりと行ってきてください。」という。
 アンコール・ワット!憧れの地だ。サンスクリット語でアンコールは『王の都』という意味があり、ワットは『寺院』を意味する。もともとヒンドゥー教の寺院であったが、ソター王によって仏教寺院に改修された。主に砂岩とラテライト(成帯土壌と呼ばれるもののうち、湿潤土壌に分類される土壌のひとつで、インドでは煉瓦をつくる材料にされている。)で造られており、境内は東西1,500メートル、南北1,300メートル、幅200メートルの濠で囲まれている。方形の境内は西側が正面とされ、西からの参道は石橋で環濠を渡って進む。石橋の途中には石段があり船着き場のような気もするが、環濠の中を船で移動する必然性があったのかどうかわからない。もしかしたら環濠は川の流れにつながっており、生活物資の輸送に船が使われていたのだろうか。
 石橋を渡ると周壁と西大門に至る。西大門は3つの塔を戴き、中央に王の門、左右にそれぞれ一つの門が開いているが、この門には階段がなく、象が通れる象門を二つ備えている。王の門の左右を蛇神ナーガが守っており、西大門をぬけると大蛇の欄干に縁取られた、300メートルはありそうな石の参道が、西大門と中央祠堂の間に広がる前庭の中央を真っすぐ祠堂に向かってのびている。中央祠堂に向かって右手に経蔵、左手には聖池がある。
 前庭を越えると三重の回廊に囲まれた5つの祠堂が聳えている。乾季のシェムリアップの街は埃っぽかったけれど、アンコール・ワット遺跡の空気は清浄で早朝ということもあり気温も上がっておらずすごしやすい。石段を登る。中間のテラスのところで石柱に彫られたデヴァターを発見。砂岩に刻まれた女神たちは、千年近い長い時が流れているにもかかわらず、穏やかな表情で僕を迎えてくれる。その艶やかで豊満な肉体と独特の所作を砂岩に定着させた彫刻に魅せられた僕は、中央祠堂のデヴァダーの一人ひとりを丹念に見て回ったのだった。ある者は悲しみあるいは憂いを湛えて一人たたずみ、ある者は笑みを浮かべ手に花を持ち、またある者は仲間と腕を組み楽しそうに舞う。デヴァダーたちは、今でも歴史の流れの中で生きているのだ。
 第一回廊、第二回廊と回って、いよいよ中央の第三回廊に登ろうと思ったら木の柵が設けてあり、どうやら入場禁止になっているようだ。一部にブルーシートがかけらており、どうやら修復工事が行われているらしい。せっかく来たので登ってみたかったけれど仕方がない。歩きまわったせいで今自分がどのあたりにいるのかも分からなくなり、とにかく外に出ようと降りていく。途中に、大きな仏像があり、線香の煙が漂い、僧侶が祈りをささげている場所があった。日本的な仏像が並んでおり、ここが十字回廊と呼ばれる場所で、森本右近大夫一房という侍が落書きをしたところではないかと思われたが、僕には確認できなかった。ここでKさんと合流!それぞれが自分の好みの場所を見て回っており、別行動になったからといって心配していたわけではないのだけれど、合流できてなんだかほっとした。
 中央祠堂の外に出ると、右手の池の向うに人だかりを見つけ、そちらに移動していく。中央祠堂を振り返ると、塔の間に太陽が顔を出した。あとから聞いた話だけれど、春分の日前後は、西大門から中央祠堂を見るとちょうど真ん中の塔の上に太陽が昇ってくるのだそうで、その日の出を見るために西大門付近で待機している人が多かったのだそうな。池の西側でも、池に写る太陽と中央祠堂を写真に撮ろうとカメラを構えている人が多かった。
 中学生と思しき男の子が僕たちの方向に走ってきて、何かを伝えようとしている。すぐに、僕たちが日本人であることを理解したらしく、「朝ご飯」「ビール」などと言っている。どうやら、遺跡の隅っこにある食堂兼売店の従業員らしく、店に寄れと誘っているのだ。ゲストハウスの朝飯の時間よりもだいぶ前に出発し、遺跡の中を歩き回ってお腹もすいており、誘いを断る積極的な理由を見つけることができないまま、彼の後をついていった。中央祠堂の前庭と北の林の境目辺りにテーブルを並べ食事が出るようになっている。僕は、焼きソバとアンコールビールを注文した。
 Kさんと飯を食いながら遺跡の印象など話をしようと思っていたのだが、若い娘たちの売り込み合戦に巻き込まれ、それどころではなくなった。「写真集10ドル!」「カンボジアン・シルクのストール20ドル!」「Tシャツ10ドル!」断っても、断っても執拗な売り込みが続く。閉口しながらも買わずにいると、だんだん値段が下がってくる。僕は5ドルでTシャツを買い、Kさんはカンボジアン・シルクのテーブルセンターとストールを買っていた。一度何かを買うとその情報が仲間に伝えられ、続々と売り子がやってくる。「こりゃぁかなわん!」食事代を支払って、売り子たちを振り切るように急ぎ足で西大門に向かう。
 西大門で憧れのアンコール・ワット中央祠堂に今一度視線を移し、心の中で別れを告げた。「さようなら。第三回廊の修復が終わったらまた来るよ。今度来るときは、二日でも三日でも付き合うつもりで来るからね・・・。」

  • まだ暗い西大門

    まだ暗い西大門

  • 参道から西大門を振り返る

    参道から西大門を振り返る

  • 第一回廊への入り口付近で見つけたアプサラー

    第一回廊への入り口付近で見つけたアプサラー

  • 第一回廊入口の柱に彫られたデヴァター

    第一回廊入口の柱に彫られたデヴァター

  • 第一回廊のデヴァター その2

    第一回廊のデヴァター その2

  • 第一回廊のデヴァター その3<br />

    第一回廊のデヴァター その3

  • 第一回廊

    第一回廊

  • 第二回廊を見上げる

    第二回廊を見上げる

  • 第一回廊と第二回廊の間の広場

    第一回廊と第二回廊の間の広場

  • 第二回廊のデヴァター

    第二回廊のデヴァター

  • 第二回廊のデヴァター その2

    第二回廊のデヴァター その2

  • 第二回廊のデヴァター その3

    第二回廊のデヴァター その3

  • 第二回廊のデヴァター その4

    第二回廊のデヴァター その4

  • 第二回廊のデヴァター その5

    第二回廊のデヴァター その5

  • 第二回廊のデヴァター その6

    第二回廊のデヴァター その6

  • 第二回廊のデヴァター その7

    第二回廊のデヴァター その7

  • 第二回廊のデヴァター その8

    第二回廊のデヴァター その8

  • 第三回廊の塔

    第三回廊の塔

  • 第二回廊と第三回廊の間の広場

    第二回廊と第三回廊の間の広場

  • 第三回廊の塔を見上げる

    第三回廊の塔を見上げる

  • 第三回廊

    第三回廊

  • 第三回廊

    第三回廊

  • 第二回廊を見下ろす

    第二回廊を見下ろす

  • 第二回廊のデヴァター その8

    第二回廊のデヴァター その8

  • 第二回廊のデヴァター その9

    第二回廊のデヴァター その9

  • 第二回廊の壁

    第二回廊の壁

  • 水をためた池だったように見える

    水をためた池だったように見える

  • ナーガ神かな?

    ナーガ神かな?

  • 第二回廊のデヴァター その10

    第二回廊のデヴァター その10

  • アンコール・ワットの日の出

    アンコール・ワットの日の出

  • 土産物の押し売りにやってきた娘たち

    土産物の押し売りにやってきた娘たち

  • 焼きそばを喰う。カラフルな色合いだけれど、味はまずまず。美味しくいただきました。

    焼きそばを喰う。カラフルな色合いだけれど、味はまずまず。美味しくいただきました。

  • 食事につきもののアンコール・ビール

    食事につきもののアンコール・ビール

  • 前庭に白馬がのんびりと草を食んでいた

    前庭に白馬がのんびりと草を食んでいた

  • 枯葉色の前庭に咲くピンクの花

    枯葉色の前庭に咲くピンクの花

  • 参道から象門を見る

    参道から象門を見る

  • 西大門を出てくるKさん

    西大門を出てくるKさん

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