2009/09/22 - 2009/09/24
66位(同エリア41件中)
パンガンさん
いよいよ、旅程の最終日3日目を迎えました。
朝早く目覚ましをかけて、最後の市内散策。11時にホテル一階のフロント集合なので、時間は3時間ほどありました。スーパー「ペルヴィーン」で瓶詰めなどのお土産品を買い込み、その後はサヒンセンター、鉄道博物館などに立ち寄り、ホテルに戻りました。ちなみに、9月の末とは言えそれなりに肌寒く、長袖で丁度いい感じです。地元の人は革ジャンなどを着込んでいる人もいたから、もう本格的な秋の風情でした。
空港では、結果的には税関でのX線荷物検査もチェックインも出国審査も何事も無く終わったのですが、一つ心配していたのが入国の際にノートブック型のパソコンを持ち込んだのを申請していなかったこと。高級品などは事前に持ち込む申請をしないと、出国の際に不法持ち出し?として罰金の徴収、場合によっては物品の没収などがあるとのこと。入国の際の申請を忘れていたのです。
苦肉の策?として、パソコンは手荷物にせずに、スーツケースの奥深くに衣類に包んで入れました。結果的には何もなく通過できました。X線にはばっちりと写っていたでしょうが、小型だし一台だけでしたからね。
ちなみに、外務省サイトなどの情報によりますと、ユジノサハリンスクの出入国審査及び税関は「特に厳しい」とのことなので、どうぞお気をつけてください。
その外務省サイトの海外安全情報には結構いろいろな情報が書かれていますが、日本人観光客や駐在員も何らかの犯罪被害に遭っているケースがいくつか。私は何事もなかったのですが、やはり油断は絶対に禁物の場所でしょう。
今回の旅を終えて・・
友人知人や家族などにこのサハリン渡航を話しても、「自分は絶対に行かない」「なんでそんなところに行ったの?」という声が大多数。まあ、それが世間一般の常識ではあると思います。ただ、ここがかつて40万人もの日本人が住んだ日本領であったという歴史を学ぶ旅、日本から最も近いヨーロッパを訪れる旅、あまり訪れた人のいない秘境への旅、いずれの面からも訪れる価値は大いにあると思います。観光地化されていない分だけ、生のロシア人の生活が見て取れる面白さもあります。距離が近い割には旅費が高めなのが難点ではありますが、これもホテル代など関係各所の努力で少しずつ改善されるでしょう。
また、サハリンはご存知の通り、第二次大戦激戦の地でもありました。多くの日本人が非業の死を遂げた場所です。その方々への「どうぞ安らかにお眠りください」「皆さんの死は決して無駄ではなく、その上に今の日本の繁栄があります」「御疲れ様でした」というメッセージを現地で心の中で祈れたのは、渡航した意義があったと思います。
再びサハリンを訪れることがあるでしょうか。
その時まで、ダスビダーニャ。そしてスパシーバ!
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 航空会社
- ウラジオストク航空
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最終日の朝。
7時に目覚ましをセットしました。日本では朝の5時です。既に駅前広場には自動車が集まり始めています。 -
朝食をとりに、ホテル6階の食堂に出向きました
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朝食は質素ではありますが、おばさんが丁寧に作ってくれてとても美味しかったです
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黒パンはテーブルにある分は食べ放題。日本ではなかなかお目にかかれない黒パンですが、適度な酸っぱさがあって結構イケます。
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凝った内装の室内です
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食堂のおばさんです。どちらかと言うと無愛想な人が多いロシア・サハリンでしたが、この方は毎朝「ドゥブラエウートラ(おはよう)」とにこやかに声を掛けてくれました。写真撮影もテレながらも快く応じてくださいました。
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想い出のキー。33号室
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ユジノサハリンスク駅に留まっている長距離列車「サハリン号」の客車。今度サハリンに訪れた際には、ノグリキやオハまで足を伸ばしてみたいですね。
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客車を間近にて
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朝のユジノサハリンスク駅構内の時刻表。これを撮影していたら咎められました。皆様もお気をつけて。
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11時に空港までのお出迎えが来ますので、荷物を整理して早速朝の散歩に出掛けました。ここは「旧みちのくビル」の入口。
5階に在ユジノサハリンスク日本総領事館が入っています。 -
9月の末に行きましたが、もう秋真っ盛りの風情のユジノでした。
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旧みちのくビルディング
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5階に小さく日本の旗が掲げられています。意味もなく「頑張れ、ニッポン」と声に出したくなります
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サヒンセンターにやって来ました。中にあるお土産屋さん(グジェリなどの陶器を売っている)を訪ねたのですが、まだ開店時間には早かったようです。
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サヒンセンターの前庭
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サヒンセンターの真向かいには「チェーホフ劇場」がありました。いかに、サハリンの人々からチェーホフが愛されているかがしのばれます。
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コムニスチーチェスキー通り
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コムニスチーチェスキー通りにある「旧豊原町役場」です。日本時代から残存している建物ですが、現在はサヒンセンター別館として使用されているとのこと。
日本時代からの建物は大半は現存していませんが、数箇所が残っています。これらを訪ね歩くのも、ユジノの街歩きの楽しみと思います。 -
旧豊原町役場の建物をアップで
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同じく別角度から。こういう建物が今もあるというのは、日本人としては嬉しく思います。出来る限り、長らく使われていて欲しい。
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ジェルジンスキー通り
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市街地に唯一あるサウナ。少なくとも「地球の歩き方」にはそう記されています。入ってみても良かったんですが、時間もないし今回はお預け。
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街にはこのような野良犬が普通に闊歩しています。特に人間に対して吠えたり威嚇したりすることはないのですが、ちょっと怖いです。
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「鉄道博物館」にやって来ました。この建物の2階にあり、入場は無料です。
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鉄道博物館の看板
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この建物を上がります。
中はソビエト政権以降のサハリン鉄道局に関する写真や文書などの様々な資料が展示されています。見たところ、特に鉄道ファンではない限りは「ふーん」といった印象しか持てない場所でしょうか。
ロシア人のおじいさんが1人で切り盛りしていました。別れ際に「サヨナラ」と言ってくれました。 -
ホテルに戻りました。ベッドメイクなども全く問題なし。快適に過ごせました。
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いよいよ出発です。
再びサハリンに来ることはあるでしょうか。
とりあえずその時まで「ダスビダーニャ!(さようなら)」そして「スパシーバ!(ありがとう)サハリン・カラフト」。楽しかった。 -
空港まで送迎の車で20分ほど。
チェックイン、出国審査を終え、最終搭乗待合室を激撮。中高年の日本人客が多いです。どういう団体さんなんだろうか。秘境を巡る旅が目的なのか、旧樺太に関連する渡航なのか・・。ちなみに、免税品店のようなものは一切ありませんでした。お土産は市内で買うしかありません。 -
いよいよ機内へ
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機内食にも黒パンが登場。パンとごはんが同時に出るのがロシア流?。味はまずまずでした。
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機内は液晶テレビなども敷設されたきれいなものでした。
成田に到着後は、ルーブルから円への両替も普通に済ませ、無事に帰路につけました。
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