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 名古屋城を中心に、ほぼ四方に分散する形で立地しているのが、尾張四観音です。毎年節分の時期になると四寺とも節分会を行ないますが、中でもその寺が、名古屋城を中心として恵方に当たる年は、特に盛大な節分会が行なわれます。<br /> 名古屋城を中心とした恵方は、北北西が甚目寺観音、東北東が竜泉寺観音、南南東が笠寺観音、西南西が荒子観音とされます。かつての初詣は、『恵方詣り』とも呼ばれ、自宅から見て恵方の方角の寺社にお参りする習慣がありました。<br /> それぞれの観音を結ぶ道として『四観音道』がありましたが、このうち笠寺と竜泉寺を結ぶ道の一部が現存し、千種区内の地名にもなっています。道中には明治時代に立てられたと伝えられる道標が一基残っています。その道標には、『東 やごと ひらばり 西 あらこ 南 あつた かさでら 北 せと りゅうせんじ』と刻まれています。現在の尾張四観音の方角とは、かなりずれがあるようです。<br /> 近年、関西を中心として立春の前日の節分の日に、恵方を向いて『太巻きの丸かぶり』が行われる風習が注目され始めました。これを『恵方巻』の風習として、2000年頃から日本各地で宣伝やキャンペーンが開始され、名古屋もその例外ではなくなりました。<br /> ところで、大須観音は江戸時代初期に家康の命により、美濃から現在地に移転した比較的新しい観音寺です。このため、尾張四観音には含まれていません。尾張四観音のお寺は、いずれも創建年から千数百年以上を経た古刹とされますから、大須観音の江戸時代初期の創建とは大きな隔たりがあります。<br />参考に、それぞれの観音寺の創建年などを一覧にしておきます。<br />◎大須観音(名古屋市中区大須)<br /> 創建年:元弘3年(1333年)、開基:能信<br />◎笠寺観音(名古屋市南区笠寺町)<br /> 創建年:伝・天平5年(733年)、開基:伝・善光<br />◎甚目寺観音(あま市甚目寺東門)<br /> 創建年:伝・推古天皇5年(597年)、開基:甚目龍麿(甚目龍麻呂)<br />◎荒子観音(愛知県名古屋市中川区荒子町)<br /> 創建年:伝・天平元年(729年)、開基:伝・泰澄<br />◎龍泉寺観音(名古屋市守山区竜泉寺)<br /> 創建年:伝・延暦年間(782〜806年)、開基:最澄<br /> 最初は、紅葉の名古屋城内で開かれていた菊花展の紹介です。<br />

2001秋、菊薫る名古屋城(1):名古屋城と尾張四観音、菊花展の出品作

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2001/11/18 - 2001/11/18

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

 名古屋城を中心に、ほぼ四方に分散する形で立地しているのが、尾張四観音です。毎年節分の時期になると四寺とも節分会を行ないますが、中でもその寺が、名古屋城を中心として恵方に当たる年は、特に盛大な節分会が行なわれます。
 名古屋城を中心とした恵方は、北北西が甚目寺観音、東北東が竜泉寺観音、南南東が笠寺観音、西南西が荒子観音とされます。かつての初詣は、『恵方詣り』とも呼ばれ、自宅から見て恵方の方角の寺社にお参りする習慣がありました。
 それぞれの観音を結ぶ道として『四観音道』がありましたが、このうち笠寺と竜泉寺を結ぶ道の一部が現存し、千種区内の地名にもなっています。道中には明治時代に立てられたと伝えられる道標が一基残っています。その道標には、『東 やごと ひらばり 西 あらこ 南 あつた かさでら 北 せと りゅうせんじ』と刻まれています。現在の尾張四観音の方角とは、かなりずれがあるようです。
 近年、関西を中心として立春の前日の節分の日に、恵方を向いて『太巻きの丸かぶり』が行われる風習が注目され始めました。これを『恵方巻』の風習として、2000年頃から日本各地で宣伝やキャンペーンが開始され、名古屋もその例外ではなくなりました。
 ところで、大須観音は江戸時代初期に家康の命により、美濃から現在地に移転した比較的新しい観音寺です。このため、尾張四観音には含まれていません。尾張四観音のお寺は、いずれも創建年から千数百年以上を経た古刹とされますから、大須観音の江戸時代初期の創建とは大きな隔たりがあります。
参考に、それぞれの観音寺の創建年などを一覧にしておきます。
◎大須観音(名古屋市中区大須)
 創建年:元弘3年(1333年)、開基:能信
◎笠寺観音(名古屋市南区笠寺町)
 創建年:伝・天平5年(733年)、開基:伝・善光
◎甚目寺観音(あま市甚目寺東門)
 創建年:伝・推古天皇5年(597年)、開基:甚目龍麿(甚目龍麻呂)
◎荒子観音(愛知県名古屋市中川区荒子町)
 創建年:伝・天平元年(729年)、開基:伝・泰澄
◎龍泉寺観音(名古屋市守山区竜泉寺)
 創建年:伝・延暦年間(782〜806年)、開基:最澄
 最初は、紅葉の名古屋城内で開かれていた菊花展の紹介です。

  • 最優秀賞の金札が付けられた、カラフルで大型な作品です。

    最優秀賞の金札が付けられた、カラフルで大型な作品です。

  • 優秀賞の銀札が付けられた、同じくカラフルで大型な作品です。

    優秀賞の銀札が付けられた、同じくカラフルで大型な作品です。

  • 札が横向きになってしまいましたが、こちらも表彰作品のようです。

    札が横向きになってしまいましたが、こちらも表彰作品のようです。

  • こちらの作品は、岩、小石、苔を生かして、よりいっそう山水画風に纏められています。木立に見立てた菊は、自前の茎のようです。

    こちらの作品は、岩、小石、苔を生かして、よりいっそう山水画風に纏められています。木立に見立てた菊は、自前の茎のようです。

  • 盆栽風に仕立てられた古木と小菊です。実際に古木に菊が咲いたように、形よく沿わせて仕立てられています。

    盆栽風に仕立てられた古木と小菊です。実際に古木に菊が咲いたように、形よく沿わせて仕立てられています。

  • 名古屋城の菊花展は、つとに有名です。見事な白の大輪のこの鉢は、元の茎は1本だけです。

    名古屋城の菊花展は、つとに有名です。見事な白の大輪のこの鉢は、元の茎は1本だけです。

  • 少し細めの花弁のこの大輪も、1本の茎から育て上げられていました。色は少し黄色を帯びていました。

    少し細めの花弁のこの大輪も、1本の茎から育て上げられていました。色は少し黄色を帯びていました。

  • 菊造りは並々ならぬ丹精が必要なことを、これらの作品が雄弁に語っています。

    菊造りは並々ならぬ丹精が必要なことを、これらの作品が雄弁に語っています。

  • 白菊を使った、堂々たる作品です。入賞作品でなくても、紙一重の差のようにも見えます。

    白菊を使った、堂々たる作品です。入賞作品でなくても、紙一重の差のようにも見えます。

  • 見事に仕立て上げられたこの作品は、札がついているので、入賞したもののようです。

    見事に仕立て上げられたこの作品は、札がついているので、入賞したもののようです。

  • 黒い古木の幹に赤色と黄色のツートンカラーの菊がよく似合う、堂々たる作品です。『入選』の札が素人なりに納得できる仕上がりの逸品です。

    黒い古木の幹に赤色と黄色のツートンカラーの菊がよく似合う、堂々たる作品です。『入選』の札が素人なりに納得できる仕上がりの逸品です。

  • これも入選作品です。台木は流木当たりを使用しているようです。

    これも入選作品です。台木は流木当たりを使用しているようです。

  • 風格のある姿に仕上げられた、優秀賞の作品です。

    風格のある姿に仕上げられた、優秀賞の作品です。

  • 『最優秀賞』の金札が付けられた作品です。バランスの良い、ダイナミックな枝ぶりに菊が見事にマッチしています。

    『最優秀賞』の金札が付けられた作品です。バランスの良い、ダイナミックな枝ぶりに菊が見事にマッチしています。

  • 黄色の菊を使ったこの作品にも、『最優秀賞』の札が付いていました。根元から二本に分かれた幹を使った見事な作品です。

    黄色の菊を使ったこの作品にも、『最優秀賞』の札が付いていました。根元から二本に分かれた幹を使った見事な作品です。

  • こちらの作品も根元から二本に分かれた幹を使った作品です。『最優秀賞』に遜色はないようにも見えますが、こちらは『入賞』でした。強いて感想を述べるなら、『最優秀賞』の方は重心が低く落ち着いた感じで、魅せるポイントがうまく絞られていたようです。

    こちらの作品も根元から二本に分かれた幹を使った作品です。『最優秀賞』に遜色はないようにも見えますが、こちらは『入賞』でした。強いて感想を述べるなら、『最優秀賞』の方は重心が低く落ち着いた感じで、魅せるポイントがうまく絞られていたようです。

  • 3種類の大菊を使った作品です。花の高さを奥の方が高く、しかも花の咲く時期もぴったり合わせるのは大変そうです。

    3種類の大菊を使った作品です。花の高さを奥の方が高く、しかも花の咲く時期もぴったり合わせるのは大変そうです。

  • この大菊には、『最優秀賞』の金札が掛かっていました。一番手前の鉢は、頂部の黄色からピンクに変化する部分が、色合いの妙を見せていました。

    この大菊には、『最優秀賞』の金札が掛かっていました。一番手前の鉢は、頂部の黄色からピンクに変化する部分が、色合いの妙を見せていました。

  • 田舎の庭園を模したミニチュアモデルです。建物はミニチュアでも、菊は本物です。

    田舎の庭園を模したミニチュアモデルです。建物はミニチュアでも、菊は本物です。

  • ピラミッド型に仕立て上げられた3種類の大菊を使った作品です。花弁が細い、嵯峨菊あたりが使われているようです。

    ピラミッド型に仕立て上げられた3種類の大菊を使った作品です。花弁が細い、嵯峨菊あたりが使われているようです。

  • 逆方向から見学してきましたから、紹介が後回しになりました。『第49回菊人形展』と『名古屋城菊花大会』の案内パネルです。

    逆方向から見学してきましたから、紹介が後回しになりました。『第49回菊人形展』と『名古屋城菊花大会』の案内パネルです。

  • 出品者らしい方達が、出品が終わった菊を片付けられていました。根元までバッサリ切られて、来年用の新芽が育てられるようです。

    出品者らしい方達が、出品が終わった菊を片付けられていました。根元までバッサリ切られて、来年用の新芽が育てられるようです。

  • ミニチュア版の名古屋城が菊花で飾られていました。菊人形への対抗作品のようです。

    ミニチュア版の名古屋城が菊花で飾られていました。菊人形への対抗作品のようです。

  • 同じく、菊花で飾られた名古屋城の周りの光景です。周りの風景を含めて作品に仕上げられているようでした。

    同じく、菊花で飾られた名古屋城の周りの光景です。周りの風景を含めて作品に仕上げられているようでした。

  • 一番隅にあった黄色の菊のピックアップ光景です。嵯峨菊らしい細い花弁の花でした。鉢が置かれた位置から推測しますと、南東隅櫓を模しているようです。

    一番隅にあった黄色の菊のピックアップ光景です。嵯峨菊らしい細い花弁の花でした。鉢が置かれた位置から推測しますと、南東隅櫓を模しているようです。

  • 名古屋城内の売店の建物だったようです。紅葉の落ち葉が降り積もっていました。

    名古屋城内の売店の建物だったようです。紅葉の落ち葉が降り積もっていました。

  • 『刻銘石』のタイトルの説明文があった花崗岩の光景です。『た中ちくこ守石』らしい文字がありました。筑後藩主・田中忠政を指す、『田中筑後守石』です。

    『刻銘石』のタイトルの説明文があった花崗岩の光景です。『た中ちくこ守石』らしい文字がありました。筑後藩主・田中忠政を指す、『田中筑後守石』です。

  • 名古屋城の正門の内側光景です。入場したところですから、見学はこれからです。

    名古屋城の正門の内側光景です。入場したところですから、見学はこれからです。

  • 名古屋城内の庭園光景です。楓の紅葉が見頃な色付きになっていました。

    名古屋城内の庭園光景です。楓の紅葉が見頃な色付きになっていました。

  • 庭園というより、自然林をそのまま生かしたような一角でした。楓の木がある場所だけが、地面まで赤く染まっていました。

    庭園というより、自然林をそのまま生かしたような一角でした。楓の木がある場所だけが、地面まで赤く染まっていました。

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