2001/11/18 - 2001/11/18
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秋の名古屋城紹介の締め括りです。帰りの頃には日が傾いてきました。
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『名古屋城の概要』のタイトルがあった説明看板です。前書きで築城のいきさつが説明された後、明治以降の主な出来事が箇条書きで紹介されていました。
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高さはありませんが、昔の時代劇でよく見た竹矢来を連想させる竹垣です。年数が経っていましたが、頭を切り揃えた、立派な造りでした。
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夕暮れが迫ってきた名古屋城の周りの光景です。11月も半ばですから、まさに秋の日の夕暮は、つるべ落としです。
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巨石が組み合わされた石垣の光景です。方形に整形した石材を密着させ、積み上げる『切り込み接ぎ(きりこみはぎ)』のようです。角の積み方は算木積です。
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金シャチをバックに踊る女性の人形です。手にしているのはカエデのようですから、秋の光景のようです。名古屋城の金鯱は、雄(北側)と雌(南側)に分かれており、大きさや形が異なっています。右が雌、左が雄のようです。
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『淀君』の山車です。その前に踊りの女性グループの人形があります。『淀君』は、近江国の戦国大名・浅井長政の娘で、母は織田信秀の娘・市です。織田信長の姪です。浅井三姉妹の一人で、本名は 浅井茶々(あざい・ちゃちゃ)および浅井菊子(あざい・きくこ)です。天正16年(1588年)頃、秀吉の側室となり、秀吉の死後は子の秀頼の後見人として権勢を振いました。
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葵の後紋の山車に乗っているのは、千姫です。名古屋祭りでも必ず繰り出します。父は徳川秀忠、母は継室の江、豊臣秀頼・本多忠刻の正室でしたが、死に別れました。徳川家康の孫になります。
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お犬様用の飾り立てた籠です。付き添っている剃髪の紅白の人形は、飼育係の茶坊主さんのようです。
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英傑行列・家康隊の先頭部分のようです。大きな金色の扇に三葉葵の紋があります。
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豊臣秀吉の人形行列です。列を率いる先頭は、秀吉の幼馴染の加藤清正です。同じ、名古屋の中村の出身です。
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戦国時代の著名な武将の一軍です。先頭が黒田長政、その後ろに上杉、蜂須賀、伊達や毛利家の旗が見えます。
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『英傑行列・豊臣秀吉隊』の立札があった人形行列です。三英傑は、織田信長、豊臣秀吉と徳川家康ですが、その後の殿(しんがり)を務めるのが加藤清正です。
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『濃姫』の山車人形です。濃姫(1535〜1556年)は、戦国武将の斎藤道三の娘で、織田信長の正室です。斎藤家の菩提寺常在寺に父道三の肖像を寄進した後は、歴史から姿を消しています。また、菩提寺も特定されていません。
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織田信長隊の先頭部分です。織田信長の家紋は、『木瓜(もっこう)』です。起源は、家紋の起源は、中国に遡るとも言われます。
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紹介が最後になってしまいましたが、『貴澄和紙姿人形・強度英傑行列』の説明パネルです。『貴澄師範会』の皆さん方が、和紙で造り上げた人形を、名古屋市に寄贈されたことが記されていました。
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本丸御殿址の礎石の光景です。本丸御殿は太平洋戦争中の1945年5月14日の空襲で焼失しました。取り外して保管されていた襖、障子、天袋などの絵は難を逃れ、1992年から障壁画の復元模写が開始されました。
(追記)復元工事が行われた本丸御殿の一部は、2015年(平成27年)5月から一般公開が始まりました。 -
背後から夕日に照らされた小天守と名古屋城内の樹木の光景です。
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同じく、夕日に照らされた右側の大天守と左側の小天守の光景です。どちらも第二次世界大戦中の昭和20年5月に空襲で焼失しましたが、14年後の昭和34年に外観復元された建物です。
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名古屋城築城の立役者の加藤清正に因む、清正石です。縦2メートル、横6メートルの巨石です。立看板には、清正石がある場所を担当したのは、黒田長政であることが解説されていました。
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内側から眺めた、『東二の門』の光景です。控柱に屋根を乗せた高麗門の形式です。
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石垣の角の部分のアップ光景です。長編と短辺を持つ大きな石を交互に組み合わせた算木積です。切り出した時の刃跡が残っていました。
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水は抜いてありますが、名古屋城の内堀の光景です。もっと草が生えた場所では、鹿が飼われていました。
(追記)以前は鹿が飼われていましたが、工事等の影響があり、4頭が死亡したことなどで、別の場所に移されました。 -
竹林の隅から眺めた向かいの石垣の光景です。こちら側の石垣との間が内堀址です。
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夕日に照らされ始めた西南隅櫓の光景です。国の重要文化財に指定されている建物の一つです。
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次第にシルエット光景になってきた、石垣と、その上に建つ櫓の光景です。
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『恩賜元離宮名古屋城』の文字が刻まれた大きな石碑です。明治時代には軍の管轄でしたが、大正の頃には、宮内省の管理下で名古屋離宮となっていました。昭和5年(1930年)に、名古屋市に『下賜』された時の記念石碑です。
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ここからは、名古屋城の見学を終えて、正門を出た後の光景になります。最寄りの地下鉄駅の市役所駅に向かいました。路上を赤く染めているのは、桜の紅葉です。
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秋景色となった、名古屋城の外周の光景です。内堀と外堀の間ですから、かつての名古屋城内となります。
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西の空が茜色に染まってきました。その空にネグラに急ぐ鳥の姿がありました。写真の中央下部が名古屋城の内堀です。
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地下鉄市役所駅に到着しました。その入口光景です・出入口のデザインは、名古屋城などの景観に配慮したクラシックな和風建築風の造りです。
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