2009/09/13 - 2009/09/15
2376位(同エリア3084件中)
belleduneさん
- belleduneさんTOP
- 旅行記839冊
- クチコミ134件
- Q&A回答177件
- 1,505,944アクセス
- フォロワー63人
歴史は古く、1920年建造当時、東ヨ−ロッパから南アメリカへ向う移民の待機所でした。
1923年に東側に検疫所が増設され、その後、1964年〜1989年まで少年院として使われていました。
ホテルになるまでは、アーティストの住居兼アトリエとして使用されていました。
2003年〜04年にブレマン設計によるホテルとして改築、改装されました。ホテルの内部には文化遺産としての建物に文化大使館が設置されています。
1階では、ビデオで改築の模様が写されていましたので、思わず見入ってしまいました。
1つ星から5つ星まで自分で選べるので、面白いシステムだと思いました。私は一人だったので、2つ星運河側の1泊200ユーロの部屋にしました。
5つ星の部屋にはピアノが置いてあります。
3つ星からバスルームがあります。
私の部屋の真ん中にある柱は、昔こんな部屋だったんだと知り、夜ここで色んなことがあったんだなぁと考えていました。
私は霊感が強くないので、気になりませんでしたが、もし霊感が強い方だったら、もしや...
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 航空会社
- JAL
-
夜、帰って来て、廊下を歩いていると、踊り場の壁にホテルの歴史がビデオで映し出されていました。
船会社 Koninklijke Hollandsch Lloyd (Royal Dutch Lloyd)は、1916年9月27日に移民のためにホテルの建設を、Evert Bremanに依頼しました。 -
移民局として造られた当時のフィルムです。
-
Evert Breman は、当時独特のスタイルで不動の地位を築いていました。
優れたレンガ工や石工を抱えていたので、いくつかの異なった様式を併せ持った独特な建物になりました。 -
1921年移民局の完成図
-
移民が各地からやって来ます
-
バラ色の未来を夢見て、皆来たのでしょうね。
-
この柱は、ホテルに改築されても、残されて私の泊まった部屋の真ん中にありました。
-
この子供達はこれからどんな生涯を送っただろうか、などと考えさせられるものでした。
-
当時の移民局(現在のホテル)の玄関を出て、船に乗り込んで行く移民
-
アメリカやオーストラリアへ行くのでしょう。
-
-
一時少年院として使用されていた頃のもの
-
就寝時間になると、一人一人自分の部屋に入り、監視員が鍵を掛けます。
-
ここから現在のホテルに改築する模様です
-
シャワー室
-
現場を見るEvert Mreman
-
まず壁を取り払います。
-
水で洗い、壁面を綺麗にします
-
-
屋根に近い部分の壁板を蹴って外していました
-
屋根裏の様子
-
その外側の様子です
-
廊下
-
-
1階のレストラン部分
-
-
ホテルの文化大使館の2、3階部分。
1階のレストランから吹き抜けになっています。 -
-
必要の無い壁、床、天井を撤去して、伽藍堂になった建物
-
中2階、2階部分
-
大分、工事の進んだ廊下部分
-
1階のレストラン部分
-
-
ロイドホテルのシンボルである船のモニュメントの中に、記念の物を入れるスタッフ
-
-
その金の船を塔の上に付けるため、ゴンドラで吊り上げます。
-
-
塔の上に取り付けます。
-
船会社だった当時が目に浮かぶようです。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
belleduneさんの関連旅行記
アムステルダム(オランダ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
39