2006/07/31 - 2006/08/07
148位(同エリア427件中)
ねいちゃさん
05:30モーニングコール、8月4日の朝はこうして明けました。
大変充実したルクソールでの二日間を終えて、前日爆睡したせいか、旅の疲れもすっかりとれてナンカとっても元気になりました。
今日の行程は08:35発エジ航空135便にてアスワンに飛びます。アスワン観光を短時間行い、12:35発の249便にてアブシンベルへ、神殿観光と夕食後の「音と光のショー」となってます。このショーはアブシンベルで宿泊しないと見られないもので、今回のツアー選びのポイントとしたものです。今日もいっぱいありますが、楽しみィー。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- エジプト航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
ルクソール空港
カイロは別にして、エジの地方空港はだいたいこんな感じ。だだっ広い所にポツンと建物。ここの空港なんか好き。
現地エジ人に混じってコーヒー飲んでると、ナンシー・アジュラムの曲が聞こえてきた。この歌手エジでは大人気で、日本でいう所の浜崎あゆみクラスだそうな、エジいく前に海外からCD取り寄せてipotでずっと聞いていました。
現地の若者がもうノリノリで、大ファンだと言ってくる、コーヒー屋の親父は「彼女はマイワイフ」とご冗談・・・異国にいるのに違和感なくって・・・エジ人って人なつっこくってイイなぁ。 -
さて、ここはどこでしょう?
エジに不釣り合いな・・・海?
これはですね、ナセル湖という人造湖です。ナイル川をアスワンハイダムで堰き止め作られたもの。私が立ってる場所がそのダム・・・定期的な氾濫が文明をつくったエジプトですが、農業技術の進歩で川に頼らず、また電力不足をも補う意味で建造された巨大建造物。遺跡だけではないもう一つの姿がここにあります。 -
ダムはちょっとした観光地
近代化の一歩を記したこのダムですが、建設資金調達にあたりスエズ運河の国有化が行われ、第二次中東戦争の原因ともなったもの。
またナセル湖により水没する遺跡問題も起こり、ユネスコが中心となって移転が進んだ。このことが世界遺産が生まれていく契機ともなった。 -
アスワンハイダム記念塔
このように様々な影響を各方面に与えたダムにより、ナセル湖での漁業の発展の他、電力不足解消などいい面を残す一方、土壌更新がおこらず塩害化を招いたり、雨などふらぬこの地域の降雨量が増えたりと気候変動も見られるようになった。また下流では病気の宿主の巻貝が大量繁殖したため病気が蔓延するなど、健康被害も起こっている。
自然に手を加えることの是非は簡単に言えないが、色々と考えさせられる話である。 -
アスワン空港
パピルス柱を模した神殿の概観をもつ綺麗な空港でした。ダムを見た後は時間的なこともあって定番の「きりかけのオベリスク」観光はなく、代わりでもないでしょうが、空港近くの砂地で下車。砂漠の砂のお持ちかえりタイム。まず驚くのが、湿気がないため本当にサラサラ、ペットボトルに満載して持って帰りました。あれから3年たってますが、まだサラサラなのに改めてビックリ。香料瓶につめて飾ってあります。 -
アブシンベル行きエジ機249便から下界を見る
アスワンからアブシンベルに飛ぶ時は、できるなら向かって左側に座れと情報を得てました。指定席だし、ンなうまくいくか?と思ってたら左窓際・・・ずーっと下見てました。途中で神殿が見えるというのです。ずっと見てて「ないやん」と思っていた頃、空港に着陸態勢に入って徐々に高度が下がった時・・・・み、みえたぁーーーーーー!!確かに見えます! -
ホテル セティ・アブシンベル
アブシンベルは神殿以外何もない所、ホテルも数えるほどしかないが、ココで泊まるにはこのホテルが一番いいと言われる。見てください、別天地。エジにいるの忘れるくらいの南国感てんこもり。 -
日中の観光は死ぬってことで午後フリータイム。
昼食後いきなり休憩。アブシンベルはほぼスーダンとの国境にあり、エジ南端に位置します。だからエジ一暑い、路面温度の50度越えは当たり前・・・。だから観光は日帰り客が帰った後の夕方から。
で何をしたかというと、、、バ・カ・ン・ス。
プールにだっぱぁーんです。 -
ついに来ました!アブシンベル神殿
16:30少しマシになった暑さの中、観光再開。結構厳重な警戒をパスして内部へ侵入。ここの入口は神殿の裏手にあるので、トボトボ歩いて近づいていくとラムセス像の右顔が見えてくる。この見え方はエジだし演出ではないんだろうけど、とってもいいんです。あぁとうとうここまで来たんだって。見たい見たいとずっと思っていた遺跡と対面、否が応でもテンションが上がってくるのです。 -
そうして正面に回ってくると、この圧倒感。
声もなくただただ見入る瞬間がやってきます。
このヌビア遺跡群はダム完成時には湖底に沈む予定でした。ユネスコによる救済活動により1964年から4年の歳月を経て、正確に約60mの高さに移築されました。概観と内部石室の移築で、後方の山は人工ドームで内部は空洞。いずれにしてもこの活動から世界遺産が始まることになったわけですが、よく残してくださったと今更ながらに思います。ホントに感謝してます。 -
大神殿の4体の石像はいずれもラムセス2世
年齢をへた変遷を見せるものですが、左から2体目は発見当時より倒壊しており、移築時には修繕の話があったそうですがそのままに復元されました。
内部にはカデシュの戦いのレリーフがあり、ここでも頑張ったことをやはり誇示しています。 -
大神殿の右にある小神殿
通称ネフェルタリの神殿とも言われるもので、ラムセス2世が最愛の王妃のために建造したもの。后のために神殿まで作っちゃったという愛情の見せ方もさることながら、一方で子供さんは百名はいたというラムセス・・・うーん、つくづく凄い人だなーと思わずにはいられない。この小神殿もメインは王妃なのに、ラムセス自身の像が4体、王妃は2体?・・・うーん、ラムセス・・・。 -
ちゃっかりラムセス、一番でかい像となる
カイロ博物館には彼のミイラがあり、これも集客力がある。ラムセスがいなければ、エジプトの観光収入は激減していただろうことから、ガイド氏は「死して四千年を経て、ミイラになった後でもエジプトのために貢献してくれる、こんなに立派な王は他にいない」と、笑いながら語ってくれました。 -
ラムセス像がいつも見ている向かい側の景色
神殿最深部には3体の神像とともにラムセス像がいる。毎年2回2/22と10/22はこの方角から上る朝日が最深部を照らし、この時のみ日光が奥まで届く。この両日は彼の誕生日であり、また王に即位した日というから驚きである。また左のプタハ神は冥界の神でありその両日であっても、決して日光が当たらないという、大層凝った演出がなされている。
毎年両日は観光客でいっぱいになるそうで、そう聞かされるとやっぱいつかは見てみたい。 -
夕闇せまる小神殿遠景
何事にも妥協というものをしないラムセス2世。彼は60年以上王として君臨し90歳まで生きたという。遺跡や遺物をいっぱい残してくれたのは嬉しいが、もし彼が自分の会社の上司だったりすると・・・なんて考えるとやっぱイヤだなぁと小市民感情をもったまま、神殿を後にしました。
夕食後は「音と光のショー」で再度ここに来ます。翌日は神殿でご来光というわけで、都合3回もきちゃうことになります。なんぼ好きやねん(笑)
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