2006/07/31 - 2006/08/07
311位(同エリア1021件中)
ねいちゃさん
日本−エジプトは航行時間は約12時間。
時差は夏で6時間。
昼の12時に出発すれば、カイロへは夕方の6時に到着することになります。ただ体内時計は夜中の12時、そろそろオネムの時間なので、このあたりの時間のズレが徐々に体力を消耗させていく。
地中海の青さがとぎれると、褐色のアフリカの大地に向かってエジ機は高度を下げていきます。窓からは夕陽となってきた太陽があたり一面真っ赤に染めた大地が見えます。茶色の建物が見えています。見える色は赤茶色と緑のみ・・・これがアフリカ。やがて飛行機はカイロ空港に降り立ちました。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- エジプト航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
機外へ出るとすさまじい熱気、炎天下に照らされた滑走路の熱風がまだ冷やされていない状態。それと日本では嗅いだことのないような匂い、「おぉ」と思わず声にならない呻きが出ました。
これがエジプト、私は今その大地に確かに一歩を記したのです。
ツアーの現地誘導員なる外国人が、なんだかんだと指示をします。何を言ってるのかわかりませんが、入国手続きをせよということらしい。言われるままに作業をし、空港外へ・・・巨大なエジ人で黒山の人だかりの中導かれるままに観光バスに到着。
この時実は圧倒されていました。正直にいうと本当は「怖かった・・・」。完全にエジに呑まれ、ビビリまくっていました。「だって、エジ人−デカすぎっ」 -
現地時間夜8時(日本時間夜中2時)、ピラミッドが見えるであろう(夜なのでわからん)レストラン。夕食です。
まず頼んだステラビールは思い切りうまかったが、エジ料理は油っこいのばっかり。機内でも到着前に夜食?が出てたこともあり、皆の箸(フォークですけど)は全く進まない。「だって、夜中の2時に油モンやで〜、むりー」で、ホテルへ。
その後我々は衝撃の事実を知ることになる。ツアーは一日少なくなって初日のピラミッドは最終日に移動。本来ならカイロ2泊のところを今晩1泊のみで、明日はルクソールに飛ぶ・・・モーニングコールは明朝3時半。「さ、さ、さんじぃぃ??!!、今8時半やし、ええーーーーーーーっ」
重い胃をおさえつつ、ピラミッドのシルエットを見ながら(ピラミッドビュー確約?!)夜中の3時であろう時間に早々と(遅いって!)寝ることとなりました。 -
カイロ・ギザ メリディアン・ピラミッド・ホテル
朝食を03:45にとり、04:15にはパッケージダウン。部屋からは今朝もピラミッドはシルエットのみのまま、プールにも入れないで、この高級ホテルを出て行く私たち。
館内にはこじゃれた店なんかもあったのに、昨夜は1万円分をエジプトポンド(LE)に両替したのみ。ここ、もうちょっと居たかったなぁ。
05:00現地添乗員のアーティフさんと会ってご挨拶の後、カイロ空港へ。
07:00発のエジ機135便で約1時間でルクソールに行きます。カイロ空港ではトイレ・バクシーシ初体験(男性が紙や水をだしてくれる、代わりにお金を要求される)親指と人差し指を二三回こすりあわせる仕草はこれから何度も何度も遭遇することになりまする。 -
ルクソール空港から小一時間で、我々は遂にエジプト最初の遺跡「カルナック神殿」に到着しました。大坂のあの悪夢がウソのように消え、ただ眼前の塔門に言葉を失うばかりです。
まずは圧倒的な遺跡群をご覧ください。 -
カルナック神殿と副神殿であるルクソール神殿とはかつて参道で結ばれていました。これはその往時の参道を偲ばせる羊のスフィンクスが整然と立ち並んでいます。
-
第一塔門裏手には建設当時?の補助となる煉瓦が残されています。こういう坂道を作って徐々に高さを上げていったことを物語っています。ピラミッドもこの工法なんでしょうかね。
-
パネジェムの巨像−第二塔門前にあるこの像は向かいにあるラムセス2世像と対になるもので、元々はラムセス2世像であったが、21王朝のパネジェムが自分の名前に書き換えたと言われている。
エジプト文明では多くの遺物がこういった形で転用されています。かのピラミッドの化粧石もはがされ他用途に使われたそうな・・・。 -
第二塔門にはっきりと残るレリーフ。
この第二塔門をぬけるとカルナック神殿最大の見処「大列柱室」に入ります。 -
大列柱室−約5000?の巨大な空間に開花・閉花状態のパピルスを模した列柱が134本も並ぶ異様を見せる。円柱の最大円周は約15m、往時は屋根として石版が並べられ暗闇の中乳香が焚きしめられていた。
-
列柱は19王朝ラムセス1世から歴代のファラオが立て続けた。カルトゥーシャに囲まれた中にファラオ名が深くレリーフされている。ガイド氏によれば、深く刻んだのは後世削られないための知恵だという。
またガイド氏は建設工法として、円柱型石材を並べ砂を引き、また並べて砂を重ねて徐々に高く積み上げていき、最後に砂を抜いたという。5000?を埋める砂って・・・確かにエジプトにはいっぱいある。湿気が少ないからサラサラだもんなぁ。 -
ガイド氏によれば、大列柱室は全く暗闇というわけではなく、上部に明かりとりの窓らしきものがあった。
中央部が開花式パピルス柱で約21m、周辺部は閉花式パピルス柱で約13m、その高低差を補うためでもあったという。
写真はその格子状の窓の遺物。 -
アメン神の至聖所
アメン神殿の突きあたりの部分に至聖所と呼ばれるところがあり、中央の台座に船か何かがのせられていたと聞いたが失念してしまった。 -
天井部に残る青の色彩
日差しのつよいエジプトでは色がほとんど残らないが、陰となる部分では今でもわずかに往時の色彩を見ることができる。塔門や神殿のすべてに色が塗られ、建設当時は大変壮麗なものであったに違いない。 -
聖なる池から大列柱室をのぞむ
神官らが沐浴や儀式を行った聖なる池の後方には、観覧席が設けられ、毎夜ライトアップされ、各国の言葉で「音と光のショー」が行われている。 -
倒壊したハトシェプストのオベリスク
神殿には第三塔門から向かって右手に約21mのトトメス3世のオベリスクがあり、左手には最大といわれる約30mのハトシェプスト女王のオベリスクが立っている。写真はそのハトシュプストのもう一本のオベリスクで、倒壊したため横向きに置かれており、そのおかげで古代エジプト人も見ることができなかった上部を間近で見ることができる。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
ねいちゃさんの関連旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
15