2008/04/15 - 2008/04/15
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ソフィさん
2008年4月15日(火)
右岸にラインフェルス城を背負ったザンクト・ゴアールの街、左岸に鼠城、猫城、ライヒェンベルク城を背負ったザンクト・ゴアールス・ハウゼンの街を見て上流に進めば、間もなく前方にローレライの岩が見えてくる。
多くの旅人は、「ローレライ」の名高さのために、何らかの緊張感を期待する。
だが「割と平凡な岩があるだけで失望した」との声も聞こえてくる。
「ローレライ」は、「その岩頭に美しい少女が立って、黄金の櫛で髪を梳きながら歌い、そこを通る船頭たちを迷わせて、船を沈めた」との言い伝えで名高い。
この話がわれわれに伝えられたのは、ドイツの詩人ハインリッヒ・ハイネ(1797-1856)の詩によるものだが、もうひとつ遡ればハイネの詩は、ドイツ人の詩人ジョセフ・フォン・アイゼンドルフ(1788-1857)の詩に由来し、さらに遡ればドイツの作家クレメンス・ブレンターノ(1778-1842)の小説「ゴトヴィ」をもとに作られたものらしい。(丹下和彦「ライン河」)
「ゴトヴィ」は1801年に発表されたもので、「ローレライ」の話は割に新しいもののようだ。
そして、その名を轟かせたもう一つの理由は、ハイネの詩をもとに歌曲を作曲した音楽家フリードリッヒ・ジルヒャー(1789-1860)の、哀調を帯びた素晴らしいメロディーだろう。
また「ローレライ」は、日本において特に有名のように感じるが、その背景に近藤朔風(1880-1951)による、「なじかは知らねど・・・」の名訳の存在が大きいと思う。
もともとこの場所は、こだまの名所だった。
岩に向かって声をかけたり歌を歌ったりすれば、7回のこだまがあると言われていた。
ヴィクトール・ユーゴーはこだまの回数を確かめようとしたところ、「5回しかなかった」と書き残している。
あるいはこの場所は暗礁が多く、かつ流れが不規則で荒いので、船にとっては難所のため、かじ取りのミスのための遭難事故が多かったと推察する。
(現在は航路が改善され、安全度は高くなったと聞く)
あるいは船の操舵が困難なところを見計らって、海賊行為がやり易かったのかもしれない。
いずれにせよ、「ちょっとした岩山があるだけで、期待に反した」と言わずに、「昔ここを通る船はどんなに緊張しただろうか」と想像しながら、旅を楽しむべきだろう。
写真は、ソフィーさんのマイページ(写真5,800枚)、
http://4travel.jp/traveler/katase/
スイスの写真が美しい、片瀬貴文さんのマイページ(写真2,400枚)
http://4travel.jp/traveler/takafumi/
文字が大きくて読みやすい、片瀬貴文の記録
http://blog.alc.co.jp/d/2001114
もっと読みやすい「人生漫歩録」
http://kk1717.blog83.fc2.com/
などもご覧ください。
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ローレライの岩の辺りは
暗礁も多く
ライン河航行の難所だった -
左岸鉄道トンネルの坑門近くにも
ゴチックの塔が見られる -
川は蛇行し
急な岸壁が多い -
左岸の鉄道に
旅客列車がやってきた -
鉄道構造物を
周辺の景色に調和させようと
工夫している -
川辺に
恐ろしげな塔がそそり立つ -
左岸の風景
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左岸の風景
建物の一つ一つに
景観への配慮が行き届いている -
左岸の風景
山の中腹に
ブドウ畑が見えてきた -
左岸の風景
船から見る角度が変わるごとに
風景の味も変わってくる -
左岸の風景
瞬間瞬間が
一幅の絵である -
ラインの岸に建つこの立派な建物は
ホテルだろうか -
ラインの岸辺
-
つい船から降りたくなるような
河沿いの風景(右岸?) -
逆光に聳え立つ
ゴチックの尖塔
山上には古城
(右岸?)
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