2009/05/26 - 2009/05/26
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Weiwojingさん
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同志社大学を設立した新島襄(1843~1890)がかつて住んでいた住居を訪ねました。ここは年間を通じて土・日曜日のみ一般開放されていて、自由に見学ができます。
この敷地には、幕末まで禁裏幕府の御用大工棟梁中井家の屋敷があり、明治初年中井屋敷堂上華族高松保実が所有していました。1875年(明治8)新島襄は、この家の半分を賃貸して、生徒8名で同志社を開港しました。ここが同志社発祥の地です。学校は翌年旧薩摩藩邸に移りますが、その後、彼は高松邸を購入し、自宅を建設しました。これが、今の新島旧邸です。
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アメリカのフィリップス・アカデミー時代の新島襄の写真です。
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門を入つたところから撮った新島襄旧宅の写真です。
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玄関です。簡素な作りの玄関ですね。ここから入ります。
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玄関から入ってすぐ右側に応接室があります。ここは畳敷きの部屋ですが、中央にテーブルと椅子が置かれています。
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応接室にはソファも置かれています。いつも学生をはじめとして多くの来客があったようです。
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玄関を入って右側に台所があります。大きな食器棚や西洋式の丸いテーブルなどが置かれています。
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かまども備えつけてありますが、当時としてはかなり立派なものだったと思います。
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台所内には井戸もあります。まだ水道のようなものはなかったので、すべてこの井戸を利用していたのでしょう。家の中にあるのが大変珍しいですね。
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建物全体を囲むようにして1階部分がベランダでつながっています。
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夫人専用の部屋です。
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新島が1日の大半を過ごした書斎です。壁二面に作りつけの本棚があり、そこにはたくさんの洋書が置かれています。
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ここから2階に上がってみましょう。
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2階はすべて和室で、新島夫妻のプライベートなところです。
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1階と同じように2階にもべランダが設けられています。
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この部屋は夫妻の寝室です。写真のべッドはかって新島襄が使っていたものです。
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こちらも寝室です。大きな窓が2面あり、広々としていて使いやすそうな部屋です。
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部屋の片隅にこのような丸く切り抜いたものが作りつけられています。よく見ると、そばに「セントラル・ヒーティングの噴出口」と書かれています。
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丸く切り抜かれた部分の蓋をとると、こんな具合になっています。ここから温かい空気が部屋に入り、部屋全体を暖ためたのでしょうか。
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ちょうど真下に(つまり1階の天井部分に)太いパイプがあり、これが2階の暖房器具とつながているのです。
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1階に降りてみましょう。
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使用人用の棟で、和室が2つあります。
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使用人棟は現在資料室になっていて、新島襄に関する資料や写真などが展示されています。
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もう一度建物全体を見てみましょう。
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