2008/01/01 - 2008/01/03
46位(同エリア86件中)
松村博司さん
本日最後の訪問地。
道の駅「みずなし本陣ふかえ」です。
記憶に新しい、平成の雲仙普賢岳噴火災害で被災した家屋をそのまま保存している所です。
先日もミャンマーのサイクロン、中国四川省の大震災と大きな災害が連日報道されています。(2008/05/13執筆)
この日一日回り、人間の非道さや狂気を嫌と言うほど見てきたわけですが・・・
自然の驚異の前では、人間はあまりにもちっぽけで無力だと実感させられました。
挫折禁止(松村博司の貧乏旅日記)
「有明の周辺で明けおめを叫ぶ旅」
http://bonkuraii.blog56.fc2.com/blog-category-48.html
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 自家用車
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原城を離脱した私たち。
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時間はすでに4時を過ぎています。
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もし時間があれば最後に天草・島原の乱のきっかけになったともいえる島原城に行きたかったのですが、時間的にどう考えても厳しいのであきらめることにしました。
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島原城は明日の朝、立ち寄ることにします。
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で、旅館の予約も5時ですし、夜中ぶっ通しで走り極寒の中で1時間ほど仮眠を取っただけなので、早めに旅館に入ってゆっくり休むことにしましょう。
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と、その前に一カ所だけ休憩に寄ることにしましょう。
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もう少し早ければ、お昼はここでと思ってた場所ですが、旅館は目前ですしお腹いっぱいごちそうを食べたいので、軽く休憩のみでおやつも無し。
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てなわけで4時30分。
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道の駅「みずなし本陣ふかえ」の駐車場にてレガシィと平成新山のツーショットです。
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原城からのルートです。
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ここに来てずっと雲の傘に隠れていた平成新山が姿を現してくれました。
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去年、高千穂の旅で熊本に寄った際は、大雨のため全く見ることができませんでした。
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そして今年は大雪のため見れないと思っていたのですが、きれいに雪化粧の平成新山をここに来てやっと見ることができました。
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ちょっと雲が気になりますが。
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てなわけで、考えてみると本日まともに営業している場所としては熊本北SA以来のような気がします^^;
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で、ここに寄ったのは食事をするためでもつまみ食いをするためでもありません。
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島原に来てもう一つ、見ておかなければならない物があります。
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それは雲仙普賢岳噴火に伴う、被災地の爪痕。
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ここには噴火後、平成4年8月に発生した土石流で被災した家屋をそのまま保存している公園でもあり、これがここに訪れた本来の目的地というわけです。
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平成2年11月、198年ぶりに噴火をした雲仙普賢岳は平成3年5月に初めての土石流が発生して以来、平成6年までに繰り返し火砕流と土石流が発生して、この辺り一帯はすべてを押し流されたような状態でした。
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平成3年6月3日、死者行方不明者43人を出した大火砕流の映像は今でも心に焼き付いてます。
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そして時は流れ平成20年1月1日。
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島原の乱の史跡を回る目的とは別に、復興した島原の今を見てみたかったという、この二つの理由が2年連続九州の旅、そして他にもいろいろ行きたいところがあったにもかかわらずこの地を選んだのでした。
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先ほどは屋外の被災家屋を見て回りましたが、今度はドーム内の被災家屋を見ていきましょう。
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この災害は、今更私が説明する必要がないでしょう。
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長期間にわたり、繰り返し発生した火砕流と土石流は町を飲み込んでしまい、島原はしばしば孤立状態になったそうです。
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経済は麻痺し、多くの住民がこの地から離れてしまい人口も激減したそうです。
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私たちは先ほど、一揆を起こし皆殺しにされてしまったために人口が激減してしまったという原城を見てきました。
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約400年前の出来事です。
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そして今度は自然災害により、住む所を流され、職場を流され、生活の場を破壊されてしまったためにこの地を去らなければならなくなった多くの人々がいたということ。
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実はそのちょうど中間地点である200年前。
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島原大変と呼ばれる大災害により1万5千人の人たちが亡くなり町は土砂に埋もれ、津波に流された日本噴火災害史上最大の被害がでたそうです。
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それにしてもなんで、こうも続くんでしょうか。
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こうやってこの地で起きたことを見聞きして、実感します。
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私は岡山市の住民ですが、いかに自分の住む土地が恵まれた場所だったかということを。
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子供の頃、台風が来ても岡山だけは避けて、警報もでずに学校が休みにもならずに他県がうらやましいなんて思ったこともありました。
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しかし、これを見て同じ事がいえるでしょうかね?
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この旅、初日で人間の恐ろしさというか狂気というか嫌と言うほど見てきました。
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そして、本日旅の締めくくりは、
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それでも自然の力というか、恐ろしさというか、どんなに権力を持って力をふるっても、やっぱり自然の前では無力なんだと実感させられます。
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しかし、これは災害のほんの一部に過ぎません。
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翌日、私たちはこの大災害がいったいどのように町を変貌させたかというのを直接この目で見ることになります。
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その話題はまた後日と言うことで。
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なんだかんだといいながらすでに5時になろうとしています。
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考えてみれば私たちはまだお昼ご飯を食べていません。
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とってもお腹が空きました。
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てなわけで旅館へ向かいましょう!
つづく〜
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