2009/05/06 - 2009/05/06
3558位(同エリア6445件中)
ヴォルさん
2008年は自力で行った場所。今年はツアー参加でラクラク到着です
■シリーズ旅行記
2008年春は公共交通機関利用
○ブダペスト&ウィーン 2008春 陸の旅〜国鉄&ポストバスでマイヤーリンク修道院へ〜
http://4travel.jp/traveler/wol/album/10249776/
○ブダペスト&ウィーン 2008春 陸の旅〜国鉄&ポストバスでハイリゲンクロイツ修道院へ〜
http://4travel.jp/traveler/wol/album/10249786/
2009年春はツアー利用。マイヤーリンク・ハイリゲンクロイツ・ゼークロッテを午前中で周る英語ツアー
○ブレーメン&ウィーン 2009春 ハイリゲンクロイツ修道院
http://4travel.jp/traveler/wol/album/10346431/
○ブレーメン&ウィーン 2009春 ゼークロッテ(地底湖)〜束の間のクルージング〜
http://4travel.jp/traveler/wol/album/10346436/
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
昨年は自力で行った場所ですが、自力でないと行けない場所は既に行ったので、今回はツアー参加で楽をする(笑)ことに
■U1,S-BAHN Wien Sudtiroler Platz駅
U1だとカールスプラッツから2つ目。国鉄だと南駅の隣り
ここは各ツアーの出発地です。オペラ座や各ホテルでミニバンで参加者をピックアップ後、大型バスに乗り換えて行く場合はここからの出発になるようです
「ここまで自力で集合でもいいよ」というツアーもありますので、その場合のご参考に -
意外にも大型観光バスでびっくり(@_@)
広場に大型観光バスが並んでいる様は日本の観光地や高速道路のサービスエリアのようです
知人ともバス内で合流できました(^^)
参加したのは午前中半日の英語ツアー。日本語ツアーは何故か午後発ばかりだったので、時間を有効に利用するため
最終的には総勢30人ぐらいの参加者がいました。日本人は私達だけでした -
南駅付近を通りアウトバーンのインターへ向かいます
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この左側の塀の向こう側辺りはザンクト・マルクスではないでしょうか?
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実はマイヤーリンクへ【向かう】のは3度目
1.レンタカーで行くこと
2.公共交通機関で行くこと
3.ツアーで行くこと
全てを検討しました
結果として
2006年に1.はペーパードライバーの同行者に「いざという時に助けられない!」と却下されました。地図も購入して、道も調べて準備万端だったのに(苦笑)
2006年に2でチャレンジ。…が、敢え無く玉砕!
2008年に2でリベンジ。目標達成\(^o^)/
2009年は3で楽しよう♪です -
それぞれの感想としては
公共交通機関
楽しかった♪ハラハラドキドキもハプニングもあったけど、地元の方達と交流もできたし、何よりも達成感!を感じることができました。ツアーでは連れて行って貰えない所にもたくさん行けたし、好きに時間を遣えたし
ツアー
楽、楽、楽!! でも時間を自由に遣えないのは、ツアー慣れしていない私には若干苦痛 -
■バーデン
南駅から国鉄でバーデン駅まで約20分。バーデン駅からこのバス停(右側大きな木の下)まではバス停確か2つ分
バスのすぐ右側はオペラ座前から出ているトラムバーデン線(青と白の車体)の終点。確かトラムだとオペラ座から40分ぐらいだったかな?
ツアーバスは出発から約30分程でここまで来ました -
2006年にハプニングが起きた場所。↑のバス停で2時間待ちぼうけ(T_T)
マイヤーリンクに辿り着けずにウィーンへ引き返したのです
そんな思いが色々駆け巡りました
↓ハプニングのバーデン編
オーストリア 2006秋 5日目-1 待ちぼうけのバーデン
http://4travel.jp/traveler/wol/album/10141128/ -
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■マイヤーリンク
マイヤーリンクはオーストリア皇太子ルドルフがマリー・ヴェッツェラ男爵令嬢と心中した地です
ここからは2008年にポストバスで通ったのと同じ道
↓ブダペスト&ウィーン 2008春 陸の旅〜国鉄&ポストバスでマイヤーリンク修道院へ〜
http://4travel.jp/traveler/wol/album/10249776/ -
この周辺は皇室の狩猟場だった場所
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周辺地図
昨年は日本人を見るなんて初めてじゃないかと思われる村人達に片っ端から声をかけて、アラント村をうろつく怪しいヤツでした(;^_^A
そんな怪しい人間に快く接してくれた温かい村人達に感謝!ですm(__)m -
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■マイヤーリンク修道院
現カルメル会女子修道院。かつてこの一体はハプスブルク家の狩猟場であり、この建物は狩猟の館だった
心中事件(1889年1月30日)後に皇太子の父であるフランツ・ヨーゼフ1世皇帝が修道院に建て替えた
個人で訪れる場合・・・
通常この入口は閉まっています。入口右側のインターフォンで呼ぶと、中から鍵を開けて下さいます。その時に入場料を支払います
解説文(A4 1枚。日本語あり)を貸して頂けます。残念ながら回収されます
↑ツアーの場合はガイドさんがいるので、解説文ついて来ません。英語ツアーだったから、解説文欲しかったなぁ(苦笑)現地発着ツアーで行くマイヤーリンク修道院 by ヴォルさんマイヤーリンクの館(修道院教会) 寺院・教会
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ツアーに参加して良かった!!と死ぬほど歓喜した瞬間です(大袈裟)
個人で訪れた時は入り口で「撮影してもいい?」と聞くと「ダメ」と言われました。…が、今回ツアーでは撮影に関する注意事項は何もなく、ガイドさんの前で写真を撮る人がいても注意なし。えっ!?撮ってもいいの???
…というわけで、昨年の分まで撮らせて頂きました(笑)。昨年の記憶を辿ると、英語ツアーの人達は撮影していたような。でも良い子(笑)は言いつけを守り、撮影は我慢しました。しかーーーし!!今年は撮り放題♪
これ、ツアーによるのでしょうか。ツアー料金に写真撮影代込になってるとか?(ハンガリーじゃあるまいし…。※ハンガリーは入場料金と撮影料金が別になっている美術館・博物館が多いのです) -
教会といえばステンドグラス
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ここはとてもこじんまりとした修道院です。礼拝堂の定員はどれくらいでしょう?とにかく狭いのです。そこに総勢30名近くの団体です。人が入らないように撮影するのに四苦八苦
昨年見かけた団体さんもそうでしたが、一般人(笑)はここを5分程度で通り抜けます。そこを粘っているので、撮りたい場所が多過ぎて、時間の関係で結局今年も礼拝堂の全体写真は撮れず(T_T) -
ルドルフの母エリーザベト皇后がギリシャのコルフ島(彼女がよく引き籠っていた…失礼、愛してやまなかった別荘のある場所)から取り寄せた祭壇
ルドルフの死は当時の首相ターフェからエリーザベトに告げられた
エリーザベトから皇帝フランツ・ヨーゼフ1世へ
その後嘆き悲しむフランツ・ヨーゼフ1世を慰めたのはシュラット夫人(エリーザベトがあてがい30年超連れ添った皇帝の愛人)。エリーザベトが皇帝を慰めるよう言ったのだそう
本人はこんな両親の待つ王宮には戻りたくなかったのでは? -
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入口上
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メイン祭壇
心中事件のあった2階の部屋は現在はなく、1階と2階は吹き抜けになり、部屋のあった真下部分に祭壇が設けられている
皇太子にとっては数多の愛人の一人がマリー。一方マリーは高貴な身分との恋に憧れた少女
一国の皇太子が男爵令嬢風情と心中したスキャンダルはかなりの衝撃をもって各国へ伝えられたといい、陰謀説、暗殺説等、今も謎が多い -
ボケてしまいました(T_T)
確かこの中の天使の一人がルドルフを模したものだったはず。司祭の右側のブルーの子だったかしら? -
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確かこのドアが当時の寝室へ通じるドアだったような…
皇太子がベッドに横たわったマリーの頭部に向けて1発発砲。その数時間(7時間という説があります)後に皇太子も自らの頭部に向けて1発発砲。数時間の間、一人になった皇太子はどのように過ごしたのでしょうか
太子は父と政治方針が異なり、折り合いが悪く、12通遺した遺書に父宛のものはなかったといいます
その遺書の一部はホーフブルク(王宮)の皇太子の自室デスクの引き出しから見つかったとか
↓自室のデスクはこちらに展示されています
ブダペスト&ウィーン 2008春 王宮家具・調度品博物館 前編
http://4travel.jp/traveler/wol/album/10251145/ -
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マリーが最初に葬られた棺
マリーは死亡後少なくとも38時間、目も口も開いたまま死亡した部屋とは別室で放置されたという。そしてハプスブルク家並びに政府からは存在しないことにされた
その後キリスト教徒としては恥ずかしいこととされる「自殺」として扱われた
首相が人づてにマリーの母へ送った通達
1.マリーの遺体をウィーンに持ち帰ることを禁止
2.遺体はハイリゲンクロイツ修道院内の墓地に埋葬
3.マリーの母が霊柩車をマイヤーリンクまで差し向けることを禁止
4.人目を引かせないようにするため、遺体は通常の馬車に座ったままの姿勢で乗せ、夜間にマイヤーリンクからハイリゲンクロイツへ運ぶこと
しかし自殺のままではハイリゲンクロイツ修道院は埋葬許可を出さないためこっそり他殺であると耳打ちし、渋々埋葬許可が下りたとのこと -
ウィーンから棺を送ることができず、近所の大工に手持ちの材料で造らせたとのこと。そのため、粗末なブリキ製
政府は当初「誰が見ても恥ずかしくないものをウィーンから運ばせる」とマリーの母に約束していたらしい -
その後、マリーの母によって棺は同じハイリゲンクロイツ修道院管轄の現在の墓地に改葬され、銅製の棺に移されたそう
その後も1945年に装飾品を狙ったソ連兵によって荒らされたり、1991年には心中事件の真実を知りたい一般人に遺骨を掘り出されて鑑定に出されたり、彼女の受難は続く
ちなみに鑑定結果では左頭部に銃弾の跡が見つかったとのこと
↓現在のマリーの墓地はこちら
ブダペスト&ウィーン 2008春 陸の旅〜国鉄&ポストバスでハイリゲンクロイツ修道院へ〜
http://4travel.jp/traveler/wol/album/10249786/ -
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皇太子の死後、皇帝夫妻は別々によくこの修道院を訪れたらしい。休憩の間が作られたそうだけど、ここのこと?
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右はシュテファニー夫人と娘のエリーザベト
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死後ウィーンに戻った皇太子と、嘆き悲しむ皇帝夫妻、妻のシュテファニー
「頼りない夫で迷惑をかけた」と書かれていたシュテファニー宛の日付のない遺書は、「一番速い方法で届けてくれ」と侍従に頼んでいたとのこと
この時、娘のエリーザベトは6歳
この絵の後ろにかかっているのは、当時のベッドルームのカーペット -
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フランツ・ヨーゼフ1世がこの修道院建設にあたり、私費を投じ、今後の資金も提供すると書いた文書
…たぶん(;^_^A -
何やら宝物らしきもの
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ツアーの中で最後の最後まで粘って見学したけれど、みんなを待たせるわけにもいかず、見学終了。…でもでも時間が足りなかったです(T_T)
最初に来た時は撮影NGでも1時間ここにいたのです。撮影OKだった今日は15分程では時間が足りません(T_T) -
昨年あった小道の両側にあった木立が伐採され、かなり風景が変わっています。すっきりし過ぎて、イメージじゃないんですが
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右側の新しい建物部分は資料館部分です
名残惜しいけれど、帰ります
↓ハイリゲンクロイツ修道院へ向かいます
ブレーメン&ウィーン 2009春 ハイリゲンクロイツ修道院
http://4travel.jp/traveler/wol/album/10346431/
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この旅行記へのコメント (2)
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- ゆきさん 2009/06/15 11:11:10
- 写真
- ツアーによって違うんですね〜。
わたしたちははいる前にいきなり「撮影禁止です」と釘をさされてしまいました(笑)。
しかも、ツアー客はわたしたちふたりだけだったし。ガイドさんと修道院のおばさんも真横に立っているし。
メイン祭壇の修道女様の名前を忘れてしまった‥‥シュテファン寺院にも、同じ写真がありました。
林がなくなっていて、やっぱり雰囲気が違いましたか?
わたしはちょうど、伐採現場に居合わせて、いろいろと衝撃でした〜。
- ヴォルさん からの返信 2009/06/15 23:50:48
- RE: 写真
- ゆきさん、いらっしゃいませ(^^)
ツアーによって撮影可だったり、不可だったりっていうのは、なんか腑に落ちませんよね(-_-メ) 個人で行った時は、修道院の方は代金払ったらすぐにいなくなっちゃいました。ある意味野放し(笑)だったんですが、私と友人の二人だけの時も、同じ空間に撮影しているツアーの人がいてもやっぱり気が引けて、撮影する気にはなれませんでしたし。日本語ツアーに参加した方のサイトや旅行記は撮影不可って書いてあることが多いように思うのは気のせいかしら?
> メイン祭壇の修道女様の名前
シュテファンにもあったのは覚えているけれど、お名前はわからないです。気になって調べてみたけれど、手がかりありませんでした。
> 林がなくなっていて、やっぱり雰囲気が違いましたか?
全然違いました!!林があると「雪深い1月末はさぞ寂しい場所だっただろう」なーんて、より一層妄想が膨らむ(笑)こと間違いなしです(^_-)-☆
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