2009/04/23 - 2009/04/23
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ソフィさん
2009年4月23日(木)
大阪と高野山は、南海電鉄が結んでいる。
厳密にいえば、結んでいるのは、なんば-極楽橋間の南海鉄道高野線と、極楽橋-高野山間のケーブルカーとである。
南海鉄道高野線は、最初は汐見橋から出ていた。
着工は1898年(明治31年)だから、かなり古い線である。
建設母体も、高野鉄道、高野山登山鉄道、大阪高野鉄道と名前を変えながら建設を進め、1922年(大正11年)南海鉄道と合併し、南海高野線となった。
1925年(大正14年)難波駅に乗り入れ、その後終点極楽橋から高野山まで1930年(昭和5年)にケーブルが開通、難波から高野山までが結ばれることになる。
なんば駅のホームに入ってきた特急「こうや号」は、赤い車体にクリーム色の線が入り、これからの旅の楽しさを連想させるスマートな流線型だった。
難波から南に向かって郊外住宅都市が連なり、通勤鉄道である。
しかし徐々に緑が濃くなり、県境の紀見峠を越えて橋本に入る頃には、新緑の鮮やかさが目にしみるようになる。
橋本の手前「林間田園都市駅」は、南海電車が開発したニュータウンの中心で、私の会社が設計に関係したので、開業式に参列したことを思い出す。
橋本を過ぎ、紀ノ川を渡れば線路の勾配やカーブが強くなり、山岳鉄道の雰囲気となる。
戦時中1944年(昭和19年)、ブレーキの利かない電車が坂道を暴走して脱線転覆、71人が死亡する大事故が発生した。
高野線ではさらにその翌日、別の事故で7人が死亡、翌年には27人死亡と事故が続いた。
山が深くなるにつれ、さまざまな色調に変化する緑の鮮やかさにうっとりしていると、咲き遅れた山桜や、生命力を喧伝するかの如く斜面の大木に絡んだ藤の花もまじって、山の遅い春の景色もなかなか捨てたものではない。
極楽橋で乗り換えケーブル区間に入ると、ヤマブキの鮮やかな黄色や、シャクナゲのピンクが目立つようになる。
写真が、
http://4travel.jp/traveler/katase/
にあります。
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