2007/04/25 - 2007/05/08
4455位(同エリア4846件中)
ちゃおさん
今日はチェンマイから20−30キロ郊外の町ランプーンにエクスカーションすべくステップさんに8時にホテルの迎いに来てもらい、バスセンターまで送ってもらう。
丁度ランプーン行きのバスが出るとのことで、慌ててバスに飛び乗り、中で乗車券を買ったが、100バーツ近い金額で、ガイドブックに出ていた金額とは大分違う。又バスも山間部を切り開いた本格国道を突っ切るように走り、郊外の町としては随分変だ。
しかしランプーン行きに乗ったのだから、間違いはない筈。途中一ヶ所、丘陵地帯にある象パークに停車し、何人かの乗客が下車したが、後はノンストップで町に向ってまっしぐら。1時間ほど乗車して漸くバスセンターに到着。早速インフォーメイションでガイドブックにある観光場所を聞くが、どうも話が合わない。
色々確かめて、この町はチェンマイから100キロほど離れたランパーンという町で、ランプーンではないことが判明。漸く話しが合わなかったことを理解する。
ランプーンもランパーンも似たような発音で、丁度隣り合わせにある横浜と横須賀みたいな違いで、日本人には明確に区別がつくが、外国人の中にはその発音の区別ができない国の人もいるかも知れない。似た名称の都市が二つあるのを知らずについ慌てて飛び乗ったのはうかつだったが、確かこの町は戦前のラワン材輸出で栄えた町で、町の中に当時の面影が残っていて、イギリス商人、インド商人等の豪勢な屋敷が今でも残っている、とのこと。
街中へ一歩足を踏み出したが、ガイドブックにも出ていない街、どこをどう歩いたら良いかも分らず、バスターミナルの周辺を一巡し、そのままランパーン行きのローカルバスに乗り込む。
朝来た国道を再びUターンで引き返えすという馬鹿みたいな話しで、色々外の景色を見ていると確か一昨日もスコータイからチェンマイに来た時に通った道路である。しかし今日のこのバスはローカルで、二つの町の間にある小さな集落の中まで入っていって、乗客の乗り降りが絶えない。
タイは日本と違ってバスが健全に利用活用されているようだ。小1時間ほどでランプーンの町に入り、バスセンターで大勢下車するが、チェンマイまで行くこのバスはそのまま街中まで入りこみ、目的の「ワット・プラタート・ハリプンチャイ」前で下車する。
ランプーンはチェンマイが開かれる以前にモン族によるハリプンチャイ王国が栄えた土地で、街は歴史を感ずるというか、歴史の長さ故の雑然さが目立つようだった。
しかし街の中心にあるこのワットは全体が黄金色に輝き、他の町のワットと比べても特に華麗で、昨日のドイ・ステープに勝るとも劣らない華美さである。
又参詣客もドイ・ステープ以上に賑やかで、しかも外国人は当方一人で、他は全てタイ人。ひょっとしてモン族の末裔かもしれないが、大勢のタイ人がそれぞれお花を買い、2Lのペットボトルに入った香水を買い、本尊を囲むようにして祀られている各仏像にその香水入りの水を降りかけている。
ソンクラーンのミニ版かも知れないが、日本でも各地のお寺で、菩薩像、観音像に水をかける風習がある。遠くインドの潅仏会(お釈迦様の誕生祝い)の風習が各地、各国に伝播しているのだろうか。
宗教心の余りない当方も真似をしてボトルを1本買い、タイ人に混じって各仏像に香水を振りかけ、1周する。みな何に感謝し、何を希求しているのだろうか。当方雑多な雑念の中で到底救済されるような資格の無い人間と思いつつも、真似事の合掌だけは繰り返し行った。
門前町、寺社町は日本の各地でも見られるが、このワットの門前には、各種各様の出店が集まってきていて、食べ物屋は勿論のこと、一般の生活雑貨から今日の食材、子供の玩具から宝石店まで、多様な品揃いで、多くの買い物客で賑わっている。
多分タイの夜店の最初の形は、こんな風に雑貨店の集合体が商店街を形成し、その後観光化していったのではないか、とも思ったりした。
果物など特に安く、ドリアン、マンゴーなど食べ放題の値段。手、口が汚れるのを厭わず立ち食いするが、地元の人に混じっての買物に多少のタイ語を交え、相手も外人と知ってか、何回も同じ言葉を繰り返し言ってくれるので、思わぬ勉強にもなった。
お参りしてからの家族の楽しみ、買物と食事。このお寺は7世紀頃創建されたと言われるが、1000年以上に渡って、人々はこのような信仰の中での愉悦を体験してきたのだろうか。外国人の全くいない雑然とした門前市ではあるが、本当のタイ人の幸せを見たような思いがした。
ワットを出たところに国立のハリプンチャイ博物館があるが、客は誰もおらず、受付の男性が半分居眠りをしていた。スコータイの博物館と同じ様な陳列で、仏像彫刻を中心とした中で、特色を出しているようだ。
タイ民族がこの地に進出してくる以前は、この地はカンボジアの王権で、もっとそれ以前はインド系、即ちヒンドウが移住してきていたようだ。紀元前後の頃のことである。
海を渡ってインド人は早くからこの地にやってきていたようだ。
しかしこの地がインド亜大陸のようにならなかったのは、インドからは海を隔てて余りにも遠く、インド亜大陸であったようなそれ程多くのアーリア系が進出して来なかったことと、一方で中国とは地続きで、中国の影響力を全く排除することも出来なったことのようにある。
2000年前の地政学(Geo-Political Power)リスクは、現代まで連綿として引き続いているようでもある。
カンボジアとラオス、ミャンマー(ビルマ)との干渉が交互に繰り返され、少数民族は追いやられるか吸収されるかし、7−8世紀、漸くモン族がヒンズー経の影響のある上座部仏教を中心に独立国として自立したが、それはチェンマイを拠点とするタイ民族が打ち立てたランナー王国に先んずること500−600年も前のことだった。
多民族国家のタイには民族間の差別・被差別は無いように見え、このモン族を中心とする町、モン族が多く帰依するこのワットに参詣する人々もその末裔に違いないが、他の地域のタイ人と変わらず、この地において五族協和・王道楽土を見出し、具現し、今を楽しんでいるかの如く感じられた。
< 古き民 御法守るや 1000余年 >
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