2007/04/25 - 2007/05/08
4427位(同エリア4810件中)
ちゃおさん
スコータイ遺跡公園脇にラムカムヘーン大王を記念した国立博物館があり、クーラーの良く効いた館内を一巡する。
タイ国人の心の古里スコータイは、遺跡公園を巡るだけで充分であったが、尚更なる期待もあった。大体が仏像を中心とした構成であったが、この国が幾多の戦乱を経て現在に至る過程がよく理解できた。
タイは島国の日本とは違って矢張り大陸国なのだ。有史以前からの民族の移動、覇権の変遷、カンボジア、ビルマの干渉、占領。
タイが漸く民族の統一と独立王国を樹立したのは、今から僅か800年前の事に過ぎない。それ以前の彼等には書物に書かれた歴史はない。民は数千年に及ぶ桃源郷を享受してきたのだ。歴史も宗教も経済も必要ない。それ等を超越し、人は今生き、明日を生き、平和であれば何もいらない。
人間の智慧と欲が争いの元凶になる。一度智慧を得た人間はもう後には戻れない。700年の戦乱を経て、タイは今再び1000年の平和を取り戻しつつあるようにも見えた。
一旦路線バスで新市街のバスセンターまで戻り、センター内レストランでの簡単な食事、「バーミー」と言ったから多分通じたのだろう、中国のラーメンに似た栄養満天の緬を昼食に食べ、これから約4時間チェンマイへの高速バスの旅に出る。
スコータイからの北部地方は一体に山が多く、途中山間部も進む。しかし日本の様に尖った山はそれ程多くなく、全体に丘陵地が多く、やや高原状の草原を進む。
従って地平線の遥か彼方に山影は見えても、全体が広大な平野であることには昨日までの列車の中から見た光景とそれ程の違いはない。地勢学上タイは日本の1.7倍の広さに過ぎないが、実感は日本の数倍の広さである。平野、平原の多い為か。
広大な未開発地があり、これ等を十二分に開発すれば世界の人口が仮に100億人になっても、食料生産は充分に賄えるのではないか、と思える程の包容力があるようだった。
タイが世界の一流国になれないのは、彼等の人生に向う考え方の違いがあるに他ならない。今の状態で充分であれば、何も苦労して一流国になる必要など無いのだ。成ろうと思えば、いつでも成れるのだ。これだけの遊休土地、潜在能力を有しているのだから。
日本の1.7倍の土地の中で、日本の約半分強の人口、6千万人。これで豊かでない筈はない。冷房の快適に効いたバスの中でまどろみながら、外の光景に見とれ、且つ眠り、夕刻6時、バスはいつの間にかチェンマイ・バスターミナルに到着していた。
ツクツクの雲助運転手は旅行者を目敏く見つけると、直ぐにも寄ってきて行き先のホテル名を聞きだし、高額な料金を吹っかけてくる。今晩のホテルは「ランナビユー・リゾート」。
又々名前にリゾートがついているから郊外とは予想できるが、最初から300バーツと言ってくる。そんなバカな。今年の正月チェンマイに1ヶ月滞在した高橋さんからはこのホテルはランナホスピタルの近くにあり、町の郊外にあるが、街からはそれ程遠くない、と聞いている。
こんな雲助は最初から相手にせず、バスセンター前に幾つか並んでいる食堂に入る。他の人が食べているお皿を指差し、同じものを注文する。ビールだけはどの街に行っても通じるから簡単だ。
ビヤ、ビールは既に世界共通語になっている。しかしバンコクでは余り見なかったハエがこの街では多い。食べている最中から更に寄ってくる。地元の人は素知らぬ顔をして食べているので、ハエ位では心配ないのだろう。単に気持ちのだけの問題なのだろう。
何か名前も分らないが中々味の良いチェンマイの皿料理を食べ、さてツクツクとの再交渉。今度の相手には多少のタイ語を混ぜ、当方タイは素人ではないことを見せつけ、50バーツを提示。しかし相手も当方が日本人と知ってか、結局100バーツで行ってもらうことにした。
走ってみると確かに近距離ではないが、それでも100バーツは取り過ぎ。タイ人なら精々50バーツが相場だろう。まあ外国人につき、贅沢税と諦めるしかない。
ホテルは郊外と言っても環状道路を出た直ぐのところにあり、リュックが無ければ歩いても20−30分で市街地まで行けそうな距離。住宅地にある5階建てホテルで、リゾートと銘打ってあっても玄関回り位で、後は普通のホテルと変わらない。
しかし驚いたのはホテルの前の大きな池に日本の錦鯉が何百尾も泳いでいたことであり、大きさも色合いも日本のそれと引けを取らない、否むしろ凌駕するくらいの美しさだ。池の水も透明に澄んでいて、湧き出る噴水で循環している。タイ人の中にもこんな日本趣味の人がいることを新発見。
5階の部屋からは山並が真近に見え、この町が山に囲まれた場所にあることが良く分る。部屋は北面しているので、今見える山の先にはチェンライがあり、更にその先には山岳の少数民族の集落があるのだろう。
麻薬の一大産地、ゴールデン・トライアングルもその辺りにある筈だ。山に向かって広がる住宅地の夜の帳を眺めながら、タイの歴史、スモッグに苦しむというチェンマイの町並、人々の生活、日本のこと、これからの事等々想いながら、タイ第二の大都市の住宅地に夜がふけていくのを見続けた。
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今から70年程前の昭和の初めまで、チェンマイは「チェンマイ王国」という独立国家(タイの保護下)であったが、昭和12年ごろ、即ち1937,8年ごろ、タイ王国に吸収合併された。
当時の世界の趨勢にならい、タイ王国も又、西欧、日本の動きを見つつ、半属国のチェンマイ王国を自国領土に併合した。
戦後、台湾、朝鮮は日本から独立したが、タイに於いてはその後も一国の融和が図られている。
タイの問題は南部マレー半島のイスラム分離主義者である。 -
古都チェンマイには有名寺院が数多くあり、世界中からの観光客も集まってきている。
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建物の上部が雷で破壊され、そのままの姿で残されている「ワット・チェデイ・ルアン」。一時この寺院にはバンコクの「ワットプラケオ(王宮寺院)」に安置されている「エメラルド仏」が保管されていたこともある。
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現在も修復が続けられているが、元の王宮寺院だけあって、芸術性は豊か。
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「ワット・チェンマン」。元チェンマイ王、「メンラーイ王」の宮殿であり、チェンマイでは最も古く由緒ある寺院。
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「ワット・プラ・シン」。チェンマイで最大の寺院。
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