2008/08/11 - 2008/08/11
3478位(同エリア4109件中)
離島民さん
唐人屋敷を跡を見た後は、そのまま歩いてオランダ坂へ。
この辺りに来ると、今度は洋館があちらこちらに。
東山手12番館などを見学して、グラバー園の近くへ。まずは旧香港上海銀行長崎支店記念館へ行ってみた。
ひょっとしたらと思ったけど、ATMは置いてなかった。
大浦のこの辺りは昔、上海の外灘のようだったそうな。今では埋め立てと再開発でその名残はほとんどないのがちょっと残念な気も。
-
この辺りからかつての居留地となります。
-
C.M.ウィリアムス宣教師館跡。
-
右手には活水学院。
-
居留地境石標柱。
-
三角溝。「オランダ溝」とも呼ばれているそうです。
-
今下ってきた坂を振り返ってみました。
-
英国聖公会会堂跡
-
東山手十二番館へと向かいます。
-
東山手十二番館(旧居留地私学歴史資料館)。
-
旧斉藤邸。東山手十二番館の隣にあり、明治35年(1902年)以降に建築されたものなのだそうです。現在は活水学院同窓会館。
-
旧藤馬邸。十二番館の付属屋。
-
こちらが東山手十二番館の本館。明治元年(1868年)に建造された東山手居留地に現存する最古の洋館。元々は旧ロシア領事館、そしてアメリカ領事館、メソジスト派の宣教師住宅として使われてきたのだそうです。
-
アブラゼミ。ちょっとぶれてしまいました。
-
建物の外周にある屋外回廊が何となくコロニアル調な印象。
-
もう少し時間があったら、のんびりとベンチに座っていたかったのですが。
-
こちらにも別の蝉が。
-
東山手十二番館から活水学院前を通って坂を下りてきたところに「オランダ坂」の石碑が。
-
湊会所跡。湊会所は安政6年(1859年)に設置された貿易や外交に関する事務を行っていた役所。文久3年(1863年)に長崎運上所、さらに明治6年に長崎税関と改称されたそうです。
-
大浦東山手居留地跡。まさに今歩いてきた辺りのことです。
-
オランダ坂の切り通し。かつてはもっと狭かったそうです。
-
旧長崎英国領事館の裏手。表通りにある本館建物は現在は保存改修工事のため、入館できませんでした。
-
レンガ造り2階建ての建物と、木造2階建ての附属屋はかつて領事館の職員宿舎だったそうです。
-
こちらでも懐かしい円筒型のポストが。
-
100円自販機。
-
南山手の方へやってきました。ここにも居留地時代のものと思われる石碑が。
-
長崎全日空ホテルグラバーヒル前です。
-
四海楼。明治32年創業の長崎ちゃんぽん元祖の店です。残念ながら先ほどちゃんぽんを食べてしまったばかりなので、ここでは食べませんでした。
-
「わが国ボウリング発祥の地」。
-
次の目的地の「旧香港上海銀行長崎支店記念館」が見えてきました。
-
そういえばカステラも名物でした。
-
「旧香港上海銀行長崎支店記念館」の中へ入ります。こちらはカウンター。
-
一階奥から入り口の方を見た様子。当然ながら現在は営業していません。
-
香港上海銀行は明治25年(1892年)に長崎に支店を開設。この建物は明治37年(1904年)に建てられたものなのだそうです。このベランダの雰囲気などは上海や香港、東南アジアの植民地建築の雰囲気に似ています。
-
目の前は長崎港。
-
対岸には三菱重工業長崎造船所が見えます。海上自衛隊のイージス護衛艦あたご(DDG-177)とヘリコプター搭載護衛艦くらま (DDH-144)の姿が。
-
記念館の中で見た古い写真では大浦海岸通り沿いには規模は小さいですが、上海の外灘のように立派な洋館が立ち並んでいたようです。今では埋め立てが進んでしまい、その雰囲気は見られませんが。
-
「南山手居留地跡」、「長崎電信創業の地」、「国際電信発祥の地」。長崎にはこのような石碑がいたるところにあります。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
37