2008/09/13 - 2008/09/21
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アルデバランさん
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<9月16日午前 霞村の白亜の永康楼>
承啓楼での土楼2日目の夜は散散だった。
夜中の2時過ぎにプーンと言う音に目が覚めてしまってからは、
暗闇の中で蚊を追うが、敵もさるもの狭い部屋ながら高低を利用した波状攻撃で
眠らせてくれない…
部屋にある唯一の小さな窓を閉め忘れたのが失敗の元だった。
昨日の福裕楼がはやくも懐かしくなってきた。
ということで今日の泊まりはまた福裕楼に行って見ることにした。
ダメなら民俗文化村入口の背包客驛站の土楼餐館もある。
土楼参観3日目の今日の予定は、昨夜夕食の時にリーさんと打ち合わせした。
今日は昨日とは逆方向の洪坑の永定土楼文化村から西南方面を攻めることに…
初渓土楼群と南渓土楼群で結構な距離になりそうだ。バイクの悲しさか、
是非行きたいと思って、福裕楼の林建民君からも情報を入手してあった
岩太村の巨大な円楼の福盛楼へはリーさん曰く「とても無理だ」
「そんなに遠いの?」「遠い!遠い!60?もある」と言う。
道すがら「停車」指示を出しすぎたようであの調子では無理だと言う。
今日はたった2つの土楼群か…と思い、では余裕があったら途中の下洋鎮にあるという温泉でも入るべーかと言うと、
リーさんの目が輝いて「それがいい!それがいい!」ときた。
岩太がダメで温泉ならいいとはどういう事じゃ…
後でわかったが時間的、方向的に岩太に行ってしまうと、南渓土楼群全てが犠牲になるリスクがあった。
リーさんは約束どおり今日も7時にやって来た。
では、まずは一番遠い初渓に向かってGO!
その前に、荷物は途中のリーさんちに預けることに…
-
承啓楼の宿泊した部屋。
裸電球が侘びしい宿泊した何も無い我が部屋だが、
廊下側の窓は無双窓になっていて洒落ている。 -
蚊が入ってきた憎たらしい小さな窓から外を眺める。
賊が攻めてきたらここから弓矢や鉄砲で反撃したのか…
意外に視界が狭い。
手前の小屋は承啓楼のトイレ。
そして、高頭郷の集落。 -
走馬廊と呼ばれる各階の内側をぐるっと走る廊下。
承啓楼の場合走馬廊の内側は欄干ではなく
一段高くなっており、地袋のような物置がありその上は歩けるようになっている。 -
そしてこの地袋のような物置が重要であり、ここには大きな甕が…
夜中等に催してきた場合はこの甕めがけて、老若男女皆
放水を行う。
我輩も昨夜、水・コーラをたくさん飲んだので、素直に宿主の指示に従ってここに勢いよく放水してみた。
どおりで、廊下を歩いていると少々ション便九歳と思った。 -
口直しに綺麗な絵を…
早朝の巨大円楼の走馬廊と
そして他でよく見る中庭の広場は3重の中堂と祖堂で埋め尽くされている。
庄重而又相関的威儀 -
では、朝の承啓楼の探検といくか…
楼道、楼梯所謂通路、階段を下りて一階に…
このあたりの造りもしっかりしている。 -
レンガの承啓楼内環。
岡田本の承啓楼1階の平面図では「家畜舎」となっていたが、
現在は水場として、洗濯場・炊事場がぐるっと一周している。
一階対面の外環側の木造部分いわゆる円楼部分が食堂・居間だ。 -
昨夜、暗闇の中で行水したのはココだったのか…
福裕楼はシャワーがあったが、ここはまだその設備はなくて
あのポリバケツでの行水だった…
汗を流せただけでもヨシとしよう。 -
おっ!
煮炊きはこのコンロでこうしてるのか。
電気コンロもあったけどここは練炭だ。 -
門庁を直進すると内環二重目に門があり、
くぐると中庭(天井)そしてその奥に祖堂が… -
都合四重の円楼で囲まれているが、二重目の内環楼の造りは変っている。
基本的に平屋だが切妻部分が高くなっており内側に小さな屋根がぐるっとまわり、
上から一見すると二重環楼に見えるが奥まで一間だ。
切妻部分は中二階の倉庫を備えている。
三重目は切妻の平屋だが内側、外側の二間で外側が家畜舎だったところだ。
内側は台所となっており朝じたくをしていた。
四重目が一番外側の円楼だ。
10年ほど前の諸先輩方の写真と比べるとまるで別な建物だ。
綺麗に整備されている。 -
承啓楼は大門以外にも左右に小さな門がある。
その門を出たら宿主の江文賢さんが天秤棒で肉を担いで営業の最中だった。 -
まだ時間があるので、一昨日行った隣の新しい僑福楼に又行ってみた。
-
自称楼主の江爺さん(江真麟80歳)が朝早くから相手をしてくれた。
現在5戸30人しか住んでいないそうで、子どもは皆優秀なんだけど外国に行って、
彼の地で皆大活躍しているそうだ。
若者たちが学帽を被って12人ずらっと並んだ写真を誇らしげに飾っていた。
オマケに台所まで案内され、朝飯もご相伴に預かってしまった… -
バス通りに出て、鍬とか鎌を担いでバイクで農作業に出勤する人たちを見送ると朝日がさす道の半分を占めて早くもモミ乾燥をしている!
昨夜、水分を取るために闇夜で水・コーラを買った店はまだ閉まってる。 -
その街道から承啓楼と世澤楼。
そして楼外のトイレは画面右端に一部が見える。
こう見ると、門から結構離れている。 -
昨夜書いた絵葉書の切手を買って投函する為に高頭郷の高北方面に行ってみた。
方楼の慶余楼と紹明楼か。
中国郵政の目立つ緑色の看板があったが、切手は扱っていなかった…
切手と言えば承啓楼というように有名な1元切手があるのだが、どうやら現地では手に入らないようだ
残念… -
承啓楼に戻った所で、予定通り7時にリーさんがやって来た。
土産物店で2,3の冊子を購入。
店の主は江勝安と名乗って承啓楼の楼主だと言っていた。
アチコチで楼主に出くわすが… -
さあ、今日は西方面に向かって出発だ。
その前に今日はまた福裕楼に泊まるんで、ザックはリーさんちで預かってもらうことに。
そして、洪坑の民俗文化村の前の街道を永定方面に川沿いを下ってゆく。
湖坑鎮か、最初のちょっとした街になったところで郵便局に寄ってもらい、切手を買って絵葉書を投函。
事務員は日本までの切手代が分からなくてさんざ時間がかかった。
4.5元だと思うけどと言っても信じてもらえなかった…
承啓楼の切手は無かったが文化村の奎聚楼の切手があった。 -
周りは田んぼで所々で稲刈りをしている。
福建省永定県における稲作事情を観察する為に、畦道を行くと
やってる!やってる!稲刈だ。
か、かなり雑に刈ってる… -
そして、こちらでは刈った稲をこいでいる。
と言うより、叩いて穂を落としている。
足元は相当な湿田だ!
観察に夢中になりバランスを崩して土手から下の田に…
く、靴の中までズッポリ埋まってしまい、稲刈の農民に助けられる。
ズボンまで泥だらけだ… -
次の街の大渓郷で道路から見える大きな方楼に寄り道してみた。
鎮江楼とある。 -
中では人が大勢寄っており、何かナーとよく見ると、葬式だった…
帳場では忙しそうになにやら封筒を作っていたが、一人にこやかな人が…
壁には事ここに至る経過から葬儀の日程が張り出されていた。 -
更に街道を行くと大きな交差点に出た。
岐嶺の街だ。
直進すると永定、右折すると龍岩、左折すると下洋、中川、梅州市だ。
バイクに乗りながら果物屋でザボンをチェック…
帰りに買おうっと。 -
あっ!また稲刈してる…
今度は先程より効率的な足踏み敷きの脱穀機だ。
懐かしい!
このあたりは穂のままはさ掛けして天日に干すのではなく、脱穀してから干すんだ。 -
下洋鎮に近づいてきた。街道からも、方楼が点々と見える。
一寸寄りたい気分だがリーさんは気がつかないフリをしてバイクを飛ばす。 -
下洋鎮に着いた。ここ、3日で一番大きな街で、商店街も活気がある。
これまでの街道を左折して、山の方向に向かう。
承啓楼から50キロ近く移動した事になる。 -
岡田本その他では初渓土楼群の途中、下洋から4キロの月霞村にも永康楼という白亜の円楼があるという。
でも着いたのはただの霞村。月は何処へ行ったのだろう。
霞村、霞村…
まさか、あの丁玲の霞村じゃないよね…
たまーに見かける、看板のパチンコ屋のパの字が何処かへ行ってしまった方式でもなさそうだし… -
白い土楼がそこここに見られる。
徳輝楼。縦横にラインが入ってアクセントになっている。
ここで、面白いことに気付いた。
大門の左右の文言の頭一字で楼名を表していることだ…
この後、訪れる土楼も例外はあるものの楼名を使って文字を表している。
この「対聯」時々例外はあるものの結構な確立で楼名だ。
そのような慣わしなのか… -
吉康楼。
ここは庭を凄く綺麗にしていた。
結構お金持ちっぽかった。
覗くと人が出てきたので「見せてください」とお願いすると
「ああ、いいよ」という事だったが、大きな犬が出てきて
飛び掛らんばかりに吠えまくったので、とても近づけない… -
永強楼。ここは犬はいなさそうだ…。
門前の猫の額ほどの畑でノンビリ、バナナの葉を使ってなんかしている。
それにしても先程の犬はまだ吠えている。
怪しい者じゃないって… -
こちらは、永星楼。
名前が綺麗だ。
良く見かけた5間タイプの方楼で最小型だ。
5間なんで、中は非常にコンパクト。1,2戸しかいないのだろう。 -
街道沿いに堂々と建つ永盛楼。
軒下のカビが一寸目立つが、煤煙口や泥はねによる汚れはほとんどない。 -
その他にもいろんな形の所謂、アチラの言葉での単体的泥土版築楼房が沢山ありました。
-
そして、永康楼。
アチコチにあるような名前で、塔下村にもあった名前だ。
しかし、ここのは白い小型円楼で非常に美しい。
1938年竣工だから中華民国時代だ。 -
階段も凝っている。
外壁だけだと思ったら中も泥土部分は丁寧に漆喰で白壁にしている。 -
会話は筆談でするも、簡体字のためよく分からない…
以外にも4戸21人しか居ないとのことだ -
永康楼の一番の売りは、梁等に施された彫刻だろう。
花鳥風月、古代人物等が精微にしてしかもユーモラスにアチコチに施されている。
見上げて細かな所とか人物とかを見ていると、首が疲れてきた… -
永康楼の隣に立つ永隆寨。
こちらは特に目立った彫刻は無かった…
廖兄弟20,19才。
こんな所で昼日中なにやってんねん… -
まだまだ、ありまっせ。
3間の小さな方楼。永徳楼
こちらは一寸大きな光復楼。 -
そして、道は山道にさしかかりくねくねカーブを峠目指してドンドン上る。
-
おーっ!だいぶ上った。景色も良くなった。
先程通った月流村だ。
岡田本に載ってる日の字の土楼が見える。
「りーさん、あのでかい方楼寄らなかったじゃあ…」
「では、帰りに寄ります…」という事で一安心。 -
更に上って見下ろすと、見事な棚田が眼下に広がる。
そして二座の土楼が。
土楼はさらに山の中腹から奥に点々とつづく。
田の中に削ったようにあるのは墓だ。 -
峠を越えた山中にも土楼はあった。
青空と赤い壁のコントラストがなんともいえない、その名も紅陽楼。
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