2007/06/16 - 2007/06/17
577位(同エリア941件中)
松村博司さん
萩城下町の探索をスタートした私たち。
時間があまりないので木戸・高杉両家の見学のみで早々立ち去る予定だったのですが・・・
さっそく引っかかってしまった^^;
円政寺見学スタート!
県下最大の石灯籠。
日本最大級の大鏡。
高杉晋作、
伊藤博文ゆかりの品。
見所満載!
てな訳でゆっくりしすぎました。
急いで次へ向かいましょう!
挫折禁止(松村博司の貧乏旅日記)
「水月の長州、蛍と歴史の旅」
http://bonkuraii.blog56.fc2.com/blog-category-42.html
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 自家用車
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再び車に乗り込み城下町へ。
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あれはいったい何なんでしょうか?
気になる^^; -
そして看板発見、合同庁舎もありまさに中心街。
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で、見つけたのは中央公園の無料駐車場。
私たちは運良く駐めることが出来ましたがシーズンの休日などは駐めるのが難しそうです。 -
歩くには遠い距離ですね、車だとあっという間ですが。
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おみやげ屋さんや公衆トイレなどもあります、なかなかいい駐車場をゲットしました。
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時間は2時20分。
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この後の予定として松陰神社と東光寺があります。
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時間が許せば吉田松陰や山県有朋の生誕地、伊藤博文の旧宅、萩城も回りたいのですがさてどうなる事やら^^;
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時間との戦いですね><
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ゆっくり見学させてくれと言うトド君の悲鳴が聞こえてきますが・・・黙殺!
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しかも当初予定の無かった場所を発見。
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円政寺、まるで吸い寄せられるように中に入っていったとさ^^;
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拝観料は200円。
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元は大内氏の祈願寺だっただったそうですが、毛利氏と共に萩に移転したそうです。
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高杉晋作や伊藤博文の幼少の頃の遊び場や勉学の場だったそうです。
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日本一の石灯籠、理由は3億円の値が付いてるからだそうです。
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彫刻が沢山彫り込まれていますが、この石灯籠の大きさは県内最大とのこと。
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三億円ってなんでも鑑定団にでも鑑定してもらったのだろうか^^;
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ここは現在もなお神仏配合という珍しいところです。
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てなわけで金比羅社殿となります。
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ちなみにこの天狗、幼少の晋作が度胸付けのため、何度もつれてこられたというお面です。
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そしてこの本殿、干支の彫刻が彫り込んであると言うことで・・・
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わかるかな〜?
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水戸黄門のドラマで登場した狛犬だそうです。
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ほかにもここは博文が11歳の時から1年半、預けられていたそうです。
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晋作や博文が遊んだと言われる神馬です。
平成16年にNHKのクイズ番組でも登場したらしい^^; -
そして今度はお寺の部分。
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本堂です。
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なんだかいろいろなものがあるお寺ですね。
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古井戸、飲めませんって注意書きがありました。
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そして社宝、大鏡です。
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鉄のオークションで危うく売られそうになったところを間一髪で免れたそうです。
なんのかんので見所満載で結構おもしろかったです。
てか、次行こう、次。
次は桂小五郎の誕生地だ! -
円政寺を出てすぐの所に今度は蘭学者の青木周粥宅発見。
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1秒ほど考えて結論出ず、ちょっとのぞいて・・・撤収!
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で城下町に来た本来の目的パート1に到着!
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桂小五郎こと木戸孝允生家です。
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維新の三傑の一人と呼ばれる維新志士ですね。
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今更説明する必要もないでしょうが長州正義派の藩士で
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吉田松陰の弟子の一人です
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志士時代、闘争を徹底的に避けていたために逃げの小五郎と揶揄されていました。
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坂本龍馬の仲介により犬猿の仲だった薩摩と同盟を結ぶことに成功。
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毛利・長州藩260年の悲願だった倒幕を実現するに至りました。
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明治維新政府では総裁局顧問専任。
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実質的な初代宰相として廃藩置県や市民平等など次々と改革を打ち出していきました。
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まじめな性格だったようで必要以上に苦労を背負い込んでしまい、悩みが耐えなかったそうです。
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謎の脳病により1877年5月26日に息を引き取っています。
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妻、松子と共に京都霊山護国神社にお墓があり、4月にお墓参りに行ってきました。
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その時の様子は京都・梅小路SL館の旅にて紹介しています。
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よかったら見てやってください。
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ざくっと説明すればこんな人です。
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この家には1833年、長男として誕生以来20年を過ごしています。
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父は長州藩医、和田昌景。
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桂家に養子に行って以来、桂小五郎を名乗るようになりました。
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17歳で吉田松陰の門下生に。
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以後、桂小五郎と吉田松陰は師弟でありながら親友であったとのこと。
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・・・写真が終わってしまったw
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志士時代、徹底的に闘争を避け血の気の多い志士達をなだめまとめ折衝役を勤めたわけですが、維新を成し遂げ新政府が樹立すると今度は熾烈な権力闘争が繰り返される明治政府内でこれまた調整役として必要以上の心労を重ねていったようです。
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なんとうか。
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何となくわかるような気がするというか親近感が沸くというか^^;
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でも私の場合、立ち回りがヘタなのでいつも気が付けば混乱の真ん中にいたりすので;;
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結局、収集着かず全部私の責任になってに途中で投げだしてしまう駄目人間です><
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私のように損な役回りだとつぶやくか、桂小五郎のように火中の栗を拾っていくのか。
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わたしゃどっちもいやだよ;;
ただ穏やかに。
爺くさいといわれようともそれだけが望みです・・・
つづく・・・><
(てかなんて終わり方だ・・・^^;)
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