2007/12/30 - 2008/01/09
30位(同エリア43件中)
ちゃおさん
タイ語で「国民党」のことを「ก็กมินตัน」(コクミンタン)と言うが、これは中国語(北京官話)の「Kuomintan」からきている言葉で、元々は中国内戦時に蒋介石が率いた「国民党」から由来しているものである。国共内戦に破れた国民党の大半は台湾に逃れ、今は外省人として台湾の政治、経済、文化をリードしているが、同じ様にその一派が雲南の山を越えて、この地に逃れ、元々この地に生活してたアカ族他の山岳民族を押しやり、この地に中国人主体の町、メーサロンを建設し、今に至っている。
現在のタイ語「ก็กมินตัน」(コクミンタン)は政治形態、政治パーテイの「国民党」から離れ、これ等流入中国人の子孫をさす、「人種」の意味になっている。従って現在の「国民党」は「カレン族」「アカ族」等の少数民族の名前と同じ様に使われている。
この地に来て、彼らのことを特別に「国民党」と呼んだり、又自分自身に誇りを持って「国民党」と自己紹介する理由は何か理解できるような気がした。
内戦により国を追われた数万人単位の中国人は、或いは国民党軍団は、山を削り、道を作り、田畑を開墾し、この未開の地に彼らのユートピアを建設し、数十年間誰からも侵されないシャングリラの生活をしていたが、近年交通網の発達、電波の浸透、人物の流通等により外界に開放され、自分のような訳の分からない者まで入りこんできている。町の古老にしてみれば情けないことかも知れない。
町を歩くと漢字があちこちに目立ち、一瞬この地がタイの一地方であることを忘れるが、それでも二代、三代目に差し掛かっている若者は、タイとの同化が進み、早や漢字も忘れ、中国系タイ人との見境はつかなくなっている。
台湾との交流というか、台湾政府からの経済的援助は旺盛で、学校、施設、道路、その他、多くの場所で台湾暦、即ち辛亥革命を年初とする中華民国暦が麗々しく打刻されていた。従って、現在この町では2008年でもなく、タイ暦の2551年でもなく、民国86年である。
町の中にはお茶の土産物屋が良く目に付く。見ると、玉露、烏龍、茉莉花、ガンピ、緑茶、等々、日本で売られているお茶と同じように多種類が売られていて、値段も同じ様にピンからキリである。それだけ需要が多いということで、観光客も必ずどれかの銘柄を買っていくようだ。
どれにしようか品定めしていたところ、1台のマイクロバスが止まり、見ると今朝ワット・タトンでお世話になったバンコクからのお客さんの一行。この時は時間が無いらしく、少し停車し、窓越しに挨拶を交わしただけで、マイクロバスはそのまま行ってしまった。
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この町には中国人「国民党」子弟を教える学校もある。段基文将軍はこの町の初期の頃の建設者の一人。
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台湾の援助により建設された博物館前に建っているゲート。中国風というよりかどこと無く台湾風。
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街中にはお茶の販売店が数多くある。中国人のお茶好きがこんなところにも現れている。
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お茶の銘柄は多種多様。僕は安いウーロン茶を200バーツで買った。
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この町の主な中心は二つに分かれていて、ツーリストセンター、警察、銀行支店(1箇所あり)近くの商店、土産物店。
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何やら古老の書いた中国文字(漢字)。老人の写真をお願いしたら、20バーツ寄越せと言われたので、文字の塀だけを撮影した。
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何かの集会が終わった後の中国系住民、お偉方の面々。皆、黒のスーツでピシッと決めていた。
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タイ人の運転手か使用人も混じっている模様。
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警備に当たっているのはタイ人の兵隊か警察。
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