2018/06/01 - 2018/06/10
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タヌキを連れた布袋(ほてい)さん
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「1949年に国共内戦に敗れた国民党軍の一部は陸路雲南よりビルマ(シャン州)に侵入し,CIAの支援のもとで李弥将軍の指揮下に「雲南反共救国軍」を組織し,数次にわたり雲南省への再侵攻を試みている。この「反攻大陸」の試みが失敗した後も国民党軍は1950年代を通じシャン州の山地を支配し,周辺の山地諸民族を従えて阿片の生産・流通を独占していた。この阿片は陸路タイ国境へと運ばれ,同じくCIAの武器援助を受けたパオ警察局長指揮下のタイ国家警察とのあいだで阿片と武器の交易が行われていた(ただし当時のピブン政権のもとでは,こうした関係は公には秘匿されてきた)。」
「国民党軍によるシャン州占拠に業を煮やしたビルマ政府は,1960年11月より中国共産党政権との共同による掃討作戦を開始する。その結果,国民党軍は台湾への送還を余儀なくされるが,そのうち李文煥将軍の第三軍および段希文将軍の第五軍は送還を拒みタイ領内へと移住し,それぞれチェンマイ県のタムゴップとチェンライ県のメーサロンに司令部を置き根拠地とした。」
「ようやく1967年から1970年にかけ,中華民国政府(台湾)とのあいだで国民党兵士の移送問題について交渉が行われるが,これも最終的に李文煥,段希文両将軍の移住拒否によって成果を見ぬまま終了している。」
「国民党軍に対する1960年代のタイ政府の対応は,こうした腫れ物にさわるかのような対策(無策)に終始したといってよい。公式には「招かれざる客」であっても,反共武装勢力による国境占拠は,防共上の観点からは歓迎すべきものですらあった。リントナーは当時のこうした関係について,タイ政府にとって国民党軍の存在は「非公式の国境警察」であり,阿片密輸の黙認がその報酬であったと指摘している。」
「CIA によれば,1966–67年の時点で国民党軍が占拠していた北部国境は総延長75マイルに及ぶとされていたが,シャン軍指導者が1971年に行った説明では,国民党軍による阿片業者からの「通行税」 徴収は,メーサイからメーホンソーンに至る国境線のすべてに及んでおり,シャンの隊商は国民党軍に「通行税」を支払わずにはタイ領内への入国が不可能になってさえいたのである。」
「タイ政府と中華民国政府との外交交渉が1970年に終結するに及んで,李文煥,段希文の両将軍は最終的にタイ国への定住を希望する旨を明らかにし,難民身分としてタイの国法に従うという考えを表明している。またこれにあわせ,彼らはタイ国軍に協力してタイ共産党軍と戦う意志のあることを申し出ている。 これを受け,タイ政府の国民党軍に対する処遇は,単なる黙認から積極的な活用へと転じていく。そのひとつの理由は,タイ共産党のゲリラ活動が1960年代後半に急速に激化したためである。共産主義をあくまで外敵の脅威としてのみ想定し,自国内のゲリラ戦対策を怠ってきた軍部にとってこれは予想外の事態であり,そのことが山岳戦に長じた国民党軍への注目を促すこととなった。」
「政府は1970年10月の閣議で国民党軍兵士とその家族を難民として認知し,国軍最高司令部直属の「04指揮部」の監督下にタイ国内での居住を認める一方,その代償としてタイ共産党軍の勢力の強いチェンライ県東部(パータン)への一部国民党兵士の入植を決定する。このパータンでの剿共戦後に国民党軍は04指揮部麾下の『泰北山区民衆自衛隊』に改組されることになる。」
「なおこうした一連の作戦により,国民党軍の支配する国境線は1980年代初頭にはむしろ拡大している。これは従来西部ビルマ国境を支配していた国民党軍が正式に定住を認められ,さらに東部ラオス国境の剿共戦にも参加するようになったことの当然の結果である。」
片岡樹,2004年9月「領域国家形成の表と裏-冷戦期タイにおける中国国民党軍と山地民-」『東南アジア研究42巻2号』より
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 4.0
- 交通
- 2.0
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ある日,ドイ・メーサロンに行ってみようと思ってチェンライでレンタカーを借りた。保険料込みで1500THB。
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とりあえず国道1号線をメーサイ方向へ走り出す。
チェンライ空港を過ぎて,30分ほど走るとメーチャン(Mae Chan)の街に入る。 -
メーチャンを通り過ぎたあたりで1130号線へ折れ,あとはドイ・メーサロンまで1130号線を走り続けるというのが大まかなイメージだ。
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1130号線に入ると「翠峰茶園(Choui Fong Tea Plantation)」の看板が目に付くようになる。
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翠峰茶園へ行くには,この標識のところでいったん1130号線を外れて脇道に入らなければならない。
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脇道(灰色の道)に入ってから4kmほど走る。看板がたくさん出ているので迷うことはない。
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翠峰茶園に到着。入園料や駐車料金などの支払いはない。
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茶畑は自由に見学させてもらえる。ただし,
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ゴミを捨てないこと
タバコを吸わないこと
茶葉を摘まないこと
飲食禁止
まあ,当然のルールである。 -
翠峰茶園は広大である。タイ最大の規模を誇る。
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遠くのほうで茶摘みをしているのが見える。
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カフェが併設されているのでゆっくり過ごすこともできる。
閑散期(6月)なのでガラガラだったが,それでもツアー客を乗せたヴァンが次々とやってくる。 -
もともとタイ人は茶をまったく飲まない人々なのだが(華人を除く),最近のアジアでは「Thai Tea」の人気が著しい。
タイの茶は今後もますます注目を集めていくのかも知れない。 -
さて,1130号線に戻って先へ進むが,しばらくするとぐんぐんと標高が上がっていく。
タイの田舎の山道は,トンネルや橋を作って勾配を減ずるようなことはせず,多少の蛇行をするだけでひたすら目的地に向かって前進する。
エンジンは常に高回転になり,途中で停まったら再発進が難しそうな急坂にも出くわしたりする。そういうときは手前の小さな下り坂で速度を乗せて一気に駆け上がっていく。 -
山の民のブランコ。
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こちらには別の型のものがある。
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ついに1130号線は尾根筋を走るようになる。
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ドイ・メーサロンの集落,サンティキーリー村が近づいたようだ。
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ゲストハウスがちらほら見えてくる。
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この辺りが村の中心部か。
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家々の玄関には,まだ春節の飾りつけが残っている。
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最近そう決めたのか,大半の家屋が同じオレンジ色のペンキを塗っている地区もあった。街並みに統一感が出て美観ではある。
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製茶場の軒先で生の茶葉を乾している。
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こちらも。
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鄙びた小さな茶荘を探してみるのだが,オフシーズンなので客どころか店番すらいない。
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結局,一番村はずれにあった茶もコーヒーも出す店に入る。
ドイ・メーサロン自体は中国茶が有名だが,周辺の山岳民族の村ではコーヒーの生産を行っている土地柄なので,どちらも出すほうが地域の特色にかなっているといえようか。 -
中国茶は80THB。茶葉を選べるということはなかったが,湯は何煎でも注ぎ足して新しい茶を作り,どんどん持ってきてくれた。
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空腹になったので何か食べようと注文したが,何もないらしい。オフシーズンの悲哀である。
結局,空腹に茶ばかりをがぶ飲みする破目になった。スイカの種でも持ってきていればよかった。 -
しかしこの店,眺望は素晴らしい。
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眼下は一面の茶畑である。
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見とれていると吸い込まれそうになって,少し怖い。茶畑との間には結構な高度差があるのだ。
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眼を転じれば,遠くにサンティキーリー村の中心部を望む。
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値段は決して観光地価格ではなく(コーヒー類は50THB),トイレも清潔。
地元の客がバイクで立ち寄ってはコーヒーを買って帰る。中国系ばかりでなくタイヤイの顔もたくさんいる。
この店の名は,店内や看板に「Yoddoi Coffee & Tea」「PANA COFFEE DOI MAESALONG」「阿美咖啡店」の3種類の表記がありどれが正しいのかよく分からない。
Google Mapでは「Yoddoi Coffee and Tea」で登録されている。
(座標:20.162536,99.648918)
そういえばチェンライ市内の新時計台塔のすぐ近くにも「Yoddoi Coffee & Tea」という店があったことを思い出す。 -
復路は新道の1089号線を通って帰る。
サンティキーリー村を出てから1089号線と交わるあたりまでは逆落としのような下り坂であった。 -
☆ドイ・メーサロンは関西でいえば六甲山のようなもの。チェンライからの日帰りでもいいし,数泊しても楽しめそう。
☆ただし,六甲山より標高は高いし勾配はキツイ。
☆サンティキーリー村では喫茶を楽しむとよい。茶の味はともかく,北タイの山奥で地場産の中国茶を飲むということに面白さがある。また,ドイ・メーサロンに行く前にメーチャンの「翠峰茶園」に立ち寄るとよい。
☆オフシーズンにドイ・メーサロンを訪れるのは早朝の六甲山上で観光をするようなもの。人がいなくて快適だし景色は美しいが,食事や買物は思うようにできない。個人的にはおすすめするが,事前準備が必要。
☆ドイ・メーサロンやその周辺に国民党(台湾)軍が住みつくに至った歴史は非常に興味深い。訪れる前にひととおりの予備知識を仕入れておくべし。
☆この周辺のエリアについて非常に参考になる日本語サイト
チェンライ J.トラベルサービス
https://www.chiangraitravel.com/
同ブログ
https://ameblo.jp/chiangraitravel/
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