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タイを旅行するようになって17年ほど経つ。北タイのチェンマイやチェンライを旅している時に、ミャンマーとの国境付近の山間に中国から逃れてきた人達の村がある、ということは耳にしていた。2013年6月に友人とチェンライを旅行した時に、泊ったゲストハウスの日本人主人に案内されて山間をドライブした。その時に山岳少数民族と中国系の人が共に暮らすメーサローンという村に寄った。何故中国系の人々がそこで暮らしているのかという歴史もその時に知った。その時は車で走りながら村の様子を見、中国の記念館に寄る位の軽い訪問だったが、いつかまたゆっくり訪れたいという気持ちは続いていた。<br />コロナ禍が治まりつつある中で、何処か旅したい、と思った時に一番にメーサロンが浮かんだ。ネットで調べてみると、メーサロンには、雲南麺餃子屋があることを知り、常日頃から中国の美味しい麺を食べたいと思っている気持ちとが結びついて、雨季が始まり大雨が続く中ホテルを予約して、3泊4日の旅行を敢行した。

Chiang Mai生活159(5月) Mae Salong紀行

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2022/05/23 - 2022/05/26

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lugu

luguさん

タイを旅行するようになって17年ほど経つ。北タイのチェンマイやチェンライを旅している時に、ミャンマーとの国境付近の山間に中国から逃れてきた人達の村がある、ということは耳にしていた。2013年6月に友人とチェンライを旅行した時に、泊ったゲストハウスの日本人主人に案内されて山間をドライブした。その時に山岳少数民族と中国系の人が共に暮らすメーサローンという村に寄った。何故中国系の人々がそこで暮らしているのかという歴史もその時に知った。その時は車で走りながら村の様子を見、中国の記念館に寄る位の軽い訪問だったが、いつかまたゆっくり訪れたいという気持ちは続いていた。
コロナ禍が治まりつつある中で、何処か旅したい、と思った時に一番にメーサロンが浮かんだ。ネットで調べてみると、メーサロンには、雲南麺餃子屋があることを知り、常日頃から中国の美味しい麺を食べたいと思っている気持ちとが結びついて、雨季が始まり大雨が続く中ホテルを予約して、3泊4日の旅行を敢行した。

  • チェンマイからメーサロンまでは約230Km。山間の蛇行した道なので、車で4時間余り掛かる。メーサロンはミャンマーとの国境付近の険しい山の中にあった。

    チェンマイからメーサロンまでは約230Km。山間の蛇行した道なので、車で4時間余り掛かる。メーサロンはミャンマーとの国境付近の険しい山の中にあった。

  • 朝チェンマイを出発して1時間ほど、チェンダオという山間の町に来た。チェンダオ山の奇形で知られている。朝食べていなかったので、ここで休憩を兼ねて朝食をとった。

    朝チェンマイを出発して1時間ほど、チェンダオという山間の町に来た。チェンダオ山の奇形で知られている。朝食べていなかったので、ここで休憩を兼ねて朝食をとった。

  • 昨日まで北タイは激しい雨が降り続き、チェンマイの町でも床上浸水のところが何か所かあるようだった。しかし、その雨も昨夜には止み、出発当日はまだ湿気は残るものの清々しい青空だった。

    昨日まで北タイは激しい雨が降り続き、チェンマイの町でも床上浸水のところが何か所かあるようだった。しかし、その雨も昨夜には止み、出発当日はまだ湿気は残るものの清々しい青空だった。

  • ドライブインのようなところで朝食。

    ドライブインのようなところで朝食。

  • 見えるのはチェンダオ山、パーイまで130Km、チェンダオ洞窟まで4Km、ドイアンカーンまで86Km、チェンマイまで70Km、ヒノキランドまで48Kmと書いてある。

    見えるのはチェンダオ山、パーイまで130Km、チェンダオ洞窟まで4Km、ドイアンカーンまで86Km、チェンマイまで70Km、ヒノキランドまで48Kmと書いてある。

  • 5月の新緑が、雨に洗われたことで、更に鮮やかさを増していた。

    5月の新緑が、雨に洗われたことで、更に鮮やかさを増していた。

  • チェンマイからメーサロンに行く丁度中ほどに、ヒノキランドという日本をテーマにしたテーマパークがある。3年ほど前に日本贔屓のタイ人が私財を投じて作り上げた広大なものだ。一度行ってみたいと思っていたが、そのうちコロナが始まり、この公園のことは忘れていた。今回メーサロンに行く途中にここを通ることを知り、寄ることにした。

    チェンマイからメーサロンに行く丁度中ほどに、ヒノキランドという日本をテーマにしたテーマパークがある。3年ほど前に日本贔屓のタイ人が私財を投じて作り上げた広大なものだ。一度行ってみたいと思っていたが、そのうちコロナが始まり、この公園のことは忘れていた。今回メーサロンに行く途中にここを通ることを知り、寄ることにした。

  • お土産コーナー

    お土産コーナー

  • 想像以上に大きな規模のテーマパークだった。

    想像以上に大きな規模のテーマパークだった。

  • タイ全土でも、こんなに日本だけに特化した大規模のテーマパークは無いんじゃないかな。

    タイ全土でも、こんなに日本だけに特化した大規模のテーマパークは無いんじゃないかな。

  • 木造の金閣寺(?)。

    木造の金閣寺(?)。

  • ひのき造り?

    ひのき造り?

  • 金閣寺の内部。

    金閣寺の内部。

  • 大きな池に、解説では5,000匹の鯉がいる、と書いてあった。

    大きな池に、解説では5,000匹の鯉がいる、と書いてあった。

  • コーヒーショップで休憩。

    コーヒーショップで休憩。

  • 中国の桂林で見られた不思議な山の形がベトナムのハロン湾やラオスのノーンキャウを通って、ここ北タイまで繋がっているように思えた。

    中国の桂林で見られた不思議な山の形がベトナムのハロン湾やラオスのノーンキャウを通って、ここ北タイまで繋がっているように思えた。

  • ヒノキランドから、曲がりくねった山道を更に2時間走り、メーサロンのAMA MAESALONGという宿に到着。ここに3泊することにした。

    ヒノキランドから、曲がりくねった山道を更に2時間走り、メーサロンのAMA MAESALONGという宿に到着。ここに3泊することにした。

  • 部屋で少し休んでから、夕方宿の前の道を歩いてみた。「メーサロン夜市」と書いてある、兵馬俑が見張る夜市の通りがあった。

    部屋で少し休んでから、夕方宿の前の道を歩いてみた。「メーサロン夜市」と書いてある、兵馬俑が見張る夜市の通りがあった。

  • メーサロンは夜6時を過ぎると店や食堂も閉まり始める、と聞いていたので、その夜市の先にある、雲南麺餃子店で早めの夕食にした。

    メーサロンは夜6時を過ぎると店や食堂も閉まり始める、と聞いていたので、その夜市の先にある、雲南麺餃子店で早めの夕食にした。

  • ここで雲南麺を食べるのも、この旅行の大きな目的だった。美味かったら毎日通ってもいいと思っていた。

    ここで雲南麺を食べるのも、この旅行の大きな目的だった。美味かったら毎日通ってもいいと思っていた。

  • この写真は、2004年に中国の西安を旅行した時にぶらっと入った食堂で食べた麺です。当時は食べたものを写真に撮る習慣がなかったけど、余りに美味しかったのでこれだけは記録していました。もちもちで滅茶苦茶美味しくて、それ以来この麺に再会したいと夢見ています。

    この写真は、2004年に中国の西安を旅行した時にぶらっと入った食堂で食べた麺です。当時は食べたものを写真に撮る習慣がなかったけど、余りに美味しかったのでこれだけは記録していました。もちもちで滅茶苦茶美味しくて、それ以来この麺に再会したいと夢見ています。

  • 夕方、地元の人が食べたり、テイクアウトで買って行ったりしていた。

    夕方、地元の人が食べたり、テイクアウトで買って行ったりしていた。

  • 一番ベーシックなワンタンメン。食べてみて、これじゃない、と思ったが、まあまあの美味しさだった。

    一番ベーシックなワンタンメン。食べてみて、これじゃない、と思ったが、まあまあの美味しさだった。

  • 餃子は普通に美味しかった。<br />しかし期待が大きかった分、ガッカリ感も大きく、その後3日間、この店に行くことはなかった。

    餃子は普通に美味しかった。
    しかし期待が大きかった分、ガッカリ感も大きく、その後3日間、この店に行くことはなかった。

  • お腹が膨れたので、ぶらぶら通りを見ながら宿に帰ることにした。観光客はほぼいないので、多くの店は閉まっていた。

    お腹が膨れたので、ぶらぶら通りを見ながら宿に帰ることにした。観光客はほぼいないので、多くの店は閉まっていた。

  • 夜市の通りに入ってみた。本当にここで夜市が開かれているのか?と思うくらい、店も閉まり、人陰もない。通りを掃除していた人に、ここで夜市があるのか訊いてみた。すると、コロナパンデミックの前は地元の人や観光客で賑わっていた、と教えてくれた。2年強ものブランクは村の様子を一変させたようだ。

    夜市の通りに入ってみた。本当にここで夜市が開かれているのか?と思うくらい、店も閉まり、人陰もない。通りを掃除していた人に、ここで夜市があるのか訊いてみた。すると、コロナパンデミックの前は地元の人や観光客で賑わっていた、と教えてくれた。2年強ものブランクは村の様子を一変させたようだ。

  • 夜市通りの一画に、大きな写真を飾った竹造りの店があった。

    夜市通りの一画に、大きな写真を飾った竹造りの店があった。

  • 日中戦争で日本は蔣介石の中国と戦っていたが、1945年日本が敗戦で中国から敗退した後、中国国内で、蒋介石の国民党軍と毛沢東の共産党軍の対立が表面化して内戦になった。ソ連の支援を受ける共産党軍が勢力を拡大するなか、国民党軍は、敗れた日本がいなくなった台湾に逃げ延びた。湾岸都市部の国民党軍は台湾に逃れることが出来たが、雲南省などの内陸部にいた国民党軍は共産党軍に阻まれて台湾に逃げることが出来ず、戦いながら山を越えてビルマ(今のミャンマー)やラオスに敗走した。

    日中戦争で日本は蔣介石の中国と戦っていたが、1945年日本が敗戦で中国から敗退した後、中国国内で、蒋介石の国民党軍と毛沢東の共産党軍の対立が表面化して内戦になった。ソ連の支援を受ける共産党軍が勢力を拡大するなか、国民党軍は、敗れた日本がいなくなった台湾に逃げ延びた。湾岸都市部の国民党軍は台湾に逃れることが出来たが、雲南省などの内陸部にいた国民党軍は共産党軍に阻まれて台湾に逃げることが出来ず、戦いながら山を越えてビルマ(今のミャンマー)やラオスに敗走した。

  • 多くの国民党軍はその敗走の中で消えていくが、国民党93師団はビルマに敗走し、更にビルマ政府軍と戦いながら、国境を越えてタイ北部の当時は山岳少数民族だけが住む鄙びた土地だったメーサロンに定住することになる。<br />

    多くの国民党軍はその敗走の中で消えていくが、国民党93師団はビルマに敗走し、更にビルマ政府軍と戦いながら、国境を越えてタイ北部の当時は山岳少数民族だけが住む鄙びた土地だったメーサロンに定住することになる。

  • 写真では、1950年~1960年頃の師団が移動する様子が伺える。

    写真では、1950年~1960年頃の師団が移動する様子が伺える。

  • 夜市通りの一番奥の塀にこのような李白の静夜思という漢詩が書かれていた。<br />牀 前 看 月 光<br />疑 是 地 上 霜<br />挙 頭 望 山 月<br />低 頭 思 故 郷<br />タイの山の中で暮らしているが、山に出る月を見ていると、中国の故郷を想う、ということだろう。

    夜市通りの一番奥の塀にこのような李白の静夜思という漢詩が書かれていた。
    牀 前 看 月 光
    疑 是 地 上 霜
    挙 頭 望 山 月
    低 頭 思 故 郷
    タイの山の中で暮らしているが、山に出る月を見ていると、中国の故郷を想う、ということだろう。

  • 夜市の通りから見えたメーサロンの村の様子。

    夜市の通りから見えたメーサロンの村の様子。

  • 宿のベランダから望んだ夜明け。

    宿のベランダから望んだ夜明け。

  • 早朝、野菜を摘んでいる。

    早朝、野菜を摘んでいる。

  • 宿の部屋の鍵。オーナーの女性とは毎朝話をした。オーナーの両親も中国からの移民で、オーナーの歳からすると、ここで生まれたか、幼い頃に来たのだろう。メーサロンには中国人の他にタイヤイ族、アカ族、ミャオ族、リス族、ラフ族など多くの民族が共生していると言っていた。中国人のことを台湾系中国人と雲南系中国人とに分けていたのが面白かった。

    宿の部屋の鍵。オーナーの女性とは毎朝話をした。オーナーの両親も中国からの移民で、オーナーの歳からすると、ここで生まれたか、幼い頃に来たのだろう。メーサロンには中国人の他にタイヤイ族、アカ族、ミャオ族、リス族、ラフ族など多くの民族が共生していると言っていた。中国人のことを台湾系中国人と雲南系中国人とに分けていたのが面白かった。

  • 宿の猫

    宿の猫

  • ホテルの裏で朝市が開かれていた。朝食の前に毎朝通った。

    ホテルの裏で朝市が開かれていた。朝食の前に毎朝通った。

  • 露店の他に常設市場もあった。

    露店の他に常設市場もあった。

  • 市場の周りにはゲストハウスも集まっていた。

    市場の周りにはゲストハウスも集まっていた。

  • https://www.youtube.com/watch?v=KdfKwuDTGEk<br />朝市の様子を動画でも撮りました。

    https://www.youtube.com/watch?v=KdfKwuDTGEk
    朝市の様子を動画でも撮りました。

  • 変わった形のアボカド。

    変わった形のアボカド。

  • チェリーと言っていた。甘酸っぱくて美味しい。毎日食べ、お土産にも買って帰った。

    チェリーと言っていた。甘酸っぱくて美味しい。毎日食べ、お土産にも買って帰った。

  • ホテルの朝食。豆乳と、、、

    ホテルの朝食。豆乳と、、、

  • お粥。一つ一つの野菜が新鮮で美味しい。

    お粥。一つ一つの野菜が新鮮で美味しい。

  • 部屋からベランダに出るとこの景色が見られた。幸いチェンマイに戻るまで雨に降られることはなかった。オーナーの話では先週訪れた宿泊客は大雨で一度も外に出ず、部屋でNetflixを観ていた、と言っていた。

    部屋からベランダに出るとこの景色が見られた。幸いチェンマイに戻るまで雨に降られることはなかった。オーナーの話では先週訪れた宿泊客は大雨で一度も外に出ず、部屋でNetflixを観ていた、と言っていた。

  • 101 tea plantation に行った。

    101 tea plantation に行った。

  • 一面の茶畑。観光客は居らず、ひっそりしていた。

    一面の茶畑。観光客は居らず、ひっそりしていた。

  • 雲の流れが速く、影もどんどん移動する。

    雲の流れが速く、影もどんどん移動する。

  • 山の頂上にある寺院に行った。

    山の頂上にある寺院に行った。

  • 中国から敗走を続けて生き延びた、国民党軍93師団長の段希文将軍の墓に参った。

    中国から敗走を続けて生き延びた、国民党軍93師団長の段希文将軍の墓に参った。

  • この軍服を着た兵士(?)は、30年間この墓守をしている、と言っていた。

    この軍服を着た兵士(?)は、30年間この墓守をしている、と言っていた。

  • 他の師団がどんどん敗れていく中で、この93師団はいろいろな国と渡り合って、生きてメーサロンという土地に落ち着くことが出来た。メーサロンの中国人は段将軍を英雄として敬い、りっぱな墓を作って守っている。

    他の師団がどんどん敗れていく中で、この93師団はいろいろな国と渡り合って、生きてメーサロンという土地に落ち着くことが出来た。メーサロンの中国人は段将軍を英雄として敬い、りっぱな墓を作って守っている。

  • 段将軍の親族が経営するレストランで夕食をとった。

    段将軍の親族が経営するレストランで夕食をとった。

  • 以前、ラオス国境付近のプーチーファに行った時もそうだったが、中国人の村で名物料理を注文すると、だいたいこの豚の煮込み料理が出てくる。とても柔らかく味が沁みていて美味しかった。

    以前、ラオス国境付近のプーチーファに行った時もそうだったが、中国人の村で名物料理を注文すると、だいたいこの豚の煮込み料理が出てくる。とても柔らかく味が沁みていて美味しかった。

  • レストランの隣には同じく段将軍の親族がやっている茶店があった。

    レストランの隣には同じく段将軍の親族がやっている茶店があった。

  • 近くでは道端でナイトマーケットが開かれていた。

    近くでは道端でナイトマーケットが開かれていた。

  • 夕暮れ、ここがねぐらかな?<br />

    夕暮れ、ここがねぐらかな?

  • 雨に降られず、毎朝日の出を拝むことが出来た。

    雨に降られず、毎朝日の出を拝むことが出来た。

  • https://www.youtube.com/watch?v=hHRhoi_bBZg

    https://www.youtube.com/watch?v=hHRhoi_bBZg

  • 毎日見下ろしているこの手前の部落に行ってみたいと思い、朝食前に出かけた。

    毎日見下ろしているこの手前の部落に行ってみたいと思い、朝食前に出かけた。

  • 脇道の入口にこのような標識(?)があった。

    脇道の入口にこのような標識(?)があった。

  • 距離的にはそれほど無いが、高低差が激しく、その上マスクをしていると息が苦しくなり、マスクを外して歩くことになった。

    距離的にはそれほど無いが、高低差が激しく、その上マスクをしていると息が苦しくなり、マスクを外して歩くことになった。

  • 道の脇にお墓があった。

    道の脇にお墓があった。

  • 子供が木の上を見上げているので、何だろうと思って目を凝らすがわからなかった。この村の人たちはよそ者を警戒しているのだろうが、全員シャイで寡黙だった。

    子供が木の上を見上げているので、何だろうと思って目を凝らすがわからなかった。この村の人たちはよそ者を警戒しているのだろうが、全員シャイで寡黙だった。

  • 通り過ぎていったら、改めて木の上をめざしていたので、戻って写真を撮った。

    通り過ぎていったら、改めて木の上をめざしていたので、戻って写真を撮った。

  • 村には教会がいくつもあった。

    村には教会がいくつもあった。

  • 宿の部屋から見ていた部落に着いた。皆これから働きに出る様子だったので、邪魔をしないように、部落には入らず宿に戻った。

    宿の部屋から見ていた部落に着いた。皆これから働きに出る様子だったので、邪魔をしないように、部落には入らず宿に戻った。

  • 宿の朝食に雲南麺をリクエスト。とにかく野菜が新鮮。麺も「雲南麺餃子店」よりも美味しかった。

    宿の朝食に雲南麺をリクエスト。とにかく野菜が新鮮。麺も「雲南麺餃子店」よりも美味しかった。

  • 「ワンプッダーン大茶瓶」という茶畑に行った。

    「ワンプッダーン大茶瓶」という茶畑に行った。

  • 前日行った「101 tea plantation」 よりも観光客を意識した茶畑だった。

    前日行った「101 tea plantation」 よりも観光客を意識した茶畑だった。

  • 茶畑の中にバンガローがあり、シーズンによっては茶摘みも体験できるようだった。

    茶畑の中にバンガローがあり、シーズンによっては茶摘みも体験できるようだった。

  • そしてこの旅のメインイベント、「国民党 第93師団 記念碑」に行った。

    そしてこの旅のメインイベント、「国民党 第93師団 記念碑」に行った。

  • ここには2013年に来た記憶があった。そこで改めて4トラベルの2013年6月の旅行記( https://4travel.jp/travelogue/10788481 )を見てみたら、この記念館の写真は一枚もなく、ここのお土産屋で中国人観光客が猫と遊んでいる写真だけがあった。

    ここには2013年に来た記憶があった。そこで改めて4トラベルの2013年6月の旅行記( https://4travel.jp/travelogue/10788481 )を見てみたら、この記念館の写真は一枚もなく、ここのお土産屋で中国人観光客が猫と遊んでいる写真だけがあった。

  • 93師団の移動路線。昆明から出発したようだ。

    93師団の移動路線。昆明から出発したようだ。

  • 1960年当時、中国からやってくる共産党ゲリラに手を焼いていたタイ政府が、93師団にゲリラ掃討を依頼し、その見返りにタイへの定住地を与えた、ということのようだ。

    1960年当時、中国からやってくる共産党ゲリラに手を焼いていたタイ政府が、93師団にゲリラ掃討を依頼し、その見返りにタイへの定住地を与えた、ということのようだ。

  • 台湾に逃れた国民党軍は日本がいなくなった台湾を統治するが、貧しいメーサロンに住む国民党軍(中国人)を随分支援したようだ。

    台湾に逃れた国民党軍は日本がいなくなった台湾を統治するが、貧しいメーサロンに住む国民党軍(中国人)を随分支援したようだ。

  • メーサロンに辿り着くまでに亡くなった人々を祀っている。

    メーサロンに辿り着くまでに亡くなった人々を祀っている。

  • Ping ping restaurant 萍萍飯店でランチ。

    Ping ping restaurant 萍萍飯店でランチ。

  • ランチでお腹いっぱい食べたので夜は抜こうと思っていたが、部屋に食べるものが無く不安になって、夜7時ころ通りに出てみた。兵馬俑の店が開いていたので、入ってみた。

    ランチでお腹いっぱい食べたので夜は抜こうと思っていたが、部屋に食べるものが無く不安になって、夜7時ころ通りに出てみた。兵馬俑の店が開いていたので、入ってみた。

  • ここでも麺。麺尽くしの旅だった。

    ここでも麺。麺尽くしの旅だった。

  • チェンマイに帰る日の夜明け。

    チェンマイに帰る日の夜明け。

  • 宿から見える片側一車線、全二車線の道路が、センターラインからがけ崩れ(?)のように無くなっていた。村に唯一ある7イレブンの前だ。宿のオーナーに訊いたら、昨年の10月ころに大雨で土砂崩れになったらしい。2,000万バーツ(7,500万円)かけて修復工事が進んでいた。2ヶ月後の7月に修復完成するらしいが、本当だろうか?

    宿から見える片側一車線、全二車線の道路が、センターラインからがけ崩れ(?)のように無くなっていた。村に唯一ある7イレブンの前だ。宿のオーナーに訊いたら、昨年の10月ころに大雨で土砂崩れになったらしい。2,000万バーツ(7,500万円)かけて修復工事が進んでいた。2ヶ月後の7月に修復完成するらしいが、本当だろうか?

  • メーサロンからの帰路、温泉があるというので、Fang(ファーン)から少し山に入った所のドイファホムポック国立公園に寄ってみた。

    メーサロンからの帰路、温泉があるというので、Fang(ファーン)から少し山に入った所のドイファホムポック国立公園に寄ってみた。

  • 温泉は乾季の寒い時期だけ営業している、と言われ、少し休んでチェンマイまで一気に戻った。この日は天気予報で雨が降ると言われていたが、チェンマイに辿り着くまで雨に降られなかった。天気に恵まれ快適なドライブ旅行だった。

    温泉は乾季の寒い時期だけ営業している、と言われ、少し休んでチェンマイまで一気に戻った。この日は天気予報で雨が降ると言われていたが、チェンマイに辿り着くまで雨に降られなかった。天気に恵まれ快適なドライブ旅行だった。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • スイカさん 2022/05/31 15:44:54
    こんにちは
    西安の面、おいしいですよねー!!
    私も西安(近郊の山村)一人旅で、たまたま食べた面(1cm程の幅広麺、スープ無し、具は豆もやしだけ、醤油のような汁が少し)がめちゃくちゃ美味しかった(朝食べて夕方再び行くと完売で食べたのは1度)。

    自宅(湖南省)に戻って相方(中国人)に聞いてみると、「西安一帯では”油泼面(yóu pō miàn)というスープ無し面が有名で、西安人は毎日食べている」と。

    その味が忘れられず、自宅市内で何軒か「西安面」と名の付いた店で食べましたが、美味しいものには巡り合えていません。
    私が西安近郊で食べたのは、とてもシンプルで油っけもほとんどないものだったのですが、こちらの西安面は汁無しでも油だらけで味も好みじゃなく、麺も特段美味しくはないのです....

    luguさんが西安で食べた面はスープ入りですよね、見た感じ幅広麺に見えるので、もちもちのおいしい西安伝統面だと思います。
    店名が雲南面となっているので、雲南の面なのでしょうか。
    西安(陝西省)と雲南では面の製法が違うのかもしれませんね。

    私もあの面の味が忘れられないので、思わずコメントさせていただきました。

    手前味噌ですが、下記に私の忘れられない面を載せております。
    よかったら覗いて見て下さい。
     https://4travel.jp/travelogue/11699486

    スイカ

    lugu

    luguさん からの返信 2022/05/31 17:48:39
    Re: こんにちは
    スイカさん、コメントありがとうございました。
    スイカさんが西安で食べた麺の写真、見せてもらいました。
    シンプルで、まるで丸亀うどんのようですね。

    私の麺の写真(一枚だけ)は、18年前のものなので、とにかく美味かったという記憶だけがあり、形状がどうだったか、などの記憶は無いんです。

    私は中国の各地方でそれくらい美味しい麺があるのでは(華橋米線など)と思っていましたが、スイカさんの話を聞くと、西安でしか食べられない特別美味しい麺を味わったのかもしれませんね。益々あの麺と再会したいと思うようになりました。ありがとうございました。
    lugu

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