2008/05/25 - 2008/05/25
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しんちゃんさん
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さくら市喜連川の「道の駅」と「露天風呂」「もとゆ」珍しい「掘抜き井戸」あるいは「突抜き井戸」といわれる井戸。昔々京都から東北(蝦夷)への道「東山道」跡を紹介します。
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「道の駅きつれがわ」国号293号線にあります。内川と荒川が合流する地点です。
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温泉入り口の壁には、四匹の狐がお出迎え
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温泉入り口
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大人500円。・・・色々な種類のお風呂があり、子供向きかも。
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日替わり、男風呂、女風呂は入れ替わります。
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喜連川神社の「あばれ御輿」にあやかって「あばれまんじゅう」
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そば粉は見かけますが、そばの実は珍しい。
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半、露天の売店群。アイスクリームが旨そうだった。
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花屋さん「花フォーシーズン」ぷ〜んと花の香り、当たり前!
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町の東側にある露天風呂、名前も「露天風呂」「本当の露天風呂のみ。洗い場も外、水道は数ヶ所のみ。冬は入ったら外に出られない、洗い場では又の下を冷たい風が「ヒュ〜〜」夏は日差しがカンカン。庵の屋根がありますが、早い物勝。300円です。「入り口」を入ると「脱衣所」そして「露天風呂」へ
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露天風呂入り口
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露天風呂近くに「温泉スタンド」があります。100リットル100円。子供が「腐ったたまごの臭いだ!」と鼻を押さえていました。
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ちょうど、買いに来たお客様がいましたので、色々伺いました。200リットル弱のタンクを軽自動車に積んできました。家に帰ったらポンプでお風呂に入れるそうです。タンクとポンプで約2万円掛かったそうです。家のお風呂が温泉になります。
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午前9時から午後8時まで
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ナトリウム−塩化物化強温泉(弱アルカリ性低張性高温泉)
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ここから、温泉を汲み上げています。露天風呂へも供給しています。
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しんちゃんお勧め「もとゆ」です。やはり大人300円。
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昭和56年全国に先駆けて、温泉掘削をした場所はここです。
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「おんな湯」
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「おとこ湯」
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さて、このお方を誰ぞと心得る!「塩野昌美氏」彼が「荒川養殖漁業生産組合」組合長をしており、自分の家の水道掘削をしていた時、生暖かい水が出てきたのが温泉掘削の端緒と聞きました。喜連川町長もしており、反対派も多数いたと思いますが、結果的にこの英断が町を活気付けました。
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「もとゆ」温泉わきにある「温泉湧出記念之碑」
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ここが温泉掘削の場所のようです。現在も汲み上げられています。全国の温泉の中でも、泉質が優れているそうです。
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一週間前に来たが一割からニ割の咲き具合。今回はどうだろうか?満開ではなく、まだまだ見頃が続きそうでした。
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花の大きさ比較のため、写真を撮らせてもらいました。地元さくら市の方だそうです。
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ポピー畑の南側、荒川の脇は旧奥州街道が、かすめます。数年前はシダレザクラの名前がありましたが、今回はありません。人に聞こうにも人が歩いていない!数軒の家に入っていって聞こうとしたが不在!南側の**土木工業さん宅へ入って行くと、納屋に蛍光灯が点いており、ガラス戸を開けながら「すいません、シダレザクラの名前を教えて下さい」部屋からイチゴの甘い香りが漂ってきました「先祖の留さんという、おばあちゃんが植えたので、留(とめ)さんざくらと言います」と教えてくれました。樹齢150年だそうです。出荷出来ないイチゴを(屑イチゴと言います)4パック300円というので購入してパクパク食べながら喜連川を見学開始しました。斉藤様ありがとうございました!「あっ!名前出ちゃった!」
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「ゆもと」温泉にて「喜連川に掘抜き井戸があるそうですが、見学できる所はありますか?」と聞きました。「普通の家にあるけど、行って家の人に見学させてくれるかどうか聞いてみな!」と言われて場所を教えてくれました。町の北側、内川の程近く、川面より高い場所と思います。行あたりばったり「ゆもと温泉にて聞いて来ました、掘抜き井戸を見せてもらえませんか?」「はいどうぞ」O様宅へ突然お邪魔しての見学です。奥様が「これがそうです」「えっ!」
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こんこんと湧き出る水は自噴する井戸水です。地元では「突抜き井戸」あるいは「掘抜き井戸」と呼ばれているそうです。
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高さ1mくらいの土管の中は自然と湧き上がる水です。二階までは圧力が掛からないため、ポンプまで導水して上げているそうです。
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この水がこんこんと、毎日毎晩湧き出ています。このあとは、下水へ皆流れて行ってしまいます。もったいない!「池を作って魚を飼ったらどうでしょうか?」「飼った魚は可哀想で食べられません」と言われました。
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池の中で湧き出る“泉”は知っていますが、地上から1mもの所へ湧き上がる清水は知りませんでした。この様なものが喜連川に六十数箇所あるようです。水の原因で諍いは起きなかったでしょうね!次回は水が原因で喧嘩が絶えなかった場所をお教えします。
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喜連川名物「桜並木」を後にして帰ることにしましたが・・・
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帰る途中に「東山道」跡に寄りました。7世紀から8世紀、日本を統一するため、律令の地方制度により五畿七道(中央である五畿と地方である七道)が整備されました。現在の東京(江戸)はまだまだ登場しません。その頃の道路跡です。
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説明版からです【奈良・平安のころ、都と東北地方を結ぶ官道(国道)は20Kmごとに駅がおかれ馬が常備されていました。都から信濃・上野(こうずけ)と海のない山道を直進し、下野(しもつけ)の足利・佐野から国府(栃木)を経て鬼怒川を渡り新田駅(にいたえき)(氏家町柿木沢竹橋付近)から白河関・陸奥(むつ)の多賀城へ向かうのが東山道です。将軍道という古道名が八方口(はっぽうぐち)から長者ヶ平(ちょうじゃがはら)方面にあり発掘調査で東山道跡と確認されました。さらに氏家・高根沢町境線上でも東山道跡を発見し、これらを結ぶと一直線になり石神(高根沢町宝積寺)で鬼怒川を渡ることが新説となりました。・・・続く
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・・・続きです・・・東山道は道幅が6m、両側に側溝があり、土砂を幾度も突き固めた一直線状の立派な古代道路だったのです。東山道は西と東とを結ぶ文化路として栄えていましたが、武士の時代となる鎌倉時代には交通も減少し、ついに消え去った幻(まぼろし)の道だったのです】
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「東山道」イラストが描かれてありました。蝦夷を制覇するため、北へ北へと官軍を向かわせ、金銀財宝を得る朝廷が見えてきませんか?
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東山道の説明版は二箇所ありました。「八溝グリーンライン」(塩那南広域農道)の途中です。
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「夏草や つわもの どもが 夢の跡」と松尾芭蕉が詠った句が思い出されます。時代は前後するかも知れませんが・・・
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