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海蔵寺から鎌倉駅への道中に英勝寺という寺があり、<br />気になって入ってみたところ、奥が広く、竹林の静かな<br />佇まいにすっかり感心してしまいました。<br />そのあと、おなじみの江ノ電に乗り、鎌倉文学館に<br />向かいました。<br /><br />桜貝さんのブログを拝見して以来、是非にと思って<br />いたのがやっと本日実現。鎌倉に纏わる文学者の<br />数の多さに圧倒され、この地に魅せられた彼ら彼女ら<br />にとっての鎌倉の魅力というものについて、改めて<br />感じ入ったひとときでした。<br /><br />そして、栃木市ゆかりの吉屋信子氏の屋敷を見た後、<br />今回の鎌倉訪問の目的の一つであった長谷寺前の<br />カフェ「邪宗門」を目指して一路長谷寺へと歩を進<br />めましたが・・・<br />

冬の鎌倉 3 英勝寺~鎌倉文学館~長谷寺へ

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2008/02/19 - 2008/02/19

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前日光

前日光さん

海蔵寺から鎌倉駅への道中に英勝寺という寺があり、
気になって入ってみたところ、奥が広く、竹林の静かな
佇まいにすっかり感心してしまいました。
そのあと、おなじみの江ノ電に乗り、鎌倉文学館に
向かいました。

桜貝さんのブログを拝見して以来、是非にと思って
いたのがやっと本日実現。鎌倉に纏わる文学者の
数の多さに圧倒され、この地に魅せられた彼ら彼女ら
にとっての鎌倉の魅力というものについて、改めて
感じ入ったひとときでした。

そして、栃木市ゆかりの吉屋信子氏の屋敷を見た後、
今回の鎌倉訪問の目的の一つであった長谷寺前の
カフェ「邪宗門」を目指して一路長谷寺へと歩を進
めましたが・・・

  • 英勝寺の拝観受付所は、普通の家の入り口か<br />と思われるような狭い所でした。<br />受付を通過するとすぐに、一般の家の玄関の<br />ような所から覗くと、このような涅槃図が掛け<br />られていました。<br />撮影禁止という表示もなかったので、パチリ。<br />これについての詳しいことは、分りません。<br />

    英勝寺の拝観受付所は、普通の家の入り口か
    と思われるような狭い所でした。
    受付を通過するとすぐに、一般の家の玄関の
    ような所から覗くと、このような涅槃図が掛け
    られていました。
    撮影禁止という表示もなかったので、パチリ。
    これについての詳しいことは、分りません。

  • 東光山英勝寺は、鎌倉で唯一の尼寺です。<br />入り口こそ、狭い感じがしたのですが、<br />寺域は広く、このように裏山の竹林は<br />風情のある様子でした。<br /><br />この門の前でカップルが写真を撮って<br />いるのを辛抱強く待ち、やっと撮れた<br />のが、この写真です。<br />あの時のカップルさんには、鬱陶しい<br />おばさんだったかもしれませんね(>_<)<br />

    東光山英勝寺は、鎌倉で唯一の尼寺です。
    入り口こそ、狭い感じがしたのですが、
    寺域は広く、このように裏山の竹林は
    風情のある様子でした。

    この門の前でカップルが写真を撮って
    いるのを辛抱強く待ち、やっと撮れた
    のが、この写真です。
    あの時のカップルさんには、鬱陶しい
    おばさんだったかもしれませんね(>_<)

  • 仏殿の彫り物。

    仏殿の彫り物。

  • 建築様式は、室町末期桃山系統を象徴する<br />江戸初期の名建築の由。<br />この仏殿には徳川三代将軍家光公寄進による<br />運慶作の阿弥陀三尊如来像を安置しているそ<br />うです。<br />この仏殿の向かって右側の木は「百日紅」です。<br />今は、うら寂しい感じがしますが、夏には<br />さぞや美しい花を咲かせることでしょう。<br /><br />

    建築様式は、室町末期桃山系統を象徴する
    江戸初期の名建築の由。
    この仏殿には徳川三代将軍家光公寄進による
    運慶作の阿弥陀三尊如来像を安置しているそ
    うです。
    この仏殿の向かって右側の木は「百日紅」です。
    今は、うら寂しい感じがしますが、夏には
    さぞや美しい花を咲かせることでしょう。

  • 百日紅は咲いていませんでしたが、梅の花の<br />白が薄曇りの空に向かって清らかでした。<br /><br />英勝院尼は、太田道灌四代康資の息女で、<br />徳川家康に仕え、お勝の方(戦いでは必ず<br />勝利をもたらしたので)といわれたが、そ<br />の性質は聡明にして温雅貞淑ということで<br />あった。<br />(パンフレットより)

    百日紅は咲いていませんでしたが、梅の花の
    白が薄曇りの空に向かって清らかでした。

    英勝院尼は、太田道灌四代康資の息女で、
    徳川家康に仕え、お勝の方(戦いでは必ず
    勝利をもたらしたので)といわれたが、そ
    の性質は聡明にして温雅貞淑ということで
    あった。
    (パンフレットより)

  • 英勝寺を後にし、鎌倉駅に向かいました。<br /><br />これから江ノ電に乗って、鎌倉文学館に<br />向かいます。

    英勝寺を後にし、鎌倉駅に向かいました。

    これから江ノ電に乗って、鎌倉文学館に
    向かいます。

  • 久しぶりに乗る江ノ電です。<br />この緑色、いいですねぇ(^o^)

    久しぶりに乗る江ノ電です。
    この緑色、いいですねぇ(^o^)

  • 鎌倉文学館への入り口の緩やかな上り坂です。<br /><br />この写真の向かって左下に、「前田」という<br />表札のある立派なお屋敷がありました。<br />この文学館は、加賀百万石の藩主、旧前田侯<br />爵家の鎌倉別邸という建物です。

    鎌倉文学館への入り口の緩やかな上り坂です。

    この写真の向かって左下に、「前田」という
    表札のある立派なお屋敷がありました。
    この文学館は、加賀百万石の藩主、旧前田侯
    爵家の鎌倉別邸という建物です。

  • これも、入り口に至る途中にある有名な<br />トンネルです。<br /><br />このアプローチのカッコよさ!!

    これも、入り口に至る途中にある有名な
    トンネルです。

    このアプローチのカッコよさ!!

  • 春はバラの咲き乱れる美しい庭園には、<br />この季節、さすがに何もありません。<br /><br />三方を山に囲まれ、南に大きく開けている<br />ということは、とおくに由比ヶ浜の海が<br />見えるはずなのですが、この写真では<br />はっきり分りませんね。

    春はバラの咲き乱れる美しい庭園には、
    この季節、さすがに何もありません。

    三方を山に囲まれ、南に大きく開けている
    ということは、とおくに由比ヶ浜の海が
    見えるはずなのですが、この写真では
    はっきり分りませんね。

  • バラの美しい季節は、このようになります。<br />これは、案内書の中の写真を写したものです。<br /><br />彩りがあるだけで、こんなにイメージが異なる<br />のですねぇ(~o~)

    バラの美しい季節は、このようになります。
    これは、案内書の中の写真を写したものです。

    彩りがあるだけで、こんなにイメージが異なる
    のですねぇ(~o~)

  • ここから、中に入ります。<br />柱も木枠の手すりもオシャレ〜(^-^)

    ここから、中に入ります。
    柱も木枠の手すりもオシャレ〜(^-^)

  • これが室内の様子です。<br />案内書の中の写真を写したものです。<br /><br />この窓の外のベランダから眺めた由比ヶ浜は<br />絶景でした!

    これが室内の様子です。
    案内書の中の写真を写したものです。

    この窓の外のベランダから眺めた由比ヶ浜は
    絶景でした!

  • 庭から建物を写したものです。<br /><br />バラの季節には、花がこの両側に咲き乱れる<br />というわけです。<br /><br />パンフレットより〜<br />「建物の外観はハーフティンバーを基調と<br />する洋風と切妻屋根と深い軒出などの和風が<br />混在する独特なデザインです。内部も、全体<br />は洋風でアールデコの様式も見られますが、<br />随所に和風様式が取り入れられています。」

    庭から建物を写したものです。

    バラの季節には、花がこの両側に咲き乱れる
    というわけです。

    パンフレットより〜
    「建物の外観はハーフティンバーを基調と
    する洋風と切妻屋根と深い軒出などの和風が
    混在する独特なデザインです。内部も、全体
    は洋風でアールデコの様式も見られますが、
    随所に和風様式が取り入れられています。」

  • 庭園には、彫刻も。

    庭園には、彫刻も。

  • 鎌倉に纏わる文人たち<br /><br />大佛次郎、川端康成、久米正雄、小島<br />正二郎、小林秀雄、今日出海、里見惇、<br />高見順、永井龍男、中村光夫、中山義秀、<br />林房雄、島木健作、夏目漱石、泉鏡花、<br />芥川龍之介、有島武郎、・・・・・・<br />全部書こうと思ったのですが、<br />それはとてつもなく無謀なことだと気づき、<br />止めることにしました。<br /><br />ただし女流作家の一人、吉屋信子の居住して<br />いた屋敷が、この文学館の近くに残されてい<br />るので、それを紹介したいと思います。

    鎌倉に纏わる文人たち

    大佛次郎、川端康成、久米正雄、小島
    正二郎、小林秀雄、今日出海、里見惇、
    高見順、永井龍男、中村光夫、中山義秀、
    林房雄、島木健作、夏目漱石、泉鏡花、
    芥川龍之介、有島武郎、・・・・・・
    全部書こうと思ったのですが、
    それはとてつもなく無謀なことだと気づき、
    止めることにしました。

    ただし女流作家の一人、吉屋信子の居住して
    いた屋敷が、この文学館の近くに残されてい
    るので、それを紹介したいと思います。

  • 吉屋信子の屋敷=鎌倉文学館という思いこみ<br />があったのですが、文学館の手前の住宅地の<br />道を入って行くということが、今回分りまし<br />た。<br />この石碑を見つけるまでは、どこかのお寺の<br />築地塀かと思ったくらい、それは立派な屋敷<br />でした。

    吉屋信子の屋敷=鎌倉文学館という思いこみ
    があったのですが、文学館の手前の住宅地の
    道を入って行くということが、今回分りまし
    た。
    この石碑を見つけるまでは、どこかのお寺の
    築地塀かと思ったくらい、それは立派な屋敷
    でした。

  • こんなに長い築地塀の中が、女流作家の旧宅<br />だというのです。<br />新潟県に生まれ、父の転勤で栃木県内を転々<br />とした彼女は、栃木高等女学校(現県立栃木<br />女子高等学校)で、多感な時期を過ごし、在<br />学中から「少女世界」などの雑誌に投稿を続<br />けました。<br />「花物語」は、いかにも少女小説じみた、眼<br />の大きな少女が表紙に描かれており、殊に<br />男性は、この小説を読了することができない<br />かもしれません。

    こんなに長い築地塀の中が、女流作家の旧宅
    だというのです。
    新潟県に生まれ、父の転勤で栃木県内を転々
    とした彼女は、栃木高等女学校(現県立栃木
    女子高等学校)で、多感な時期を過ごし、在
    学中から「少女世界」などの雑誌に投稿を続
    けました。
    「花物語」は、いかにも少女小説じみた、眼
    の大きな少女が表紙に描かれており、殊に
    男性は、この小説を読了することができない
    かもしれません。

  • 長谷一丁目3−6、これが作家の旧宅の<br />番地です。<br /><br />小林秀雄や丹羽文雄などといった作家たちが<br />彼女の文学について批判したことから、彼女<br />の作品は一時文壇の評価が低くなった時期が<br />ありました。<br /><br />

    長谷一丁目3−6、これが作家の旧宅の
    番地です。

    小林秀雄や丹羽文雄などといった作家たちが
    彼女の文学について批判したことから、彼女
    の作品は一時文壇の評価が低くなった時期が
    ありました。

  • しかし、この長谷の家で書かれた「徳川の<br />夫人たち」や「女人平家」などは、多くの<br />女性読者の共感を得ました。<br /><br />「大奥」ものの走りは、この「徳川の夫人<br />たち」なのではないかと、私は密かに思っ<br />ています。<br /><br />大きな木が屋敷の中に何本も見受けられます。<br />今度、時間のあるときに再訪し、家の中を見<br />せていただきたいと思います。

    しかし、この長谷の家で書かれた「徳川の
    夫人たち」や「女人平家」などは、多くの
    女性読者の共感を得ました。

    「大奥」ものの走りは、この「徳川の夫人
    たち」なのではないかと、私は密かに思っ
    ています。

    大きな木が屋敷の中に何本も見受けられます。
    今度、時間のあるときに再訪し、家の中を見
    せていただきたいと思います。

  • この白猫は、吉屋氏の屋敷近くから姿を<br />現したのですが、とうとうそのかわいら<br />しい顔をカメラに向けてくれませんでした!

    この白猫は、吉屋氏の屋敷近くから姿を
    現したのですが、とうとうそのかわいら
    しい顔をカメラに向けてくれませんでした!

  • 何かにじゃれてみたり・・・

    何かにじゃれてみたり・・・

  • チャンス!と思ってシャッターを押した時<br />には、既に後ろを向いていたり・・・<br />(単に私がニブイだけなのですがね)

    チャンス!と思ってシャッターを押した時
    には、既に後ろを向いていたり・・・
    (単に私がニブイだけなのですがね)

  • 再三トライしようと思っていたら、学校<br />帰りの中学生たちがやってきたので、<br />ついに猫の表情は撮れずじまいでした。<br /><br />まったく!・・・

    再三トライしようと思っていたら、学校
    帰りの中学生たちがやってきたので、
    ついに猫の表情は撮れずじまいでした。

    まったく!・・・

  • さて、いよいよ長谷寺です。<br /><br />実はこの長谷寺のすぐ近くに、昭和53年に<br />円覚寺で、あの貴重な御朱印をいただいた<br />後、立ち寄った「邪宗門」というカフェが<br />あるはずなので、そのカフェを再訪しようと<br />思ったのが、今回の旅の目的の一つでも<br />ありました。

    さて、いよいよ長谷寺です。

    実はこの長谷寺のすぐ近くに、昭和53年に
    円覚寺で、あの貴重な御朱印をいただいた
    後、立ち寄った「邪宗門」というカフェが
    あるはずなので、そのカフェを再訪しようと
    思ったのが、今回の旅の目的の一つでも
    ありました。

  • これは、長谷寺の見晴台から、由比ヶ浜方面<br />を眺めたものです。<br /><br />さて、こだわり続けていた「邪宗門」ですが、<br />なんと、ネットには存在することになってい<br />たのに、長谷寺の入り口近付近をいくら眺め<br />てみても、それらしきものはなく、ただ広々<br />とした駐車場があるのみなのです。<br /><br />たまりかねて、駐車場の整理をしていた人に<br />訪ねてみたところ、「ああ、それは半年前ま<br />であったんですがねぇ。けっこうファンの人<br />もいたんですよ。」という答え。<br />そのファンの一人は私だ!と、思わず拳を振<br />り上げたくなったのですが、彼の罪に非ず!<br /><br />諸行無常とは、このこと也〜

    これは、長谷寺の見晴台から、由比ヶ浜方面
    を眺めたものです。

    さて、こだわり続けていた「邪宗門」ですが、
    なんと、ネットには存在することになってい
    たのに、長谷寺の入り口近付近をいくら眺め
    てみても、それらしきものはなく、ただ広々
    とした駐車場があるのみなのです。

    たまりかねて、駐車場の整理をしていた人に
    訪ねてみたところ、「ああ、それは半年前ま
    であったんですがねぇ。けっこうファンの人
    もいたんですよ。」という答え。
    そのファンの一人は私だ!と、思わず拳を振
    り上げたくなったのですが、彼の罪に非ず!

    諸行無常とは、このこと也〜

  • さてさて、これは経蔵の内部の回転式書架を<br />供えた輪蔵と呼ばれるものです。<br />一切経(大蔵経)が収められていて、その書架<br />を一回転させることで、一切経をすべて読誦し<br />たことと同じ功徳が得られるとのことです。<br />

    さてさて、これは経蔵の内部の回転式書架を
    供えた輪蔵と呼ばれるものです。
    一切経(大蔵経)が収められていて、その書架
    を一回転させることで、一切経をすべて読誦し
    たことと同じ功徳が得られるとのことです。

  • お線香などあげ、どうか不幸に見舞われま<br />せぬように!と祈ります。

    お線香などあげ、どうか不幸に見舞われま
    せぬように!と祈ります。

  • 山門と松の木。<br />長谷寺は、思いがけずとても広くて、この他<br />たくさんのおもしろい場所があったのですが、<br />さすがに疲れてしまい、写真は撮らず、自分<br />の目で見ることにしました。

    山門と松の木。
    長谷寺は、思いがけずとても広くて、この他
    たくさんのおもしろい場所があったのですが、
    さすがに疲れてしまい、写真は撮らず、自分
    の目で見ることにしました。

  • 今回、いただいた御朱印です。

    今回、いただいた御朱印です。

  • これは、昭和56年にいただいた御朱印。<br />この時は仕事の途中で、御朱印だけをいただ<br />いたのでした。<br /><br />昭和53年、円覚寺の後、やはりこの長谷寺<br />に来たものの、時間の都合か何かで、寺には<br />寄らず、入り口近くにあった「邪宗門」とい<br />う風変わりな名のカフェに目が留まり、立ち<br />寄ったというのが、真相だったのかもしれま<br />せん。<br />私が御朱印の収集を始めたのが、昭和53年<br />からなので、もし長谷寺に寄っていたなら、<br />間違いなく御朱印をいただいたに違いないと<br />思うからです。<br /><br />56年に、たまたま長谷寺近くに出張した折、<br />せめて御朱印だけでもいただいたということ<br />だったようです。<br /><br />だんだん記憶の糸が繋がってきました。<br /><br />

    これは、昭和56年にいただいた御朱印。
    この時は仕事の途中で、御朱印だけをいただ
    いたのでした。

    昭和53年、円覚寺の後、やはりこの長谷寺
    に来たものの、時間の都合か何かで、寺には
    寄らず、入り口近くにあった「邪宗門」とい
    う風変わりな名のカフェに目が留まり、立ち
    寄ったというのが、真相だったのかもしれま
    せん。
    私が御朱印の収集を始めたのが、昭和53年
    からなので、もし長谷寺に寄っていたなら、
    間違いなく御朱印をいただいたに違いないと
    思うからです。

    56年に、たまたま長谷寺近くに出張した折、
    せめて御朱印だけでもいただいたということ
    だったようです。

    だんだん記憶の糸が繋がってきました。

  • 「邪宗門」でいただくはずだったケーキと<br />コーヒーを、「ベルグフェルド」というお<br />店で。<br /><br />ところで「邪宗門」が、なぜかくも、私の<br />心に残っていたかといいますと、まず、店<br />名が北原白秋の詩集名と同じだったこと、<br />カフェオーレのことを、漢字で「仏蘭西珈琲」<br />と書いていたこと、店内が炉端風になっていて<br />私はそれまで、そのようなお店を見たことが<br />なかったこと等々・・・です。<br /><br />珈琲の味やケーキの味が、ものすごく良かった<br />といったような理由ではありません。<br /><br />むしろ、それらはあまり覚えていません。<br />ひとえに「雰囲気がよかった」の一語に尽きる<br />と思われます。<br />もう一度、ぜひあの雰囲気の中に身を置いて<br />みたかったのですが・・・<br /><br />いずれにせよ、それは去りゆく年月の流れの中<br />で、物事には必ず終わりがあるということを実<br />感させてくれたできごとではありました。<br />

    「邪宗門」でいただくはずだったケーキと
    コーヒーを、「ベルグフェルド」というお
    店で。

    ところで「邪宗門」が、なぜかくも、私の
    心に残っていたかといいますと、まず、店
    名が北原白秋の詩集名と同じだったこと、
    カフェオーレのことを、漢字で「仏蘭西珈琲」
    と書いていたこと、店内が炉端風になっていて
    私はそれまで、そのようなお店を見たことが
    なかったこと等々・・・です。

    珈琲の味やケーキの味が、ものすごく良かった
    といったような理由ではありません。

    むしろ、それらはあまり覚えていません。
    ひとえに「雰囲気がよかった」の一語に尽きる
    と思われます。
    もう一度、ぜひあの雰囲気の中に身を置いて
    みたかったのですが・・・

    いずれにせよ、それは去りゆく年月の流れの中
    で、物事には必ず終わりがあるということを実
    感させてくれたできごとではありました。

  • 帰り道のマンホール。

    帰り道のマンホール。

  • とうとう長谷駅に着いてしまいました。

    とうとう長谷駅に着いてしまいました。

  • 最近、30年ぶりくらいに訪れる所が多く、<br />月日の流れの速さに、今さらながら驚く<br />日々です。<br />そんなに時間が経ったという実感が無いう<br />ちに、本当に時は留まることなく過ぎ去って<br />しまいます。<br /><br />いろいろな所に、もっとたくさん行こう!<br />と、心から思いました。

    最近、30年ぶりくらいに訪れる所が多く、
    月日の流れの速さに、今さらながら驚く
    日々です。
    そんなに時間が経ったという実感が無いう
    ちに、本当に時は留まることなく過ぎ去って
    しまいます。

    いろいろな所に、もっとたくさん行こう!
    と、心から思いました。

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この旅行記へのコメント (11)

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  • 旅猫さん 2008/04/10 12:57:27
    英勝寺
    前日光さん、こんにちは!

    英勝寺、入り口からだと小さなお寺のように見えますよね。
    でも、中へ入ると結構広い!
    そうそう、あの竹林も、報国寺を一回り小さくしたような感じで、
    なかなか趣がありますよね。
    旅猫が訪れたときは、まだ梅が咲き始めでした。
    早めに載せたいのですが。。。

    旅猫

    前日光

    前日光さん からの返信 2008/04/10 21:40:38
    RE: 英勝寺
    旅猫さん こんばんは〜

    英勝寺、入ってみないと分からない所の典型ですね。

    桜の季節はどうなのでしょうか?
    はたまた百日紅の美しい夏は?
    気になります。
    鎌倉だったら、その気になれば行ける距離。
    これからは、行動派になろう!なんて思います。

    今回も猫とのやり取りがあったのですが、
    どうもこちらを向いてくれません。
    猛烈な猫好き人間なのですがねぇ。

    當麻寺でも猫に遭いました。
    こちらは、少しは顔が分かるように撮れましたよ。
    そのうちUPの予定です。

    また遊びに来てくださいね。
    では〜
  • annakさん 2008/04/05 02:25:43
    懐かしく拝見しました
    前日光さんこんばんは annakです。

    鎌倉旅行記楽しませていただきました。
    長谷寺から望む海の景色がとても懐かしく感じました。

    長谷寺は何故か訪れるのが夏ばかりで、
    暑さの中にゆりの花が咲いているのが鮮明です。

    懐かしのお店がなくなっていたのは残念ですね。
    annakもそのようなお店がいくつかありとても残念で
    前日光さんのお気持ちが良く分かります。

    また楽しい旅行記お待ちしてます。

    前日光

    前日光さん からの返信 2008/04/05 21:33:45
    RE: 懐かしく拝見しました
    こんばんは〜
    コメントありがとうございます。

    annakさんは、長谷寺には何度かいらしてるんですね?
    思えば私は、じっくりと見たのは今回が初めてかも
    しれません。
    昭和53年の時は、旅行記にも書いた通り、寺には入らず
    「邪宗門」で珈琲を飲み、56年には御朱印をいただいた
    だけで、すぐに出てきてしまったからです。

    今回見晴台から由比ヶ浜を眺め、冬の風に吹かれはした
    ものの、いろいろおもしろそうな所があって、もっと
    時間をかける必要あり!と思いました。

    若いときと同じ体力があって、現在のようなものの見方
    ができる(といっても、たいしたことはありませんが)
    と、旅はまたまたおもしろいような気がします。

    この所、昔の自分を追いかけるような所にばかり出没
    していますが、そういう時期なのでしょうかねぇ(-_-)

    では〜
  • morino296さん 2008/04/04 07:21:56
    久々の鎌倉
    前日光さん

    おはようございます。

    久々の鎌倉、お楽しみになれましたね。
    でも、時間がもっと欲しかったのでは?

    邪宗門、残念でしたね。
    私は、お店のある頃に、何度も前を通っていたようですが、
    一度も入らず仕舞いでした。
    そんなに雰囲気のよいお店だったとは知りませんでした。

    また、ゆっくりと鎌倉散策をお楽しみになれると良いですね。

    ps.
    ご存知かも知れませんが、邪宗門は、鎌倉以外にもあるようですね。
    それぞれ雰囲気は違うのでしょうが。
    http://www.jashumon.com/index.htm

    morino296

    前日光

    前日光さん からの返信 2008/04/05 21:18:09
    RE: 久々の鎌倉
    morino296さん、こんばんは〜

    鎌倉旅行記へのコメントありがとうございます。

    そうですか、「邪宗門」は他にもあったんですねぇ〜
    聖蹟桜ヶ丘にもあるんですね。
    この聖蹟桜ヶ丘という所は、栃木女子校出身の漫画家
    柊あおいさんの「耳をすませば」の舞台になった所だったと
    思います。
    そこに「邪宗門」があるというのも心惹かれます。
    いろいろな情報を教えていただき、ありがとうございました。

    今回の鎌倉は、確かに仰るとおり、時間が足りませんでした。
    一泊するくらいの気持ちで行かないと、じっくりと鎌倉気分に
    浸ることは難しいですね。

    今度は夏になってしまうと思いますが、再度鎌倉文学館周辺は
    訪れたいと思っています。
  • 義臣さん 2008/04/02 17:06:51
    吉屋 信子邸
    私も好きな 鎌倉文学館 バラの頃が大好きで行きますが
    吉屋 信子邸はお入りにならなかったのですか?
    公開日が限定されているので、大変ですが
    こちらのお宅も、、何処と無くゆったり 
    流行言葉ですが昭和の優雅さを持っているので、
    鎌倉の中でもゆったりな時間で好きですね。

                       義臣

    鎌倉文学館と大山崎サントリー美術館とはアプローチがそっくり。
    トンネルくぐって邸宅へ

    前日光

    前日光さん からの返信 2008/04/02 21:34:06
    RE: 吉屋 信子邸
    こんばんは〜

    コメントありがとうございます!
    吉屋信子邸は、事前に連絡をしておかないと中に入れなかったと
    思います。

    時間の都合がつくかどうか分らなかったので、残念ながら
    外から見ただけでした。

    今度夏休みにでも、行ってみたいと思っています。
    吉屋さんは、栃木高等女学校を卒業しておりまして、
    彼女が女学校の1年生だった頃、新渡戸稲造氏が
    女学校に講演にいらしていて、吉屋さんは1番前の
    席で新渡戸氏のお話を聞いて、感銘を受けたという
    ことが小説に書かれていました。

    今度行くときには、ぜひお屋敷の中に入ってみたいと
    思います。

    義臣

    義臣さん からの返信 2008/04/03 07:08:17
    RE: 吉屋 信子邸
    年に数回は一般公開されます、
    私は申込みしないで一般公開日に伺いました、
    5月の連休中の数日だったと思いますが?
                    義臣

    前日光

    前日光さん からの返信 2008/04/03 23:56:23
    RE: 吉屋 信子邸
    5月の連休に入場できるということは、知りませんでした。
    貴重なことを教えていただきまして、ありがとうございます。

    ただ、私は連休中の鎌倉の混雑ぶりを想像しただけで、
    訪れる勇気が湧きません。

    機会を見つけて、そのうちぜひに!と思っています。

    義臣

    義臣さん からの返信 2008/04/04 06:08:20
    RE: 吉屋 信子邸
    鎌倉のHPで確認されたら如何でしょう。
    年に二回くらいあったと記憶してますが?
               義臣

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