2007/12/28 - 2008/01/04
159位(同エリア263件中)
きっちーさん
いや、もう、磁器口ばっかじゃね?じゅうぶんだから。かなりしつこいから。
しかも旅行記、書き始めて1年かかってるし。
おなじ季節が巡ってるし。
そろそろ、巻きでお願いしマス。
なんてことは、重々わかっておりますが。
遅筆がウリの、ひとり磁器口町興委員会ですから。←重慶じゃ・・
まだ続いちゃいます!
だって、気に入ったんだもん~。
ここは、重慶の中心部からタクシーで20分ほどの郊外にある、『磁器口』です。
めちゃめちゃ渋い、この町なみ!
絵になるッ。
絵になるよ~。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- タクシー
- 航空会社
- 中国国際航空
-
宝輪寺を出て、さきほど塔から望んだ昔っぽい橋を探して、見当をつけた方角へと歩きはじめます。
-
まわりといえば・・。
-
どんどんディープな風景になってきてしまい、どこに立っているのか分からなくなるような、軽いめまいを感じます。
-
おうちが雑多に密集し、細い路地がくねくね蛇行します。
磁器口の通りは、碁盤の目のように整然とした、中国にありがちな道ではありません。
ふいに行き止まりになったり、折れ曲がったりで、目指していた方向へ進んでいるのか、さっぱりです。
ああっ!
また、行き止まり! -
行けども、行けども・・。
橋が、見えてこない。
じもっち、よく迷わないよなあ〜。 -
建物自体も高いので、周囲を見渡したり、ランドマークになるものが、確認できません。
てか、洗濯物がやたら目につくのは、気のせい(笑)? -
とりあえず、高いトコに登れば、見晴らしがきく場所があるかも!
-
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・どこまでも、階段ある。
ネバーエンディング・ステップかよ。
ちくしょー。 -
「気合だー!根性だー!」
と、駆け上がってみましたが、いつまでたっても切れない階段に、だんだん虚しくなって諦めました。
さすが、重慶の磁器口。
「上には上がある」とは、こういう事を言うのではないでしょうか。 -
坂の都・重慶(の、磁器口)!
うーん、車椅子になったら、暮らすのちょっとキツイかな(笑)。
それでも、磁器口ではバリアフリーを心がけているようで、石の段差はあるものの、ペタッとした道に整備されているし、車も進入禁止です!
車ないと、こんなのんびり道が歩けるんだなあ、と磁器口の町づくりに共感をおぼえます。 -
商店のあつまる、メインストリートへ戻ろうと、矢印を頼りに歩きます。
ふと、横道に現われた小さな門が、この時代が逆行したような磁器口と、ビルがそびえ、やかましく車輌が行きかう普通の住宅地との、境目でした。
なんだか、不思議な光景で、思わず足が止まります。
この門の内側は、しずかに景観を守り、外側はどんどん変化を遂げている・・・どっちも良い事なんだろうけど。
古いものを残すことで、お客さんが来て、古い場所は活気づく。
いっぽう、新しい場所はめずらしくもなんともないんだけど、古いところへ行くには、この新しい交通網がなくては、むずかしい。
共依存することで、お互いのバランスを取ってるのかな。 -
すっげーイイ感じの場所なので、重慶のホテルじゃなくて、こっちに泊るのもアリかも。
解放碑から、タクシーで20分前後なので、そんなに遠くもないし。
このような、『客桟』もあります。 -
お。
ようやく、植木が置かれた地帯まで、戻ってきました。
ここまで来たら、メインストリートは、すぐそこです。 -
到了〜っ♪
-
またまた、さっきの正月飾り屋さん。
-
いっこ買って帰りたいんですけど、部屋ん中、飾るトコないしなー。
邪魔になっちゃうだろうなー。
でも、欲しいな。
けっきょく写真撮っただけでしたが、ほすぃ〜っ。
この時期じゃないと、売ってなさそうだし。残念です。
中国の、リアルなデカイ凧もそうなんですが、民芸品は好きです。
こいつはハデハデすぎて、『素朴』とはいえませんが(笑)、綺麗ですよね。 -
ほかにも、ジャンクからまっとうな品物まで、いろんなお店が続きます。
-
思う存分、堪能したので、もと来た道から帰ろうと、歩いていると、また名所案内の矢印にぶつかります。
今度は、お寺ではなく、お屋敷。
ご覧のようなチケットボックスも。
へ〜。
磁器口のお金持ちの家か。 -
「時間もあるし、あわてて帰ることないか」
と、さっそくチケットを買って、入場します。 -
門をくぐると、ひくい家屋がうっそりと中庭を囲んでいます。
軒下には、ぞろりと赤い提灯がつらなり、なんかそれだけで中国っぽく見えるから不思議。 -
磁器口は、背の高い建物が多かったので、このような平屋で広く建てるのが逆にゼイタクなのかと、しばし思案。
六本木ヒルズにしても、さっきのお寺にしても、お金や権力を持ってる人は、庶民より高い所に住みたがりそうな気がしますが。
なんか、屋根もひくいよな・・。 -
お屋敷を公開しているので、てっきり調度品などもそっくり残されているのかと思いきや、家具があるのは2〜3部屋くらい。
あとは、書や使われていた晴れ着の一部が展示してある程度で、それほどインパクトのある品は見当たりません。 -
そのなかで、気になった展示をチェック!
ハイ!
こっからは、風水の解説。
パネルは中国銀行タワー。
この建物、ちまたでは香港立法評議会議事堂や、香港上海銀行・香港本店ビルへ建物の鋭部が向けられていて、周辺の建物の風水や運気を下げている、と有名なビル。
いわゆる都市伝説と理解していましたが。
中国でも紹介されているってことは・・・・・マジすか?
風水〜。
日本でもメディアでたまに見かけますけど。
やれ、窓際にピンクのもの置くとどうとか、玄関に黄色のものを置くとこうとか、知り合いのお母さんが大枚叩いて学習会に参加したとか、あやしげなイメージがつきまといますが。
どうなんでしょうね? -
個人的には、げんかつぎなんて、あまり深追いせず、おみくじ程度で一喜一憂してるくらいが、ちょうど良いように感じますが。
お金持ちの考えることは、ワシャさっぱりわからん。
このビルも、風水的に良いんですって。 -
企業が、風水師にアドバイスをもらっているとしたら、けっきょく一番腕がいい人を雇ったもん勝ちになると思うんですけど。
-
当たるも八卦、当たらぬも八卦。
-
「お。故宮じゃん」
と思ったら、故宮も風水的に良いらしい。
素人には分かりません。 -
うんちくは、面白いですけどネ。
四方の守護のうち、朱雀の置物。
ほかにも、青龍・白虎・玄武の置物が展示してありました。
それって、風水なの?? -
すんなり興味がないので、なんぞおもろい部屋はないかと、奥まった一室へ入ろうとしたら、背の高いお兄さんにベラベラッと中国語で声をかけられます。
「・・・・・?」
分かんないので、ニッコリ笑ってごまかし、再度入ろうとすると、
「コリアン、オア、ジャパニーズ?」
と、たずねられます。
「ジャパニーズ、です」
「です」は要らないのですが、なんとなく言ってしまう〜。
「セキュリティー・ルーム」
「は?」
お兄さんの指さすほうを見ると、入ろうとしていた部屋の入口のうえのトコに、「工作人室」みたいな札が張り付いています。
あ。やべ。
関係者以外、立入禁止部屋か。
「えへへ」
と笑うと、お兄さんも苦笑で返してくれます。
そそっかしい観光客でスミマセン。 -
こんどは、きちんと入口の表記を確認して、入室。
これは、ご先祖をまつる部屋かな?
格好が、満州族っぽいですね。 -
お次の部屋には、天井にとどかんばかりの大きさの!
「黄金ベットだ・・」
ゴージャスなんですが、部屋との割合が・・。
「どうやって入れたんだ・・。はいんねーだろ、コレ。あ。組み立て式かな?つなぎ目がどっかに・・」
見方が、ヘンな方向へ行ってしまいます。 -
だいたい見終わった感想は、まあこの施設は、見ても見なくてもどっちでもいいかな、って感じです。
磁器口は、町じたいが素晴らしい。
なので、それだけで満足。 -
夕方が近づき、人出も徐々に減っていきます。
私もそろそろ帰ろ。 -
行きは、重慶の中心部からだったので、タクシーに乗るのもラクチンでしたが、帰りはびみょーに捕り合いです。
わりとこまめに通るのですが、乗って帰るお客さんが多いため、タクシーが、乗せる人を選びます。
「人民広場へ」と、頼んでも「そっちは行かないから」と最初のタクシーには、断られてしまいます。
べつに、感じの悪い断り方ではなく、「ごめんねー」みたいな言い方なので、感情は傷つけられませんが、
「え?行き先の同意が得られないと、ずっとこのまま??」
と、瞬時に不安が広がります。
「サイアク一本道だし、あっちへ向かうバス停探して。そっから乗り継いで行くっきゃないか・・・」
ドキドキしながら、2台目に「到、人民広場〜っ」と訴えたら、「好」あっさり走ってくれました。
なかなか捕まんなくても、時間かければダイジョブそうです。
タクシーで帰るのも、オーケーですよ。磁器口町興委員会(笑)。
そんなわけで、重慶中心部へ戻ります!
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この旅行記へのコメント (6)
-
- ジェームズ・ボンドさん 2008/11/17 17:22:27
- 風水?
- 風水というのは良く分からんが「信ずる者は救われるぅ」という考えなので、自分が良ければイイじゃん、であります。
風水は、いつ頃に生まれたんでしょうね?
また、その当時「地球は丸くて太陽の周囲を1年かけて回ってる」というのはスタンダードだったんでしょうかね。
風水師を南極点に連れて行ったら面白いだろうなぁ、どちらを向いても北だから。
どんな寝方をしても北枕だし。
- きっちーさん からの返信 2008/11/18 20:07:00
- フォンソイ〜!
- ・・・あいかわらず、すごいですよね。
ジェームズボンドさんって、本当はコメディアンなのでは。
なんか、ぜったい思いつかないこと、考えていらっしゃるんですもん。
たしかに、南極点だったら東西南北どうするのかって、盲点です。
私も聞いてみたい!
そだ。
『空爆の歴史』、いま読んでます!
まだ、半分のトコですけど、第2章のエチオピアに対するイタリア軍のマスタードガス噴霧の部分は、黒龍江省での日本軍の行動とかぶって、ぞっとしました。
軍隊は何かを守るものじゃなくて、人間を殺すことができる集団として、人間が作りかえられちゃう所なんだなあ、と感じました。
とくに、毒ガスなんて相手かまわずってカンジで、風向きによってはどこ行くかも予測のつかない投げやりな事が、平然と「作戦」として行なわれたというのは、実際に受けた人の証言を読むと、また全然違った衝撃がありました。
いい本を紹介していただいて、ありがとうございました!
- ジェームズ・ボンドさん からの返信 2008/11/18 23:13:33
- こんな本も
- 北極点でも同じですね(どちらを向いても全部南)。
なお、「北」には「真北」と「磁北」の2種類が有るのですが、占いなどで言う「北」はどちらを指して言ってるのでしょうか、疑問です。
でも私は、どちらかと言うと、占い・心霊物・オカルト好き(信じているのではなく面白がっているだけですが)ですよ。
紹介した本を気に入って貰え、喜んでおります。
歴史を見ると、軍隊は国民を守るのが目的ではなく国体を守るために存在するのですね。
今、読んでいるのは「わかりやすいベトナム戦争」 三野正洋著 光人社NF文庫 です。
前書きによると、過去のベトナム戦争の文献はイデオロギーが全面に出たものばかりであったことと現在、ベトナム戦争関連の日本語文献は皆無であることから執筆したとの事でした。
日本でのベトナム戦争は、第二次世界大戦と同じくらい過去の出来事となっていたのには驚きでした。
まだ読んでいる途中ですが。
ベトナム戦争は1930年頃に始まり、敵を変えながら延々と1975年まで続いたのですが、この戦争自体ハチャメチャとしか表現できない位ひどいものだったのには唖然とします。
一度、金縛りに遭ってみたいなぁ。
- きっちーさん からの返信 2008/11/19 19:28:35
- 金縛りは、疲れてると起こりやすいらしいっすヨ。
- 金縛りとは、寝入りばなで脳が働いているのに、あるいは眠りから覚めようとして意識がしっかりしてきたのに、脳からの指令が筋肉に伝わらず、動けないという状態だ・・と、ネットの健康百科にでてました。
寝れそうで寝れないなら、夏冬といった温度の関係で眠りづらい時期にありそうですよね。
そろそろ寒くなってきてるし、狙い目では!
ジェームズ・ボンドさんにご紹介いただいた本のほかに、いま読んでるのに『在日一世の記憶』(集英社新書)があります。
新書版のくせしてありえない厚みで、いくら読書の秋でも持ち歩きには重すぎるので、電車用にはジェームズ・ボンドさんおすすめの『空爆の〜』を携帯してます。まだ読み終わりません(笑)。
その分厚いのは、タイトルのまんまで、在日コリアン52人の個人史を集めた本です。
同じ日本という「場所」で生きた、「戦後」でも、差別や民族教育の課題、指紋押捺問題、参政権獲得運動、出身地との行き来、組織と個人の対立関係など、ともに地域に住み、関わりながら暮らしている人たちのバックグラウンドが、名前も含めてかき消され、共有出来きずに放置され、見過ごされていた部分がこんなにもあったのかと、ハッとするような本で、面白いけど痛みを感じます。
近くにいるのに、見えないというのは、ひどいなあと思います。
ちがいを尊重して、やっていける社会にしていかなきゃなと感じました。
- ジェームズ・ボンドさん からの返信 2008/11/27 22:11:47
- RE: 風水?
- 確かに、通称名の方が多いせいもあって(北と南の事もあり)見えにくいのは事実ですね。
ベトナム戦争の本を読んでいると最終的な犠牲者数というのがあって不確実な数字ながら
南ベトナム軍 18万5528名
南民間人 41万5000名
北・解放戦線軍 92万4000名
北民間人 3万3000名
アメリカ軍 5万7702名
韓国軍 4407名
オーストラリア軍475名
タイ軍 350名
フィリピン軍 27名
ニュージーランド軍26名
中華民国派遣団 11名
中国人民解放軍 1119名
ソ連軍 82名
北朝鮮人民軍 不明
との事です。
悲惨な結果ですが、数字にしてしまうと無機質になってしまうのが怖いですね。
それに米軍のベトナム撤退への流れが、今のイラクのそれとソックリなのが驚きです。
- きっちーさん からの返信 2008/11/28 14:46:24
- 同感です。
- ベトナム戦争は、かっつーの『戦場の村』しか、読んだことが無いのですが、あらためて数字では、その悲惨さを共感しずらいですね。
南京大虐殺も戦争の死亡者数も、検証されうる、おおよその人数であって、本当はおっしゃるとおり人知れず、記憶も記録もされず、亡くなった人もいるだろうな、と思います。
悲惨な出来事の概要の研究は重要ですが、個人的には、体験者や周辺の人たちの証言が、二度とくり返さないためのモチベーションにうったえます。
書籍で「〜で生存者1名、99人死亡」や、「戦闘で負傷者多数」と目を通すより、
「〜には祖母の家があり、87歳の誕生日を祝うために、2日前から帰省した親族と、顔をそろえて食卓を囲んでいた。そのとき彼らが踏み込んできた。有無を言わさず連れ出そうとするのを、止めようとした祖母を突き飛ばし、銃口が向けられ自分の目の前で・・」とか、
「家が貧しく進学に有利と、軍へ志願した。『現地の人を助ける』という国を信じたが、来てみると小さい子どもまでが自分たちを敵視する。この戦争の大義が間違っているとは思わないが、早く兵役を終わらせて故郷へ帰りたい・・」
という個人の体験が、同時にほかの言葉も無い人たちの背景を想像できる、手がかりです。
なので、重慶や南京、ソウルも、被害と加害双方の証言を読んだり聞いたりするのは、重要です。そのうえで、空想するだけでなく、実際に現場へ行ってみることが、自分の中ではけっこう大切だったりします。
アメリカに限らず、「殺して解決しよう」「異なる意見を一掃して自説の正当性を確保する」という選択肢を肯定することは、そのやり方でいったん利益を得たように思えても、結局は逆の立場の「殺されて解決されない」「頭から否定されて納得できない状態が続く」という可能性を、自らに内包していく選択だと思います。
イラク戦争は、当初から9.11との関連を疑問視され、大量破壊兵器についても国連の査察の終了を待たずに強行された、確証も無い先制攻撃で予防戦争という名の侵略戦争であると思いますし、中東に戦後の利益を見込んだ帝国主義的な欲望も、ベトナム戦争を彷彿とさせます。
なにより、地域に住む国家セキュリティーには無関係のごくふつうに暮らしていた人々の日常に、いつ危害が及ぶか分からない状況を出現させ、生命とくらしの安全を奪いつづけている点は、何十年経っていてもベトナム戦争とまったく同じだと思います。
ブッシュの戦争は終結宣言後も、泥沼化していますし、ベトナム戦争に教訓を求めるならば、日本も含めて軍隊の撤退し、地域に暮らす人が自治権を持つ事しかありえないと思います。
支援方法が軍事よる平定だけではないことは、この間さまざまなNGOが証明していると思います。
ジェームズ・ボンドさんが指摘されたように、ベトナム戦争との内情から、イラクの現状は想像に難くありません。
なんにせよ、大国の思惑で個人の当たり前の暮らしが破壊されるのが、一番許せないと思いました。
いつも長くて、スミマセン。ちょっと、マジモードでした。
きっちー
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