2007/12/28 - 2008/01/04
207位(同エリア262件中)
きっちーさん
成都→大足を駆け足でめぐり、スタート地点の重慶へ戻って2日目。イエイ。
今日は、いよいよ重慶爆撃の戦跡を訪ねようと思うのですが、そのまえに。
ちょっと郊外へ足を伸ばそうかとー。
何かといいますと、重慶爆撃が行なわれたのは、南京を逃れた蒋介石の国民政府が、首都をこの重慶に移したからなのですが、国民党だけではなく抗日戦線で手を組んだ共産党の人たちも、この地につどっていたそうで。
そんな、「日本の侵略戦争を許さないぞー」の人たちが集まった地域が、重慶郊外の紅岩村という所にあるらしい。
近いんだったら、行ってみようかなーと。
昨日は、霧都賓館お隣の周恩来さんの館や、毛沢東っちのお屋敷を見てきましたが、あれは対外的な窓口であって、本部は郊外にあったらしい。
考えてみれば、爆撃されているど真ん中に司令部があるわけもなく。
つっても、ガイドブックでは場所がよくわかんないので、タクシーで行くか?それともホテルでもらった地図を頼りにバスで行って見るか?
う~ん。やっぱ、バスかな。
・・と、その前に。
「ニーハオ、小姐」
「你好」
霧都賓館のレセプションで、制服姿のお姉さんに声をかけます。
「えーと、アイム、ルッキンフォー、ディス、プレイス」
『請問一下、
能画張地図嗎?
我探重慶大爆撃戦跡
?十八梯(六五大隧道?)
?中央公園(空爆跡)
?・・・
去(?)个地方(?)該怎(?)走?』
(出ない字が多くてワケわかんないっすね)
事前に、ネットや書籍、あとほかのトラベラーさんに教えてもらった、重慶爆撃跡が残っているという地区や、慰霊碑の場所など、いくつかの場所を箇条書きにしたメモを渡します。
「こちらへ」
と、小姐が宿泊客への応対ディスクのようなスペースへ案内してくれて、パソコンをひらきます。
広島の原爆ドームみたいに、地元の人に聞けばすぐ判るようなものかと思っていましたが、そうでもないみたい。
位置を確認しているらしい彼女が、意外とてこずっています。
ふーん、そんなにメジャーじゃないのかな?
社会科見学とかで、行ってそうじゃない?
地元だし。
「あのー。みつからなかったら、わかったトコだけでもいいんですけど・・」
なんだか、一生懸命探してくれてる感じなので、わずらわせているような、そこはかとなく肩身がせまくなってきたので、声をかけると、
「いいえ、大丈夫ですよ」
と、にっこり。
さすが、ホテルの顔。
プロだ。
ちゃんと全部調べてくれて、
「ここと、ここは同じ場所です。地図でいうと・・ここですね。中心街ですので、迷うことはないのですが、行きはタクシーに乗っていかれた方がいいと思います。これを、タクシーの運転手さんに見せてください」
中国語なのでイマイチ怪しいわたしに、筆談で粘り強く伝えると、『到 徳意大(?)炸遺跡』と書いたメモと地図を手渡してくれます。
「謝謝!」
「不客起」
席を立とうとした所で、小姐がなにか声をかけてきます。
「え?え?」
よく聞き取れず焦っていると、もう一度ゆっくり繰り返してくれます。
んーと。
タクシーに乗るかどうかって言ってるな。
「はい、タクシーで行きます」
そう答えると、小姐はニッコリ。
よくわかんないけど、つられてニッコリ。
・・・・??
場所も教えてもらったことだし、まず紅岩村へ行って、そのあとメインの『徳意大(?)炸遺跡』だな!
部屋にもどり出かける準備をしていると、ドアのブザーが鳴ります。
「はーい?(日本語)」
ドアをひらくと、見知らぬおじさんが立っています。
なにー???
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー
- 航空会社
- 中国国際航空
-
謎のおじさんは、ドアマンのような制服姿で、トランクなどを運ぶカートを手にしています。
ホテルの人みたいだけど・・。
ベラベラッと中国語で話しかけられます。
うっ!
わからん。
わからんぞ、おいちゃん。
「アイムソーリィー、ノット、アンダスタンド。不明白、対不起〜」
お互い困った顔を見合わせると、おじさんは何か言い置いて立ち去ります。
なんなの??
ほどなく、再びドアがノックされ、さっきのおいちゃんとレセプションの小姐が、立っています。
「お迎えにきました」
みたいなことを、小姐が言っています。
「え〜!え〜!ワタシ、まだ、宿泊するんですけどーっ」
ひょっとして、「重慶を発つ前に、見学していく」みたいにとられたのかな?
違うんですけど、メインなんですけど。
あわてて誤解を解こうとすると、
「いえ、タクシーを手配したのですが・・」
と、小姐。
なに、あ?
さっきのアレ、タクシーを呼んでくれるって話だったのか!
「わっ、すんません!さきに紅岩村を見学しようと思ってて、ドイブーチー!すいませんっ」
てきとーに、微笑んではいけません。
筆談でようやく行き違いがあったことを理解し合い、再度わびると小姐も笑って、
「こちらも早とちりしてしまって、すみません」
小姐たちが去ると、新たな疑問が・・。
あのカートは、何?
まさか、ワタクシが乗るの??
お荷物?ひょっとして、お荷物?
出掛けにモロあせりましたが、ようやく出発。
紅岩村までは、ホテルで貰った地図(便利!)によると、すぐ下の曾家岩站から直通バスが出ています。
地下通路をぬけ駅前から下の道路へおりようとしますが、道順がわからず挫折。
タクシーを拾います。
なんだ、さっきの小姐の呼んでくれたのに乗ってきゃ良かったな・・。
まわり高層建築ラッシュの道を走り、やがて小高い丘を登った所にある大きな駐車場で車が停まります。
でけ!
これが、紅岩村? -
おっきな建物に近づくとガードマンさんが、
「入場券は、あっちで買って」と、建物の向かって左手のほうを指さします。
わきに小さな売店兼休憩所みたいなのがあって、そこで数人の女性が立っています。
「你好。イージャン、ピャオ(チケット一枚)」
チケットを受け取り、おっきな建物へ戻ろうとしたところ、
「小姐、小姐」と、呼び止められます。
「はい?」
なんか、いろいろ説明してくれるのですが、中国語なので「????」という顔をしていると、売店のわきから奥へ続くゲートへ案内されます。
あ、この先のを見てから、館内へ行けって言ってるのか。
何がなにやら分からぬまま、ご覧のような小道をゆくと・・。 -
案内板を発見。
あ、なに、けっこう広いの?
奥へ、ず〜っと続いてるみたい。
ゲート内の敷地に、いろんな施設が残ってるみたいです。 -
ここが、抗日アジトか・・。
なんか、洋風・・。
しかも小さい! -
へー。
えらく、可愛らしい内装だな。 -
抗日活動家の家!っていうと、もっと殺風景な、それこそ印刷機とか無線機とかタンスに匿われている人とか、いてそうなイメージなんですけど。
それも地下室?
これじゃモデルハウスみたい。 -
戸惑っていたら、それもそのはず。
抗日ハウスではなく、当時活躍した女性の家でした。 -
こっちが、本拠地でしたー。
この地味な色は保護色?
空爆されないように、隠してたのかな? -
仕事部屋とか医務室とか応接室とか、司令部って感じです。
-
お、周恩来じゃん!
ここで撮ったのか!
と、思ったら自分泊ってる霧都賓館の、隣の『曽家岩50号』でした。
あそこに、ホントにいたんだー。
銅像がたってるあたり、歩いてたかもよ。
「中国の有名人がいた建物の隣のホテルにお泊り!」
って、なんとなく得した気分。ちと、遠いか。 -
いろいろパネル展示してありますが、複雑な説明は読めないし、八路軍や国民党軍の組織編成って知識ないから、知ってる人も限られていて、よくわからず。
「ふーん」ぐらいで、終わってしまいます。
観光できている中国の人たちも、大足石刻ほど熱心に観てないし。
そんなもんかも? -
道はまだまだ続いています。
あっちゃこっちゃに、遺物が点在しているようで。
案内板にしたがうと、そーとー歩かされます。 -
紅岩村は「村」と付くとおり、志を共にした人たちの集団生活の場になっていたようです。
侵略戦争に抗って活動を行なう人たちの養成機関でもあり、避難場所でもあったため、活動家の子ども達の保育施設まで備わっていました。
そーだよなー。
子どもがいる人は、見ててもらわないと仕事(?)になんないよなー。 -
そんな紅岩村ですが、さすが重慶だけあって、ここも坂道が多い!
それは冗談ですが。
谷に沿って建物がたっているので、見学しようとすると、アップダウンをくり返す事になります。
キツイ・・階段ばっか・・。 -
せっかく来たからには、全部見ておきたい観光客ゴコロですが、あいかわらず肺はイカレてるし、呼吸が苦しくて昇り降りがひと苦労です。
死んじゃう、そのうち死んじゃう。
成都についた瞬間から、深刻な大気汚染にやられ、大足で若干持ち直したものの、重慶の空気もやっぱりキます。
成都にくらべれば、多少ゆるいのかも知れませんが、気道が荒れてしまっているため、少しの刺激で発作的な咳が続きます。
血液の混じった痰もでるし・・。
コレって、喘息発症とかじゃないよね?
息をととのえ顔をあげると、少し離れた岩陰に牢獄のような鉄格子が。
なに、あれ。 -
入口は自然にできたものではなく、コンクリで固められています。
牢屋? -
おお、防空洞か。
避難場所なのね。
『抗日戦争時期、日機経常空襲重慶・・・』
ふーん。
と読んでいたら、最期のほう、
『重慶夏季気模炎熱、而防空洞却十分涼快、周恩来、董必武等人在酷暑(?)当時就常在(?)里亦公・・・』
涼しいから周さんは、ここにいたのか!
仕事したり外国人記者と会談もしていたと、かいてあります。 -
なんにせよ、おもてを安心して歩けなかった、っていうのはタイヘンです。
坂が多くて気が滅入っても、命の危険無く歩ける方がいいな。
しっかし、どこ行っても坂ばっか〜。 -
紅岩公墓。
慰霊碑みたいなのかな??
案内がないので、ちょっとわかりません。 -
あーもう!この坂イヤっ。
-
そろそろ、戻ろうかと思った矢先。
ふたたび、案内板が。
『国民党軍警機(?)降地』
なんじゃろ。
飛行場?
いや、隠れてんのに、飛行場なんか作ったらバレバレか・・。
あれ?
ここって八路軍(共産党)のアジトでしょ?
なんで、国民党???
国共合作だから?
読めないだけに、とっても気になります。
この矢印の先に何があるのか!
さっそく、行ってみましょう!! -
小さな道が、上の方へ上の方〜へ、続きます。
くそー、またのぼり道やんけ。
ひーひー。 -
「息、苦しい・・。もうやめよう、引き返そう」
挫けそうになるびみょーなラインで、『国民党軍警機(?)降地はコチラ』の矢印が、林の中にニョキッと現われます。
・・・い、いやがらせか・・。
あたりには誰もいません。
こんなことやってんのは、オレだけか?そうなのか?
涙目になりそうな頃、ようやく道の先に、レンガの壁が!
ついたーっ! -
と思ったけど、望遠撮りなのでなかなか着かない(笑)。
あの、レンガっぽいトコがそうだよな。
なんだ、頂上じゃーん。
ヘロヘロしながら進むと・・・。 -
ン!
歩道の右手に、『国民党軍警機(?)降地』のインフォメ・・。
は?
ココではないよね。
あのレンガの所だよね?
先に進みますが、もはや矢印はなくなっており・・。
えーっ!
何もなかったじゃん!!
飛行場じゃないの?!
英訳があるぞ。
「マシンガン・・ポジション、オブ・・なんとかアーミー、えーとォ・・ポリス・・じゃなくてプレイス?」
ひょっとして、対空マシンガンみたいなの? -
なんだー。
飛行場かと思ったじゃん。
この草むらが、そうらしい(笑)。
うーん。
うーん。
どっからみても、ただの空き地。
うっすら基礎のようなものがみえるようなみえないような・・。
やっぱ、わかんないや(笑)。
木陰から見えていた、さきほどのレンガは関係なかった模様。 -
もー!
どうみてもただの草むら見に、わざわざ登ったのかっ!
バカバカー!
肺が痛くて、それ以上自分を責めることはせずに、フラフラ長い階段をおりて戻ってきます。
ひー、ちかれた〜。 -
インドア派には、ちとつらい紅岩村。
あんまり上り下りナシで、すませたい・・。
懲りに懲りて、ゲートからよろめき出て、ミュージアムへ向かいます。
建物系なら、だいじょぶでしょ。エスカレーターでしょ。 -
キターっ!!
ココは寺か、山寺か!
入った途端に、どーんっと息もつかせぬ階段が、そびえています。
あまりのことに声も出ず、涙目でもぎりのおいちゃんの顔を見詰めると、順路が分からないのかと、
「小姐、あそこからだよ」
と、指差してくれます。
・・階段の上を・・・。 -
・・ワタシはいいよ?私は。
でもさ、お年寄りとか小さい子とか、大変じゃん。
世の中、エコあんどバリアフリーでショ?
ここはエスカレーターあった方が、無難だと思いません?
ねえ、館長さん。
ゼエゼエ、ハアハア、ゲホッ・・!
みたいな。
額にヘンな汗を浮かべながら、ようやく何階だか分からん段上へ。
・・ワタシはいいよ?私は・・ゲボ・・ッ! -
間接照明が、効果的です。
赤いのはやっぱ、紅岩村だから(笑)?
さっそく順路にそって、行ってみましょう。 -
しょっぱなから、こゆいな(笑)。
劇をみているような配置ですが、どうやら日本軍の攻撃を逃れて、この紅岩村へ到着した中国の人たちー。
自分的に、このノリってある意味、とってもチャイナ・テイストなんですけど。 -
空爆され燃えている、重慶市内を写したフィルムが流れています。
もうほとんど柱しか残っていないのに、粘り強い消火活動が行なわれています。
もう手の施しようがないよなあ、と感じてしまいますが、実際に住んでた人なら、僅かでも焼け残って欲しいと思うだろうし。 -
こちらには、あまり戦争被害の展示はなく、どちらかといえば「八路軍がんばった」系の展示なので、陳道明めあてにドラマ『大長征』をコマ飛ばしで観たくらいの私では、どんだけがんばったのかよう分かりやせん(泣)。
(『大長征』・・中国のTVドラマ。毛さんが主役。たぶんこの手のは年末の忠臣蔵くらいありがち?ですが、ダオダオが蒋介石役で出演してるのがあるんですー!陳道明ファンにはマニアックに楽しめる作品)
こんなときは、「やっぱ解説付きのツアーが・・」と、思ってしまうなんちゃってひとり旅派です。 -
旅行中国語程度なので、展示してある内容のすべてがわかる訳ではありません。
ですが、こうやって中国のあちこちミュージアムをまわっていると、ひとつ実感できることがあります。
それは、いわゆる『歴史問題』っていうのが、とても重要だっていうこと。 -
「アジアを欧米の植民地主義から守るんだー」
とか
「日本が欧米に支配にされないために戦うんだー」
とかいって、逆に台湾・朝鮮半島を植民地化し、中国を狙い、アジア地域を血みどろの戦場にして、地元の人々と戦い殺しあった日本側には、後ろ暗くって直視したがらない部分が、いまだあったりしますが。
中国の人にとっては、侵略され意味もなく殺されていくなかで、権力闘争のなかで危ういながらも連帯し、日本軍を追い出し、その後の内戦で傷つきながらも国を立ちあげた、というのは中華人民共和国誕生の重要なアイデンティティーであるわけです。
そこを「日本の金めあての嘘とでっちあげ」「まぼろし」なんて否定されたら、そりゃ会談キャンセルされるし、地元も怒ってデモをするわな。 -
いまの自分と同じ世代なら、国土を戦場にされたのは、爺ちゃん・婆ちゃん(もしくはひい爺ちゃん婆ちゃん)世代のあたりですから、「歴史」と呼ぶには生々しく、実際に話を聞いたりそのまま現場で生活したなら、過去の出来事をじゅうぶんに追体験できるでしょう。
ましてや戦争を通じて確立した政権が、現在も機能しているわけですから、日本側が「やったやってないかハッキリしない部分があるなら、全部やってないってコトでいーんじゃん?」みたいな態度をとれば、感情的にも政治的にも待ったをかけるのは、当たり前だと思います。
数字の話になると正確なのが出ないからといって、被害そのものを疑ってかかる風潮は、あのアウシュヴィッツですらあります。
ですが、アジアの歴史問題では、逆にそういった流れに対抗して、中日、そして朝鮮半島や東南アジアの人たちが互いに共同研究をしていく場面が多く生まれています。
やっぱ、相互理解が重要だよなー。
そのためには、メディア頼みにせずにこうして現地へ行くのも、ひとつの交流?←なんでも旅の口実 -
紅岩村の展示は、どちらかといえば後の政治中枢までいった「組織の歴史」がメインで、政治家さんよりも民衆の個々の個人史や、地域や郷土からみた「歴史」が好みな私には、ちょっと面白くなかったですが。
もっと読めれば、組織史もドロドロしてて面白いかなーと思いました。
おし!
メインへGOだ!
あ、あれ・・・。
どうやって、市内へ帰ったらいーんだ?
タクシーで来ちゃったからなあ。
あたりを見まわしても、郊外の建築中の建物ばっかで、人通りもまったくありません。
トラックばっか走ってる・・。
そもそも、駐車場とかでっかく使ってる割には、バスが一台も停まってないし、見学者オレっちのみだし。
さびしーなあ。
とりあえず、バス停さがすか。
記念館がそびえる、小高い丘の階段を、足をカクカクさせながらくだって、敷地をあとに一般道へでます。
うっうっうっ・・。
最後まで、標高差があるよう〜。
見渡すかぎりバス停は見えませんが、一本道ですので迷うことなく来た方向へ、歩き出します。
バス停探している最中に、タクシー来ればそれに乗ってきゃいいし。
しばらく歩いて、バス停見えず。
ようやくタクシーが対向車線に姿をあらわしたので、大喜びで停めますが、「市内へは行かないよ」と乗車拒否されてしまいます。
仕方なく、ようやく見えてきたバス停でバスを待つことに。
霧都賓館でもらった、バス・ルートつきの地図は超お役立ちで、バス番号をチェックし、霧都賓館へ続く坂の下にある『』バス停まで行くバスに乗り込みます。
いやー便利だ。
サンキュー、ホテル。
まだ、成都でのスリのショックが抜けていないので、さりげなさを装って(笑)、ウォレットチェーンにつないだ小袋をしっかり押さえながら・・。 -
終点が『』なので、迷うことなく降りることができました。
『』は、ビルの1階にある総合バスターミナルのようで、たくさんのバスが停まっています。
とりあえずビルの外に出て、タクシーを拾い、ドキドキしながら霧都賓館の小姐が書いてくれた、『徳意大(?)炸遺跡』のメモを運転手さんに見せます。
「ウォ、想去ジェール。能不能?」
「行けるよ」と言う運転手さんは、けっこう若い人。
やっぱり、社会科見学で行ってんのかなー。←そこ離れなさい
河岸の道路をぐんぐん進むと、いつしかゴチャゴチャとビルが密集し、人の多く行きかう中心部へ滑り込んでいきます。
ボンヤリ車窓を見ていると、運転手さんが声をかけてきます。
「あそこだよ、小姐」
「えっ?えっ?どこどこ」
運転手さんの指差す方向を見ると、でかいビルがどーんっとあり、その足元にうずくまるように、灰色の塊が小さく口をあけています。 -
(あーこれ知ってる。そっか、十八梯・・現場に記念碑を建てたんだ・・)
運転手さんにお礼を言って車を降り、ぱたぱたと通りを横切ります。
十八梯。
そこを訊ねるために、今回の中国は重慶にすると決めたのです。
いま立っている事が、なんだかスゴイ・・。
やば。
むっちゃ高鳴るよ。
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この旅行記へのコメント (7)
-
- ジェームズ・ボンドさん 2008/07/09 13:35:11
- 空爆
- 一般的な「空爆」の解説本は、なかなか有りませんが
「空の戦争史」田中利幸著 講談社現代新書
という本を見つけました。
これは、全編を通じて「原爆投下が太平洋戦争を終結に持ち込んだ決定的要因」という神話が生まれた経緯について解説されています。
また日本が1937年に「防空法」を制定し幼児老人病人を除き空襲避難を認めず結果、おびただしい犠牲者を出した、という意見については考えもしないものでした。
- きっちーさん からの返信 2008/07/09 19:58:16
- RE: 空爆
- ジェームズ・ボンドさん、ありがとうございます!
さすが、スパイ(笑)!
「空の戦争史」田中利幸著 講談社現代新書
こんど、探してみます!いつもありがとうございますー。
先日、4月に港区でおこなわれた、重慶大爆撃裁判の公開講座へお出かけしてきたのですが、すごいっすね。
重慶だけでなく四川省全体が日本に爆撃を受けていたことに、衝撃を受けて帰ってきました。
裁判の学習講座なので、わりと正確でいろいろな資料がみれんだろうな、くらいの意識だったのですが・・。
いやー。きびしいっすね!
1941年は特にすごくて、8月は重慶だけで17日も爆撃されてて、引きました。
空爆下も、重慶の人たちは防空洞を整備して、爆撃が始まった当初よりは、徐々に死者も減っていったそうですが、そーはいってもなあ!
半月以上爆撃されてるって、生きていけませんよ。ふつー。
死者も減ってるけど、人数も減ってたんじゃないのー?と、心で突っ込みを入れてしまいます。
北京大学教授の講演と、日本の学者さんの講演の2本立て。
マニアックな研究ですが、 こういうことやってる学者さんもいるんだなーと、感心しました。現地での共同研究もおこなわれているそうです。
そういうのきくと、ちょっとホッとします。
時間があれば、連続でやってるみたいなので、聞きに行きたいなーと思いました。
そいでは、また!
- ジェームズ・ボンドさん からの返信 2008/07/09 21:49:42
- RE: 空爆
- 重慶は1938年末から3年間にわたり200回以上の攻撃にさらされ1万2千人近い死者を出したそうです。
また米軍による日本空爆の陰には東南アジアの多くの市民犠牲者たちが居たそうです。
これは日本軍が駐留していたサイゴン、カムラン湾、プノンペン、ペナン、クアラルンプール、バンコク、ラングーン、シンガポールなどを何度も空爆した結果との事でした。
1914年から始まった空爆という戦術は現代のアフガン、イラク爆撃に至るまで無差別爆撃の歴史で「非人道的」という意見が出たのは、ごく初期だけだったというのも酷い話です。
無差別爆撃は過去の話ではなく、現在進行中の事なのは驚きです。
- きっちーさん からの返信 2008/07/12 19:08:16
- RE: RE: 空爆
- ジェームズ・ボンドさん、こんにちはー!
今日、さっそく本屋さんで「空の戦争史」を買ってきました。
一駅となりの本屋さんまでいつものように歩いて行ったのですが、死ぬほど暑かったので帰りは速攻バス乗車です。
寒さはガマンがききますが、暑いのはツライですね。
生きていけません。
早く涼しくなんないかなー。←夏はこれから
読み終わったら、またメールしますね!
そいでは、また!
きっちー
- きっちーさん からの返信 2008/08/01 22:39:38
- RE: 空爆
- ジェームズ・ボンドさん、こんばんわー!
よーやく読み終えました!←おっせ
マンガっこなもんで、活字を読むとのび太病が・・すやすや・・ハッ!みたいな(笑)。
通勤電車の中で、入り口のコーナー部分で立ち寝状態を回避しつつ、行き帰りで読み上げました。←ほーこく
なんか、良心的な筆者の方ですね。
平和記念館のくだりでは、「そーなんだー。3ヶ国語くらいつけてんのかと思ってたー」と、驚きました。
長崎は行ったことあるんですけど、広島は行ったことないんですよー。
今年行けるかと思ったんですが、仕事で流れた・・。
筆者の方の、世界のヒバクシャを含めた問題意識も共感できたし、「精密爆撃」がいかに言葉だけのものであったかも、空爆の被害実態を通じてよく分かりました。
ただ残念なのは、この方のモチベーションに日本のアジア侵略がねっこにあるわりには、正面から日本の空爆を検証していないし、重慶大爆撃に触れているのはわずかです。
また(前回も書きましたが)なぜ3年としているのか理解できません。
いずれにせよ、ヨーロッパの空爆史を批判的に検証した本として、すっごく勉強になったし、軍事に疎い自分にはマニアックで面白かったです。
また、いい本があったら教えてくださいませ!
ありがとうございましたー!
きっちー
- ジェームズ・ボンドさん からの返信 2008/08/01 23:41:32
- RE: RE: 空爆
- そうですよね、なかなか読書の機会は有りそうで無いです。
重慶の3年は資料の評価基準が違うのかもしれません。
広島の資料館へは行きましたが、著者と同じ違和感を持ちました。
数字には色々な説が有るものの、文末の「その日本は推定2100万人という数の死傷者の犠牲を中国に、その他にも数百万人にのぼる死傷者の犠牲をアジアの様々な国民に強いた国であったのである」は重く感じました。
話は変わりますが、話題のホラーアニメ「崖の上のポニョ」を見ました。
ストーリーは「5歳の男児に人面魚が取り憑く」という怖いものです。
(中でも車に乗った男児を波に乗った半漁人ポニョが何処までも追いかける場面、人面魚が男児の生き血を啜り半漁人に変身する場面は特に怖いです)。
あんな恐ろしいアニメが子供向けとはビックリですよ!
- きっちーさん からの返信 2008/08/01 23:58:57
- RE: RE: RE: 空爆
- え・・。
それってトトロでお馴染みの、宮崎アニメじゃなかったですっけ?
ローソンでバージョン違いのオマケ付きで、オトナ心も子ども心も刺激するようなやりくちで、チケット売ってそうな。
そんな筋なんですか?こえっ!
まあ、おとぎ話はよく考えるとおっかないのもありますが、そんなにすごいんですか。
CMだと、お子様向けメルヘン、ちょっとディズニー入ってない?ひょっとしてふた開けたらニモ系映画・・だと思ってたのに!
へえ〜。
ジャッキーとりんちぇの夢の競演「ドラゴン・キングダム」をいつ観に行こうかと思ってたのですが、そんなホラーなら観てみたいような・・。こわいのって、いいですよね・・。
私も余談ですが、アニメといえば夏休みのルパンSPを観たら、設定「メメント」っぽくてちょっとガッカリ。
長い枠だと中弛みしちゃってよくないですねー。←ヲタク
銭形警部が頑張ってたオープニングだけ萌えてました(笑)。
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