2004/09/21 - 2004/09/21
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ユッコさん
今回は、ナポリからの帰りの飛行機の中で知り合ったナポレターノ、ダヴィデさんとの京都訪問気です。
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★イタリアから帰ってきたその週の木曜日、なんとなく毎日ダビデさんがどうしているか気になっていたので、夫に言ってみた。
「ダビデさん、どうしてるかね」
「それじゃ電話してみる?」
えー!?自分の方からあまりよく知らない人に、連絡取ってみようかなんて、夫の口から出てくると思わなかった。私は気になる反面、さんざん旅行してきた後で疲れ気味だったので多少面倒くさい気もしたけど、人見知りをする夫から意外に積極的な意見を聞いたので、そのやる気をそいではいけないと思い、電話をかけることを勧めてみた。
早速宿泊先の京都国際ホテルにかけてみることに。
まだ夜も早い時間で、外出しているかと思いきや、すぐにダビデさんと繋がった。夫が妙に高いテンションで挨拶をし、土曜日京都を案内するという約束をして電話を切った。なんかちょっと面白い事になってきたぞー、という気持ちと、なんかちょっと面倒な事になってきたぞーと言う気持ちが入り混じって、土曜日の朝を迎えた。
★京都行きの快速で、私は何か会話に詰まった時は何の話題を提供するか、いくつか考えていた。夫はこういう話題づくり&話題広げという能力があまりない。だから人付き合いが苦手なんだと思うけど、そういうところは私がフォローし、夫は通訳という事でいいだろうなどと考えつつ、旅疲れが抜け切れないのでちょっと後悔していた。
京都駅から二条城の前に止まるバスに乗って約束の11時を5分遅れるぐらいにホテルに着いた。
イタリア人は時間にルーズだと聞いているので、ひょっとしたら待たされるかもね、などと話しながらロビーに行くと、既に彼は待っていて
「いやー心配して携帯に何回も電話しちゃったよー」というではないか。見ると本当に着信履歴がある。5分弱遅れただけなのに、なんと律儀なイタリア人なんだろう、と感心したけどそうではなく、夫が約束した際に土曜日と言っていたけど、日にちを言い間違えていて、今日なのか明日なのか心配だったらしい。
★私が話題を心配する必要もなく、ダビデさんは次々と日本で体験した事を夫に喋り始めた。コロッケにそっくりな食べ物が日本にあってびっくりしたとか(それ私達も同じ事思ったし)、ゆうべホテルの中庭の日本庭園で舞台をしていたけど何か記念の日だったのか?(秋分の日?)とか、行き先が分かりにくくて一人で出歩くのは難しいなどなど。
私達は移動手段をバスにしようと思っていて、一日乗車券を買っていた。ダビデさんにも買うように勧めるのがなんか悪いな(と何故かその時思っていた)ら、彼は既に持っていた。昨日使おうと思って買ったけど、使い方が分からず運転手さんに見せただけで乗車していたらしい。検札機を通していないので今日も使える、ということで心配ご無用だった。それでは早速、今日のメインでもある北野天満宮の蚤の市に向けて出発した。 -
★バスで天満宮前に到着。私達もはじめて来たので結構な賑わいに興奮してきた。
縁日では定番のお好み焼き・たこ焼き・ベビーカステラ・すじこん煮などなどが並んで、当たり前の光景だけど、イタリアの人が見たらこれらの食べ物をどう思うだろう?と考えるとすごく新鮮な気がしてきて、日本て結構独特なもの食べてるよなぁと改めて思った。
食べ物に混じって古い着物や工芸品、日用品なども並んでいた。丁度着付け教室に通っていたので、着物はすごく興味あった。帯締めが欲しいなと思い見ていたら、ダビデさんがそれは何?と聞いてきた。私はその辺の帯と重ねて、このように使うと説明した。ああ、着付けに通っていて良かったと思った瞬間だった。多分通っていなかったら、私も何か知らなかったでしょう。
着物を利用したアロハシャツも売っていたけど、恐ろしく高かった。ダビデさんはこの通りで、男物と女物の着物と、一味唐辛子などのスパイスを買っていた。
★天満宮の三門くぐると門に天狗が飾ってあった。これは何か?と聞かれ、天狗は天狗だよなーと思い答えに窮した。当たり前に知っているつもりでも、意外に由来なんかは知らないものだな、と感じた。
本堂の脇にあるろうそくが並んでいるところを見て、あれは何か聞かれた。お父さんが亡くなったので、何かしたいとの事だった。さすがにそれは分からないので、受付小屋のおじさんに尋ねると、神社に寄付みたいな意味で1本立てるのに100円だとか言われて、辞めていた。
★本堂から右手に行くと長五郎餅の茶店があった。私は休憩したかったので、中に入ることにした。
私はお抹茶と餅のセット、夫とダビデさんは普通のお茶と餅のセットを頼んだ。夫が抹茶が好きじゃないのは知っているけど、ダビデさんも既に抹茶を体験していたようで、お気に召さなかったらしい。
この店は秀吉の時代からあるというのが壁に貼ってある説明で分かった。2人は盛んにお喋りしている。私のフォローなんて全く必要なかった。
★脇の門から出ると更に蚤の市らしい感じの、骨董やら古い日用雑貨が並んでいるところに出た。
ここからは食器などが多く並べられていて、外人慣れした店の人が、ダビデさんにこれいくら?と聞かれても、値切らないよ〜という空気を漂わせて、変な強気の英語で応対していた。
そこで湯飲みをいくつか購入し、ダビデさんの買物熱は高まっていった。さっきの着物といい、そんなの買って大丈夫かな?と心配になってきた。
私も帯締めを一つ買い、これでどんぶり食べたらおいしそうだな、という丼茶碗を発見して2つ買った。
更に進んでいくと、古い歌舞伎の台本や教科書などを置いているところで、ダビデさんは長いこと物色していた。私達もあまり目にした事のないような、変わった本もあったけど、結局誰か分からない個人の古い手紙を買っていた。何故それにしたのか尋ねると、古い直筆だから価値があるのではないか、ということだった。確かに他のものは古いとはいえ印刷物だけども、その手紙は微妙…。でも本人が満足している事だし。
★ひととおり見終わって、さっきの境内に戻ると、おばちゃん達が何か石像の前で数人たむろしてる。
聞くと、この石像の鼻の穴と耳と頭に一円玉もしくは小石を全部乗せられて、それを財布に入れておいたらお金に困らない、というまじないらしい。ダビデさんも挑戦し、成功していた。
★思わぬ小イベントをこなし、入口の煮立ったおでん屋で軽く昼食をとることにした。
そのおでんは汁の濃さとは裏腹に全然味が染みてなくて、見掛け倒しの味だった。しかも一個ずつがべらぼうに高い!私達は3人でそのちょっとずつの具を分け合った。なんか貧乏臭い昼になった。
日本の食生活がこんなに貧しいものと勘違いされたらどうしようかと心配になった。ダビデさんはしきりにベビーカステラを気にしていたので買ってあげればよかった。 -
★ぎゅうぎゅうのバスで東山方面に移動。
左手で吊り革につかまっているとダビデさんから、何故結婚しているのに指輪をしていないの?と聞かれた。やっぱりそういう発想は西洋から来ているのか。
夫は元々結婚指輪を持っていなくて(私は夫に指輪をして欲しいと特に思っていなかったし、夫もそう思って買わなかった)、私の場合は旅行前まで普段いつもしていたけど、旅行中に急に痒くなってそれからはずしていた。そんなことをいちいち説明するのが面倒だったので、特に意味はない、と返答した。
丸太町通を眺めながら、日本の家屋の瓦や扉についている丸い紋章みたいのはどんな意味か?
家紋でしょう。
何故街中にフランス語やイタリア語の看板がたくさんあるのか?
日本人はイタリアやフランスがとてもお洒落な国として憧れているので、飲食店や雑貨・洋服屋などの店名によく使うと説明した。
よくもこんなに質問があるなー、と思いつつ、鋭い指摘なのでホントなんでだろう?と自分達も考えさせられる事が多々あった。
そこへ多種多様な外人の団体が大勢バスに乗り込んできて、隣りに立った人に、何処から来たの?と聞いていた。本当に何でも質問するなぁ。
★そのうちに人も減って、それぞれ一人席に座った。私の後ろにダビデさんが座ったので、今度は私から質問してみよう。事前に用意していた話題その1を聞いてみることにした。
「イタリアの女性はみんなへそを出した短いシャツに股上の浅いズボンを穿いているけど、そのファッションについてどう思うか?」これは是非聞いてみたかった。
2004年夏、ローマとナポリの女性は猫も杓子もヘソ出しルックだった。まるでヘソを出さなきゃ女じゃないみたいな空気があって、中には股上から足の付け根やお尻の割れ目まで見えそうな人、この人には出してもらいたくない、というような見苦しい人もいた。男性の中には清楚なファッションが好きな人もいるだろうと思うし、私なんかはそんな色気むんむんファッションは全然好みじゃないので、流行っていてもやりたくない。でもやっぱりラテンの人は色気が重要なんだろうか?
しかしへんてこな英語とジェスチャーで、一生懸命説明したけど全然伝わらなかった。結局前に座っていた夫に助けてもらい、質問がようやく伝わった。
ダビデさんは僕はすごく大嫌いだ、と言った。とくに太った人の見苦しさときたら、とさも嫌そうな顔をして。なんだやっぱりイタリア人もそう思うんだ。でも、なんかダビデさんてあんまりイタリア人ぽくないので、もしかしたら少数派かもしれないけど。 -
★三条神宮道辺りで降りて神宮道を進む。知恩院の修行者たちの団体が何か言いながら歩いてきたので、何をしているのか聞かれた。
さぁ?修行?
青蓮院門跡を入ると、門の扉に丸い鉄がくっついているのを指して、これは何?と聞かれた。うーん、答えられない。これは後で調べて、”乳鋲”というものだと分かったので、メールで教えてあげた。打ち付けた釘を隠す為の装飾だそうです。
知恩院に移動しお堂の中を見学。そして円山公園へ。夫がここは春には桜、秋は山の紅葉が美しいと説明していた。
ねねの道の売店で抹茶のソフトクリームが食べたくなって、一人並んで買った。それを見てダビデさんが自分も欲しいというので、「ソフトクリームください」と言うように教えてあげた。周りの客も固唾を飲んで聞いてる中「ソクトクリムクサイ」ぐらいの発音だったけど、店員さんが微笑みながら渡してくれた。
味の方は「苦い!」と言ってやはり抹茶はお気に召さなかったようだ。
八坂の塔の近くに妖怪みたいな置物やお面なんかを売っている店をご存知だろうか。はっきり言って不気味なんだけど、ダビデさんは興味を持ったらしく、妖怪みたいな絵のついた絵葉書を購入していた。西洋にはないタッチなので買ってみたらしい。
二年坂のよーじやで油とり紙などを購入。裏手の茶室を見てやはり質問。これは何か?
昔日本庭園に茶室を作るのが風流だった、と説明すると、あなた達の家に建てないのか?と言われた。夫は私達の家はとても小さなアパートなのでとんでもない、と答えていた。ここで日本的にマンションだからとんでもない、なんて言ったらどんな邸宅に住んでいるのかと勘違いされるとこだね。
産寧坂のお土産店に刀やちょうちん、はっぴなどを売るべたな店にダビデさんが興味を示して、小さな洗濯干しに留めてある鉢巻を手にとった。
鉢巻にはそれぞれ「合格」「一番」「神風」などと景気のいい文字が書いてあり、これが是非欲しいと言うのだ。夫に単語の意味を約してもらい、迷った末「闘魂」に決めていた。自分の信条に合っているので、というのが理由だそう。
更に店の中の印籠を手にし、これは何の家紋か?葵の御紋だったので、「将軍」と答えると、「オー水戸光圀」と言うので、「おーいぇす、いぇす」と店の人もこの知識には感心していた。
こんな店で土産を買う人がいるのだろうか?と思っていたけど、外人さんがターゲットなのか -
★清水寺に到着。入場料がかかるので、私達はいままで何度も近くに来ていながら二人とも修学旅行以来見学した事がなかったけど、今日はせっかくなので入った。丁度夕日が沈む頃で、しばらく市街を見渡した。ポポロ広場の脇のピンチョの丘で見たきれいな夕日の街並みを思い出し、日本で一番日本らしさが残ってるはずの京都でも、巨大な墓場みたいなビルが目立つ景色に、悲しくなった。
境内に移り、ここが有名な清水の舞台だと説明した。
「清水の舞台から飛び降りる」という諺はここが由来だと付け加えた。ダビデさんが思ったほどの反応を示さないのは何故だろうと思ったけど、考えたら舞台の上に立ってるだけではよく分からないんだよね。
斜め向かいのステージに移動して、下の立派な足組みを見て初めて感心するに至る、ということを私達も十何年(夫は何十年)ぶりだったのですっかり忘れていた。
下にある音羽の滝で超ロングな柄杓を使って、頭上の岩盤から水鉄砲のように流れ落ちる水を汲んで飲むと恋愛が成就するとか何とかで、並んだけど私は超ロングな柄杓を口に持っていくのが一苦労だし、なによりダビデさんのたくさんのお土産を持ってあげたので飲まなかった。
すっかり日も暮れて、私達は四条河原町方面へ向かった。 -
★何処で食事をするか、事前に色々考えていたけど、夫は日本の庶民的な店を紹介したかったらしく、ビルの4Fにある村さ来”昭和バージョン”に連れて行くことにした。
この昔なつかし風味をダビデさんが理解してくれたかどうか不明だが、大阪で大学の人たちに食べた事ないような高級イタリアレストランに連れて行ってもらったらしいし(イタリア人が行ったことない様なイタリアレストランというのも不思議な話だ)、日本の外食のぴんからきりを体験できた事でしょう。
豆腐やら餃子やら居酒屋メニューを頼み、昼と同じく3人でつついた。枝豆を食べていたらびっくりされて、中の豆だけを食べてさやは捨てる事を知らずに、さやごと食べてしまったらしい。こっちのがびっくりするよ!
★夫がトイレに行ったので、ここで私が用意した質問その2を尋ねてみた。
「帰れソレントへ」の歌を知っている?
オー知ってる知ってる、ということで大いに盛り上がった。
「フニクリ・フニクラ」も知っているという話をしていたところへ、夫が戻ってきたので
「トラーのパンツはいいパンツー、強いぞー強いぞー」がどんな意味か教えてあげた。
元々火山に登る歌なのに、なんでそんな日本語訳がついたのか不思議がっていた。
居酒屋メニューの端に剣玉の挿絵がしてあって、それを指して「ヤッタマン」と言った。ああ、ヤッターマン、そいうえば剣玉もってたねぇ、というところから、日本のアニメの話になって
キャンディキャンディ、ベルサイユのバラ、ルパン三世、うる星やつら、北斗の拳、などなど知っているアニメを列挙して盛り上がった。聖闘士星矢なんていうのは私の弟の世代なので、夫はさっぱり分からなくった。主題歌まで歌ってくれて、これはかなりのマニアらしい。
★店を出て、新京極、寺町通りと歩いて三条まで来たけど、バスでホテルまで帰るには三条京阪のバスターミナルまで行かないとないことが分かった。このまま市役所前から地下鉄に乗ればすぐなのに、夫はまだ余韻に浸りたかったのか三条京阪まで行くと言い張った。
★着いてみると駅前に大きなブックオフがあったので、漫画がいっぱい安くで買えるということで入った。今メジャーなのはダビデさんも大概知っていて、これから人気が出そうなのを紹介して欲しいと言われた。私達は昔のならよく知ってるけど、今のはさっぱり分からなくて、中古ビデオの方を見に行った。よくわからないやつで妥協しかけた時、宮崎駿のアニメが目にとまった。意外にもダビデさんは知らないというので、それならということで「風の谷のナウシカ」を買うことにした。
★いい買物もできたしバスに乗ってようやくホテルへ戻りだしたのは22時を過ぎていた。
さすがに疲れたのかダビデさんの質問もなくなっていたけど、持っていた携帯がポケベルのように小さかったので、そんな話題をしていたら、待ち受け画面の彼女の写真を見せてくれた。夫に結婚を切り出す時はどの位付き合ってからなのか、とか相談していた(全然役に立たなかったと思うけど)。
彼女は博士号を取得す為にNYの大学へ留学しているらしい。まぁなんて世界を股にかけてる人たちなんだろう、と感心してしまった。
★ホテルまで送り届けると、京都駅までのバスは終わってしまっていた。
ダビデさんは恐縮して地下鉄の駅まで送ってくれた。そしてとても感謝され、ちょっと感動の別れになった。
私達はくたびれたけど、海外旅行に匹敵するぐらい楽しい時間を過ごす事ができた。夫は一日自分の英語で案内できた事が語学の自信を深めたようだ。私達はとても満足して帰宅の途に着いた。
★後日ダビデさんからメールが届き感謝の言葉と共に今はノルウェーに来ているので、ということでバイキングの遺跡の写真を送ってくれた。夫はお返しにケンシロウの壁紙を送った。
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