2007/08/09 - 2007/08/11
139位(同エリア444件中)
デコさん
ドブロヴニクを後に次に向かったのは、ボスニア・ヘルツェゴヴィナのモスタルです。
途中のネウムまでは、スプリットからドブロに向かう時と同じコースですが、
ネウムを越えてからは全く未知の世界。
バスは今回の旅では初めての指定席で、たまたま私の横に座ったのが、
これからサラエヴォへ戻るという日本人女性。
この車内の中でたった二人の日本人が偶然隣同士に座れました。
久しぶりの日本語に二人ともおしゃべりしっぱなし。
サラエヴォの現在の様子などもお聞かせいただけました。
戦争の傷跡はいたるところに残っていると・・・
窓から見える風景は、のどかな中にも、
教会などないのに見晴らしのよい丘には真新しいたくさんのお墓が所々に見られ、
たまに戦車や大砲が置いてあったり、銃弾の後が残る壁をそのままにしながらの民家、
建て直しをしている途中の家がいくつもあったり、
ただ赤いレンガを積み上げただけの住居・・・と目にするのも、少しずつ変わっていきました。
途中、国境越えでパスポート検査、しかし検査官はバスに乗り込んでこないで待つこと30分以上、
結局パスポートを見ることなく通過しました。
モスタルに着いて、バスターミナルで降りたとたん、その足元には銃弾痕、
ホテルに向かう間にも、銃弾痕の残る建物に生活している様子が、しっかり見て取れました。
町の中も同じような光景が続くのですが、
人々はいたって普通の生活を坦々と続けています、心の中の傷はわからないけれど。
しかも美しい風景は人々の努力によって取り戻されてきています。
イスラム寺院に正教会やカトリック教会があちこちに建っていて、
見所の石橋付近では、たくさんの観光客でにぎわっていました。
お土産物屋さんやレストランが所狭しと並び、
石橋ではパフォーマンス(川への飛び込み)もしっかり見ることが出来ました。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス
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ドブロヴニクからサラエヴォ行きのバス
全席指定席で、偶然にもサラエヴォに戻るという日本人女性と隣席になりました。 -
ボスニアヘルツェゴヴィナ入国のため、
バスの中で30分以上も待機。
一人ひとりのパスポートを見に来るのでなく、
バスの乗務員が、全員のを集めてもって行きます。 -
所々で、このように見晴らしのよい所に、
墓標がたくさん立っています。
真新しいものも多いです。 -
モスタルのバスターミナル
バスから降り立ったところに、床のコンクリート部分に着弾痕と思われるものがまだ残っていました。
この向かって左隣が鉄道駅です。 -
ホテルに向かってネレトヴァ川を渡っています。
とってもきれいな色の川が流れていて、
思わず荷物を置いて、しばらく見とれていました。 -
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橋の上です
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橋を渡ったところの集合住宅の壁に銃弾後がいくつも残っています。
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チェックインしてさっそくお出かけです。
ホテルから通りに出てふと見ると、もうこのような建物が姿を現します。
どうたら、人が住んでいるところには窓ガラスがはまっているようです。 -
破壊されたまま・・・
ここに住んでいた人たちは、今頃どうしてるんだろう -
これじゃあ、どうしようもない
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窓ガラスがはまって生活が感じられるお部屋がいくつも見られるのですが、建物の銃弾痕はそのままです。
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こちらでは、ぼちぼちレンガを積み上げていって住めるように・・・
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新しい建物と、銃弾痕の残る無残な姿の建物は
隣り合わせです。 -
こちらも、きれいに改修された建物と、破壊されたままの建物とが隣り合わせです。
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何の建物なのかわからないのですが、
目を引く建物なので、ついつい撮影 -
こちらでは、1階部分でお店が復活
2階部分は窓ガラスすら割れて取り去ったまま -
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カラジョズ・ベグ・ジャーミヤの前のお墓の入り口のようです。
イスラムの雰囲気いっぱいです。 -
カラジョズ・ベグ・ジャーミヤ
この尖塔の上に登れますが、
なぜか、素通りしてしまいました。
銃弾痕の後遺症?上る元気が出てこなかった・・・ -
手前の右側の建物にも、無数の痕がありました。
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コスキ・メフメット・パシナ・ジャーミヤへの入り口
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入り口から見える風景
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コスキ・メフメット・パシナ・ジャーミヤの中庭にあるものは、水飲み場
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コスキ・メフメット・パシナ・ジャーミヤの尖塔
ここにも、上れるようです。 -
コスキ・メフメット・パシナ・ジャーミヤ
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コスキ・メフメット・パシナ・ジャーミヤの庭からは、石橋を撮影する絶好のスポット!
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ネレトヴァ川の色は、なんともいえません。
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トルコの家への表示があります。
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この門を入っていきます
中で入場料を支払います。
2KMか1€、どちらででもいいようでした。 -
入ったところの庭には、このような噴水があります。
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トルコの家
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生活用品がたくさん
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日本と同じように、靴を脱いで、2階に上がらせていただけます。
2階には、見事な装飾の天井や家具や絨毯やらが、そのまま生活しているように展示されています。 -
ほんとに見事な模様です
これを手作りで、そして大事に使っていく・・・
忘れてはならないことを思い出させてくれます -
ここは寝室のようです
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家族そろって団欒できそう
ソファに座ることもOKでした。 -
天井も凝っています
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細かくって美しい装飾です
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こちらの天井も凝っていて、部屋によってそれぞれ違います。
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2階から中庭を見下ろして
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入り口付近の棚からは、こんなものがぶら下がっていました。
食べられるのかなぁ・・・ -
メインストリートは、お土産物屋さんやカフェなどがズラ〜と並んでいて、観光客で混みあっています。
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レストランの席からの眺めです。
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これもレストランの席から
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石橋へ通じる通りの下にもレストランがあります
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混みあう通りを掻き分け掻き分け進んでいき、やっと橋の上に到着
さっき庭から石橋を見ることが出来たコスキ・メフメット・パシナ・ジャーミヤ方面 -
そして、反対側の眺め
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先ほどのレストランも見えています。
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飛び込むパフォーマンスを始めてはいるのですが、
飛び込むカナと思ったら、準備体操したり、
今度こそと思ってカメラを構えたら、後ろ向きになってブラブラ歩き回ったり、
ほんと、焦らせるのが仕事!みたい -
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橋の上では、30分以上も
飛び込む振りだけのパフォーマンスが続いていました -
バシャーン!
あれ?飛び込んだ?と思って辺りをキョロキョロ・・・
こちらの方で子供達がバンバン飛び込んでいました。 -
ネレトヴァ川に流れ込む小さな川の上流へ
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小さな川にもいくつか橋がかかっています。
周辺には、イスラムの教会もいくつか建っています。
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この旅行記へのコメント (2)
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- Takahideさん 2007/08/27 12:57:58
- 10年一昔といいますが
- 変わっている所もあれば、変わっていない所もありますね。
私が行ったのは1997年2月で、同じように、ドブロブニクからバスでモスタルへ行きました。(駅に併設のバスターミナルは変わっていないようですが、バスは新しくなってます)
私が行った当時は、橋は仮橋で、別の橋の両側には国連兵がいて、クロアチア系とモスレムとで町が二分している状態でした。
当時、破壊されたままだった、お店がが復活しているのは頼もしいです。
当時の写真
http://www.geocities.co.jp/HeartLand/1035/Croatia-Bosnia/05.html
- デコさん からの返信 2007/08/27 17:03:24
- RE: 10年一昔といいますが
- Takahideさん、ご覧下さってありがとうございました。
さっそく当時の写真を見せていただきました。
復活しているお店もすぐにわかりました。
同じ所を撮影していたのですね。
橋もこのような状態だったのですね。
まだまだそのままのところもたくさんあって、
ここに住んでいた人たちは
今どうなさっているんだろうと、つい思ってしまいました。
これからさらに復活し、町も人々の心も
素晴らしさを失わないでほしいものです。
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