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香取神宮の創建は古く、神武天皇十八年(紀元前7世紀)と伝えられています。御祭神は、日本書紀に登場する出雲の国譲りの神として有名な、経津主大神(フツヌシノオオカミ)です。<br /><br />国譲りの神話の内容は、はるか昔、天照大御神(アマテラスオオミカミ)(伊勢神宮内宮の御祭神)が日本の国を治めようとしたが、荒ぶる神々が争い荒れていました。それで、天照大御神は、八百万神と相談し、出雲国の大国主大神(オオクニヌシノオオカミ)(出雲大社の御祭神)の元へ、天穂日命(アメノヒホノミコト)を遣わされましたが、大国主大神に従ってしまいます。次に天稚彦(アメノワカヒコ)を遣われますが、忠誠の心がなく、顯国玉神(ウツクシクニタマノカミ)の娘を妻として、自ら国を乗っ取ろうとしますが、亡くなってしまいます。<br /><br />二度にわたり失敗し、天照大御神は、慎重に八百万神に相談されると、神々は口を揃えて、経津主大神こそふさわしいと申し上げました。そこへ武甕槌大神(タケミカヅチノオオカミ)(鹿島神宮の御祭神)が申し出られたので、共に出雲に派遣されることになりました。経津主、武甕槌のニ神は、出雲国の稲佐の小汀(イナサノオハマ)に着いて、十握剣(トツカノツルギ)を抜いて逆さに突き立て、武威を示されると、大国主大神は天照大御神の御命令に全く異議はありませんとのことで、平国の広矛(クニムケノヒロホコ)を受け取り、二神は日本の国を平定して、天照大御神の元へ複命されたのです。<br /><br />香取神宮は、古代から国家鎮護の神として皇室からの御崇敬が篤く、特に「神宮」の御称号は明治以前には、伊勢・香取・鹿島の三社のみに許されていました。中世以降は下総国の一宮、明治以降は官幣大社に列せられ、毎年四月十四日の例大祭には宮中より御使いが参向される勅祭の神社です。現在も、国家鎮護、国運開発の神として、また、民業指導の神、武徳の祖神として、広く国民の崇敬を集めています。<br /><br /><br />

香取市散策(1)・・神話の世界に誘う香取神宮を訪ねます。

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2007/08/11 - 2007/08/11

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YAMAJI

YAMAJIさん

香取神宮の創建は古く、神武天皇十八年(紀元前7世紀)と伝えられています。御祭神は、日本書紀に登場する出雲の国譲りの神として有名な、経津主大神(フツヌシノオオカミ)です。

国譲りの神話の内容は、はるか昔、天照大御神(アマテラスオオミカミ)(伊勢神宮内宮の御祭神)が日本の国を治めようとしたが、荒ぶる神々が争い荒れていました。それで、天照大御神は、八百万神と相談し、出雲国の大国主大神(オオクニヌシノオオカミ)(出雲大社の御祭神)の元へ、天穂日命(アメノヒホノミコト)を遣わされましたが、大国主大神に従ってしまいます。次に天稚彦(アメノワカヒコ)を遣われますが、忠誠の心がなく、顯国玉神(ウツクシクニタマノカミ)の娘を妻として、自ら国を乗っ取ろうとしますが、亡くなってしまいます。

二度にわたり失敗し、天照大御神は、慎重に八百万神に相談されると、神々は口を揃えて、経津主大神こそふさわしいと申し上げました。そこへ武甕槌大神(タケミカヅチノオオカミ)(鹿島神宮の御祭神)が申し出られたので、共に出雲に派遣されることになりました。経津主、武甕槌のニ神は、出雲国の稲佐の小汀(イナサノオハマ)に着いて、十握剣(トツカノツルギ)を抜いて逆さに突き立て、武威を示されると、大国主大神は天照大御神の御命令に全く異議はありませんとのことで、平国の広矛(クニムケノヒロホコ)を受け取り、二神は日本の国を平定して、天照大御神の元へ複命されたのです。

香取神宮は、古代から国家鎮護の神として皇室からの御崇敬が篤く、特に「神宮」の御称号は明治以前には、伊勢・香取・鹿島の三社のみに許されていました。中世以降は下総国の一宮、明治以降は官幣大社に列せられ、毎年四月十四日の例大祭には宮中より御使いが参向される勅祭の神社です。現在も、国家鎮護、国運開発の神として、また、民業指導の神、武徳の祖神として、広く国民の崇敬を集めています。


  • 香取神宮の歓迎の鳥居、一の鳥居。この鳥居の前が無料駐車場です。

    香取神宮の歓迎の鳥居、一の鳥居。この鳥居の前が無料駐車場です。

  • 参道に並ぶ「厄落し」のだんご屋さん。

    参道に並ぶ「厄落し」のだんご屋さん。

  • 朱塗の大鳥居、二の鳥居。桜の開花時期には、朱塗りの鳥居と老杉の緑と桜の花の調和が見事です。

    朱塗の大鳥居、二の鳥居。桜の開花時期には、朱塗りの鳥居と老杉の緑と桜の花の調和が見事です。

  • 大鳥居から続く玉砂利の参道。参道の両側には、桜やもみじが植えられており、春の桜、秋の紅葉の時期には、多くの参拝客が訪れます。

    大鳥居から続く玉砂利の参道。参道の両側には、桜やもみじが植えられており、春の桜、秋の紅葉の時期には、多くの参拝客が訪れます。

  • 護国神社。参道の左手の坂を上った所にあり、昭和二十一年に創建されました。明治以降の国難に殉じた香取郡出身の御霊を祀ります。

    護国神社。参道の左手の坂を上った所にあり、昭和二十一年に創建されました。明治以降の国難に殉じた香取郡出身の御霊を祀ります。

  • 要石を囲む柵。「要石」は護国神社のすぐ左手にあります。<br />

    要石を囲む柵。「要石」は護国神社のすぐ左手にあります。

  • 要石。香取・鹿島両神宮の大神が、石棒を地中深く差し込み、地震を起こす大ナマズの頭尾を刺し通された時、地表に一部現れたのが、この要石と言い伝えられています。1684年水戸光国公が当神宮参拝の折、これを掘らせましたが根元を見ることが出来なかったといいます。

    要石。香取・鹿島両神宮の大神が、石棒を地中深く差し込み、地震を起こす大ナマズの頭尾を刺し通された時、地表に一部現れたのが、この要石と言い伝えられています。1684年水戸光国公が当神宮参拝の折、これを掘らせましたが根元を見ることが出来なかったといいます。

  • 参道の元巨人軍城之内選手が奉納した石灯籠です。

    参道の元巨人軍城之内選手が奉納した石灯籠です。

  • 三の鳥居と総門

    三の鳥居と総門

  • 総門の狛犬、正面左

    総門の狛犬、正面左

  • 総門の狛犬、正面右

    総門の狛犬、正面右

  • 石の鳥居をくぐると、角柱12本の華麗な朱塗りの総門があります。

    石の鳥居をくぐると、角柱12本の華麗な朱塗りの総門があります。

  • 手水舎

    手水舎

  • 昭和天皇・皇后陛下御親拝記念植樹

    昭和天皇・皇后陛下御親拝記念植樹

  • 平成天皇・皇后陛下御親拝記念植樹

    平成天皇・皇后陛下御親拝記念植樹

  • 黄門桜。水戸光国公が、参拝の折に植樹奉納されたと伝えられています。

    黄門桜。水戸光国公が、参拝の折に植樹奉納されたと伝えられています。

  • 重要文化財の楼門。本殿と同じ元禄13年(1700年)の造営で、上下階のバランスの良さは素晴らしく、香取神宮のシンボル的存在です。

    重要文化財の楼門。本殿と同じ元禄13年(1700年)の造営で、上下階のバランスの良さは素晴らしく、香取神宮のシンボル的存在です。

  • 楼門の狛犬、裏面左阿像。1本の木から掘り出したもので、楼門の内側に一対で安置されています。

    楼門の狛犬、裏面左阿像。1本の木から掘り出したもので、楼門の内側に一対で安置されています。

  • 楼門の狛犬、裏面右吽像

    楼門の狛犬、裏面右吽像

  • 拝殿。本殿と共に黒漆塗りで周囲の朱色に対比して、荘厳な雰囲気をかもしだしています。毎年お正月の三が日には、50万人を超える初詣客で賑わいます。

    拝殿。本殿と共に黒漆塗りで周囲の朱色に対比して、荘厳な雰囲気をかもしだしています。毎年お正月の三が日には、50万人を超える初詣客で賑わいます。

  • 拝殿正面奥に鏡が見える

    拝殿正面奥に鏡が見える

  • 拝殿正面の黒漆塗りの梁と装飾

    拝殿正面の黒漆塗りの梁と装飾

  • 拝殿上の菊の紋章

    拝殿上の菊の紋章

  • 拝殿の見事な梁

    拝殿の見事な梁

  • 重要文化財の本殿。現本殿は、元禄13年(1700年)五代将軍徳川綱吉により造営されました。この本殿の様式は、慶長年間の造営で用いた桃山様式を、元禄の造営にも取り入れられ、よく受け継がれています。

    重要文化財の本殿。現本殿は、元禄13年(1700年)五代将軍徳川綱吉により造営されました。この本殿の様式は、慶長年間の造営で用いた桃山様式を、元禄の造営にも取り入れられ、よく受け継がれています。

  • 本殿の装飾と檜皮葺屋根

    本殿の装飾と檜皮葺屋根

  • 祈祷参拝受付所と宝物館

    祈祷参拝受付所と宝物館

  • 宝物館の入口。日本三名鏡のひとつで、国宝「海獣葡萄鏡」や、250円切手の絵柄ともなった、重要文化財「古瀬戸黄釉狛犬」などが、展示されています。

    宝物館の入口。日本三名鏡のひとつで、国宝「海獣葡萄鏡」や、250円切手の絵柄ともなった、重要文化財「古瀬戸黄釉狛犬」などが、展示されています。

  • 祈祷殿。かっては拝殿として使われていたそうです。

    祈祷殿。かっては拝殿として使われていたそうです。

  • 宝庫。東大寺の正倉院宝庫と同じ、校倉造(アゼクラヅクリ)で目を引きました。<br />

    宝庫。東大寺の正倉院宝庫と同じ、校倉造(アゼクラヅクリ)で目を引きました。

  • 御神木、千年杉

    御神木、千年杉

  • 大正天皇御手植松

    大正天皇御手植松

  • 三本杉。後冷泉天皇の御世、源頼義公が参拝し、「天下太平・社頭繁栄・子孫長久の三つの願いが成就せば、この杉自ら三枝に別れん」と祈願したところ1株の杉が三枝に分かれたという。以来これを三本杉という。

    三本杉。後冷泉天皇の御世、源頼義公が参拝し、「天下太平・社頭繁栄・子孫長久の三つの願いが成就せば、この杉自ら三枝に別れん」と祈願したところ1株の杉が三枝に分かれたという。以来これを三本杉という。

  • 三本杉

    三本杉

  • 海上自衛隊練習艦「かとり」の錨。1970年建造され、1998年除籍されるまで28年間、海上自衛隊の幹部候補生を乗せ、世界各国を歴訪し、友好と親善を深め、幾多の幹部自衛官を輩出した。除籍の記念として「かとり」命名の由緒の深い当神宮に奉納されたものです。

    海上自衛隊練習艦「かとり」の錨。1970年建造され、1998年除籍されるまで28年間、海上自衛隊の幹部候補生を乗せ、世界各国を歴訪し、友好と親善を深め、幾多の幹部自衛官を輩出した。除籍の記念として「かとり」命名の由緒の深い当神宮に奉納されたものです。

  • 奥宮の鳥居。奥宮は旧参道の中程にあり、経津主神の荒御魂を祀ります。

    奥宮の鳥居。奥宮は旧参道の中程にあり、経津主神の荒御魂を祀ります。

  • 奥宮。現在の社殿は、1973年伊勢神宮御遷宮の折の古材により建替えたものです。

    奥宮。現在の社殿は、1973年伊勢神宮御遷宮の折の古材により建替えたものです。

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