1997/06/14 - 1997/06/18
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<1997年6月15日(日)>
翌日に備えて早く寝たせいか、7時のモーニングコールの前に目が覚めました。
出発は8時半なので、ゆっくり朝食を済ませて、朝の散歩に出かけることができました。早速物売の人が寄ってきましたが、振りほどくのに余り苦労はいりませんでした。
ホテルのすぐ近くで、新しいホテルと思われる建物工事中でした。歩道に停めたバスが、内部を改造し飯場代りに使われていました。それとなく覗いてみますと、2段ベッドがパイプを組んで設えてあり、驚いたことに若い女性用の宿泊バスもありました。路上で西瓜などを売っている人は、そのまま路上で夜を明かしたようでした。
今日の古都巡りは、玄宗皇帝と楊貴妃の別荘として名高い華清池、三蔵法師がインドから持帰った経典を翻訳したと言われる大雁塔、秦の始皇帝陵の兵馬俑、顔真卿等の書碑を集めた碑林等盛沢山です。2度目に訪れる時は、いずれもゆっくりと時を過したい魅力的な所ばかりです。
日本の季節と余り変りがないような気がしましたので、今日は吟行を楽しむこととしました。
兵馬俑は余りの迫力に言葉を失いました。規模の大きさはさる事ながら、写実的な表情が生き生きとしていました。これが紀元前に造られたとは、俄かに信じることは困難です。
職さんの説明では、顔かたち、ひげ等の表情だけで、十分にその人の出身地が判るとのことでした。胴体部分に対し、頭の部分は差込式になっていました。
芭蕉は松島の余りもの絶景に絶句したと伝えられますが、今回の歴史旅行では、少なくともその時の気持だけは解った様な気がしました。
華清池では、比較的最近の発掘調査で、玄宗皇帝の湯殿と楊貴妃の湯殿とが見つかったとの説明を受けました。湯殿の周りには、建物基礎の遺構も見付かっています。
今は、これをさらに覆った建物が造られていて、回廊が設えられていました。湯殿には、今もお湯を導くことができ、楊貴妃(二人の?)の湯殿のお湯は淀んでいたものの、皇帝の湯殿は少し青みがかった、澄んだお湯が溢れていました。湯温は43度と聞きました。
大雁塔は、7層になった建物の内部の階段を登ることができました。その最上階の窓から、西安の四方を眺めることができました。結構急な階段を登りましたので、少し足が攣りそうになってしまいました。
碑林は、歴代の大書家の石碑を集めたものです。夥しい数の石碑が室内に立ててありました。昔、この石碑から拓本を採って科挙の試験に備えたそうです。
孔子の「友あり遠方より来る また楽しからずや」等がはっきりと読み取れます。一番感銘を受けたのは、顔真卿の70歳の時のゆったりとした風格のある楷書でした。帰る時にもう一度ゆっくりと眺めさせて頂きました。今でも拓本を採っていて、、実際の作業も見ることができました。
夕方は、食事の後、オショウと呼ばれる時代劇を観劇しました。歴史物語です。伴奏というより、打楽器のソロ演奏が、リズム、迫力があり、感心しました。
おまけに夜は夜で、近くの屋台に5人で繰出して、シシカバブーをつまみにビールを飲みました。支払を巡って一寸したトラブルがあり、追加で40元(約600円)を支払いました。
西安にて
麦秋の終りて野焼ここかしこ
撒水車朝一番の若葉哉
燕の内庭巡る西大門
大路にはポプラが似合う若葉哉
空高く燕舞いて旅近し
巡る度鳴き交しての旅支度
大極拳朝靄の中音もなし
新緑の下葉を焦す野焼哉
日に焼けし歩道は白く槐花
金銅の脇侍三彩夏木立
三蔵の翻訳楼や薫る風
大雁塔登りて古都の風渡る
長旅の人を迎えて大路萌ゆ
空低し燕低く庭を飛び
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碑林の前での記念撮影です。真、行、草、隷および篆書の多岐に亘る石碑です。特に唐代の欧陽詢、虞世南、李陽冰、顔真卿等の真筆の書は歴史的、文化的価値が高いものです。
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碑林の前での記念撮影です。ここで全員見学の前に職さんから説明を聞きました。拓本の役割や有名な書家の説明をしてくれました。
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碑林です。70才の時の顔真卿の書を、ゆっくり鑑賞しました。拓本採りの実演も見ることができました。強く印象に残った見学地です。
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楊貴妃と玄宗皇帝のロマンの地、華清池での記念撮影です。女性の現地ガイドさんに、横断幕を持たされてしまいました。
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今回の旅行の最大の目的地、兵馬俑の前での記念撮影です。
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絵葉書からの紹介です。兵馬俑1号坑の威容です。
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鎧甲俑軍陣です。
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兵馬俑3号坑です。
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車馬俑です。
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銅馬車です。
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背後から見ても大変な迫力です。
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武士俑の頭部です。彩色の痕が残っています。
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御手俑の頭部です。
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跪射俑です。
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将軍俑です。
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1号俑の全景です。遺跡保護のため、照明は暗くしてあります。
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