2006/03/17 - 2010/05/24
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kyokosa-nさん
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私は三宅島の緑ゆたかな草原の山の風景を知らない。
雄山は河口付近まで緑におおわれ、草原には放牧をされた牛が素晴らしい風景を作っていたと聞く。
残されたサイロが大地にポツンと立つ。
亜硫酸ガスにも酸性雨にも負けなかったサイロが。
火山灰の大地にはいたどりが新芽を出していた。
2006年3月、2009年、2010年と訪れた年月の間の
三宅島の風景、今をお知らせしたいと思います。
自然の治癒力は素晴らしいです。
枯れ木の根元からは緑の再生です。
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雄山はかっては緑に覆われていた。
平成12年から始まった噴火活動によって島の風景は
一変した。火口の内部まで緑生地が続き散策が出来たそうだ。一瞬にして一面は火山灰に覆われた。
遠くに青いサイロが見える。ここは緑ゆたかな牛の放牧場跡地。この先は立ち入り禁止区域、山頂にと向かう道路があまりにも寂しい。
噴火後最初にこの地を亜硫酸ガスの探知機持参、ガスマスクを着けて調査を行なった人から聞く。
この地には放牧をされていた牛の白骨化した屍が散在していたそうです。無残な状態を想像するだけでも自然の威力、怖さをを感じます。
山頂からは噴煙(有毒ガス)が立ち昇る。 -
帰り際に牧場公園の案内板を見つけた。
噴火前の案内板である。
雄山のお釜めぐり、散策コースが描かれている。
村民、観光客の憩いの場であった事がうかがえた。 -
三宅島西方約1kmの地点で、海底噴火が発生したことにより阿古から伊ケ谷にかけて、東西方向の地割が複数確認されたそうです。
雄山山頂よりあちこちの斜面に縦に地割れ現象が見られました。
写真も深くえぐられた地割れと白骨林です。 -
火山灰の大地に強い「かんすげ」はけなげに荒野に生きていました。
種を蒔き育て山の斜面に「かんすげ」を植えていました。 -
普通の山野に生え粘質土が好きな常緑の多年草。
寒に青いので寒菅という。
寒菅は草丈50センチまでと低めで地下茎で増える。
「しっかり根をはれ寒管」願いを込めて一株一株植えられます。 -
枯れ木の根はあまりに浅くもろい。火山灰により熱せられたのでしょう。
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亜硫酸ガスが流れ酸性雨が降りました。
白骨林の根本には緑が少しづつ増えつつあります。 -
三宅島は磯釣りのメッカ。
釣り客が多い。釣り上げられた「いし鯛」
公式定規で測られた石鯛は56cmもあった。
海は元に戻っているそうです。釣り客の姿が乗船した船にも沢山いました。こんなに大きな鯛がつれるほど回復しているという事でしょう。 -
断崖、荒波に洗われて凄みさえも感じる。
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今崎海岸の遊歩道から見える奇岩。
「メガネ岩」
かっては2つの大穴がメガネのように口を開けていた。
昭和37年の噴火で壊れたために片方のみになったと資料に書かれる。 -
「三七山」
37年の8月に雄山の中腹から海岸線に至る
噴火により隆起し、その上に火山灰が降り積り
出来た山「三七山」 -
昭和15年の」改定噴火で形成されたもので標高64mの赤茶けた色合いの火口をもつ「ひょうたん山」
現在は立ち入りが出来ない。 -
「三七山」風景
4年の歳月の間に緑の再生です。
イタドリの緑の鮮やかさが風景を作るようになりま
した。(2010年5月の風景です) -
[御芴神社」
事代主命の后、佐伎多麻比命(さきたまひめのみこと)を祭る神社 -
島役所跡にあった歴史を物語る巨木
神着地域は雄山噴火の影響は受けていなかった。
ここにいる限り、島の中で自然災害が起きたことを
想像できないほど静かで緑ゆたかな森があった。 -
火山島 「三宅島」は富士火山帯南帯に属する島。
昭和期にも15年、37年、58年に噴火があった。
地形を少しづつ替えながらも自然治癒力により自然の回復があった。 火山性のガスの放出が治まることを願おう。そして緑が甦り美しい島に戻ることを。
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