2006/03/18 - 2010/05/24
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kyokosa-nさん
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2000年6月に始まった三宅島雄山の山頂噴火は、 8月29日の噴火の際には、噴煙が8000m上空に達すると共に、南西側と北東側に弱い火砕流が発生しました。同年9月全島民は島外へ強制避難。そして2005年2月、4年5ヶ月ぶりに避難指示は解除され島外での避難生活も一応の終止符を打たれました。未だ出続ける火山性ガスと共存しながら島民の方々の生活は始まっておりま
した。
マグマ水蒸気爆発噴火のすさまじさの惨状、爪あとの残る三宅島を訪れました。雄山からは未だに、二酸化硫黄を含む多量の火山ガスが放出されています。
山頂火口から白色の噴煙が火口上200メートルまで上がり、北東に流れていました。風向きにより高濃度地区に指定された地域ではガスマスクの携帯を余儀なくされています。
私の見てきた三宅島の現状を見て頂きたくてマイページを使わせていただきました。
火山ガスによる枯れた木々、無人の建物、雄山の噴煙。
2006年3月、2009年、2010年と訪れた年月の間の三宅島の風景、
今をお知らせしたいと思います。自然の治癒力は素晴らしいです
-
竹芝桟橋を22:30に出港。
翌朝の5:00に御池港に着いた。あいにくの天候。
条件付出港。
これは着岸できる状態でない場合は
? 竹芝桟橋に戻る
? 帰路、出港で着ないこともある
これが条件付出港である。運よく無事に三宅島に到着となる。
海洋から出る太陽、神々しい光りのなかに
一日は始まる。 -
太陽が昇る。
何事もなかったかのように、太陽は大地を照らす。
2000年の8月29日も照らしたように。 -
雄山の風向きにより二酸化硫黄のガスが阿古地区にも流れてくる。阿古地区でも高濃度地区から外れた所には大島桜が青空に向かって咲いていた。
若葉の中に白い可憐な花は美しい。
ホッとする風景。島民の方にも心の和みになります様に。 -
阿古地区でも安全な地帯だ。三宅島の人口は噴火前は3700人、帰島後の人口は2000人と聞く。村道には人がいない。散歩をする老人に声をかける。
村民ではないと言う。この路を登ると眺望の聞く高台に出ると聞き行ってみる。 -
高台からは海岸線、錆ヶ浜にある集落が見渡せた。
亜硫酸ガスによる酸性雨による木々の立ち枯れを見る。 -
生活風景が見られます。
火山灰から土壌を入れ替え小さな農園は生き返っていました。菜の花が美しく感じられます。
大切な野菜です。育って欲しい。 -
白骨化した木々の根本には確実に緑が甦っていました。がんばれー。
-
まだまだ頑張ります。聳える枯れ木も
青空に向かって。 -
この土地も土壌の交換が済んだのでしょう。
稔りのある開墾地になります様に。
裏山が緑ゆたかな大地に変わることを願いましょう。 -
この大木も5年の歳月の間に酸性雨に負けた。
でも朽ちるまで青空に向かって凛と立つ。 -
噴火前の阿古地区の集落の風景いです。
「阿古地区温泉郷」観光と漁業で賑わう地域でした。
流れ出た溶岩は海岸線の際まで・・・・
風景が一瞬のうちに変わりました。
(2010年5月撮影) -
昭和58年10月3日、大音響と共に二男山を
吹き飛ばした噴火は山谷を埋め尽くし
溶岩の流出により
19ヘクタールによる溶岩原の下には400個の民家が
埋没された。
海岸線には難を逃れた人家に往時をしのばせる。
(2010年5月撮影) -
阿古地区の集落です。サーフィンの出来る静かな海が
そこにはあります。
人を見かけない静かな朝。 -
三宅島に春を告げる植物。カジイチゴ
白い大きな花と5つに切れ込んだ葉が特徴。
背丈もあり緑の再生に一役かいます。
可愛い花でした。噴火当時のカジイチゴの葉は、葉の外側の筋となかがわの葉脈は鮮やかな緑で葉の面は黄色く焼けて痛々しいほどにガスに耐えていたそうです。想像してみてください。 -
三宅島の何という種類の竹でしょうか。
火山灰の泥水に負けずに地に根を張って育って欲しい。
脇から新しい命が誕生をしています。 -
オブジュエのような枯れ木。青空にわが身を主張して
頑張っています。さぞかし5年前は立派な大木だったのでしょう。 -
足元に緑の葉。あしたばが根付いていました。
緑がまぶしいほどに鮮やかに。
この地域は危険区域から移住をしてきた新しい民家が
見られました。朝の散策で感じた三宅島をまとめます。
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この旅行記へのコメント (6)
-
- すずかさん 2006/03/24 22:12:01
- 三宅島がんばってほしいです!
- kyokosa-n、こんばんはー。
私も三宅島大好きで噴火以前行ってました。
あのノンビリした雰囲気、自然のすばらしさ、人のあたたかさが大好きです。
羽田から大阪へ向かう飛行機の中から見ても、噴煙を上げている三宅島。
最近の三宅島はどうなっているのか?
すごく気になっておりました。
リンとしたまま酸性雨によってかれてしまった大木。
でも、その奥からまた新しい命を出している若葉。
自然は強いんだなぁと感動しました。
この小さな若葉が育つように、三宅島もがんばってほしいです。
素敵な旅行記を拝見させて頂き非常にうれしいです。
ありがとうございました。
すずか
P.S 続偏も見させてくださいね。
- kyokosa-nさん からの返信 2006/03/28 22:00:59
- RE: 三宅島がんばってほしいです!
- 「甦れ三宅島」島民の方々の頑張っておられる姿に
「雄山よ静まれ」そんな気持ちになりました。
少しずつですが、山の枯れ木の下では自然が甦りつつありました。
しっかり根を張り草も小鳥も呼び寄せるようになることを願いましょう。
すずかさんは、噴火前の素晴らしい三宅島をご存知なのですね。
牧場の案内図には名残の地図が。
ただ残念です(素晴らしい島をみられなかったことが)
過ぎ去ったこととして忘れないことが大切なのですね。
kyoko
-
- いっちゃんさん 2006/03/24 09:46:40
- 三宅島の現状に再認識
- kyokosa-nさん おはようございます
「縞枯れの山は悲しい」と「阿古地区を歩いて」を拝見いたしました。
正しく三宅島の壮絶な姿が描かれていました、有難うございます。
kyokosa-nさんの目に表現の緻密さに三宅島の現状を再認識させられました。
私は昭和40年代にテントを持って数回訪れたことがありますが、それ以来三宅島には訪れる機会が無く、今回の噴火についても気にはしていたのですがニュース等からの情報だけでした。
私が訪れた40年代は素朴で総てが自然に任せるような緑いっぱいの島でした。海岸の素掘りの温泉に入ったことを思い出しています。
池のほとりでテントを張り、朝小鳥の声で目を覚ましたことが夢のようです、早くその頃の風景に戻るといいですね。
克明な旅行記有難うございます、これからもkyokosa-nさんの旅行記に期待いたします。
いっちゃん
- kyokosa-nさん からの返信 2006/03/25 15:51:34
- RE: 三宅島の現状に再認識
- お訪ねをいただき嬉しく思います。
亜硫酸ガスを未だに吹き上げている雄山にいつか静かになって欲しい
そこで生活をする島民の方々の事を忘れないで欲しい。そんな気持ちで
アルバムを作りました。
火山灰に負けじと寒菅、いたどりが健気に根を張っていました。
私達が出来ること?
島を訪れる事です。それが結論でした。
時間がかかるかも知れません。甦る三宅島を見守りましょう。
-
- 快特さん 2006/03/21 07:38:17
- 三宅島
- 1999年10月以来ご無沙汰です。YS-11で三宅島に行きました。
2000年7月三宅島の宿を 予約した日に噴火!
大久保浜でよく潜りました。
飛行場早く再開してほしいです
- kyokosa-nさん からの返信 2006/03/21 20:33:16
- RE: 三宅島
- はじめまして。
始めての三宅島を見ていただき有難うございます。
帰島された島民の方々の生活が始まっています。少しでも
現況を知ってほしくてマイページの作成となりました。
噴火する前の三宅島に行ってみたかった。それが今の気持ちです。
素晴らしい所だったのですね。
甦る三宅島には時間がかかるものとおもいます。
緑ゆたかな大地になることを願いましょう。
飛行場の再開も夢ではなくなるでしょう。
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