2005/04/27 - 2005/05/08
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marilynさん
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ニース近郊海沿いの町めぐりと、
パリ街歩き&美術館をハシゴしに、
フランスへ行ってきました。
【 10日目 PART2 オルセー美術館 】
-
ハシゴ?して /
メトロでソルフェリーノ駅まで移動。
(画像はコンコルド駅)
今考えると勿体無いような、恐ろしいような
ルーブルとオルセー(←スミからスミまで)のハシゴ。
為せば成る?(笑) -
何の建物? /
時計が面白かったので、パチリ。
もしかしたら撮影不可の建物? -
う〜ん /
こんなに快晴なのに屋内にいるのは、少し寂しい気が
したのですが、予定通りオルセー美術館へ。
朝一番に入場する以外は、カルト・ミュゼがないと
大変なことになります。 -
微笑ましい /
入ってすぐにある、鳥と戯れる神様の彫刻が
何となく気に入って、ぐるっとまわりながら
眺めていると・・・ -
ん?? /
『手の先の鳥がかわいいな〜』 と眺めていたら
・・・ん?? 建物の壁の向こうで何か動いている!
↓
↓ -
美術館にガイコツ?! /
館内の壁で、ガイコツの影がゆらゆらと揺れていました。
-
撮らずにはいられない /
大時計の裏側! -
時計越しに /
サクレ・クール寺院が見えます。
角度を変えるとオペラ・ガルニエの屋根も。 -
動けない /
ジャン・フランソワ・ミレー(仏・1814-1875)
「落穂ひろい」(1857)
岩波書店のロゴ・マークは、ミレーの「種をまく人」を
元にしたものなのだそうです。
『当時のフランスの最下層にあって、
動物のように扱われ見られてきた農民の姿を
美しく崇高に描いた写実主義の画家の絵は、
農業国だった日本に明治初期には紹介され
そのころからとても親しまれていた』 そうです。 -
不思議! /
同じくミレーの「羊飼いの少女」(1863)
少しだけバラ色に染まっている遠くの空がきれい。
2003年にBunkamuraで開かれた
「ミレー3大名画展」でこれらの絵を見たときは
もう少し明るくとても美しく見えたのですが、
自然光を取り入れて展示しているオルセーでは、
暗かった・・・。 -
有名すぎて /
エドゥアール・マネ(1832-1883)の「笛を吹く少年」 -
モデルをチェック! /
同じくマネの「バルコニー」(1868-1869?)。
左の女性はベルト・モリゾ(1841-1895)
という印象派展に参加していた画家。
この美しい女性は、マネの弟子でもありました。 -
きれい色 /
「ロシュフォートからの脱出」(1880-1881)の一部分。
マネが描く海の色が好き。 -
穏やかな /
「カーネーションとクレマチス」(ca.1882)
マネ50歳の頃の作品。
40代後半から運動失調症に苦しんでいたマネは
1883年、51歳の若さで亡くなるまで、晩年は花を描いて
いたそうです。これは最晩年の作品にということに。 -
異端児 /
エドガー・ドガ(1834-1917)の
「ダンス教室」(1873-1876)
屋内でデッサンをし続け、
人や馬の動きを描くことに熱心で、
外の光と風景のテーマが多かった
印象派の中では、異端児だったというドガ。
日本の浮世絵版画の影響が見られる作品だそうです。 -
のんびり〜♪ /
モネの「ノルマンディーの農場」(ca.1863)
まだ写実的な感じがする20代前半の頃の作品。 -
ずっと以前に /
「花の庭」(1866)、モネ、26歳の時の作品。
ジヴェルニーの庭園を思わせる絵ですが
あの家に住み始めるのは、これから約20年後のこと。
若い頃から花の庭園が好きだったのかも。 -
光の効果 /
「かささぎ」(1868-69) モネ、28歳の時の作品。
さて、カササギはどこにいるでしょう?
光の当たる雪の色の美しさを忘れないように、パチリ。 -
幸せが詰まってる /
「トルーヴィルのロッシュ・ノワール・ホテル」(1870)
モネが30歳の時、モデルをしていたカミーユと
3歳になっていた子供と3人で保養地トルーヴィルを
訪れた際に描いた作品。 -
戦後のパリを離れて /
モネが戦争で荒廃したパリを後にして、
郊外のアルジャントゥイユに移ったのが1871年。
「アルジャントゥイユの停泊地 」(ca.1872)は
翌年32歳の頃の作品で、夏の日曜午後の
セーヌ川が描かれています。 -
水面の美しさ /
「楽しみのボート」(ca.1872) モネ、32歳の作品。
アルジャントゥイユに来て1年目、ここの風景をたくさん
描いたようです。 -
徐々に /
「ボート、アルジャントゥイユのレガッタ」(1874)
モネ、34歳の作品。
写実の中に、空気や光に漂うニュアンスをも
描きこむようになってきています。
雲間から差し込む光を、「白」を使って
効果的にそして美しく表現されていてきれい♪ -
友情の証 (or証し )/
「ピエール・オーギュスト・ルノワール」(1875)
モネ、35歳の作品。
以前から親しかったモネとルノワールは
アルジャントゥイユで一緒に製作をする程の仲良し。
(二人で同じ場所で描いた作品もあるくらい)
人物画がほとんど無いモネにしては珍しい!
『印象派ではモネしか認めない。
彼が風景を描くように、僕は人物を描きたい。
でも、人物ならドラクロワやミレーの方が
印象派よりはるかに上手いけど。』 (ゴッホ書簡集) -
そういえば ・・・/
「七面鳥」(1877) モネ、37歳の時の作品。
草原や空、七面鳥の羽などの色の置き方が変化してる。
そういえば、ジヴェルニーのモネの家にも
いましたね〜七面鳥(笑)。 -
『風景画のように人物を描きたい』 /
「日傘をさす女」(1886) モネ、46歳の作品。
1879年に妻カミーユを亡くしてから、
久しぶりに描いた女性の人物画。
亡き妻への追憶がこめられている作品だそうです。
風が草原だけでなく空気までも揺らしている!
そんな一瞬の様子が、たくさんの色彩で表現されていて
モネらしさがギュッとつまった一枚です。
『光の透明感を表現するため、パレット上で色を混ぜず
直接キャンバスの上に、たくさんの色を置いていった。
見る人の目が、色を混ぜ合わせてくれるように 』
( モネ ) -
対で見たなら /
「ルーアン大聖堂、扉口、青のハーモニー」(1893)
モネ、53歳の作品。
近くに展示されている「ルーアン大聖堂、
扉口とアルバーヌ塔、満ちる光」 とともに
同じ場所を同じ構図で、時間だけを変えて
光の当たり方による影の変化を捉えるように描き、
連作という形式で発表したものだそうです。
日本にもある「ジヴェルニーの積みわら」や
「ポプラ並木」の連作も一度に並べて展示してくれる
展覧会があるといいな〜♪ -
目に映るもの /
「睡蓮、緑のハーモニー」(1899) モネ、59歳の作品。
ジヴェルニーに自分の好きな睡蓮の池を造らせてからは
このお気に入りの場所を描くことに専念したモネ。
映り込んだ柳と浮かぶ睡蓮とが交互に水面を
彩っていて、本当にきれい♪ -
目に見えるもの /
「睡蓮、バラ色のハーモニー」(1900)
モネ、60歳の作品。
「ルーアン大聖堂」のように連作ではありませんが
上の作品と似た構図で描かれています。
でも、全く違う印象が。
同じ場所でも『一度として同じ時は無い』ということを
表現しているのですね〜。 -
昔も今も /
「ジヴェルニーの庭園」(1900)、モネ60歳の作品。
モネが住んでいたときから、こんなに
お花でいっぱいの素敵な庭だったとは。
満開なのは、アイリスでしょうか? -
しばし、うっとり ・・・ /
ガラスに覆われることなく、そのままの色が見られる♪
人垣もなく、間近でタッチを眺められる♪ -
目に見えないもの /
「青の睡蓮」(1916-1919) モネ、76歳の頃の作品。
82歳で白内障の手術を受けるまで
視力は失われる一方だったはずなのに、
この美しさと力強さは一体・・・。
友人も多く、画家として生前早いうちに
広く世間に認められたモネでしたが、
晩年のこの頃は、二人目の妻や子供に
先立たれて寂しい境遇にあったそうです。 -
光の交響曲 /
1926年に86歳で亡くなるまで、睡蓮の池、
特に最後の方は、睡蓮の花と水面に映る柳や
水中に揺れる水草を、光と共に描き続けたモネ。
オランジュリー美術館にある(←閉鎖中でした)
生涯をかけた睡蓮の連作は、1.2m×2mの壁画を
8枚もつなげたもの。残念なことに、オランジュリーに
飾られるのを生前に見ることはできなかったそうです。
『セーヌ川の河口の町で生まれパリで成功し
いくつかのセーヌ川沿いの町に移り住み
イギリスやオランダ、南仏にも行ったが、
セーヌ川沿いのジヴェルニーに長年住み最後を迎えた
モネは、まさにセーヌ川とともに生きた画家であった。
(解説より) -
木漏れ日がきれい /
オーギュスト・ルノワール(仏・1841-1919)
「ぶらんこ」(1876)、35歳の時の作品。
モンマルトルのアトリエの庭にあった
ぶらんこを描いているそうです。
女の子がとってもかわいい♪ -
庶民の社交場 /
「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」(1876)
粉ひき用のムーランを看板に、
ワインにギャレット菓子を添えて出す
舞踏場つきの宿屋さんを描いたもの。
ルノワールの描く人物は、表情も明るくてステキ。 -
愛らしい /
「ピアノに寄る少女たち」(1892)
ルノワール51歳の作品。
ピアノも得意だったというルノワールは、
ピアノと少女を何度も描いたそうです。 -
その言葉どおり /
ルノワールの「町の踊り」(1883)。
『私は、壁にかけて喜んでもらえる絵が好きなんだ。』
『芸術が愛らしいものであって何故いけないんだ?
世の中は不愉快なことだらけじゃないか。』
本人の言葉通り、明るくて楽しそうな絵が多い♪
見慣れた作品ばかりなのは、親しまれている証拠! -
静穏 /
フィンセント・ファン・ホッホ(蘭・1853-1890)
(↑言いにくい〜、ホッホだなんて(笑))
「ローヌ川の星月夜」(1888)、ゴッホ35歳の作品。
『 夜は昼よりもずっと色彩豊かなのだよ 』という
自身の言葉通り「夜のカフェ」(1888)と同じく
黄色と深い青のコントラストが美しい!
アルルに行った年、有名な耳切り事件前に
描かれたものだそうです。
-
睡眠と休息 /
「ゴッホの部屋」(1889) ゴッホ、36歳の作品。
アルルで住んでいた黄色い家の寝室で、
親友のゴーギャンと創作活動が破綻する前に
描かれた作品とのこと。
( 壁の肖像画は、ゴッホとゴーギャン?)
『ゴッホは全てが乱雑と混乱の中にあるくせに、
キャンバスの上では全てが輝いている。
彼の芸術についての言葉も同様だ』(ゴーギャン私記)
それに、
『他人の作品についての(後に得る正当な)評価など
絵に関しては常に理路整然としていた』そうです。 -
自画像、40枚以上 /
「自画像」(1889) 、ゴッホ36歳の作品。
南仏サン・レミの療養所にいたときの、
自画像としては最後の一枚とも言われている作品。
鏡の中の自分に問い掛けていた言葉は
『自分はまだ正常なのか?』だとか・・・(怖っ)
自分を見つめ直す作業だったようです。
『 ゴッホの絵画を居間の壁に掛けているのは
大きな誇りだろう。 しかし、ゴッホその人を
居間に座らせるはめになったら・・・
これはもう、考えただけでえらい大変なことだよ。』
(ベン・シャーン) -
激変 /
「オーヴェールの教会」(1890) ゴッホ37歳の作品。
耳切り事件後、サン・レミの精神科療養所に
入院していたゴッホが退院後に移り住んだ町
オーヴェール・シュル・オワーズの教会。
ゴーギャンを南仏で歓迎する為に描いた
「ひまわり」の明るさはどこへ〜?
苦しむ心が、教会の壁や屋根、暗い空まで
現れていて、とても悲しい作品。 -
『いつか流行の寵児に』(オーリエ)/
「コルドヴィルのわら葺小屋」(1890) <部分>
ゴッホが37歳で自ら命を絶った年の作品。
うねりと歪みはさらに増し、小屋も混沌の中に
消えてしまいそうな感じです。
『 彼は作品の中では破局寸前で自らを救っている。
ここで演じられているのは、最高の悲劇だ。』(クレー)
創作することで、自分を取り戻していたというゴッホ。
画家として10年しか活動できなかったのが残念。
「ひまわり」のような明るい作品がもっとあれば・・・。 -
明るさに♪ /
ポール・ゴーギャン(ゴーガン)(仏・1848-1903)
「浜辺の2人の女」(1891)
タヒチに渡った年に、ゴーギャンが描いた女性たち。
『 色だけ、線だけに拘るのではなく総合です。』
という自身の言葉にぴったり!
「アレアレア(楽しい時)」(1892)もすぐ近くに展示。 -
視覚検査みたい(?) /
ポール・シニャック(仏・1863-1955)の
「城」(1900) -
動きがとれない! /
同じくシニャックの「井戸と女性たち」(1892)
当時の光学理論や色彩理論など科学研究に
影響を受けた作品だそうです。
『混色を避け、原色の小さな点を用いることで
中間色を起こす、徹底した視覚混合の技法が特徴 』
(オルセー解説) -
レストランの天井 /
優雅なひとときを過ごせそうなレストラン。
う〜ん、お腹いっぱいでなければ、
お茶くらいはしたかった! -
まさか /
駅舎として建設した当時の人は、ホテルや
(最終的には)美術館に転用されるとは、
思ってもみなかったのでは・・・。 -
アートだなー(笑) /
絵画の見すぎ(?)で、セーヌ川の水面と雲が
一段と素敵に見えました。 -
理想の公園 /
柵の中ではなく、その辺をフツウに歩いていたカモ。
カモに倣って、日差しを避けてひと休みしました。 -
チョコレート天国 /
飽きもせず、再びフォションへ。
どれを買おうか迷ってしまうほど、種類が豊富。
というか、多すぎて選べないっ。 -
ワイン天国 /
ワイン専門店に負けないくらいのワイン・カーブが
ある地下へと続く階段。 -
きれい〜♪ /
グァバ(←日本語表記)もつやつや。
葉はグァバじゃないみたいだけれど。
商品の見せ方にうっとり〜♪ -
何でしょう? /
左隅に写っている茶色いものは何?
スター・フルーツと同じく輸入モノ? -
何度行っても /
並べ方がきれいで、見ているだけでも
飽きないお店。 -
美味しそう♪ /
飾り方がきれい〜♪
この日はお惣菜とケーキをゲット。 -
-
うじゃ〜 /
エスカルゴぎっしりのタワー、ちょっぴり芸術的? -
ピカピカ /
サイバーな14号線のマドレーヌ駅の改札口。
ホテルにすぐに帰れてラクっ。 -
美味しすぎ /
フォションのお料理を買って、ホテルに戻りました。 -
食べ過ぎ? /
今日はたくさん歩いたし、小さいサイズだし!
ということでケーキとマカロンも買って帰りました。
( 高島屋でも買えますが、見たら食べたくなったので(笑)) -
早くも /
残りあと1日、パリでの最後の夜。
次は、記念撮影スポットへ!
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