ワルシャワ旅行記(ブログ) 一覧に戻る
軍事博物館は、ワルシャワで、いや、ポーランドで、ひいては2005年夏のプラハ・ポーランド旅行で最後に見学したところです。ここを選んだのは、ホテルに近かったから、というのが一番の理由でしたが、ギフトショップで、何か武器や兵士のおもちゃかレプリカを物色できないかな、と思ったせいもあります。<br />門をくぐってすぐに、目をみはりました。<br /><br />この最終日、フィルムの残りが厳しく、午前中のワジェンキ公園ですら、シャッターを切るのをなるべくケチって10本以内で収めようと思いました。しかし、軍事博物館の前庭に展示されているものを見て、どうしても写真を撮りたくなり、予備のインスタントカメラの袋を切りました@<br />これらはレプリカなどではなく、かつて実際にワルシャワ市民を苦しめた兵器であろうから、ミーハー気分で写真をパチパチやるのは不謹慎かなぁ……と思ったのですが、私だけじゃなくて、見学にきたポーランド人らしき観光客もパチパチやっていましたので、遠慮なく撮らせていただきました@<br /><br />あいにく私は武器には詳しくないので、この旅行記に集めた写真へは、戦闘機、だの、戦車、だの、ミサイル、だの、そういった見ればわかるコメントしか書くことができません。どなたか詳しい方、教えてくださいませ@<br /><br />博物館の中の展示も、他によくある武器博物館と違って、近代兵器や軍人の服・備品の展示が多かったです。<br />2つの大戦あたりの展示では、ポーランド軍が戦った、なんとか戦線ごとに展示が分かれているところがありましたが……あいにく、そういうのは全然知らなくて、残念でした。<br /><br />【追伸】<br />撮った写真を少し追加します。<br />ネット等で、おいおい検索して、素人向けの……というか、私が満足できる程度の説明を確保できたら、おいおい更新していこうと思います@<br />ちなみに、ワルシャワ軍事博物館と書いてありますが、正確には、ワルシャワのポーランド軍事博物館です。<br /><br />ちなみに、サイトから拾った情報によると、この軍事博物館は1934年、隣の国立博物館から独立し、さらに1993年にはカチン博物館、ポーランド軍事技術博物館という分館も設立されたそうです。<br />コレクションには、第一次大戦時のもので、ドイツや旧ソ連からの贈与あるいは返還されたもあるようです。<br />展示は、中世の鎧兜から始まり現代まで、セクションに分かれています。19世紀以降がセクションは細かく分かれていて、展示は豊富でした。上述のとおり、武器のほかに、軍服や勲章、資料となる絵などもありました。<br />(とりあえずつけたURL:www.culture.pl/en/culture/artykuly/in_mu_wojska_polskiego)<br /><br />※博物館の写真はブログに掲載しようと思って、めぼしいのを全部アップしていませんでしたが、2006年6月現在、ブログの方はデジカメで撮った旅先のおみやげ写真シリーズばかりで、2005年のポーランド旅行記はちっとも進まないため、こちらにいくつかまた写真を追加しました@<br /><br />※さらに、以前から掲載していた写真のコメントも追加しました。<br />ネット仲間で少し詳しい人に、兵器の機種などを教えてもらいました。<br />平和ボケした国民のミーハー気分で兵器にそこそこ興味のある私ですが(正直に言いましょう、アニメの影響です@)、ウンチクはなぁんにも知らなかったので、多少、自分なりに調べたことも補足してコメントを書き加えています。

2005年夏のプラハ・ポーランド旅行20日間 その20 ワルシャワ軍事博物館(完)

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2005/07/28 - 2005/07/28

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21

まみ

まみさん

軍事博物館は、ワルシャワで、いや、ポーランドで、ひいては2005年夏のプラハ・ポーランド旅行で最後に見学したところです。ここを選んだのは、ホテルに近かったから、というのが一番の理由でしたが、ギフトショップで、何か武器や兵士のおもちゃかレプリカを物色できないかな、と思ったせいもあります。
門をくぐってすぐに、目をみはりました。

この最終日、フィルムの残りが厳しく、午前中のワジェンキ公園ですら、シャッターを切るのをなるべくケチって10本以内で収めようと思いました。しかし、軍事博物館の前庭に展示されているものを見て、どうしても写真を撮りたくなり、予備のインスタントカメラの袋を切りました@
これらはレプリカなどではなく、かつて実際にワルシャワ市民を苦しめた兵器であろうから、ミーハー気分で写真をパチパチやるのは不謹慎かなぁ……と思ったのですが、私だけじゃなくて、見学にきたポーランド人らしき観光客もパチパチやっていましたので、遠慮なく撮らせていただきました@

あいにく私は武器には詳しくないので、この旅行記に集めた写真へは、戦闘機、だの、戦車、だの、ミサイル、だの、そういった見ればわかるコメントしか書くことができません。どなたか詳しい方、教えてくださいませ@

博物館の中の展示も、他によくある武器博物館と違って、近代兵器や軍人の服・備品の展示が多かったです。
2つの大戦あたりの展示では、ポーランド軍が戦った、なんとか戦線ごとに展示が分かれているところがありましたが……あいにく、そういうのは全然知らなくて、残念でした。

【追伸】
撮った写真を少し追加します。
ネット等で、おいおい検索して、素人向けの……というか、私が満足できる程度の説明を確保できたら、おいおい更新していこうと思います@
ちなみに、ワルシャワ軍事博物館と書いてありますが、正確には、ワルシャワのポーランド軍事博物館です。

ちなみに、サイトから拾った情報によると、この軍事博物館は1934年、隣の国立博物館から独立し、さらに1993年にはカチン博物館、ポーランド軍事技術博物館という分館も設立されたそうです。
コレクションには、第一次大戦時のもので、ドイツや旧ソ連からの贈与あるいは返還されたもあるようです。
展示は、中世の鎧兜から始まり現代まで、セクションに分かれています。19世紀以降がセクションは細かく分かれていて、展示は豊富でした。上述のとおり、武器のほかに、軍服や勲章、資料となる絵などもありました。
(とりあえずつけたURL:www.culture.pl/en/culture/artykuly/in_mu_wojska_polskiego)

※博物館の写真はブログに掲載しようと思って、めぼしいのを全部アップしていませんでしたが、2006年6月現在、ブログの方はデジカメで撮った旅先のおみやげ写真シリーズばかりで、2005年のポーランド旅行記はちっとも進まないため、こちらにいくつかまた写真を追加しました@

※さらに、以前から掲載していた写真のコメントも追加しました。
ネット仲間で少し詳しい人に、兵器の機種などを教えてもらいました。
平和ボケした国民のミーハー気分で兵器にそこそこ興味のある私ですが(正直に言いましょう、アニメの影響です@)、ウンチクはなぁんにも知らなかったので、多少、自分なりに調べたことも補足してコメントを書き加えています。

  • ワルシャワ軍事博物館の前庭の展示<br />戦車です。<br /><br />左奥:<br />旧ソ連製2S1「グヴォジーカ」122mm自走榴弾砲<br />その右隣:<br />米国製M107<br />175mm自走加農砲(米国では退役済みの古いもの)<br />手前右:<br />旧西独製レオパルド1戦車(たぶん1A3)1970年代前半の戦車(ただしまだ多くの西側諸国でも現役のはずとのことでした)

    ワルシャワ軍事博物館の前庭の展示
    戦車です。

    左奥:
    旧ソ連製2S1「グヴォジーカ」122mm自走榴弾砲
    その右隣:
    米国製M107
    175mm自走加農砲(米国では退役済みの古いもの)
    手前右:
    旧西独製レオパルド1戦車(たぶん1A3)1970年代前半の戦車(ただしまだ多くの西側諸国でも現役のはずとのことでした)

  • ワルシャワ軍事博物館の前庭の展示<br /><br />これも戦車です。迷彩色ですね。<br /><br />1枚目の手前右と同じ戦車です。<br />旧西独製レオパルド1戦車(たぶん1A3)1970年代前半の戦車(ただしまだ多くの西側諸国でも現役のはずとのことでした)

    ワルシャワ軍事博物館の前庭の展示

    これも戦車です。迷彩色ですね。

    1枚目の手前右と同じ戦車です。
    旧西独製レオパルド1戦車(たぶん1A3)1970年代前半の戦車(ただしまだ多くの西側諸国でも現役のはずとのことでした)

  • ワルシャワ軍事博物館の前庭の展示<br /><br />戦闘機です。<br /><br />Mig-21<br />PF以降のPタイプ。どうやらPF型とのことです。<br />1960年代後半の機体。

    ワルシャワ軍事博物館の前庭の展示

    戦闘機です。

    Mig-21
    PF以降のPタイプ。どうやらPF型とのことです。
    1960年代後半の機体。

  • ワルシャワ軍事博物館の前庭の展示<br /><br />背中にカタパルトを搭載しているトラックは「カチューシャ」(連装ロケットランチャー(ロケット弾発射装置))。<br />正式名BM13-16型。第二次大戦から使用。<br />ただし、搭載トラックはZil-131なので1950年代製。<br />背中に背負っているカタパルトは16本のロケット弾を発射できるタイプ。<br /><br />背後の建物は軍事博物館です。

    ワルシャワ軍事博物館の前庭の展示

    背中にカタパルトを搭載しているトラックは「カチューシャ」(連装ロケットランチャー(ロケット弾発射装置))。
    正式名BM13-16型。第二次大戦から使用。
    ただし、搭載トラックはZil-131なので1950年代製。
    背中に背負っているカタパルトは16本のロケット弾を発射できるタイプ。

    背後の建物は軍事博物館です。

  • ワルシャワ軍事博物館の前庭の展示<br /><br />戦車です。<br /><br />1番左奥から:<br />PB-5水陸両用車両<br />BTR-40装甲兵員輸送車<br />BRDM-2装甲兵員輸送車1950-60年代製。<br /><br />奥の列は左から:<br />ZSU-57対空自走機関砲<br />T-54(55?)戦車<br />T-62戦車<br />その右は自走砲?<br />どれも1950-60年代製<br /><br />※BTR-40<br />オープン・トップの車体には、操縦手、車長の他に8名の完全武装歩兵が搭乗。1948年に開発された基本型は1950年にソ連軍に正式採用された。1960年代に量産された。最初の実戦投入は1956年のハンガリー動乱のとき。<br /><br />※BRDM = Bronirovannaya Razveduivatel’no Dozornaya Mashina(装甲偵察巡回車)の略。<br />正式採用年1957年。完全密閉式ではない。初期生産型で、生産は少数。<br /><br />※T-55<br />ソ連開発。歴史上最も生産台数が多い戦車といわれている。T-54はほぼ同型。<br />1958年に登場し、1970年代後半まで生産された。冷戦時代を代表する戦車で、ベトナム戦争他多くの紛争に使われた。<br />T-62はT-55を発展させたもの。<br /><br />※ZSU-57対空自走砲<br />ZSU=ロシア語で「高射自走砲」、57は砲の口径の意味。<br />戦車部隊に同伴して対空支援を行うための自走砲。1951年に開発が始められ、1955年より生産開始。1960年には生産打ち切り。砲台がオープントップのため対放射線防御システムがつけられないこと、第二次大戦以来の目視照準のためジェット時代の航空機に対して威力が限定されることなどから、後継のレーダー照準装置を装備したZSU23-4「シルカ」対空自走砲に席を譲った。<br /><br />(出典:フリー百科事典「ウィキペディア」)

    ワルシャワ軍事博物館の前庭の展示

    戦車です。

    1番左奥から:
    PB-5水陸両用車両
    BTR-40装甲兵員輸送車
    BRDM-2装甲兵員輸送車1950-60年代製。

    奥の列は左から:
    ZSU-57対空自走機関砲
    T-54(55?)戦車
    T-62戦車
    その右は自走砲?
    どれも1950-60年代製

    ※BTR-40
    オープン・トップの車体には、操縦手、車長の他に8名の完全武装歩兵が搭乗。1948年に開発された基本型は1950年にソ連軍に正式採用された。1960年代に量産された。最初の実戦投入は1956年のハンガリー動乱のとき。

    ※BRDM = Bronirovannaya Razveduivatel’no Dozornaya Mashina(装甲偵察巡回車)の略。
    正式採用年1957年。完全密閉式ではない。初期生産型で、生産は少数。

    ※T-55
    ソ連開発。歴史上最も生産台数が多い戦車といわれている。T-54はほぼ同型。
    1958年に登場し、1970年代後半まで生産された。冷戦時代を代表する戦車で、ベトナム戦争他多くの紛争に使われた。
    T-62はT-55を発展させたもの。

    ※ZSU-57対空自走砲
    ZSU=ロシア語で「高射自走砲」、57は砲の口径の意味。
    戦車部隊に同伴して対空支援を行うための自走砲。1951年に開発が始められ、1955年より生産開始。1960年には生産打ち切り。砲台がオープントップのため対放射線防御システムがつけられないこと、第二次大戦以来の目視照準のためジェット時代の航空機に対して威力が限定されることなどから、後継のレーダー照準装置を装備したZSU23-4「シルカ」対空自走砲に席を譲った。

    (出典:フリー百科事典「ウィキペディア」)

  • ワルシャワ軍事博物館の中庭<br /><br />彫刻を2つ、収めました。騎馬時代の戦士と、近代の兵士たちの像。

    ワルシャワ軍事博物館の中庭

    彫刻を2つ、収めました。騎馬時代の戦士と、近代の兵士たちの像。

  • ワルシャワ軍事博物館の中庭。入口近くです。迷彩色のヘリが並んでいました。<br /><br />たぶんPoland-Air Force Mil Mi-8。

    ワルシャワ軍事博物館の中庭。入口近くです。迷彩色のヘリが並んでいました。

    たぶんPoland-Air Force Mil Mi-8。

  • 大砲ですが、随分、簡素に見えるのは、私だけ……?<br />あるいは装甲が取り払われているものなのかな。

    大砲ですが、随分、簡素に見えるのは、私だけ……?
    あるいは装甲が取り払われているものなのかな。

  • これって、戦車の覆いがとっぱらわれた、中身だけかなぁ、と思ったのですが、これはこれで使われていたのでしょうか?<br />(いかに私が素人か、ばればれなコメント?)

    これって、戦車の覆いがとっぱらわれた、中身だけかなぁ、と思ったのですが、これはこれで使われていたのでしょうか?
    (いかに私が素人か、ばればれなコメント?)

  • これは、覆いがとれたもの、って気がするんですが……あるいは、どこかに設置されて使われていたものかなぁ。

    これは、覆いがとれたもの、って気がするんですが……あるいは、どこかに設置されて使われていたものかなぁ。

  • 地上ミサイル? 魚雷?<br />ではなくて、たぶんロケット砲。

    地上ミサイル? 魚雷?
    ではなくて、たぶんロケット砲。

  • ロケット弾発射台のようなものを背負った軍用トラック。<br /><br />BM-21(BM-13の後継)カチューシャ<br /><br />カチューシャ:<br />第二次大戦(独ソ戦)においてソ連が開発・使用した多連装ロケットランチャー(ロケット弾発射装置)。<br />一般にトラックに搭載されたので、しばしば土台のトラック部分とひとまとめに自走式ロケットランチャーの名称として使用される。<br />このロケットランチャー自体は、戦車やトラクター、装甲列車にも搭載された。<br />ロケット弾は無誘導で、一般に照準器はついていないため命中精度は低い。<br />ロケット弾を敵兵士の頭上に雨のように降らすことで心理的ダメージを与えることに重点が置かれた。<br /><br />(出展:フリー百科事典「ウィキペディア」)

    ロケット弾発射台のようなものを背負った軍用トラック。

    BM-21(BM-13の後継)カチューシャ

    カチューシャ:
    第二次大戦(独ソ戦)においてソ連が開発・使用した多連装ロケットランチャー(ロケット弾発射装置)。
    一般にトラックに搭載されたので、しばしば土台のトラック部分とひとまとめに自走式ロケットランチャーの名称として使用される。
    このロケットランチャー自体は、戦車やトラクター、装甲列車にも搭載された。
    ロケット弾は無誘導で、一般に照準器はついていないため命中精度は低い。
    ロケット弾を敵兵士の頭上に雨のように降らすことで心理的ダメージを与えることに重点が置かれた。

    (出展:フリー百科事典「ウィキペディア」)

  • 地上ミサイルを搭載した……一種の戦車?<br /><br />フロッグ・ミサイル初期型と発車車両(ただし、ローンチャーを外している)。<br />奥の先端が見えているのはスカッド・ミサイルの運搬発射用車両。

    地上ミサイルを搭載した……一種の戦車?

    フロッグ・ミサイル初期型と発車車両(ただし、ローンチャーを外している)。
    奥の先端が見えているのはスカッド・ミサイルの運搬発射用車両。

  • 以下は、さらに追加した写真です。<br /><br />車体に101とあるので検索してみたらヒットしたのが、米軍戦闘機マクドネルF-101(Voodoo)だけでしたが、写真を見ると一致しませんでした……。<br />Voodooの方はこんな風に先っちょが赤くありませんでした。

    以下は、さらに追加した写真です。

    車体に101とあるので検索してみたらヒットしたのが、米軍戦闘機マクドネルF-101(Voodoo)だけでしたが、写真を見ると一致しませんでした……。
    Voodooの方はこんな風に先っちょが赤くありませんでした。

  • ミサイルと一緒に展示。<br /><br />機種などがこんな風に後から気になるのなら、ちゃんとヒントになるような撮り方をすれば良かったなぁとちょっぴり後悔しています。

    ミサイルと一緒に展示。

    機種などがこんな風に後から気になるのなら、ちゃんとヒントになるような撮り方をすれば良かったなぁとちょっぴり後悔しています。

  • 先頭のプロペラがちょっと格好いい!と思って撮った覚えがあります。

    先頭のプロペラがちょっと格好いい!と思って撮った覚えがあります。

  • カチューシャ搭載用トラック、ずらり@

    カチューシャ搭載用トラック、ずらり@

  • フィルムカメラでは室内の写真はよく撮れまい……と思ったのですが、表紙に書いたとおり、午後には出国するという最後の最後で予備のインスタントカメラの封を切ってしまいました。<br />外に展示されている兵器の写真はさんざん撮りましたが、まだフィルムが余っています。<br />ダメ元で撮ってみました。<br /><br />これは、兜の口元にご注目ください。<br />ひげの兜です。<br />まさか、この中に大事にひげもきちんと収めるようにして兜をかぶるのでしょうか。<br />なんと悠長な……いやいや、よく知らないのにそんなこと言っちゃあ、いけませんよね。

    フィルムカメラでは室内の写真はよく撮れまい……と思ったのですが、表紙に書いたとおり、午後には出国するという最後の最後で予備のインスタントカメラの封を切ってしまいました。
    外に展示されている兵器の写真はさんざん撮りましたが、まだフィルムが余っています。
    ダメ元で撮ってみました。

    これは、兜の口元にご注目ください。
    ひげの兜です。
    まさか、この中に大事にひげもきちんと収めるようにして兜をかぶるのでしょうか。
    なんと悠長な……いやいや、よく知らないのにそんなこと言っちゃあ、いけませんよね。

  • おおーっ、鎧の上に毛皮をまとい、背中に羽根を生やしているなんて、なんて派手……いやいや、豪華な出立でしょう!<br />と感嘆して撮りました。<br /><br />実は、マルボルク城などの武器展示で、背中に羽根のある豪華な鎧には注目していました。<br />話題にしたかったのですが、積極的に写真を撮っていませんでした。<br />これは絵なのですが、チャンス!と思って、ここで撮りました。<br />室内がもともと暗かったので、ちょっと見苦しい写真になっていて、失礼!<br /><br />これは、「フサリア」です。<br />オスマントルコに対峙した近代のポーランドに編み出された重騎兵軍団です。<br /><br />「フサリア」のことは、帰国後に知りました。<br />情報源は、岡山大学経済学部 田口研究室「ポーランド情報館」というHPです。<br />http://www.polinfojp.com/<br />この中に、2002年7月20日に日本ポーランド協会関西センター主催で行われたシンポジウムの原稿がありました(2006年6月現在、再度確認したところ、残念ながら、ちょっと見あたらないですねぇ)。<br />その中の「シュラフタと馬」からです。<br /><br />そこから抜粋しながらまとめた「フサリア」についての説明。<br /><br />「16世紀に登場する新しいタイプの騎兵。シシャクと呼ばれる兜をかぶり、鐙のうえに豹の毛皮を肩からまとい、背中に羽飾りをつけている(羽飾りがなんのためについているかは、歴史家の間で議論あり。一説では、全速力で走るとこの羽が風に鳴って敵側の馬を怯えせる効果があったとか)。先端が開かれると、真っ先に全速力で敵陣に突進し、まずは長い木製の槍で相手の騎兵を馬から突き落とすか、相手の馬を突き倒し、まずは敵の隊形を崩す役割を担う。あとは剣と小銃の白兵戦に持ち込む。」<br /><br />フサリアの最盛期は、17世紀です。<br />1683年に国王ヤン3世ソビエスキ率いるキリスト教諸国の連合軍がウィーン郊外でオスマントルコ軍を打ち破ったときが、フサリアの活躍の最後でした。<br />18世紀になると、と儀礼の場に華をそえるだけの存在になりました。<br /><br />……私にしてみれば、思ったより新しい時代まで活躍していたんだなぁ、って驚いたくらいです@

    おおーっ、鎧の上に毛皮をまとい、背中に羽根を生やしているなんて、なんて派手……いやいや、豪華な出立でしょう!
    と感嘆して撮りました。

    実は、マルボルク城などの武器展示で、背中に羽根のある豪華な鎧には注目していました。
    話題にしたかったのですが、積極的に写真を撮っていませんでした。
    これは絵なのですが、チャンス!と思って、ここで撮りました。
    室内がもともと暗かったので、ちょっと見苦しい写真になっていて、失礼!

    これは、「フサリア」です。
    オスマントルコに対峙した近代のポーランドに編み出された重騎兵軍団です。

    「フサリア」のことは、帰国後に知りました。
    情報源は、岡山大学経済学部 田口研究室「ポーランド情報館」というHPです。
    http://www.polinfojp.com/
    この中に、2002年7月20日に日本ポーランド協会関西センター主催で行われたシンポジウムの原稿がありました(2006年6月現在、再度確認したところ、残念ながら、ちょっと見あたらないですねぇ)。
    その中の「シュラフタと馬」からです。

    そこから抜粋しながらまとめた「フサリア」についての説明。

    「16世紀に登場する新しいタイプの騎兵。シシャクと呼ばれる兜をかぶり、鐙のうえに豹の毛皮を肩からまとい、背中に羽飾りをつけている(羽飾りがなんのためについているかは、歴史家の間で議論あり。一説では、全速力で走るとこの羽が風に鳴って敵側の馬を怯えせる効果があったとか)。先端が開かれると、真っ先に全速力で敵陣に突進し、まずは長い木製の槍で相手の騎兵を馬から突き落とすか、相手の馬を突き倒し、まずは敵の隊形を崩す役割を担う。あとは剣と小銃の白兵戦に持ち込む。」

    フサリアの最盛期は、17世紀です。
    1683年に国王ヤン3世ソビエスキ率いるキリスト教諸国の連合軍がウィーン郊外でオスマントルコ軍を打ち破ったときが、フサリアの活躍の最後でした。
    18世紀になると、と儀礼の場に華をそえるだけの存在になりました。

    ……私にしてみれば、思ったより新しい時代まで活躍していたんだなぁ、って驚いたくらいです@

  • 18世紀のポーランド軍服です。<br />なんだかとってもポーランド軍服らしいなぁと思ったので、写真を撮りました。<br /><br />ポーランド軍服らしいと思った理由は、たぶん、池田理代子さんのコミックあたりで目にしていたせいはないかと思います。<br />ベルバラの後日譚……というと語弊があるかもしれませんが、ナポレオンを主役にした「エロイカ」というコミックもあります。<br />あるいは、ロシアのエカテリーナ2世を描いたコミックの方かなぁ。エカテリーナの代に、ポーランドはプロイセンとオーストリアの3国によって分割され、国を失っていますから。<br />そしてポーランド王国が消滅する最後のポーランド王スタニスワフ・アウグスト・ポニャ トフスキは、エカテリーナの愛人だったみたいですから、ポーランドに縁があるのです。<br />でも、読んだのは随分昔なので、もうだいぶうろおぼえ@

    18世紀のポーランド軍服です。
    なんだかとってもポーランド軍服らしいなぁと思ったので、写真を撮りました。

    ポーランド軍服らしいと思った理由は、たぶん、池田理代子さんのコミックあたりで目にしていたせいはないかと思います。
    ベルバラの後日譚……というと語弊があるかもしれませんが、ナポレオンを主役にした「エロイカ」というコミックもあります。
    あるいは、ロシアのエカテリーナ2世を描いたコミックの方かなぁ。エカテリーナの代に、ポーランドはプロイセンとオーストリアの3国によって分割され、国を失っていますから。
    そしてポーランド王国が消滅する最後のポーランド王スタニスワフ・アウグスト・ポニャ トフスキは、エカテリーナの愛人だったみたいですから、ポーランドに縁があるのです。
    でも、読んだのは随分昔なので、もうだいぶうろおぼえ@

  • これも、とてもポートランドらしい、特に低い身分の兵卒の軍服らしいなぁと思って撮りました。<br />クラクフ地方の農民兵の軍服だそうです。

    これも、とてもポートランドらしい、特に低い身分の兵卒の軍服らしいなぁと思って撮りました。
    クラクフ地方の農民兵の軍服だそうです。

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  • SUR SHANGHAIさん 2006/01/21 12:44:15
    う〜ん…
    軍事博物館などもあちこちで見ますが、いかに相手にダメージを与えられるかを研究、製造したものって怖いですね〜。

    ちょっと昔の話ですが、某アラブ一国出身の数学を専攻している学生に
    「何で数学を勉強してるの?」と聞いたところ、
    「敵国に長距離ミサイルを飛ばすことを考えたら、数学が必要になるんだ。」と言う答え。

    う〜ん…。絶句。

    まみ

    まみさん からの返信 2006/01/22 17:04:04
    RE: う〜ん…
    SUR SHANGHAIさん、こんにちは。書き込みありがとうございます。

    うーん、確かに絶句。
    敵を倒すために勉強しているんですね。
    自らを生かすために、あるいは同胞の啓蒙のために勉強して欲しいですよ。
    数学って、いまやITの世界では必須じゃないですか。
    ああ、しかし、いまや生活を豊かにするのに欠かせなくなったものが、まず先に軍事目的で開発されたものというのは私が知るよりもずっと多いのでしょうね。
    生存本能は競争意識はよい生を生きるために必要ですが、実際に人間同士の傷つけあい、殺しあいに至らないで欲しいです。

    私は武具とか見るのは好きな方なんですけど、実際に人を殺してきた、いかに効率的に人を殺せるかという視点から開発されてきたということは、つい忘れてしまいがちで、いかんです。
  • さすらいおじさんさん 2005/09/09 14:17:20
    皆さんのいろいろなポーランドの印象を拝見するのも楽しいですね。
    まみさん

    ポーランドの旅行記、写真を添付し、説明も随分充実されましたね。ポーランドを紹介する旅行記としては素晴らしいシリーズだと思います。
    皆さんのいろいろなポーランドの印象を拝見するのも楽しいですね。

    まみ

    まみさん からの返信 2005/09/15 00:38:08
    RE: 皆さんのいろいろなポーランドの印象を拝見するのも楽しいですね。
    さすらいおじさん、こんにちは。ポーランド旅行記を最後まで見て下さってありがとうございます。
    私もみんなのポーランドの印象を拝見して楽しくなり、また少し写真のアップを足しました。
    ポズナニとヴロツワフは1、2枚追加ですが、ワルシャワ軍事博物館で撮った写真と、それからクラクフはこれから、当初掲載した写真の倍、追加します@
    またよかったら御覧になってください。

    さすらいおじさんの他の場所への旅行記も興味深く拝見中。
    つい最近は南部アフリカですか。私にとっては未知の世界です。チュニジアは行きましたが、あれはどちらかというとアラブ圏の一環のつもりでした。

    それに、おじさんの渡航の頻度もすごいですね@

    さすらいおじさん

    さすらいおじさんさん からの返信 2005/09/15 01:44:10
    RE: RE: 皆さんのいろいろなポーランドの印象を拝見するのも楽しいですね。
    まみさん

    南部アフリカなどもご覧いただきありがとうございます。
    先日本屋でLONELY PLANETのポーランド版でトルンのバイオリン少年の説明を見ました。確かに日本語ガイドブックに無い街の紹介がありますね。

    それにしてもあの本を隅々まで読んで事前研究されるまみさんの英語力も素晴らしいと思いました。

まみさんのトラベラーページ

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