2005/08/25 - 2005/08/25
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井上@打浦橋@上海さん
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裏ワイタンの変なものを確認すべく、
またフラッと行って見ました。
前回の裏ワイタンの時よりは、
グッと気温も下がり30度チョイだったでしょう・・・
ですから歩きまわるには楽だったですね。
賑やかな南京東路の様子も、ご覧ください。
また裏道の風景も・
-
また今日も愛用の17路トロリーバスで行きました。
空調なしの1元バスです。
気温は30度行ってたと思いますが、湿度が低く、
空調なしでも風が入りますと、涼しかったですね。 -
途中、順昌路の店先をバスの中から写しました。
もう9月が近いということで月餅が出回ってきました。
鮮肉月餅というのは上海周辺地区独特の月餅です。
ミートパイのような月餅。
中身が肉の餡で、外の皮はパイ風のものとなります。
パイ生地が皮の月餅を蘇式月餅というらしいです。
それとは違う普通の月餅を広式月餅というらしいです。
1個1.2元はチト高いですね。普通は1元です。
ああ、それとコノ蘇式月餅は熱い出来立てを食べるものなんです。この辺も普通の月餅とは違いますね。 -
バス停は江西中路沿いにあります。
バスを降りてコレから進む方向、江西中路の南方向を写しました。
工部局ビルの円形にコーナーを切った部分が見えます。
遠く向こうにはパイナップル・ビル、その手前にはアメリカ総領事館があったビルが見えます。
工部局ビル手前に東西に走る道路が漢口路(三馬路)、
その向こうを東西に走る道路が福州路(四馬路)です。 -
さて、コレが[今日の変なもの・その1]です。
パンダ型マンホールの蓋です。
どこにあるかと申しますと、ハミルトン・ハウスとメトロポール・ホテルと工部局と元・米国総領事館の4つのビルに囲まれた不思議な空間にあるのです。
つまりでんな・・・福州路と江西中路の交差点にあるということでんな。
[S.M.C]と[P.W.D]という字が確認できます。
コレは、Shanghai Municipal Council Public Works Departmentの略でして、租界時代の行政組織・上海市工部局のことを示しているそうです。
ということで、このマンホールの蓋、70年くらい前からあるということです。
今でも現役なのか・・・あるいはモニュメントなのか・・・。
この写真を撮る時は結構大変でした。
なんせ両道路とも交通量が多くて、しかもこのマンホールの蓋は交差点のど真ん中にあるもんですから・・。 -
コレはハミルトン・ハウスの入り口上部の文様です。
写真は、またセピア色に加工しました。 -
こちらはメトロポール・ホテルの文様です。
位置も文様の形も同じですね。
やはりセピア色にしました。 -
コレはハミルトン・ハウスの福州路沿いの北面の入り口部の周辺の様子です。
-
入り口部を望遠で・・・
入り口部上部には∨字型の文様が・・・・
[今日の変なもの・その2]です。 -
入り口部から目を建物の上部に移しますと、そこにも∨字型の文様が・・・・・
なんか意味があるんでしょうね。 -
コレはハミルトン・ハウス北面にある魔術大酒店です。
レストランです。
私、97年11月頃に対面のメトロポール・ホテルに2週間ほど宿泊しておりましたが、毎夜、この魔術大酒店の看板を見ていました。不思議そうなレストランだな、と思ったものです。
当時から、まだ生き残ってるのですから、まあ繁盛してるのかもしれません・・・。
いつか、入ってみようと思ってるうちに8年経ちました。 -
江西中路を北に行き、漢口路に入り、東へ。
四川中路手前の2つのビルです。
手前が昔の中南銀行ビル(1917年)、向こうが昔の四行儲蓄会(1928年)、今の聯合大楼です。 -
四行儲蓄会ビルの上部背面を望遠で・・。
こういうところにも飾り模様が・・贅沢ですね。 -
四行儲蓄会ビル南側面上部です。
-
四行儲蓄会ビルの南側面下部です。
四行儲蓄会は上海歴史ガイドマップによりますと・・・
スロバキア出身の建築家ヒューデック設計。9階建て鉄筋コンクリート造。英国新古典主義様式。ビザンツ式ドームを頂く。旧上海の代表的な銀行建築の一つ。・・・
となっています。 -
四行儲蓄会ビルの東側側面です。
飾り模様も贅沢ですが柱もノッペリしてるのではなく細工が施されています。 -
右に見えてきましたのはドイツ銀行です。
昔の名は徳華銀行です。
「徳」はドイツで「華」は中国と言うことです。
この建物は1916年竣工です。 -
近づきますと、ラーメン模様が・・・
でも、日本のラーメン屋のお椀の模様とは少し違います。コレはナチのハーケンクロイツがアレンジされてるからです。
[今日の変なもの・その3]です。
でも、やはりラーメン模様に取り込まれてしまってますね、ハーケンクロイツも・・・。
ユダヤ人と言うのは大昔、世界各国に散らばり、その移転先でも独自の文化を守り続け、周りとは同化しなかったそうです。
しかし、中国の開封に移り住んだユダヤ人は中華文化に取り込まれていって、いまではユダヤの面影がどこにもないとか・・・・恐るべき【中華】です。 -
ドイツ銀行の出入り口部です。
九江路と四川中路の交差点に面しています。
飾り物でゴチャゴチャしてますね。
上部の水色のロゴマークは着色自体は最近のものなんでしょうが、昔からあるものなのか・・・
徳華銀行のマークかもしれません。
水色のロゴの上には、うっすらとDEU・・とSI・・の字が確認できます。DEUはドイツのことで、SIは中国のことなのか・・・・・。 -
九江路を西へチョイ行き、振り返りました。
ドイツ銀行の全景が窺えます。
どうも、上の2階部分は建て増したもののようです。 -
上投大厦というビルですね。
上海投資の略でしょう。
昔は大陸銀行のビルです。
九江路沿いにあります。 -
上投大厦の出入り口部の上部のアップ写真です。
なんか面白いですね。
[今日の変なもの・その4]です。
二匹のライオンが両側から地球を支え、地球の上部には天秤はかりが・・。
向こうには海があり船が3艘、遠くには連なる山が・・。右側には七重の塔が・・・。 -
江西中路の戻り、北へチョイ行き南京路へ出ました。
江西中路と南京路の交差部、南西角にある電力公司のビルです。1931年竣工です。 -
電力公司のビルのコーナー上部にも飾り模様があります。
-
また江西中路に戻り、沙市二路に入ってみました。コノ道沿いには、2・3ヶ月前、小物を扱う露天がビッシリ並んでいたんですが、なくなってしまいましたね。
-
沙市二路の入り口部から江西中路を南方向に見た風景です。
正面左レンガ造りの建物は昔の礼和洋行です。1898年竣工。
右側の建物の1階部分にはクロワッサン屋とコンビニのC-STOREが並んでますね。
クロワッサン屋は「可頌坊」というチェーン店です。
画面左上部軒先にはLAWSONの看板も見えます。
64路のバスは南浦大橋から上海火車站まで行きます。 -
江西中路と九江路の交差点付近の風景です。
手前から上海の下町、その後ろにオールド上海、
更にその向こうに近代的な高層ビル。
オールド上海の建物は礼和洋行ビルですね。 -
九江路を河南中路まで行き、河南中路をチョイ南に行き
漢口路付近を撮りました。
工部局ビルの西端部分が見えます。円形にコーナーが切ってあります。
その向こうが中央消防署のビルで、福州路をはさんで向こうにあるのが五州大薬房のビルです。
それらの向こうにはパイナップル・ビルが・・・。 -
河南中路を、次は北に行き、南京路まで出ました。
南京路をチョイ西へ行き、見えてきたのがコノ上海書城の建物です。
「日本味千拉麺」の看板も見えます。
コノ建物、昔は慈淑大楼と言いました。
上海歴史ガイドマップによりますと・・
大陸銀行が1932年に建設し、その後哈同洋行が買収し、
慈淑大楼と改名。分離派様式、8階建て。その後日本製品に対抗して国産品のみを扱った中国国貨公司なるデパートになる。・・・となってます。 -
上海書城ビルの壁面です。
窓枠上部の飾り模様もそうですが、柱部の突き出た部分にある置物はなんなんでしょうかね・・
ある人は8本足の虫だと言ってますが・・・。
[今日の変なもの・その5]です。 -
南京路を西へしばらく行き、振り返りました。
道路に飛び出す看板だらけですね。香港の様です。
左には手前から亨得利鐘表(ヘンドリー時計店)、
呉良材眼鏡店、蔡同徳堂(薬屋)。
下には南鶴大酒店という看板が・・。コレは安ホテルなんです。
たしか一泊160元とか180元のはずです。
右を見ますと、上からピザ・ハット(必勝客)、干鍋居、そしてご存知・吉野家も。
吉野家は北京には早くから進出していましたが、
上海には相当遅れてやってきました。
ところで「干鍋居」とは・・・・・・??
調べましたら貴州風の鉄鍋料理屋らしいですね。
上海には、もう5・6店舗あるようです。
下記に店の場所やら、皆さんの評価が載っています。
http://www.zsurvey.com/detail1_11477.html -
南京路の西側遠くを望遠で写しました。
モノクロ加工しました。
この画像には昔の4大デパートが写っています
その4大デパートとは永安公司、先施公司、新新公司、大新公司です。
このうち大新公司以外には、建物上部に塔屋があります。
まずは手前の左が永安公司です。
チョット前までは華聯商厦と言う名のデパートでしたが、
今は永安百貨と名前を変えました。
次は右の高い塔屋のあるビルが先施公司です。東亜飯店が入っているビルです。
次が、その向こうにある、よく目を凝らさない見えない低い塔屋のビルが新新公司です。
今は第一食品商店となっています。
最後は、更に見難いですね、塔屋がありませんから・・・。
第一食品商店の向こうにある建物が大新公司です。
今の上海第一百貨店ですね。
その向こうに見える塔屋がある建物は新世界商城ですね。
更にその後ろの高層ビルはラディソン・ホテルですね。 -
最近出来ました世紀広場です。
もともとは勿論商店などがビッシリ立ち並んでいた地域で、それを撤去して広場になってましたが、ここ2年ほどで、更に綺麗に整備して、この姿になりました。
大型ディスプレイも2つあります。
このディスプレイは268?ですって。
屋根付きの舞台もあります。 -
世紀広場が続きます。
右の古い建物が七重天賓館ですね。ホテルです。昔は永安公司の新楼です。
その向こうの近代的なビルがハワード・ジョンソンです。超高級ホテルです。
金色の屋根の建物は、何だろう・・・・
その左の高層ビルは・・・・・・・・・???? -
コレが4大デパートの永安公司です。
チョイと前までは華聯商厦というデパートでして、近代的に見せようとしまして、ガラス張りの壁面なんかを周りに配しまして、落ち着きの無い外装だったんです。
しかし・・・・分かてる人は分かってるんです・・
オールド上海・昔返り精神にのっとり、昔の姿に戻しました。
それと同時に華聯商厦という名称も、昔の呼び名の「永安」を使い、「永安百貨」としたわけです。
やはり、この画面はセピア色が似合いますね。 -
南京路を東に戻り、福建中路に入りました。
このあたりでも、まだ立ち退き撤去工事が行なわれてるんですね。 -
漢口路に入り、東へ・・つまり外灘方向に向かいました。
そうしましたら、こんな店に出会いました。
漢口路は昔は「三馬路」と呼ばれていたわけですが、この店の名は「三瑪璐」です。
つまり、昔の道の名を意識して付けられた名前になってるんですね。
「馬」にも「路」にも王偏が付いていますが・・。 -
漢口路を更に東へ・・・。
山東中路の手前です。申報館という古いビルです。
申報というのは上海に昔からある新聞です。
新旺粥面茶餐廳なる看板が見えます。
ココが、今人気の新旺茶餐庁の本家・本元なんでしょう。 -
漢口路を更に東に行った右側にありましたアパートです。小さなアパートでして一つポツンと建ってました。
こんなアパートにもバルコニーに飾り模様があったり、
壁面も凝っています。
云南過橋米線というのは雲南名物の米で作った麺です。 -
漢口路を四川中路まで来ました。
ココで四川中路を南に行きます。 -
市政府参事室のビルのようです。
天府伝説と言うのは四川料理屋のようです。 -
その窓枠部の文様です。
なかなか趣があります。 -
四川中路を広東路手前まで来ました。
左のビルは三菱公司が使っていたビルです。
1914年竣工。
今は、四川中路をはさんで対面の黄浦区中心医院の問診部らしいですが、空き家のように見えました。
このあと広東路を外灘まで行きます。 -
広東路の東端です。
左が日清汽船上海支店のビルです。
上海歴史ガイドマップによりますと・・・
1907年日本の国策会社として4社が合同して設立。
中国の内河、沿海航路の航行権を獲得し、長江航路を営業。・・・・
となっています。
外灘の夜景を楽しみながら食事が出来る[M on the Bund]はココにあります。
右はユニオン・アシュランス・カンパニーズ・ビルです。
上海歴史ガイドマップによりますと・・・
バンドをはじめ上海の主要建築の数々を手がけたパーマー&ターナー事務所の上海最初の仕事として1916年竣工。ネオバロック様式。・・・
となっています。
今は、高級レストランや高級ブティックなどが入っています。
[M on the Bund]に対抗して3年遅れで出来ました、同じく外灘の夜景を楽しみながら食事が出来る[3on the Bund]はこちらにあります。 -
[M on the Bund]へはココから入ります。
いり愚粒右側の「華夏銀行」の銘盤の下に、大きく「M]と書かれた金色の銘盤が確認できます。 -
[3on the Bund]へはココから入ります。
入り口上部張り出し部に金色で[3]と表示されています。
[M]には入ったことありません。なんせ高級フランス料理だというんですから、私には縁がないということです。
[3]には、料理を頼まなくてもビールだけで、楽しめるということを聞きましたもんで、去年、知り合い2人と体験してきました。
女子十二楽坊のような演奏を聴きながら35元のビールをチビリチビリやりながら、バルコニーが開放される時間をジッと待ちました。10時前に、バルコニーが開放されたようで、勇んで行って見ました。待ってた甲斐があったというものです。最高の眺めでしたね。
[M]のバルコニーは[3]より低い位置にあり、また外灘からチト引っ込んだ位置にあります。
外灘の眺めは[3]の勝ちですね。
[3]のバルコニーには人が大勢、[M]のほうは2・3人しかいませんでした。 -
外灘の道を北に行き九江路に入りました。
四川中路手前の建物です。
今は中国建設銀行が入っていますが、昔は三井銀行が入っていました。1934年竣工。
右のバス停は20路バスの始発バス停です。
20路バスは南京東路・西路を西へ行き静安寺を通り、
愚園路を更に西へ行き、中山公園まで行きます。 -
窓にはまったコノ金物の飾り模様は三井銀行が入っていた頃からあるんでしょう。
三井銀行の意志が入っている模様なのかもしれません。
しかし、私には、その判読は出来ません。
あえて、コレを[今日の変なもの・その5]とします。 -
四川中路を北に上がり南京路に出ました。
やっと、見つけました・・・交通銀行を・・・
今日の調査依頼6件のうち、最後の1件がコレだったんです。
裏ワイタンばかりを探し回っていましたから見つけられなかったんでしょう。
交通銀行の向こうが和平飯店の北楼ですね。
手前の青い看板(公司の字だけが確認できる)は恵羅公司のビルです。
コノ建物は、珍しく、昔も、今も同じ名前が使われてるようです。
その他の看板を、よく見ますと、コノ恵羅公司はピアノや
ダイアモンドを扱う店のようですね。
上海歴史ガイドマップに載っていました・・・・
Whiteaway,Laidlaw & Co.,Ltd.。
1904年開業の外国系最大の百貨店。ロンドンに本店。
高級輸入品を扱う。近年、租界時代の旧名に復す。
・・・となっています。
つまり、中身は違ってきているが、呼び名を、昔の呼び名に戻した
ということなんでしょう。 -
四川中路をまた北へ・・・
コノ建物は恵羅公司の北隣にある上海銀行大楼です。
コノあと、寧波路に入り江西北路に出て、17路バス停まで行きました。そして17路で我が家へ・・
今日の散歩の経費は
17路バス・往復・・・・・2元
鉱泉水・・・・・・・・・・1.6元
電池・・・・・・・・・・・6元
合計・8.6元でした。
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この旅行記へのコメント (2)
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- こまちゃんさん 2005/08/29 19:25:11
- 金色の丸い屋根と横のビルは、
- いやですよ、またまた。
王宝和大酒店じゃないですか。
上海蟹の老舗、王宝和が企業集団化した後に立てたホテルです。
今では、福州路浙江路口の老舗よりも美味しい蟹を提供しているようです。
(その分高いし、シーズンは予約も大変ですけど・・)
王宝和は、元々黄酒(紹興酒)の酒蔵だったので、今でも自家製の黄酒を提供しています。上海和平飯店の8階レストランでも、その味が楽しめます。
・蟹大王王宝和
http://www.qingyun.com/cgi-bin/ut/threaded_show.cgi?tid=47508&pid=194555&h=1&age=-1&bpg=9
・王宝和大酒店
http://sh.sohu.com/2004/03/05/33/article219303327.shtml
・和平は個人的に嫌いなので、紹介しません(^^;;
- 井上@打浦橋@上海さん からの返信 2005/09/01 12:00:41
- あのビル、王宝和でしたか・・知らんかっとってん!!
- こまちゃんさん、
新しいビルで興味あるのはパイナップル・ビルと、
ペン先ビルと、金茂大厦と・・・・あとはなんだ・・??
それくらいなもんです。
あっ、待ってくれ・・・
そうそう江寧路にある東方ローマ浴場ビルがあったぁ〜!!
アレは凄いですよ、ホントに凄い、ビックラこきます。
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